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「やみ夜」にこめた一葉の思い

杉山 武子  



 江戸時代の長い鎖国状態を破ったのは、明治維新という「チェンジ」の精神だった。しかし明治維新は市民の要求から 実現したものではなく、近代国家に生まれ変わるため国の上部からのチェンジだった。その結果、日本は封建社会から 資本主義社会へ、幕藩体制から天皇制中央集権国家へ脱皮した。つまりチョンマゲからヒゲの世への政権交代だった。

 このとき日本は、政治も経済も社会も全部一度にひっくり返った。ところが人々の暮らしには階級意識が色濃く残り、 頭の切り替えができなくて没落する者、無産から大地主にのし上がる者、インチキ商売で財をなす者が横行した。世渡り 上手が得をする、百鬼夜行の混沌の時代だったかもしれない。

 そんな明治5年に、現在の千代田区内幸町で樋口一葉は生まれた。24年の短い生涯のあいだに、和歌や王朝文学を 学び、14歳から書いた日記で文章鍛錬を続け、父亡き後は17歳で母親と妹を養う義務を負わされる。しかし一葉は 歌塾で上流社会を知り、上野の図書館で勉強し、文壇の大家や帝大の学生たちと交わり、当時一流の人々との出会いを 享受している。

 また一葉は貧民街の暮らしを体験し、遊郭や銘酒屋の女性を通して明治の風俗にも触れている。明治の上流から下層社会 まで経験したことが同時代の夏目漱石や森鴎外には無い強みで、一葉は使命感をもって下層社会の女性を小説の主人公に した。

 一葉の小説「やみ夜」は、変革期の現在とも通じている。「やみ」とは闇のことで不正の意味もある。不正の横行した 明治の闇社会は、明るい文明開化の裏返しでもある。

 110年前に書かれた「やみ夜」の世界は、現代の私たちに向けて仕掛けられた。時限爆弾のようにも私には思える。

劇場/東京・両国 シアターXカイパンフレット
樋口一葉『やみ夜』―白波三人組―2010年1月10日〜14日上演