比の好きなもの  「釣り」
------------------ Caution -------------------
これは、私の記憶のみで書いています。
とくに、資料を準備して、確認しながら
書いていないので、間違いもあるかもしれませんが、
話半分で読んでください。
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1.はじめて釣る
母親の実家が、酒田でした。毎年夏休みには、酒田に遊びに行きました。
小学校1年の夏休みも、酒田に行きました。酒田には、同じ年のいとこもいたし、
釣りの大好きな叔父もいました。いとこたちと、叔父さんと、近くの川に釣りに
行く事にしました。いきなり海には、行かないのです。まず、川です。川と言っても
家から、100mくらいで、川に着きます。小型の舟が行き来する程度の川です。
酒田ですから、河口に近いので、大きな川ですね。その川は、新田川と言って、
昭和51年の酒田大火の時に、やっと、この川で火が止まったという、川です。
その川岸にみんなで並んで釣りをはじめました。2.7mくらいの竹のさおです。
フナを二匹釣ったという記憶があります。もちろん、魚を釣り上げたのは、これが
初めてです。いとこたちも、二匹くらいづつ釣ったと思います。
叔父さんに、そのさおはもらいました。竹の3本継のものでした。糸、鉤、浮子も
もらいました。鉤は、ハリスがついていないもので、ハリスの結び方を練習しましたが
そのあと、やらなくなったので、やがて忘れました。

2.たのしくタナゴ釣り
小学1年の夏休みが終わり、クラスのみんなといろいろ話してみると、
釣りをしている子が結構いました。上杉氏の居城あとの、上杉公園の
内堀に釣りに行くというのです。家からは、3kmくらいの距離でしょう。
歩いてあるけない距離ではありません。酒田の叔父さんにもらった一式で
行ってみました。しかし、道具がちょっと違うのです。酒田の釣りは、比較的
大物がかかる可能性があるため、ラインは3号で、鉤も大きなものでした。
しかし、上杉公園のお堀の魚は、小さいのが多いので、ラインは、1号で充分
鉤も小さな物でした。しかたなく、釣具店で、少ないお小遣いで買いました。
ラインは、10円、鉤も10円ですが、物価で考えると、それぞれ、今の
100円以上だと思います。
釣れる魚は、一番多いのは、タナゴ、つぎに、モツゴ、うまくいけば、フナが
釣れます。エサによっては、ヨシノボリを釣ることができます。
地方の呼び名で、モツゴは、「ジャラ」あるいは「ジャラコ」、ヨシノボリは
「カジカ」と呼んでいました。もちろん渓流性のカジカも、「カジカ」と
呼んでいました。
日曜日に、クラスメートといっしょに、お堀での釣りは、たのしいものでした。
そのうちに、お堀だけでは、満足しなくなりますし、自転車という、足も
ありますので、遠くにでかけることになります。
中学1年の時には、自転車で結構いろいろと出かけるようになりました。
その時までに、竹の3本継のほかに、4本継と5本継も買いました、4本を
メインに使っていましたが、どうしても重いのです。当時は、一番安いのが、
竹の竿でした。友人たちは、早めに、クラスファイバー製の、テレスコピックの
竿になっていました。私が最後までのこった、竹派でした。お小遣いをためて
5本継の、テレスコピックの4.5mのグラスファイバーを買いました。その軽さに
びっくりしました。竹の4本より、はるかに軽いのです。いつも、それ一本を
持って出かけました。この釣りも、中学3年のはじめくらいで、やめてしまいました。
理由は覚えていませんが、興味が別な方向に行ったのでしょう。

3.ルアーというものを知る
中学の時に、いっしょに釣りに行った、Hくんは、その後もずっと、釣りを
続けていました。Hくんは、高校卒業後、首都圏の大学に進みました。夏休みに
帰郷した彼の部屋に行くと、見たことも無いものがありました。リールは、
コイの吸い込み釣りをする人たちのを見て知っていましたが、竿がまずへんです。
たったの2本をつなぐもので、グリップがコルクです。本を取り出して見せて
くれました。ルアーフィッシングと書いてあります。ルアーという、偽物で
魚をダマして、釣るのだそうで、実物のルアーを見せてもらいました。
東京で買ってきたのでしょう。はじめて見るものでした。魚の形のもの、
きらきら光る金属のもの。こんなものでだませるのだろうか。毛鉤は知っていました。
ウグイを毛鉤で、虫と間違えさせて釣ることができるのは、わかりますが、
これは、たんなる金属ですよ。魚の形をしているものも、追いかけて、パクリと
行く前に、わかるんじゃないの。
それで、イワナとか、ヤマメも釣れるはずというのです。とにかく、行ってみようと
いうことで、行ってみました。どんなところで、どんなことをすれば良いのか、
わかりません。川です、そして、急な流れではなく、どんよりとした、ゆるい流れの
深い場所に行ってみました。そんな場所じゃなければ、だめのように思えたのです。
もう運転免許は持っていました。おやじさんの車をかりて、でかけました。
Hくんは、ルアー一式、私は、カメラ一台もって出かけました。たぶん今なら
絶対行かないような、中流域のどんよりとしたところ。市内じゃなく、とにかく
遠くに出かければ釣れるような気がしました。キャスティングして、とにかく
引いてきます。リーリングの方法については、本には、あまり書いていませんでした。
カウントダウンして、すこし沈めてから巻き取るという程度の内容です。
ところが、魚が追いかけてくるのです、すこし熱くなりました。でも、やっぱり
釣れませんでした。「ルアーとは難しいもんだ」という、感覚をのこしただけでした。
そのあと、ずっと、釣りに行くことはありませんでした。

4.イワナを釣る
大学を卒業して、社会人になると、会社には、釣りの好きな人がいました。特に、
イワナとヤマメを釣っていました。時々、山に写真を撮りに行っていると、山の
中を流れる川で、釣りをしている人を見かけます。イワナやヤマメを釣っていると
言うことはわかっていましたが、どうやって釣るのかわかりませんでした。その、
釣りが好きな人と話をして、釣りにいこうということになりました。
渓流用の竿なんかありません。とりあえず、小学校時代の、竹の4本継のものを
持って行きました。玉浮子をつけていきました。竹ざおに玉浮子ですから、
げらげらと笑われました。みみずをつけて、川に入れると、20cmを超える
イワナが、玉浮子を引きこんで、釣りあがってきました。感動でした。
場所は、市内の川で、さほど山奥ではありません。つまり、米沢と言うのは、
さほど奥でなくとも、イワナは釣れるということがわかったのです。
それで、以前ルアーを試した、Hくんを誘いました。こんどは、私がおしえる
番でした。鉤はこれ、こういうふうにラインをつかって、こうするんだよと、
いうことで、釣りに行きました。いまから、20年以上前のことですから、
釣りをする人も多くなく、魚影も濃かったためでしよう、さほどうまくないはずなのに
簡単につれました。太ももまでのゴム長と、4.5mのグラスファイバーの
安い竿で、結構たのしみました。Hくんは、それまで、ヘラブナなどを楽しんで
いたのに、それから、ほとんど行かなくなりました。

5.フライでも試してみっか
Hくんは、山形の職場にいっていたので、山形の事情はよく知っていました。
山形には、フライフィッシングのお店が、新しくできたというのです。
面白そうだということで、行ってみることにしました。フライは、当時、
山渓の「アウトドア」という雑誌で、よく特集を組んでいましたので、
なんか新しい釣りのようだということは、わかっていました。山形のお店に
行ってみました。かなり小さな店でしたが、ご主人と、美人の奥さんが、
親切に教えてくれるので、気に入ってしまいました。私は、とりあえず、
フライからではなく、テンカラ風からスタートすることにして、#2のレベル
ラインと、タイイングに必要な最低のものを購入しました。ロッドは、150g以内の
3.3から3.6mのグラスロッドでもできるよということで、米沢で安いものを
買うこととしました。タイイングに必要なものは、ティムコで発売された
ばかりの100シリーズのフックで、#10と#16をそれぞれ20本。スレッドは
黒と白。ハックルは、インディアンハックルを、ブラウンと、タン。そして、
ポリヤーンと、ダビング材を二色。作ることにしたのは、パラシュートのみ
でした。とりあえず、それだけで、いけるはずというのが、アドバイス
でした。

タイイングツールは、実物を見てきたので、作ることにしました。バイスは
万力に、細いドリル用のチャックで間に合いました。スレッドのボビンは、
硬銅線と、銅パイプをハンダでつけて、作りました。ハックルは、ミノムシ
クリップではさめばなんとか巻きつけることができました。これだけで、
なんとか、フライはタイイングできました。これをはじめたのは、
春でした、しかし、この年はテンカラを持って行っても、あまり兆戦
しなくて、餌釣りが多かったため、結局毛鉤で、一匹も釣り上げることが
できませんでした。やる気があればできるのだということは、後で気がつきます

6.タキタローだ
大学時代にさかのぼります。毎日、毎日無線三昧のとき、近くに住む、高校の
先輩にあたるひとと、無線で話している時に、教えてくれました。
朝日に登って、O池に行ったこと。O池は、釣りキチ三平で知っていました。
そのあと、社会人になった時に、釣りをはじめると、気になってきました。
テレビでは、タキタロー調査隊のことを放送していました。
2万5千分の1の地形図を買ってきました。ルートを見ると、登山道が
しっかりしていて、行きやすそうです。行ってみることにしました。
思い立ったのが、9月で、禁漁間近なころでした。会社の同僚2人と、Hくんと
合計4人で行く事にしました。
時間の関係がわからなかったので、とにかく、午前4時に集合ということにしました。
出発したのは、4時半ころになったように覚えています。まだ、今と違って、
山形県には、高速道路はありませんでした。国道を走ってとにかく行きました。
みんな20代でした。元気いっぱいです。国道を離れて、県道、に入り、
怪しいトンネルに入っても、心細いことはありませんでした。とにかく、
うきうきなのですから。最後の集落につくのに、4時間が経過していました。
今より、1時間くらい長くかかったことになります。それから、小さな、
看板にしたがって、農道、林道と入っていきます。ひどい道路のため、20キロ
から、30キロぐらいしか出せません。登山口につくまで、米沢から、4時間半
以上が経過していました。
登山道は、今よりやや険しいような感じですが、いまより体力的にパワーは
ありましたから、2時間20分くらいで登りました。今では、日帰りの装備じゃ
ないと、このスピードは出ません。
はっきり言いますと、O池では、釣れませんでした。山小屋の前の場所で、
延竿で、飛ばし浮子で、ミミズをえさにすると、小さなイワナがたまにつれる
程度で、さっぱりです。でも、水門から下の川に行くと、人を知らないかのように
イワナがいくらでも釣れました。これは、はじめての経験でした。
最後に、東沢のあたりをうろうろすると、40cmくらいのイワナを
焼いている人がいました。それを釣る方法とか、いつの季節が良いとか、
情報を得ました。来年こそは、良い季節にくるぞ。
これ以上は、このページのメインテーマになりますので、ここでは、
省略します。

7.フライにのめりこむ
とりあえず、テンカラでやっていましたが、釣れません。それでも、フライロッドが
使いたくて、作ることにしました。山に持って行けるように、パックロッドにしました。
6ピースで、8フィートで#5のものです。グリップとリールシートは、安いものに
しました。ガイドをスレッドで巻いていって、最後にエポキシの樹脂で固めます。
エポキシは、きれいにはなりませんでしたが、とりあえず完成しました。
リールは、フルーガーのメダリストが一番安かったので、それにしました。ラインは
ダブルテーパーでした。バッキングがいらないぐらい、きちっと納まりました。
とりあえず、キャスティング練習をしました。
年が明けて、当時は4月1日が解禁でしたが、とにかく釣りに行きました。はじめは
エサ釣りです。友達のHくんがいつもいっしょです。ゴールデンウイークも終わり
暖かくなったある日でした。またHくんと一緒にでかけました。Hくんは、今日は
テンカラで行くというのです。私と数十メーターはなりたところで、やっていました。
「釣れたあー」という、大きな声。Hくんは、ついに、テンカラで、はじめて釣り
上げたのでした。それでは、私もということで、テンカラをとりだしました。毛鉤は
自分でタイイングした、パラシュートです。流すとすぐに、飛び出しました。
20センチのヤマメでした。目の前の河原で、ばたばたしています。私はと言うと
河原にへたりこんでいます。足がガクガクしていました。声が出ません。自分で
タイイングした、毛鉤に、ヤマメが飛びつきました。うれしいのと、びっくりしたのとで
腰が抜けている状態です。魚釣りをしていて、この時以上の感動はまだありません。
この日は、続けてヤマメとイワナを数匹ヒットさせました。はじめて釣った日に、
これほど釣れるとは思いませんでした。
それから、毎週のように、その場所と、その上流と下流に通いました。今度は、
テンカラではなく、フライロッドです。下手なキャストでも、そこそこ釣れました。
当時は、毛鉤も知らない魚だらけだったと思います。ミスキャストしても、
思わぬところから、出てくる場合もありました。
それから3年くらいは、フライにのめりこんで、暇があれば、川に行きました。
フライのパターンもバリエーションが増えて、いろいろとタイイングできるように
なりました。
ロッドですが、#5のパクロッドに続いて、番手の高いものも欲しくなり、#7の
パックロッドも作りました。4ピースでしたが、これは重すぎて、使い物になりません
でした。リールは、フルーガーメダリストの少し大きなものを買いました。まず、
シューティングテーパーのシンキングラインで練習しましたが、簡単には飛ばないし
重いロッドのため、あきらめました。
#7のものは、ウエダの当時の#7はなかなか使えました。しかし、2ピースのため、
山奥にも持っていけず、大きな川でヤマメを相手にしても、#7の価値を見出せ
ませんでした。ウエダから、湖用のCLFというシリーズのものがでると、#8を
買い求めました。しかし、あまり、出番が無く今に至っています。
ラインは、ウエートフォワードのフローティングも買いましたが、練習用で
終わっています。
番手の小さいものは、まず、#4−5のバンブーのキラクのデッドストックを格安で
買ってから、こればかり使っていました。そのあと、「つるや」の通販で、
バンブーのブランクを購入して作りましたが、試しに行って、25センチのヤマメを
ヒットさせたら、あとは、使っていません。由美さんには、ウエダのカスタム品の
パラボリックアクションの#3を使わせましたが、結局フライキャストになじめず
ルアーばかりになっています。
アメリカ出張の時に、Orvisのプロショップで、ロッドを2本買いました。なんとなく、
もったいなくて使わないでいますが、そのほうがよっぽともったいないと、最近考えて
います。2本とも、軽くはないのに、キャスティングはしやすいロッドだと思います。
そのうち使いますよ。

8.ルアーは、なんてすばらしいんだ
無線で知り合った人がいます。大学の先輩にあたります。話していると、釣りが好きと
いうことがわかりました。エサ釣りと、ルアーをしているというのです。私はまともには
ルアーをしたことがありませんでした。話を聞いて、ルアーをしてみたくなりました。
ロッドは、安物のグラスのパックロッド。防波堤のチョイ投げ用のものです。それに
安物のスピニングリールにしました。これで、総額2000円もしませんでした。
ルアーは、推薦のものを買いました。1個250円くらいだったと思います。
それを数個買って、出かけました。魚のいるところは、エサ釣りとフライでわかっていた
つもりですが、ねらう場所がまったく違います。エサ釣りは、岩のかげあたり、フライは
淵の下流端や、ゆっくりした瀬をねらっていましたが、いずれでもないのです。
「ここに立って、あそこに、落として、巻いて行くと、魚がスッと泳いで来て、あの
あたりまで、ルアーが来た時ガクッと、食いつく」と説明され、指定した場所に
落としこむように、キャストしました。スピニングリールでの、キャスティングは
ショートでも良いから正確にということて、あらかじめ家の前の道路で練習はして
いました。それで、ほぼ思い通りの場所に、落ちました、すぐにリールを巻き始めて
「それから、そこらへんで....」といったか言わないかで、ちょうどのタイミングで
ガクッとしたアタリ。あっと、ロッドを立てると、手応えが伝わります。巻いてくると
20センチを少し超したイワナでした。びっくりしました。未来が読めるように、
ピタリと言った通りに釣れたのです。「これは、恐ろしい釣りだ」と思いました。
そして、なんてすばらしい釣りなんだと思うようになりました。
それから、山形のお店に行って、お気に入りのウエダの中から、1ピースの4フィート
6インチという、ショートロッドを勧められて、購入しました。リールは、Hくんが
岩手のショップのデッドストック品を探してきて、ミッチェルの908としました。
908は、ミッチェルでは、珍しくアウトスプールですが、308より重くて、
ちょっとバランスが悪いので、そのあと、アメリカから、308を2個買ってきて、
308に乗り換えました。はじめの308は、フランス製で、結構酷使に耐えました。
ベールをロックする金具が磨り減ってどうしようもなくなり、2代目にしました。
2代目は、分解掃除のあとのネジ締めが不完全だったのか、川の中に立ちこんでいるとき
部品がすっ飛んで、使えなくなりました。2代目は、韓国製で、フランス製と、部品の
互換が微妙になくて、部品交換はあきらめました。3代目は、今現役ですが、
ベールのスプリングが、何度が折れて、今は、自作のスプリングで、なんとか、
使用しています。しかし、もはや、308も購入できなくなったので、時代と思い
シマノも買いこみました。シマノは確かに良いリールですが、308があまりに
体の一部のようになったため、なかなかなじめません。
ウエダの1ピースのロッドは、あとで1本買い足したので、今は2本になりました。
山に持って行くのに、ウエダの6ピースのロッドを買いました。山形のプロショップの
お勧めですが、なかなか良いロッドです。これですと、バランスでは、シマノのリールが
あっています。以前ABUのC4XやC33を付けてみましたが、どうもラインの
カーリングが発生しやすく、なじめませんでした。湖用のは、ウエダのサクラマス用の
ものを買いましたが、体力が追いつかず、あまり活躍していません。リールもそれに
合うものは、C4Xしか、持っていないので、うまく行かないのかもしれません。
釣れた話は、書かないことにしましょう。自慢話もしたくないし。
結婚して、こどもが生まれると、なかなか、家で、フライのタイイングもできないし、
ゆっくりと時間をとって、フライを楽しむということができなくなったたため、さっと
出かけて、ちょろっとロッドを振って、さっと帰るというスタイルには、ルアーは
ぴったりだったため、ここ10年以上は、ほとんど、ルアーとなってしまいました。
そろそろ、フライに戻りましょうと思っています。

9.海釣りのことなど
はじめて海釣りに行ったのは、社会人になって、2年目の時だと思います。同僚に
誘われました。何も持っていなかったので、Hくんに、ロッドとリールを借りました。
それ以外の仕掛けは、エサといっしょに買えば良いということで、行ってみました。
海と言っても、船に乗って釣るということでした。参りました。ひどい船酔いで、
2匹しか釣らないうちに、横になっていました。もう二度と、船に乗って釣りはしないと
誓いました。それ以来、船に乗っての釣りはしていません。
岸から釣る釣りは、Hくんに誘われて、新潟東港にいくというので、何度か行きました。
夜釣りで、電気浮子を使って、釣るのです。あまりたくさん釣った思い出はありませんが、
結構楽しいものです。
会社の同僚とも、新潟東港の防波堤で、夜、焼肉をして、宴会をしながらの
釣りを、何度か楽しみました。これも楽しいもので、1年に一度は必ずやりたくなります。
最近は、夜釣りではなく、こどもたちと、昼に、アジや、サヨリねらいで、
気軽にできる海釣りになってしまいました。


10.最後に、外来魚に感じること
米沢の水窪ダムにブラックバスがいることを確認したのは、昭和58年と覚えています。
漁協の人に説明しても、取り合ってくれませんでした。「持ってきてみろ」と、
いわば、門前払いでした。何を考えているのか、さっぱりわかりませんでした。
口コミで、「水窪には、大きなのがいる」と、人が来るようになったのは、平成5年ころ
だったと思います。10年ほどで、水窪は、大型バスのダム湖となってしまいました。
昭和56年ころは、秋になると、ワカサギが釣れ始め、氷が張ると、穴釣りで、
一日で数百匹と釣れましたが、バスが増えるに従い、ワカサギは釣れなくなりました。
「証拠があるのかい」と言う人もいますが、そもそも外来魚を放流することが
問題なのであって、ワカサギが減ると言う問題を話す以前のことだと思います。
たぶん、ダムの水を全て空にしない限り、バスを絶滅させることは、不可能でしょうから
このままずっと、水窪は、バスのダム湖となるのでしょうが、子供たちが、フナや
ハヨ(米沢では、ウグイをこう呼ぶ)を釣りに行くという姿を見ることができなく
なるのでしょうか。また、釣れない水窪に行ってみましょう。それでも、漁協の
腕章をつけた人が、遊漁料を徴収に来ます。

(2003.1.2)



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