マヤの遺跡
1000年の間、
密林に放棄され
眠り続けていました.
掘り返され、密林の緑に生えて、
昔の威容をそのままに、
わたしの前に白く耀きました.
そこにわたしは別の
人類の知的体系がみえました.
人類の姿を一望できる小宇宙です.
日々の自然と共にする生活、
自然に神を見る生活、
大宇宙を想像し幻想するひたむきさ、
芸術し創造し構築し科学し共に歩む
人類の姿をみました.
遺跡の中に人類の賛歌が沸き立つように思いました.
スペインの遺跡は幾つも見ています.
そこに見える文化や生活の形態は
今のわたしが生活の中ですでに共有しているもので、
今迄遺跡をみることは違うものは何か、
知らないものはなにかという差分を見つけ出すことでした.
差分の発見は点の発見でしか有りませんでした.
しかし人類の本流となった
西洋文明の影響なしで育ったマヤ文明は
小作りだが、人類の全貌が見える小宇宙でした.
この異質な人類は点でなく面のように、
いや立体でプリズムのように輝いて見えました.
マヤの人々はとても少ない人口(都市国家当たり3万五千人)で、
優れた建築、芸術、天文学、数学の知性を花開かせている事から、
人々は一人一人が考えられない創造性を発揮し、
かつ、協力してことを行うという、
人の最も喜びを感じる毎日の生活をしていたのでないかと羨ましく感じました.
マヤの末裔ですと名乗るガイドがマヤ文化を誇らしげに語り、
その後にスペインがマヤを絶滅したのは間違いだと強く訴えたとき、
スペインの混血だともいうこの人の複雑でやり場の無い悲しみを同じ人間として感じました.
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