若竹七海 10 | ||
船上にて |
多彩な作品集と言うべきか、雑多な作品集と言うべきかは人それぞれだろう。どの短編にも、若竹七海という作家の魅力の一端がうかがえることは間違いない。
おや、オープニングの「時間」は切なく迫ってきたか。学生時代にふられた相手に思いを馳せ、母校へと足を運んだ川村。そこで聞かされた、彼女の死の真相とは。不幸な偶然ほど連続するものなのだろうか。何だかずるいけどきれいなエンディング。
ところが、ここからブラックな作品が3つ続く。個人的にはこういう作品だけでまとめてほしかったりして。「タッチアウト」ってそういうことですか。ストーカー事件のなれの果て。テーマ的に洒落になっていないんですが…。タイトルからして皮肉な「優しい水」。屋上から突き落とされたOLが死力を振り絞ったのに…ああ無常。一押しは「手紙嫌い」だろう。主人公の女性のある趣味と、結末が奇妙にマッチしているんだよなあ。いたずらもほどほどに…。
長編ネタにも十分に使える「黒い水滴」。渚の境遇を想像すると暗澹たる気分になる。たった一言、それだけが足りなかった。結末の理解が正しいのか不安が残る「てるてる坊主」。これはお馴染みの…あれですかね。有名な故事をこんな風にアレンジするセンスに、ある意味脱帽。8通の手紙は何を物語る、「かさねことのは」。自分の想像力の乏しさは重々承知しているが、真実を見抜く力なんて、ほんとうはないほうが幸せなんだよ…ね?
最後の表題作「船上にて」の時代は1920年代。米国からフランスへ向かう豪華客船で知り合った、日本人青年と老紳士。老紳士はかつて、ダイヤモンドの原石を盗んだ疑いで獄中にいた。謎そのものは他愛もないが、結末が実に憎いよこのこの。獄中のエピソードでさりげなく触れているし。しかし、トマス君まぬけすぎ。ナポレオン三歳の時の頭蓋骨って…。
個人的にはブラック3連発で十分にお釣りがきた。気分が乗っているときに限るが、是非10連発くらいお願いしますよ。あとがきによれば、「船上にて」は同じ設定の作品でまとめたかったようだが、そうそう書けるものでもないようで。それだけに、貴重な一編だ。