若竹七海 21


猫島ハウスの騒動


2006/08/13

 つい前まで、年末ランキングの上位に入る条件は「長い」「重い」であった。最近でこそ本格系も食い込むものの、大作が優遇される傾向に変わりはない。若竹七海さんは、いわゆる大作を書くタイプの作家ではない。でも、それが若竹作品の真髄なのである。

 そりゃ、大作のような興奮は味わえないだろう。大作を読んだ後のような達成感はないだろう。だが、大作とは往々にして「興奮したでしょ? 感動したでしょ?」という感じにガツガツしているものである。本作を読み終えて思う。ガツガツしていないのがいいのだ。

 神奈川県の葉崎半島の先に位置する、三十人ほどの人間と百匹を超える猫が暮らす、通称「猫島」。稼ぎ時の夏、民宿「猫島ハウス」の娘・杉浦響子は稼業の手伝いに追われていた。ある日、ナンパに勤しむ響子の同級生・菅野虎鉄はナイフの突き立った猫の死体…ではなくはく製? を見つけてしまう。その正体は…。

 「ナイフ猫」事件を発端に、のどかな猫島で事故やら死体発見やらが相次ぐ。それなのに安心して読んでいられるんだよなあ。干潮時には本土と陸続きになるが、離島には違いない猫島。そんな猫島で猫とともに暮らす住人たちは、どこか世間ずれしていていい味を出している。生活には不便な猫島への、猫への愛情が随所に感じられて心地よい。

 本作に特定の主人公はいない。その点も成功している理由の一つだろう。ただほんわかしているわけではなく、人間らしくぼやくし悪態もつく。単にユーモラスなだけなら他の作家でも書ける。ユーモラスさとシニカルさを自然に同居させるこのセンスは、簡単に真似できるものではない。個人的に、道化役の七瀬巡査に影のMVPをあげたい。

 実在しない猫島という舞台は、猫好きなら是非行ってみたいと思わせる魅力に溢れている。台風に備えて、飼い猫もノラ猫も分け隔てなく協力して避難させる様子に頬が緩む。猫アレルギーなのに猫島で捜査に奮闘した駒持警部補にはお気の毒だが…。

 大作と同じくらい、もしかしたらそれ以上に凝った作りの愛おしい一冊。最後のオチまで文句なしだ。年末ランキングはもっとこういう作品を拾わなければだめだ。



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