タイトル

私が白馬に滞在していた間、一緒に仕事をしていた方々の紹介をします。
ただし、いろいろと都合のある方がいらっしゃるので名前はイニシャルとします。
けっこう笑えるメンバーだったので私も退屈しませんでした。(でも、やるときはやる!)


酒を飲むとすぐに寝てしまうY工業のAさん
このお方は酒の入っているときは必ずどこでも寝るという特技をお持ちで、白馬「信濃茶や」では 知らない方は居ません。お会計の時に起こすのがいつも大変だった記憶がひたすら残っています。でも、 不思議なのはこんな状態でもフラフラしながら千鳥足で歩いて家に帰れる(5分くらいですけど) というのが私にとっては尊敬ものでした。(側溝に落ちそうで落ちない)
名言には「鳴らぬなら 鳴るまで飲もう かっぽ酒」 というすばらしい言葉も残しています。


こよなくP人を愛するY工業のH兄ィ
はっきり言ってすごいです、P人に関しては。私もこの情報化社会において国際的な事情はあまり知らなかったのですが この兄貴のおかげで多少は勉強できたと思っています!この兄貴もまた酒が入るとかなり陽気になり、かつては酒を飲み過ぎて なぜか足を負傷した(全治1ヶ月位)というすばらしい経歴をお持ちの方です。
しかし、こんなおもしろい兄貴でも 温泉のことになると結構こだわりが感じられます。私らをおいて一人で行ってしまうくらいですから・・・・。 とにかく全盛期時代を作り上げた人物には間違いありません!


毎週、漫画は5冊以上買うY工業のHさん
私は入社して以来、自分の会社よりもこのHさんと一緒に仕事をしたのが一番長いので、未だに親しみを感じています。 とにかくHさんは漫画好きで、私は白馬に滞在中漫画に不自由したことがありませんでした。なので東京に戻ってきて 自分のお金で漫画を買うのがなんかもったいなく思ってしまいました。(スイマセン!)あとHさんは疲れやすい体質なのか いつもグッタリしています。その疲れ具合は体の傾き(通常は5度)で分かります。だから温泉は毎日入っていました。 こんなHさんも1度だけ酒を飲み過ぎて「岩岳の湯」の休憩所で2時間も寝てしまったという立派な過去を持っています。


新入社員でいきなり来てしまったY工業のT君
彼こそ悲劇のヒロイン(言い過ぎか?)だったのではないでしょうか。東京で入社していきなり白馬じゃ最初はかわいそうだなぁ なんてよその会社ながら思ってしまいした。しか〜し!ここはT君、時が経つにつれてすっかり白馬ペースに染まってしまいまして、 特に温泉にはこだわりがあり彼の頭の中では「温泉施工計画」なるものがありました。月曜日は岩岳の湯、火曜日はみみずくの湯・・・・土曜日は 五龍館とキッチリ工程が決めていましたので私らはそれに従うしかありませんでした。ちなみにT君のスノーボードデビューは岩岳スキー場でした。


まさかの再会、S工業のUさん
びっくりしました。私が新入社員のころ初めて就いた現場にこのUさんがいて現場のことをいろいろ教わりました。そして2年の歳月が流れ 今度は白馬でまた仕事が一緒になるとは思ってもいませんでした。なのでとても安心しました。しかし、安心したのも束の間、今度は夜の現場 (?)をみっちりと教わりました。特に焼酎のストレートを飲んだのはここが初めてで、いつもAさんとH兄ィはこのUさんに潰されていました。 ここで私は「酒は飲んでも飲まれるな」という言葉を思い出し、昔の人はいいことを言うなぁと関心してしまいました。とにかくUさんは酒を 飲むとリピートモードに入り、必ず同じ話をします。あれからしばらく経って久しぶりに同じ話を聞きたいなぁなんて思う今日この頃です。


お世話になりました、元請けの(株)TのY専務
本当にお世話になりました。私どもが下請けという立場なのに本当に気を使って下さって感謝しております。はっきりいって私の在籍していたD工業の 中にもこんなにいい方はいません!なので、いまでもちょくちょく連絡をとっております。話は変わりますが、Y工業とD工業とこのY専務で「信濃茶や」 に行ったことが一番インパクトのある思い出です。なんといっても酒を60合近く飲み干してしまったのですから・・・・。この当時はアベレージで30合 は飲んでいました。ここらへんで「信濃茶や」に名前が売れてしまったのだと思います。とにかく白馬錦はうまい!
話はそれてしまいましたが、専務!今度の冬もスノーボードをしに行くのでまたお世話になります!よろしくお願いいたします!


憎めない性格、私の後輩でD工業のO君
とにかくこのO君とは朝飯から昼飯、温泉、飲み屋、寝床と24時間、四六時中一緒でした。なので性格もすべて把握していましたのでお互い何のためらいもなく 白馬ライフを送っていました。O君は青森出身で未だになまりがとれず(直す気がない?)誰が聞いても東北地方出身というのが分かります。こんなO君もH兄貴を 非常に慕っており夜はいつも行くところは(F人の店)一緒でした。一時は、はまりすぎて危険な状態にまで落ち込みました。「大体あーいった所へ一人で行くようになったら末期症状だよ」と冷めたHさん から聞いていたのでちょっと心配でした。が、年が明けて宿にアルバイトのおねぇちゃんが来てからはあっという間に更正しました。本当に単純です。この更正の仕方はD工業も見習う べきです?! とにかく、先輩後輩の関係を越えたすばらしい関係(といっても別にイヤらしい関係ではありません!)でした。これからも日々精進していって欲しいものです。



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