柳 広司 09


トーキョー・プリズン


2010/03/17

 戦後、GHQ占領下の日本に戦犯を収容するための巣鴨プリズンが設置されたことと、その跡地にサンシャイン60が建てられたことくらいは、知っている人も多いだろう。しかし、日本史の教科書は巣鴨プリズンも東京裁判も簡単に流してしまう。

 本作は、巣鴨プリズンを舞台にした前例のない本格ミステリーである。史実に基づいてはいるものの、柳広司作品の恒例と言える歴史上の人物はほとんど登場しない。マッカーサーや東條英機の名をわずかに見かけるのみである。

 戦時中に消息を絶った知人について調査するため、巣鴨プリズンを訪れた私立探偵のフェアフィールド。副所長のジョンソン中佐は、交換条件として、キジマという囚人の相棒になり、巣鴨プリズン内で起きた不可解な事件の調査を依頼される。

 文庫版解説でも指摘している通り、キジマの推理力はシャーロック・ホームズを彷彿とさせるが、正直魅力あるキャラクターではない。ただ怖い。米兵たちがキジマの担当を嫌がるのも納得である。キジマには捕虜虐待・虐殺の容疑がかけられ、なおかつ戦時中の記憶を失っているという設定が、さらに怖さを際立たせている。

 キジマの親友というイツオと、イツオの妹でキジマの婚約者であるキョウコが現れ、フェアフィールドは協力を要請する。しかし、成り行きとはいえ、フェアフィールドの方がキジマの無実を訴える2人に協力する形に。どんどん調査が横道に逸れていく。そもそもフェアフィールドの目的は知人の調査だったはずでは?

 本格ミステリーとしてもよく練られ(あれは反則だと思うが)、十分に興味深いが、どちらかというと戦争の暗部を描き出すことに主眼が置かれている印象を受ける。天皇制に言及するなど、デリケートな問題にも踏み込んでいる。キジマの婚約者キョウコに投げかけられた忌むべき言葉は、読者の胸に突き刺さるだろう。

 20年後に明かされた真相がすっきりしないのも、テーマがテーマだけに無理もないか。戦争が人を狂わせた。きっと、そうとしか言いようがないのだ。



柳広司著作リストに戻る