横山秀夫 08


クライマーズ・ハイ


2003/09/08

 1985年8月12日。羽田発大阪行JAL123便が群馬県山中へ墜落、炎上した。史上最悪の航空機事故。年に一度、恒例の御巣鷹山での慰霊祭の映像を目にしたとき、我々は辛うじてその記憶を呼び起こす。19年目を迎えた夏に、刊行された本作。

 横山秀夫さんは、群馬県の地元紙である上毛新聞社の記者を12年間勤めたという経歴を持つ。日航機事故はその間に発生し、横山さん自身も取材に携わったという。これまでも警察機構の内情に迫る緻密な作品群を送り出してきた横山さんだが、本作は直接あの大事故を取材した者にしか書けない、迫真の一作だ。

 物語の序盤、墜落現場が長野県側か群馬県側かで情報が錯綜する。どうか長野県側であってくれ。結果、群馬県側であることが判明するが、それでも「もらい事故」との思いが拭えない。地方紙にしてみれば、群馬県は墜落現場に過ぎないのだ。遺族ではなくても不謹慎だと思うだろう。だが、それは包み隠さぬ本音でもある。

 事故の全権デスクを命じられた悠木の戦いが始まる。紙面を巡る各部門との舌戦。地方紙には全国紙には載らない地元の話題を伝えるという使命がある。純粋に地元の話題とは言い難い日航機事故。それでも地元紙として、記者の目線を伝えたい。しかし、地元紙の事情も無視できない。板ばさみになる悠木。

 こうした社内の確執に、悠木個人の事情が絡んでくる。親子関係の苦悩。果たせなかった同僚との約束。その同僚も倒れてしまった。だが、やはり読みどころは北関東新聞社内での人間模様にあるだろう。この点はこれまでの警察小説と変わらない。

 そんな中、無視できないエピソードがある。事故死したかつての部下。その従姉妹が掲載を依頼してきた原稿の、最後の四行。それはまさに、報道の本質を、悠木の胸を突く叫び。未曾有の事故で失われた命。紙面の片隅にも載らない命。

 そして現在。日航機事故全権デスクの重責を担った悠木は、山に立つ。当時記者として事故に関わった横山さんは、悠木は、自分の中で濃密な記憶を消化できたのだろうか。その重さは、僕には計り知れない。



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