一年に一度の特別な日。 女の子だったら――、うぅん、大好きな人がいるなら誰にでもあるはず、の特別な日。 そんな特別な日だから、絶対に喜んでもらえる、特別なプレゼントを贈りたい。 そう思うのは――自然なこと、だよね? PRESENT for ... 秋色に染まった街路樹の下、足元の気の早い落ち葉を眺めつつ、それを踏みしめて歩く。 さすがに11月ともなれば、朝夕の空気には冬の気配が感じられるが、まだ日中は暖かい。 そうでなくても、今は午後2時前。一番暖かな時間帯だ。 幸か不幸か、今日に限って午後の講義は早く終わってしまい、そのせいでぽかりと空いた短い時間は、今のにとっては悩むための時間を与えられたのと同じことで……… 足元を見ながら考え込んでいたは、今日何度目かになるか分からない、大きなため息をひとつ、ついた。 今日、11月6日は、の大事な人――氷室の誕生日。 が高校生だった3年間、担任だった氷室に、卒業式の日に想いを告げられてから1年半と少し。 高校時代に贈ったプレゼントと言えば、宿題だったり、論文だったり――いわゆる、学生として期待されるもの。 そして昨年の誕生日は、悩みに悩んで、ネクタイを贈った。 何か身に付けてもらえるものをプレゼントしたかったから。 が、ネクタイをしている時というのは、必然的に仕事中なわけで、卒業してしまった今となっては、逆に氷室がそのネクタイをしめている姿は、ほとんど見た事がない。 だから、今年は、今年こそは――と、随分前からプレゼントを考えていたのだ。 氷室に喜んでもらえるもの、を。 それから、ただ喜んでもらえるだけじゃなく、何か『特別』を感じられるもの、を。 出来るなら、自分にしかあげられないような、そんなもの、を………。 そのために、は一生懸命探した。 注意深く氷室本人を観察し、時間があれば色んな店をみてまわり、あぁでもない、こうでもないと吟味を重ね………。 だが元来氷室という人間は、こだわるモノとそうでないモノとが両極端な上、基本的に余計な物を嫌うのだ。 だからこそ、必要なものについてはこだわるのかもしれないが――例えば、車や時計、手帳といった物については、本人が吟味に吟味を重ねて選びぬいたもので、迂闊な安物はあげられないし、 また、逆にそうでない物――服や食器、筆記具などについては、機能さえ満たしていれば十分というかなりの無頓着で、それはそれであまり喜んでもらえない気がする………。 それに、できれば、消耗品や食べ物の様に形がなくなってしまうものではなくて、何か記念になるものがいい。 もちろん、予算的な問題もある。 だが、しかし。 そんな条件を満たすものが容易にみつかるはずもない。 本当なら――プレゼントが決まっていたなら――この少し早く空いた時間にも、小躍りして氷室のところへ向かっただろうに……。 そう思うと、なおのことの足は重くなる。 が、どんなに重い足取りでも、歩んでいさえすればいずれは目的地に着くもので。 氷室の住むマンションのエントランスではもう一つ大きなため息をこぼした。 「……よし」 は、自分の両頬を軽く何度か掌で叩くと、そのマンションのエントランスをくぐった。 来客に顔を出した管理人に、礼儀正しく挨拶すると、エレベーターの▲ボタンを押して待つ。 せっかくの誕生日だというのに、冴えない顔を見せたくはない。 結局、プレゼントが選べないまま、誕生日になってしまった今となっては、 ――直接、氷室本人に欲しい物を訊いてみるしかないだろう。 出来ることなら、氷室の驚く顔が見たかったのだが……… せっかくのプレゼントを外すよりは、驚きはなくても喜んでもらえる方がいい。 今年の今日、11月6日はあいにく平日だが、昨日までの文化祭の振替休日で彼は部屋にいるはずだ。 はインターホンを鳴らして少し待った。 が、応えは無い。 今日来る事は、約束してあったので、いないはずはないのだが………。 彼がピアノを弾くために防音室にいる時や、仕事に集中している時は、インターホンの音が聞こえない事もままある。 あらかじめ、訪れる時間を告げてあれば、そんな事もないのだが、今日はそうではない。 は預かっている部屋の鍵を使って、扉を開いた。 「こんにちは……」 玄関でそう声をかけてみるが、返事は戻ってこない。 ピアノを弾いているのかとも思ったが、いつも防音室からかすかに聞こえてくる音もない。 だが、いないのかといえば、それも違う。 人の気配はあるのだが――静かなのだ。 はそんな状態を不思議に思いながら、靴を脱ぎ、部屋の中に入った。 「……先生?」 部屋の主の気配はするのに、返事はない。 それもそのはずである。 部屋の主その人は、リビングでソファに身体をあずけ、規則正しい寝息を立てていた。 眼鏡をかけたままで、そしてその膝に読みかけとおぼしき本があるところを見れば、いつも通りの時間に起床したものの、昨日までの疲れもあり、ついうとうととまどろんでしまったのだろう事が分かる。 教師という仕事は、学校の中――生徒と接している時だけではない。 むしろ、そうでない時の仕事量が圧倒的に多いのだ、という事を、は卒業して初めて知った。 寝室からブランケットを取ってきて、風邪をひかない様にそっとかけてやりながら、はホッとため息をこぼした。 「……カゼひいちゃいますよ?」 無防備な、だが穏やかなその寝顔に、の肩からすとんと力が抜けていく。 氷室の誕生日がくれば、また一つ年の差が広がってしまう。 それは、の誕生日がくれば、元に戻るのだが、それでも決して少なくはない年の差で。 卒業して、今まで毎日の様に会えていたのが会えなくなって、新しい世界に飛び込んでみれば改めてその年の差の大きさを感じざるを得なくて。 彼の気持ちを疑うわけではない。 誰よりも信頼している。 ただ、そんな氷室に自分がふさわしいのだろうか、と、 例え、今がそうでないのだとしても、いつかはふさわしくありたい、と 無意識のうちに、色んな場所に力が入ってしまっていたのかもしれない。 そして、そんな自分を、彼はずっと見守っていてくれたのだ。 ――彼が起きた時のために、暖かな飲物を用意しておこう。 そっと、あまり音を立てないように気をつけながら、氷室には珈琲を、そして自分にはホットレモネードを淹れる準備をする。 自分のためだったら面倒なだけの作業も、二人分になると愛おしく感じられること。 二つならんだカップがとても幸せなこと。 それを教えてくれたのは、間違いなく、彼なのだ。 「――来ていたのか」 「先生」 ちょうどドリップの最後の一滴が落ちる頃、その香りに誘われたのか、部屋の主は目を覚ました。 「起こしちゃいましたか? あ、今日は講義が早く終わったからで………」 「ぃや。 ……そうか。 ありがとう」 予定よりも早いの到着に、「よもやサボリではあるまいな?」との懸念を言外ににじませる氷室に、慌てて説明しつつ、淹れたての珈琲を手渡す。 「でも、今日は早く終わってラッキーでした」 「……?なぜだ?」 そう訊きながら、自分の珈琲だけではなくのレモネードのカップも取り上げた氷室に付いて、二人でリビングに戻れば、ソファの上に几帳面に先ほどのブランケットが畳まれている。 「いいもの見れましたし」 「……」 そんなの言葉をたしなめる様に名前を呼ぶ響きは、高校の頃から変わっていない。 「それに、今日は、先生のお誕生日ですから」 「………あぁ」 毎年の事ながら、自分の誕生日などすっかり忘れていたのだろう。たっぷり間があいてからの返事に、は苦笑する。 ソファに並んで座り、熱いから気をつけるように、とレモネードを渡され、それを口にすれば甘酸っぱい香りが身体に沁みていく。 「――先生の欲しいもの、って何ですか? プレゼント、いろいろ考えたんですけど、これっていうのが無くて……」 素直にそう訊ねれば、珍しく少し驚いた様子の氷室がまじまじとを見る。 「………欲しい物、か? 特別今不足している物はないが」 ――やっぱり。 ある意味予想通りの答えに、思わずがっくりと肩を落したに、これまた珍しく困惑気味に言葉が続けられた。 「物でなくては、駄目なのか?」 「………え? そんな事はありませんけど………」 「それなら――」 思いがけないリアクションに、戸惑うに、ゆっくり氷室が言った。 「先生というのは、やめにしないか?」 その言葉の意味が飲み込めず、ぽかんと氷室の顔を見上げるに、小さく咳払いして眼鏡の位置を直すと、言葉を続ける。 「君が卒業して、もう随分たつ。 もちろん、君が嫌でなければ――だが」 そういう氷室の頬がうっすら朱に染まっている様に見えるのは、の気のせいではないはずだ。 一年に一度、大切な人の誕生日だから。 あなたがこの世界に生まれてきてくれた特別な日に、何か特別なプレゼントを捧げたい。 あなたが喜ぶ、わたしだけにしかあげられない、そんな贈り物を―― |