柳 広司 07 | ||
聖フランシスコ・ザビエルの首 |
1549年、ポルトガル人宣教師フランシスコ・ザビエルによって日本にキリスト教が伝えられたことくらいは、誰でも聞いたことがあるだろう。しかし、僕も含む多くの人が知っているのはそこまで。そもそもフランシスコ・ザビエルとはどんな人物か?
フランシスコ・ザビエルの首が鹿児島で発見されたという。オカルト雑誌「ワルプルギス」から仕事をもらっているフリーライターの片瀬修平は、取材のため鹿児島に飛ぶ。そこで、ザビエルのものだという首と目が合った修平の意識は……。
本作を読んで知ったのだが、ザビエルの遺体はインドのゴアに安置され、10年に一度公開されているという。それじゃあ鹿児島の首は誰のやねん。オカルト雑誌らしく、最初から胡散臭さ満点。バカミスっぽい展開になるのかと思いきや。
修平の意識は、ザビエルに誘われるように過去に飛ぶ。そしてザビエルの知り合いの意識に取り憑く。そしてザビエルと言葉を交わし、さらには探偵役として殺人事件の謎解きをするのである。バカミスという認識はあながち間違ってはいまい。
ところが、事件の関係者は大真面目。背景にあるのは信仰であり、教義である。トリックはともかく、僕のような無信心な読者には背景が理解できない。修平の意識が飛ぶ時代は遡っていく。最後に何か仕掛けがあることを願って、いよいよ終盤へ。
…うーむ、修平自身の厳しい経験と、ザビエルとを結びつけるのは趣向としては面白いが、こじつけ以上には感じられない。僕が無信心で、修平の根底には信仰心があったからなのか。そして、柳広司さんがザビエルを本格ミステリのテーマに選んだ背景に、信仰心はあるのだろうか。さすがにザビエル自身を探偵役にはしなかったが。
どこまでが創作かわからないが、聖フランシスコ・ザビエルに関する知識が得られるという点では興味深い。教義臭くなるギリギリのところで、本格ミステリとして成立させているが、普通にミステリを楽しみたいならあまりお薦めはできない。