「先輩!これ――俺の気持ちです!!」

その言葉とともに、可愛くラッピングされた小さな缶を受け取ったのは、中等部の卒業式を間近に控えた日のこと。

「え?」

思わず、反射的に聞き返してしまうのは無理もない。
誕生日でもなければ、何かのお礼というワケでもない。とにかく人から物を貰う理由がなかったから。

それなのに、受け取ってしまったのは、どうしてだろう。
テニス部の後輩にあたる彼――鳳長太郎の両手にそっと大事そうに包まれたプレゼント。
1つ年下のくせにすくすくと育ったが故にはるかに高い目線から、少し緊張した面持ちで結貴の返事を待っているその様子が、なぜだか『待て』をしている大型犬の様にも見えて、
つい――受け取ってしまった。




Message B  ―― CASE1. 鳳 長太郎 ――




わたし――佐々木結貴。
氷帝学園中等部3年。
女だてらにその知識と経験、そして才覚を認められて、部員数200人を越える男子テニス部のコーチとマネージャーを兼務。
そしてこの度、晴れて卒業――の予定である。
もっとも、卒業とは言っても、エスカレーター式の氷帝学園のこと。
実際は、教室のある校舎が変わるといった程度の事でしかない。
そういう点では、あまり卒業という事についての感慨は少ないかもしれない。
中等部から編入した結貴からすると、卒業式と言えば一大イベントに違いないのだが………。

「そんなもんなのかなぁ……」

と一人ごちて、指先で缶をつつく。
結局受け取った包みの中に入っていたのは、200mlのショート缶と、
『水をやって育ててください』
と、育て方の書かれたメモの様な走り書きが1枚だけ。

放課後、ロッカーの私物の整理のついでにレギュラー専用部室のソファでくつろいでいれば、やはり氷帝学園(ここ)が普通の場所でないのだとつくづく感じる。
そうなのだ。
氷帝学園では、それだけで他の公立校が泣いて喜びそうな立派な部室が、各部に与えられているのだが、その中でももっとも華々しい成績を修めている男子テニス部にいたっては、たった一握りのレギュラーのために、レギュラー専用の部室が存在しているのである。
各人専用の端末に、専用ロッカールーム、そして専用ジム、さらには専用ミーティングルームには豪華な革張りのソファまである。
結貴自身は、コーチという事でレギュラーと同等の待遇を与えられている。

「何が、そんなもの、なんですか?」

と、ミーティングルームのドアが開いて、当の長太郎本人が顔を覗かせた。

「ん? エスカレーター式って、卒業って雰囲気があんまりないな~って」
「あはは、そうかもしれませんね。
 先輩たちも春休みまでは顔見せてくれるし………。
 その、俺――たちは、ありがたいですけど」
「そう?
 あんな自分勝手な連中、居座らない方が、部は動かしやすいんじゃない?」

という結貴の身も蓋もない言葉に、苦笑してみせる長太郎は、4月から部長になる。
それは、200人という層の厚い部員の中で、2年生でレギュラーを勝ち得た実力はもちろん、とにかくアクの強い人間ばかりだったレギュラーを裏からまとめて支えたその人柄によるものが大きいのだろう。
決して押し出しの強い方ではないけれど、ここぞという時の頑張りや粘り強さ、そして良い意味での素直さと真っ直ぐさは、氷帝テニス部の貴重な良心(笑)だった。

「あ、れ?」
「ん?」
「――っ!せ、先輩っ!! それっ!!」

ふと、結貴の手の中にあるモノに気づいて、長太郎の動きが止まった。
そしてその途端に、普段見せた事のない位、明らかに動揺した様子で、他に誰もいないミーティングルームの中を見回す。

「あぁ、コレ?
 わたしの部屋、日当たりがあまり良くないから、春休みの間ここで育てようかと思って。
 せっかくなら、良い環境の方がいい――」
「ダメです!!」

さらに、珍しく人の言葉を途中で遮る様にして言い被せた。

「へ?」
「ダメったらダメです!! 絶対に!!」
「……ぇ、ぁ、うん…」

その強い語調に、思わず頷いてしまった処に、ドヤドヤと他のレギュラー部員が入ってきた。

「何や、長太郎。何がダメなんや?」
「何でもありませんよ、忍足先輩」
「あー、分かった。どうせまた佐々木が長太郎に無理言ったんだろ~」
「またって何よ!またって!!」
「向日先輩、違いますよ……」

そして、そんな先輩レギュラーたちに応える長太郎は、ニッコリとまるで何もなかった様に、全くいつも通りの長太郎だった。
そうやって人が集まれば、いつも通りの時間が始まる。

「絶対に、先輩の部屋で育てて下さいね?」

離れ際、こっそり耳打ちされて、もう一度頷く。
そんな長太郎はまるで、秘密の宝物を守ろうとしている小さな男の子みたい――なんて思っていたら、それに気づいたのか、ちょっと不本意そうな顔をしていたけれど、

「芽が出たら、俺に教えて下さい」

そう言うと、もう一度ニッコリ笑ってみせた。


ホントなら、この時気がつくべきだったのかもしれない。
長太郎のあの笑顔がクセモノなのは、誰よりも良く知っていたはずだったんだから。

彼が、小さな男の子、ましてや――毛並みの良い大型犬なんてモノじゃなくて、
一人の男の人なんだ、って思い知らされる事になるのは、
その小さな芽が顔を覗かせた後のお話………




The End.
2005.05.05.

























リハビリの名を借りてものすごい力技をやってしまった気がします(^▽^;A
そもそも、このお話の発端はあの写真が撮れたこと、でした。
で、そこから連想していって――脳内に登場したのが、「テニスの王子様」の鳳長太郎(〃〃)
だったのでした………
はい、こう見えて(?)、管理人少年漫画も大好きです。
今もワンピースは読んでますし、昨年は友人に借りた頭文字Dなども一気に読破したりしました……(^▽^;A
また時折、今までにないジャンルが紛れ込む事もあるかもしれませんが、よろしくお願いします。 こんな所まで読んでくださってありがとうございました(^^)