横山秀夫 11


臨場


2004/04/27

 『死体は語る』という上野正彦氏の著作を読んだことがある。監察医として三十年以上変死案件を扱ってきた経験が語られているが、珍しい事例だけを書くのではなく、コメントや自らの人生観を挿入するように努めたそうである。

 実際、ノンフィクションというよりエッセイ集に近い仕上がりだったが、これが功を奏し文句なしに面白い本だった。『死体は語る』はベストセラーとなり、続編も刊行された。

 本作『臨場』を読んで、ふとそんなことを思い出した。本作の主人公倉石義男は、『終身検視官』の異名を持つ捜査一課調査官である。検視官と監察医の職務に密接な繋がりがあることも理由の一つだが、大きな理由は別にある。

 便宜上倉石を「主人公」と書いたが、実際にはその存在を前面に出さず、事件関係者の描写に重点を置いている。検視官という仕事の物珍しさに頼らず、あくまで「小説」を志向している。このような手法に、『死体は語る』に通じるものを感じたからである。

 矛盾するようだが、倉石は横山作品の中でも一二を争う強烈な存在感を漂わせている。若手の刑事に多数のシンパがいるというのも頷ける話だ。だからこそ、一歩退かせなければならない。死者と関係者を巡る悲哀の物語が、上司を上司とも思わないこの男の色で塗り潰されてしまうから。そのことを倉石自身もわきまえている。

 ただ、その点を構成の妙と捉えるか物足りないと感じるかは人それぞれだろうとも思う。僕自身の感想は、どちらとも言えるしどちらとも言えない。ネタといい、倉石の人物像といい、うまく短編に収まっているようで窮屈な印象を受けた。ここは一つ、長編でそのエネルギーを存分に発散させてみてはいかがでしょう、横山さん。

 短編ならではの切れ味が光る作品もあることには触れておきたい。「鉢植えの女」は短編としても本格としても傑作の一編だ。こんなところであるお約束にお目にかかるとは。これだけでも読んだ甲斐があったというものだ。

 それにしても、この装丁は一本取られた。



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