横山秀夫 03 | ||
半落ち |
出るか出るかと噂されながら、なかなか刊行されなかった横山秀夫さんの長編作品。「ダ・ヴィンチ」で予告されていた作品とは別のようだが…とにかくやっと出た。
刑事ドラマなどでよく聞く「落ちる」とは、容疑者が犯行を自供したことを意味する隠語である。では、本作のタイトル『半落ち』とは? あるサイトによると、執拗な取り調べにより今まさに口を割らんとする状態だというが、本作の場合は意味合いが異なる。
妻を殺したと自首してきた現職の警察官。彼は容疑を全面的に認めている。だが、犯行から自首に至る二日間の空白については頑として口を割らない。何かを隠している…。男は「落ちて」はいない。「半落ち」だ。
正確には連作長編だろう。男の立場は、現職警察官から容疑者、被告人、受刑者、あるいは取材対象へと変わる。警察官、検察官、新聞記者、弁護士、裁判官、刑務官。次々と視点が変わりつつ空白の二日間に迫る、という趣向である。
文部科学省お墨付きの社会科の教科書によれば、強固に独立しているという警察・検察・裁判所の三大司法機関。そこに報道機関を加えたもたれ合い。駆け引き、いや取り引き。各組織内の思惑のぶつかり合い。被疑者本人を蚊帳の外に置いて展開される、滑稽なまでに醜い人間模様。これぞ横山節、これぞ本作の読みどころ。
非常に喩えが悪いが、職場の同僚と飲む際にその場にいない上司をさんざん酒の肴にするようなものである。本人はいないから何とでも言える。そうだそうだと合いの手を入れつつ、結局は我が身の可愛さを誰もが実感する。保身に走る特権階級も、虚しくグラスを傾ける僕ら雇われ人も、根っこは一緒なのだ。
とはいえ、組織の中で足掻くおせっかいで愚直な男たちも少数ながらいるわけで。いい奴と悪い奴、どちらが欠けても本作は成立しない。言ってみれば、誰もが脇役、誰もが助演男優賞。主役がいなくたって本作は面白い。