『Home Sweet Home』 秋の日は短い。 帰宅の途についた時は明るかった空も夕暮れを迎え、東の空には宵の明星が一際明るく光る。 そしてまた、秋はことさら駆け足で過ぎ去る。 気がつけば、気の早い街のショーウィンドウはそろそろクリスマスのディスプレイで彩られ始める。 彼は、信号待ちの間、車窓から赤と緑と白………そのクリスマスカラーの華やいだ彩りを眺めた。 いつからだろう。 この彩りが、どことなく楽しげに感じられる様になったのは。 毎年、同じように眺めていた筈なのに、ごく最近気がついた気がする。 街の大通りを抜け、住宅街を通り、市の中心部から少し離れた場所に立つマンションへ。 その中層マンションの一室が彼の居室であった。 定められたパーキングに車を停め、ふと上を見上げる。 その明かりの灯った窓に、彼の口元に微笑みが浮かんだ。 「お帰りなさいっ!」 「今帰った。」 玄関の鍵を開ければ、明るい声と笑顔が出迎えてくれる。 暖まった部屋に、スーツの上着を脱ぐ。 「今日も一日お疲れ様でした」 その上着を私から取り上げて、君は私の後をついてくる。 「ご飯出来てますよ。えーっとお風呂の方がよければ、すぐ入れますけど……… それとも………わたし?」 「……っ!」 思いがけない言葉に、驚きのあまり自室へ向かおうとしていた足が、床に縫いとめられる。 「!!な、何を……っ?!」 振り返って見れば、自分のしかけた悪戯がどんな結果をもたらすのかワクワクと待ち構えている、子供の様な、君のまなざし。 「ごめんなさいー。一度言ってみたかっただけなんですー」 私の渋い顔に、あははとあっけらかんと笑うと、君は上着を私に返し、ダイニングへと身を翻した。 そして、ダイニングからひょこんと頭だけ出して、言う。 「ご飯にしますから、着替えたらすぐ来て下さいね、先生」 そんな彼女の様子に軽い目眩すら感じながら、自室に戻る。 カバンを所定の位置に置き、上着をハンガーにかける。 ――全く、君は………自分が何を言っているのか分かっているのか……。 否、分かっていない。 君を近くに感じる度、私がどんな想いをしているのか。 ………分かっていたら、そんな事を言いはしないだろう。 彼女が卒業してから、もう1年半……いや、それ以上の時間がたとうとしている。 それはすなわち、私の元から巣立とうとしていた彼女に愛を告げ、彼女の教師でいる事をやめてから、それだけの時間が経過した事を示している。 そして、彼女はこうして、私の家に夕食を作りにやってきたりする。 ………いまだに、、先生と呼び合ってはいるが。 改めて着替える気力もなく、私はそのままダイニングへとむかった。 「あー、先生!着替えなかったんですか? ……ネクタイ位はずしましょうよ。一日お仕事して疲れてるでしょう?」 と、私のネクタイをつかまえ、ほどこうと、背伸びをする様にして私の襟元に手を延ばす。 フワリと香る君の香り、小さくて華奢な身体、ネクタイに絡みつく細い指先に、先程の言葉が重なり、そのまま抱き締めたくなる。 「……っ!分かったっ!分かったから、やめなさい」 そんな誘惑を振り払う様に、自分でやる、と君の指から逃れようとしても、君は離れない。 「だって、せめて……私といっしょにいる時くらい、家にいる時くらいはくつろいでほしいな、って………」 だから………とネクタイの端を捕まえたまま見上げる君に、私が何を言えるだろう。 私は、彼女の腕をほどく代わりに、その腰の後ろに腕をまわし、その両手で彼女を閉じ込める。 「全く、君は………」 「……ダメ、ですか?」 「何が、だ?」 「ネクタイ……」 「……好きにしなさい」 ――全く、君は………、君には敵わない。 いつだって君は、私の秩序をかき乱し、その透明な世界を彩りであふれさせていく。 ネクタイに悪戦苦闘する君が、悪戯をしているこどもの様な君が、――そんな全ての君が愛しいと思う。 「全く、ネクタイ一つでこんなに時間がかかっていては、先が思いやられる」 「だって、先生背が高いし、ネクタイなんて結んだ事ないし……。え?先……って?」 「……君に、毎朝結んでもらわねばならないだろう?」 それって……と君の頬が赤く染まる。 「あの………練習、します」 「その成果に期待している」 そしてその赤い頬に掌を添えて、そっと唇を重ねる。 他に、この気持ちを説明できるどんな言葉も、私は知らない。 まだ若い――大学すら卒業していない君を、私の腕に閉じ込める事は………私のエゴかもしれない。 しかし、それでも。 そうだとしても、そこに君がいる、この幸せを失う事に――もう私は耐えられそうにない。 「夕食にしよう」 「……はい」 暖かい湯気の向こう、ダイニングテーブルの反対側で、君がにこにこと笑っている。 「今日はポトフにしてみました〜。 だんだん寒くなってきたでしょう?暖まる物がいいなぁと思って」 ――君がこうして、私の元へ夕食を作りに来るようになってから、私の規則的な食生活は随分変則的な物になったと言える。 若干栄養に偏りがあると思われる時もあるが………、まだレパートリーがあまり多くない君の事だ。そこまで要求するのも酷という物だろう。 時に黙って見守る事も重要なのだと君に教わった。 「今日、偶然奈津美ちゃんに会ったんですよ〜。 なんか、凄く久しぶりで、すっかり綺麗になってて驚いちゃった。 あ、先生にもよろしくって」 ――さては、先程の台詞は藤井の入れ知恵か? まだ先生の驚いた顔を見るの諦めてないんですって、と笑う君は、私のそんな顔を見られるのが自分だけだ、という事には気づいていない。 「大丈夫です。母にちゃんと先生の処だって言ってきましたから」 君の帰宅時間を心配する私に、君はそう言って微笑んでみせる。 ――ならば、多少ゆっくりしていても大丈夫だろうか。 今夜は、少し遠回りをしてあのイルミネーションの街路を通って君を送っていこう。 そういった事になると俄然張り切る君の事だ。 きっと喜んでくれるだろう。 そこに、君がいるという幸せ |
ぷみたろさんに頂いた素敵イラストに妄想を膨らませてしまいました。(^^;;; テーマは『ネクタイ♪』です!!p(>_<*)q 主人公が卒業してから1年半ちょっと。ちょうど零一さんの誕生日の頃でしょうか。 そんなに時間も立ってるっていうのに零一さんたら………手ぇ出してないんでしょうかねぇ。(呆れ)←おいおいおいっ!(^^;;; ………えー、私のイメージする零一さんてそんな処があるような気がします。(^^;;; ぷみたろさん、素敵なイラスト&裏話(?)をありがとうございましたvv(*^▽^*) |