柳 広司 11 | ||
百万のマルコ |
マルコ・ポーロの口述に基づく『東方見聞録』の中で、日本が黄金の国「ジパング」と紹介されていることくらいは、誰でも聞いたことがあるだろう。しかし、僕も含む多くの人が知っているのはそこまで。そもそもマルコ・ポーロとはどんな人物か?
囚人たちが日々の退屈に苦しむジェノバの牢に、新入りがやってきた。〈百万のマルコ〉ことマルコ・ポーロは、かつて大ハーン・フビライ直属の使者として経験した数々の不思議な話を語る。ところが、いつも肝心の謎解きが抜けているのだった…。
各地で困難に直面したマルコ・ポーロが、いかに機転を利かせて切り抜けたか。囚人仲間はああでもないこうでもないと知恵を絞るが、さっぱりわからない。いい加減焦れてきたところで、マルコ・ポーロはようやく謎を明かす。全13編、同じパターンの繰り返し。
これが実に面白い。本格というよりはとんち比べだろう。考えたってわかりっこない。それでも説明されれば、そんなのありかと思いつつ膝を打つ、絶妙なバランス。柳広司版『東方見聞録』であり、柳広司版『一休さん』でもある。簡単に真似はできまい。
タイトルの『百万のマルコ』とは、一説には嘘つきを意味するというマルコ・ポーロの通り名「イル・ミリオーネ(Il Milione)」に由来する。通り名が示すように、彼の話は途轍もなくスケールが大きい。それなのに、1編当たりは20p前後に収まっているのだ。
ところで、『東方見聞録』はマルコ・ポーロの著書と思われがちだが、彼の口述を記したのは作家のルスティケロである。本作にも、囚人仲間として作家のルスティケロが登場するが、本作が彼の一人称になっているのには大きな意味があった。最後に心憎い演出が用意されている。冒頭の〈百万のマルコ〉の約束は、嘘ではなかった!
実際のマルコ・ポーロは日本を訪れていないが、本作はジパングでのエピソードから始まる。ここは作品世界に身を委ね、騙されるが吉。 なお、『東方見聞録』によると、ジパングには人肉食の習慣があるというが、本作には描かれないのでご安心を。