横山秀夫 09


影踏み


2003/11/16

 人気作家となった横山秀夫さんの、今年4冊目の新刊である。しかし、いずれも飽きさせずに読ませるのは、警察小説から距離を置き新たな路線に挑んでいるからだ。

 今回の主人公真壁修一は、何と泥棒を生業とする。深夜、家人が寝静まった住宅に侵入する「ノビ」を専門とする、通称「ノビカベ」。かつて法曹界を目指していた秀才は、ある悲劇を境に法を捨てた。窃盗罪での服役を終え、出所してきた真壁だったが…。

 出所した後も各編で侵入を重ねる真壁だが、盗みのプロセスよりは毎回何らかの謎解きに主眼を置いている。読んでみればわかる通り、真壁の頭の回転は恐ろしく早い。真っ当にも生きられるだろうし、泥棒としてももっとでかい仕事ができるだろう。しかし、真壁は地方都市に根を下ろし、生活に必要な分しか盗まない。

 誰のために? 何のために? ストイックな真壁の生き様。こうした陰のある人物像は横山さんのお手のもので、読者の心を掴むのに十分だ。「泥棒小説」だけに、「警察小説」とは切っても切れない関係にある。新しい試みでありながら、デビュー以来培われたエッセンスが随所に活かされている。現時点の集大成的作品と言えるだろう。

 魅力が尽きない本作にあって、特筆すべき設定がある。ディテールに裏打ちされたリアリティが売りである横山作品としては驚くべき設定だろう。しかし、それを奇異に感じさせない手腕はさすがと言う他ない。どういう設定かをここで書くわけにはいかないが、真壁が法を捨てるきっかけとなった悲劇に絡むとだけ言っておこう。

 そして、お約束と言っては失礼だが一人の女性を巡るサイドストーリー。真壁の生き様が生き様だけに、「彼」のじれったい思いはよくわかる。真壁があそこまで頑なな理由は…最後まで読んでみてください。多くは語らない辺りが「ノビカベ」たる所以か。

 まったく新しい泥棒浪漫は最終話にてとりあえず幕となるが、横山さんには続編というか完結編を是非とも望みたいものである。できれば長編で。



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