神サマと三八式

我が帝国陸軍は、日露戦争終わり頃から昭和20年までのあいだ、三八式歩兵銃を使いつづけました。太平洋戦争にいったかたのお話によく、「敵は自動小銃でバリバリ撃ってくるけど、こっちは一発ごとに弾を込めなきゃならない!」という劣等感に似た感想が出てきます。アメリカはなんでもオートメーション化されていて、それになんでも人力で対抗した日本軍の完敗というわけです。たしかにそのとおり。アメリカ軍は第二次大戦で唯一全ての部隊を自動小銃装備にした軍隊であります。一方、完全とはいかなかったものの、ソ連やドイツも小銃の自動化を進めつつありました。

しかし、日本だって、自動小銃は作っていたんです。ちゃんと小銃実包を使ったサブマシンガンでないやつです。しかし、なぜかボツ。理由は、いろいろあったようですが、どれも決定的理由ではないような気がします。

で、わたしが推測するに、一番の理由は「めんどくさいから」。

サンパチ式は自動小銃が計画された時点ですでに三十年近い実績を持っていました。新兵で新式小銃としてわたされた人が軍隊を除隊せずに頑張りつづけて営門少佐になってもまだ同じ銃ということは、これはもう、すでに「伝統」。訓練体系も完成してしまい、「三八の取り扱いの神サマ」もできあがっていたはず。ベテランのかれらの、全てを知り尽くした訓練で続々と精強な現役兵が送りだされているのに、今から新小銃の取り扱いを覚えるなんて、しかもベテランも小銃に関してはレベルが新兵と同じに逆戻りしちゃいます!なんかカッコ悪いし、べんきようやり直しなんて、めんどくさいじゃん。

造兵廠の職人サンもこの道30年の大ベテラン。「三八の調整の神サマ」です。つむじ曲げると仕事しません。あとからきた人が、おいそれと改革をいえる空気ではありません。しかも、職人サンも、今小銃が更新されればお勉強やり直しです。そんなのめんどくさいじゃん。

では、一番自動化の恩恵をうけるはずだった前線は?

当時の敵、中国軍は三八と同じボルトアクション。前線は射程以外に危機感を持っていません。火力優位に立とうなどとも思わなかったのでしょう。(中国兵は無駄な損害を出すような戦い方はしませんでしたし)

だって、戦術変えちゃったら「戦術の神サマ」の指揮官は勉強やり直しだし、輜重は混乱するしで、めんどくさいじゃん。

それから、たとえ当時無比の権勢を誇った、「ご意見無用」(まるで戦後のマスコミみたいですが)の横暴な陸軍でも、予算がないとなんにもできません。大蔵省には頭が上がらないのです。(大蔵省の役人が満州に出張すると、関東軍から盛大な接待攻勢をうけたらしい)ただでさえ不況なのに、戦費調達の上、新装備の予算案なんて通すのめんどくさいじゃん。

こうして日本軍はアメリカとの戦争を三八式で通すことになるのですが、近接戦闘の多い太平洋の戦場に、大陸での戦訓で射程を長く改良した九九式小銃をもっていくという柔軟性のなさ、本末転倒、頭の悪さ。負けそうになって、あわててなりふりかまわず採用したM1ガランドのコピーも間に合わなかったとさ。

というわけで、自動小銃不採用の理由は、「神サマ」が「めんどくさがった」から。

陸軍に比べて「スマートネス」な海軍はどうだったかというと、ここも「砲術の神サマ」や「水雷の神サマ」、「見張りの神サマ」、しいては「艦隊決戦の神サマ」がいて、レーダーの採用に不熱心だったり飛行機による索敵を軽視したり、「零戦の神サマ」が新型機による新戦法を編み出すことを怠ったりして、結局その不勉強さを自らの血ではらったりしています。まあ、同じ日本人だし。

外国ではどうかというと、やっぱりある程度はあるみたい。探してみてください。(ただ、同時に、頭の柔らかい点も見つけましょうね。全否定はいけません)

でも、これらを、ヘ〜!そりゃ負けるよ!ばっかで〜!で他人事として済ましてはいけません。神サマって、今でもそこらじゅうにいますよ。

たとえば、ドスの神サマ。せっかくドスのコマンドライン覚えて、使いずらいプリンタの設定も覚えて、ねらった通りに書類をプリントできるようになったのに、グーイーのオーエスがでて、誰でも直感的にデータをいじれるようになって、画面で見た通りにプリントできるようになっちゃったら「そんなもの、オモチャだ!」と言い出すひと。(あ、うちのおやじ・・・うちのオヤジは、自衛官だったけど、拳銃といえばコルトガバメントしか理解しようとせず、小銃は64式にはまるで無関心。まあ、無駄の多い64式よりもガランドの方がメカ的にすばらしいもんね。しかし、歩兵に見切りをつけて専門を弱電関係に切り替えるところは頭が柔らかい人で、勤勉なので尊敬してます。)

アプリのバージョンが新しくなって、新機能でできることの幅とのーりつが上がったのに、操作感が変わっちゃったので覚えなおすのがめんどくさくて、「新バージョンは不安定なんだよ!」とか根拠のない理由をつける人。(あ、オレかも・・・)

やっぱり、人間、がんばって一人前になった技術があっても、必要ならさっさと見切りをつけて、常に新しいことにも、前向きに立ち向かっていかんとダメだなあ。と個人的に思いました。

ところで、

三八式歩兵銃は、小銃としては大変よくできています。

機関部は頑丈で、かなりの強装薬にも耐え、薬室の吹き抜けにもある程度安全で、遊底と連動するダストカバーはいいアイデアです。ちょっと長すぎる気はするけど、構えごこちもいい。重いといわれるけど、列強の小銃と変わらないか、少し軽いです。

6.5ミリ実包は発射音も光も少なく(十一年式軽機用の弱装薬弾を使った狙撃は発射地点がわからなかったのでアメリカ人は嫌がった)、反動も小さく、軽く、射程もそこそこで、米軍の無駄にパワーのでかい・30-06実包よりも、「近代的」だったともいえます。(まあ、使ってた戦場がだだっ広い大陸だったので、8×56ミリの中国軍にアウトレンジされちゃったんですけれど。)陸軍はその利点にまったく気付かなかったけれど、ロシア人はこの実包の利点に目をつけ、フェデロフ自動銃を作ったのは有名な話。

敵もボルトアクションであるかぎりは、三八でも互角以上に闘えたでしょうが、戦争は常に敵より優位に立つことを考えなくてはダメなので、やはり、「時代遅れ」呼ばわりされるのは致し方のないことなのでしょう。きっと、陸軍の思想というのは、「いかに優位に立つか」ではなく、「いかに無難に日常をおくるか」という点を重視していたのでしょうね。

いや、それならそれで、戦争などという非日常を起こさなければいいことなんですが。

 

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