Message B  ―― CASE2. 有川 譲 ――




茜色に街を染める夕暮れ。
その雑踏の中を大きな買い物袋を下げて歩く少年が一人。

少年と言い切ってしまうには、若干背が高すぎるかもしれない。
が、ごく自然に真っ直ぐ背筋の伸ばされた身体はすらりとしていて、青年と言うにもまだ早い――そんな大人とも子どもともつかない時期特有の淡い燐光の様なものが透けて見える。
それは、眼鏡越しでもはっきりと分かる整った知的な顔だちとあいまって、ふとした瞬間に人の目をひきつける。
だが如何せん、学生服姿にスーパーの買い物袋、という取り合わせは、それ以上に目立っていた。

当の譲――有川譲(ありかわゆずる)は、もう既に慣れっこになってしまったそんな視線を感じながらも、今夜の夕食のメニューを考えながら、そっとメガネの位置を直した。

――元々そんなに目立つ方ではなかったはずだ。

が、しかし、あの体験の後――こちらの世界ではほとんど時間が経っていなかったのだが、雰囲気が変わっただとか、妙に目立つなんて言われる事が増えてしまった。
それも無理もないかもしれない。
良い事にしろ、悪い事にしろ、ともかくこの世界にいては決して経験できないことを、
そして考えつきもしないだろう局面をくぐりぬけてきたのだ。あの世界で。

譲はそんな考えを振り払う様に、小さくため息をつくと、改めて買い忘れがないか頭の中で、買ったモノをリストアップする。
もう買い忘れはないはずだ。
ならば、後は帰って、腹を減らして待っているだろう人間のために腕をふるうだけだ。

まっすぐ家へ向かおうとしたその時に、譲の視界の隅に小さな缶が目に止まった。
小さなフラワーショップの店先にある無機質のソレは、色とりどりの花々の中では逆に目立っている。
何気なく手にとってみたその缶に描かれているのは『MessageBean』という商品名と、植物の小さな芽のイラスト。

「なになに、蓋を開けて水をあげると1週間ほどで、メッセージ付きの芽が出ます……」

具体的な写真や商品見本は、ない。
その文面から見ると、芽が出た時にメッセージが葉に現れるという事なのだろう。

――先輩、こういうの好きそうだよな…

真っ先に思い浮かんだのは、の笑顔。
譲より一つ年上の幼馴染で、ずっと――それこそいつからかなんて事も分からない位、ずっと見つめ続けていた、大事な存在。
あの世界で想いを確かめ合った今も、それは変わらない。

『ぅわー、譲くん、見て見て!! 可愛いー!』

大きな瞳を瞬かせて、小さな芽に嬉しそうに笑う様子が目に浮かぶ。

「………」

だが………、譲は一つ首を横に振ると、その缶を元あった場所に丁寧に戻した。
値段がどうこう言うのではない。
先ほどとはまた違ったの様子が脳裏をかすめたのだ。

『譲くん……、芽が出ないよ…』

そう、いつまでたっても出てこない芽にしょんぼりしているが。
そうなのだ。ずっと昔からそうだった。
夏休みの宿題で朝顔の鉢を持ち帰ってきたのを枯らして、オロオロしていた
そんなと一緒にもう一度種を蒔き直したのは、何年生のことだったろう。
その蒔き直した種も、今度は水をやりすぎて腐ってしまい、結局譲が育て直した朝顔をにあげたのだ。
そんなと譲を、兄の将臣は呆れて笑っていた様な記憶もある。
その兄も、今は――遙か時空を隔てたあの世界に戻っていってしまった。

――帰ろう。先輩が待ってる……

譲は妙に馴染んだ買い物袋を持ち直すと、今度こそ家路へと向かっていった。


「ただいま」
「譲くん、おかえり〜。今日はちょっと遅かったんだね?」
「あぁ、今日は駅向こうのスーパーが特売だったから……。
 お腹空きました?
 今、夕飯の支度しますね」

が有川家に出入りするのは子どもの頃からのこと。
父の単身赴任に付いていってしまい、今はいない譲の母も、なら――と信頼して有川家の鍵を預けていった。
それは、男兄弟二人きりの生活を心配しての事だったのだろうが………、実際はよりも譲の方が料理も洗濯もそして掃除も得意だ。

買い物袋を持ってキッチンに向かう譲の後を、何やらご機嫌ながついてきた。

「ねぇねぇ、譲くん」
「なんですか?」
「はい、これ!」

その呼びかけに、律儀に振り返って返事をした譲の鼻先に、が嬉しそうに何かを突き出した。

「……これ…」

見覚えのあるイラスト、そして大きさ。
それは、花屋の店先で譲が見かけたあの缶だった。
驚く譲に対して得意そうに、が言葉を重ねる。

「あのね、これ水をあげて育てると、メッセージが出てくるんだよ。
 譲くん、こういうの好きでしょ?
 だから、あげる」

確かに、譲自身植物を育てるのもよりもずっと、ずっと上手い。
得意と言ってもいい。
でも、好きかと言われれば、それはがその草花を見て喜ぶからで………。
驚いた顔のまま受け取ったソレをまじまじと見ていると、純粋に譲が植物が好きだと思っているらしいが小首を傾げて、譲を見上げているのと目が合った。

「でも…、別に俺、誕生日とかじゃないですよ?」
「いいの。わたしが譲くんにあげたかったんだから。
 ぇっと――わたしの気持ち、って事で。
 ね?」

改めてそう問い返せば、どこか照れた様に目線をそらし、返されても受け取る気はないのだろう、自分の両手を体の後ろに回してしまう
こうなってしまえば、もう譲に勝ち目はない。

「それじゃ遠慮なく――」
「はい、どうぞ――って、もう!
 うれしいならうれしいって、ちゃんと言ってよね?」
「嬉しいですよ?」
「――何でそこで疑問形になるかな……」
「ぃえ、本当に」
「ホント?」
「本当ったら、本当ですよ。
 さ、夕飯にしましょう?」

ゆっくりと、体の奥から湧き上がってくる暖かな感覚。
そんな幸せな感覚を、には気取られない様に平静を装いながら、譲は夕食の支度を始める。

確かに、自分は変わったかもしれない。
でもそれは自分だけではなく、兄や両親といった身近な人たちから、多分この世界そのものも同じ事で――そして、それはも同じ。
そうして変わっていく中で、それでも変わらない何かがある――そう信じさせてくれるのもまたに他ならない。
きっと、本人にこんな事を言っても「何言ってんの?」ときょとんとしているだけだろうけど。そして譲自身、今、にそんな事を告げるつもりもないけれど。

「あ、先輩」

譲が思ったとおりの反応をせず、若干不満そうにダイニングへ向かうの後姿を呼び止めた。

「ありがとう……」

振り返ったは、譲のその一言に一瞬驚いた様に大きな瞳をしばたかせた後、にっこりと笑った。

――芽が出たら、真っ先に見せに行こう。

その笑顔に、そんな事を思ってしまった自分は、やはりには勝てそうにない。
この先もずっと………。


そして小さな芽が顔をのぞかせた1週間後、やはり譲がに白旗をあげたのは言うまでもない………。




The End.
2005.05.13.


























リハビリ第二弾は、遙かなる時空の中で3です〜(^▽^;A
今回金のツボだった、天の白虎有川譲くんです。
これでまたメガネスキーの異名を不動のモノにしてしまった気がします……(^▽^;A
ぃや、でも譲くんはメガネだけど、メガネだから好きなんじゃないんですよぅ〜
好きなキャラを並べてったら、たまたまメガネ率が高かっただけでですね
(それを一般的にメガネスキーと言う……(^▽^;A)
譲くんは譲くんだから好きなんです。
そしてそれは他のメガネキャラも同様です(わはは)
またメガネスキー属性についてはいずれ語りたい(えっ?!)と思います。

今回、この創作を書くに当たって久しぶりに……というか初めて?ゲーム付属のリーフレットを見直してみたんですが、譲くんは実は最年少だったんですね〜(@_@)
そう言われれば、それは確かにそうなんですけど、とってもしっかりしている子なので、ついついそれを忘れてしまいそうになります。
でも年下なんですよね。
何となくその辺りにも、譲くんの壷がありそうな気がします。
身長はすくすく育ってるんですけどね〜(^^)

ワタクシ的には最終(大団円?)EDの後、将臣はあちらに戻って、九郎はこちらに残るのかなって気がしています。
それはあくまでも譲EDが大前提なのですが……(^▽^;A
また他の人の話も考えてみたいなぁ………。
こんなところまで読んでくださってありがとうございました〜。