徳本峠越山行記録  米倉 逸生 

 

参加者 牛山貴史(42回) 瀬井(小沢)美子(22回)  米倉逸生(19回)

 

5月31日(終日雨)

この山行は、日本山岳会信濃支部が主催するウェストン祭の記念山行に、一般参加として加わる予定のものだった。しかし、夜半からの雨で、記念山行としての峠越えは中止。それでも、峠越えの伝統を絶やさず続けてきた信濃支部の数名と、一般参加の十数名が雨の中を予定通り峠へと出発した。中止と聞いて、私(米倉)は内心ホッとしていた。ゆっくり上高地に上がって、嘉門次小屋の囲炉裏で岩魚の塩焼を肴にゆっくり一杯飲るかなんて考えていたからだ。ところが、奈良から馳せ参じた瀬井さんと、テント持参の牛山君は「こんな雨、なにさ」といった意気込み。その気迫に押され、一応信濃支部の会員である私も渋々同行することになった。なにしろ雨の日に登るなんて絶えてなかったことで、数年前に買ったゴアテックスの雨具は、ずっとザックの肥やしになっていたのだ。

06;33 島々宿発。渡辺庸子さん(19回)等に見送られて歩き始める。徳本峠の道は一昨年5月の豪雨で橋が流されるなどして不通となっていたが、昨秋漸く復旧したものだ。しかし、今でも各所にその爪跡が残っている。二股のすぐ手前でも、路肩が完全に落ちて、道は一旦川原に下り、水際をへつるように付けられていた。

二股から岩魚留までは、雨で滑り易くなった橋や、壊れて架け替えられたアルミの梯子に注意しながら進む。しかし、一見何でもないように見えた高巻き道で事件は起きた。10名ほどの集団の最後尾を歩いていた私のところで、突然道が陥没したのだ。それは、あっという間の出来事だった。私は見事に首まで穴にはまっていたのだ。ちょうど、雪庇を踏み抜いたような、或いは落とし穴に落ちたような感じだった。しかも、下の土砂はすっぽり抜け落ちていて、奈落のような空洞にぶら下がっていたのだ。前を歩いていた信濃支部の東君(深志20回)に大声で助けを求めたが、沢音にかき消されて届かない。後ろにも人の姿は見えない。くずくずしていると次の崩落が起きるかも知れない。腕の力で体を引き揚げようとするが持ち上がらない。なんとか膝をひきあげ、バック&ニーで体をずり上げる。漸く穴から脱出。まさか、こんな所でチムニー登りをさせられるとは

穴の直径は60センチほど。ほぼ道幅いっぱいの大きさで、ポッカリと口を開けていた。改めて覗き込んでみて、その深さにゾッとする。しかし、運悪く私が踏み抜いたが、そうでなくても何れ誰かが踏み抜いたに違いない。考えようによっては、穴を開けてしまって良かったとも言えるが、それにしても

大分遅れて岩魚留に到着。東君に「俺を見捨てて行きやがって」となじると、「そりゃあ、重量オーバーだわ」と返された。くそっ。それに、せっかくの雨具が泥だらけだ。

今年は残雪が多い。岩魚留の下のワサビ沢にも大きなデブリが出ていたが、珍しいことだ。気を取り直して岩魚留を出発。それにしても牛山、瀬井両君の足取りは軽い。牛山君は当然かも知れないが、50代後半に差し掛かる瀬井さんの軽やかさは大したものだ。牛山君にペースダウンをお願いし何とか付いて行く。岩魚留の上部の道は大分荒れているが、この時期はいつものことである。

13;08 徳本峠着。小屋で豚汁をご馳走になる。雨と汗に濡れた体にはことさら嬉しい。雨は時折小降りになり、薄日の差すこと(狐の嫁入り)もあったが、ほとんど降り続いている。ウェストンが別れを惜しんで涙を流したという穂高の眺望もまったく見えない。すぐさま下降。黒沢には残雪がたっぷりあり、膝への負担が軽減され、私には助かる。余談だが、この黒沢はいつかスキーで下りたいと考えている。四月中頃が適期か。また、白沢の本流も滑降可能と思われる。明神橋から見ると六百山との鞍部から白い斜面が一直線に下っていて、とても魅力的だ。

さて、《下りの深志》の伝統を活かし徳本駐車場まで一気に駆け下る。明神へ下る車道の両側は一面のニリンソウ。樹間を埋める緑の絨毯に白い可憐な花が無数にちりばめられている。雨に濡れた新緑に岳樺の白い梢が鮮やかだ。山はまったく見えないが、ふと雨も乙なもんだと思ったりする。

14;45 明神着。嘉門次小屋へ向う。囲炉裏端は既に満員だったが、無理矢理詰めてもらう。何たって、ここは囲炉裏端でなきゃ意味がない。熱燗で体を温めているところへ、古旗開太郎(22回)、植松晃岳(24回)両君が合流。岩魚の塩焼を堪能した後、みんなで上高地に下る。

牛山君は小梨平で幕営。瀬井さんはバスで松本へ。米倉は翌日のウェストン祭のため、五千尺ロッジへ。

 

6月 1日 (快晴)

昨日とは打って変わった晴天。ピーカンの空に残雪の穂高連峰が輝いていた。昨夜、小梨に泊まった牛山君と河童橋の袂で別れの挨拶。対岸に霞沢を仰ぎ見るウェストン碑の前で、第62回ウェストン祭は滞りなく終了。午餐会恒例のカレーライスを頂き私も下山する。

朝6時過ぎ、雨の中島々宿を出発 二股着、これから登山道を行く 雨の中の徳本越えを断行した3人
新たに架けられた橋をわたる 雨ではあるけれど、気持ちの良い樹林帯 岩魚留小屋に到着
沢沿いを外れ、九十九折りの登山道を行く 徳本峠までもう少し、二輪草が我々を出迎える 徳本峠着。小屋の主より暖かい豚汁を頂く
徳本峠からの下り。白沢は雪渓を滑り降りる 明神手間で前でまた二輪草が我々を・・・ 明神着。この後嘉門次小屋で岩魚と熱燗
ひょうたん池は雲の中 昨日の雨が嘘のような焼岳 昨日の雨は嘘のような穂高