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●□ 『ネットワーク テーブル』第108号   天地シニアネットワーク
○■                        発行日 2003.12.15
   http://www5a.biglobe.ne.jp/~tenti/
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● 会員の広場
 ◎ 江戸川柳で読む日本裏外史(第2部 飛鳥奈良時代) 高野 冬彦
   第6回 光明皇后  一千人の垢を流した慈悲の女神
 ◎ユダヤ教、キリスト教こぼれ話(その5)       野崎 誠介
    「死海文書(続)とB.スィ−リング教授の新説について」
 ◎海のシルクロードを西南へ(南アフリカ編・8回)   大竹 漠洲
◎ 「懐かしのオレゴン」 Tomの見聞録 (最終回)   久崎 力
 ◎ 司法に関する私見                 村田 忠夫
 ◎ 釣り師の条件(上)          魚山 釣太
 ◎ ≪ひとこと≫
● 提供情報 ■演奏会・講演会  ■ 有用URL 
● 事務局からの連絡
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● 会員の広場

◎江戸川柳で読む日本裏外史(第2部 飛鳥奈良時代)   高野 冬彦(80歳)
  第6回 光明皇后    一千人の垢を流した慈悲の女神

 よい垢を落として光る后なり  (樽 126)
 聖武天皇と光明皇后、奈良文化というものは、全てこのお二人を廻って形成されたと言っても過言ではない重要人物、だからそれが川柳の対象になる・・・という訳には行かないことは、今更言うまでもないが、ここでは、次の章との関係もあって、天平時代の歴史にちょっと触れて置きたい。
 光明皇后は藤原不比等の第三女。(実は此処にも問題はあって、やかましい議論が交わされる所だが、一応彼女自身の藤三娘の署名のある点から三女としておく)長女の宮子は、後の文武天皇の妃となって、皇太子・首皇子、後の聖武天皇を産んでいる。文武天皇は若くしてこの世を去り、他に皇子はない。これぞ千載一遇のチャンスと奮い立った不比等は後宮の実力者・橘三千代に近づいて、これと結婚。天皇の周辺を全て自己の勢力で覆い尽くすようにして、天皇権力との一体化を策して行ったのだが、その最大の焦点が、三千代の娘、光明子と首皇子との結婚だったのである。
 光明子という名前も珍しい。生れた時は安宿媛(あすかべひめ)と呼ばれていた筈だが、聖武天皇との婚約の整う時分から変わったようである。現代人の考え方とは違うとは承知しているものゝ、やはり藤原氏一門の繁栄を約束する希望の星と言ったニュアンスがあったことは事実であろう。そう言えば東大寺の大仏。毘廬遮那(びるしゃな)仏のビルシャナというのも、元来"光明"の意味だそうで、これと光明皇后の名を同じ水平線上に置いて見る時、大仏建立の裏面にある。人間関係の複雑微妙なからみ合いが、おぼろ気ながら見えて来る感じがする。
 勿論僕は、こんな所で天平政治の裏面史を語ろうとしている訳ではない。藤原一門の異常なまでの権勢欲のためもあって、表面の華やかさにも関わらず、どこを取っても妙なうさん臭さを感じさせることを言って置きたいのである。 光明皇后と言えば、俳句の方でも

  秋立つや素湯芳しき施薬院    蕪村
 などの名作のある通り、仏教的な慈悲忍辱の化身として、貧しい病人・孤児達のために悲田院・施薬院を創設して、数多くの善根を施した女性として有名である。中でも、現在なお法華寺に遺構の残る大浴場を建設し、自ら先頭に立って千人の病者の垢を流したと言う。そしてその千人目に現れた病人というのが、くされたゞれた癩病者で、人々の恐れうろたえる中で、皇后が自ら湯を浴せ、血膿を吸ってやった所、忽ち光明を現じて、本体の阿?(あしゅく)如来の姿となって、虚空はるかに飛び去ったと言う伝統は、広く喧伝された所である。

  かったいの尻こぶたまで后吸い  (樽 71)
 川柳はこういう御利生譚には、普通はひどく弱い。たゞ、この光明皇后に関する作品は、その点ちょっとつっかゝる。
 御承知かと思うが、施薬院・悲田院の設置されたのは、天平元年(七ニ九)八月、光明子が正式に聖武天皇の皇后として、人臣から初めて擁立された慶事を記念して行われたもので、この為には、父・不比等に賜わった功田二千町歩を惜し気もなく施入した程の力の入れようであったが、実は立后の僅か半年前、それに反対していた左大臣・長屋王が、幼少 の皇太子を呪殺したという、当時としてもかなりいかがわしい罪名で、強引に自殺に追いこまれた事件があり、そのあまりに見え透いたデッチ上げによる、皇后並びに藤原一門に対する不評を、何とかして挽回しようとする社会的PRの匂いの強い政策だったのである。
 川柳子に、こうした政治の裏面史に切りこんで行くに足る資料や、歴史的教養がどこまであったか、それを断言する勇気はないが、作品を見て行くと

  千人目鼻をつまんで湯を浴びせ  (樽 36)
 こゝでは皇后は、決して好きこのんで病人の看護に励んだようではないし
 
  手拭屋薪屋光明さま御用
 光明さま御名前入りの手拭が、一斉に無料で配られたり、施薬院浴場用と高札を掲げた薪が、景気良く街中を走り廻ったりする様を想像した彼等の嗅覚というものは、仲々どうして大したもので、僕が歴史川柳というものに、何かひかれるのは、こういう本能的、或いは直感的人間把握の確かさ、見事さを感ずるからであろう。次の一句など、この折の藤原一門の宣伝のねらいを、見事に喝破して余す所なしという気がするのだが、どうだろう。

  九百九十九人は垢(あか)の他人なり

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◎ユダヤ教、キリスト教こぼれ話(その6)          野崎 誠介(66歳)
 「死海文書(続)とB.スィ−リング教授の新説について」

 3月号で死海文書について述べたが、それを若干補足すると共に、10年程前に濠州の死海文書の専門家がイエスについて独創的な説を発表しているのでこれを紹介したい。
 死海文書が、死海の北西クムランの洞窟で発見された1947年当時にはイスラエル国家は未だ成立して居らず、独立宣言が行われたのは、翌1948年の5月14日であった。即ち国連から委任統治を委ねられた英国が、結局匙を投げて、その日にパレスチナ地域から撤兵し、直ちに周辺のエジプト、ヨルダン、シリア、レバノン、イラクが出兵して「第一次中東戦争」が始まった訳である。
 エルサレム周辺は、当時ヨルダンの管轄下にあり、死海文書研究の為に、英仏の現地の研究所が中心となり、カトリック聖職者主体のチームが、仏聖書考古学研究所のローラン・ド・ヴォ−氏をリーダーとして結成された。無論ユダヤ人は一人も含まれていない。このチームは既にヘブライ大学等が入手した巻物以外でベドウィンが洞穴から持ち出して古物商に売却した文書や断片を買い上げたが、その資金は米・英・仏に加えてヴァチカンも拠出した。
 チームの各メンバーが、文書を分担して、外部に発表すべく作業を続けたが、一部のメンバーによる私物化や、チーム内の不仲もあって発表は遅々として進まなかった。この間、死海文書の内容にはキリスト教にとって不具合な事があるので、ローマ教皇庁が秘かに介入して、発表を抑えているとの噂もあり、その主旨で本を出版した関係者もいたが、ヴァチカン陰謀説は、事実ではない様である。
現在では主な文書は刊行されて居り、残る数多くの断片について、文書の再生作業が続けられている。
 死海文書については様々な出版物と邦訳があるが判り易いものでは、高橋正男「死海文書−甦る古代ユダヤ教」(1998年1月刊、講談社選書メチエ)をお勧めする。やや詳しい決定版は、H.シャンクス編 池田 裕監修「死海文書の研究」(1997年9月刊 ミルトス社)がある。シャンクス氏は、米国「聖書考古学評論」誌の編集長である。
10年程前に、シドニー大学教授で死海文書の専門家B.スィ−リング女史の所説が注目され、又大変な物議をかもした事がある。発端は1990年に濠州のABCテレビが「死海文書の謎」というドキュメンタリー番組を放映した事による。同女史の死海文書研究に基づく仮説は、後述の二著書となっているが、極めて独創的なもので従来のキリスト教の伝承と基盤に挑戦するものであった。
 即ちその説は、旧約聖書の解釈から採用された「ぺシェール」peshelという手法を重視する。新約聖書の場合、テキスト自体と、その表面下に潜むサブ・テキストがあり、例えばイエスの奇跡物語も一般信者向の福音書の文章その儘と一方では専門家向のその奥に潜む真意というニ重の意味があるとする。女史はこのぺシェールによる解釈を用いて、自説を展開する。
 それによれば、イエスとその周辺の人々については、死海文書中の宗団的文書に、偽名で述べられて居り、新約聖書の福音書の多くの事柄は、実際にはクムランで起ったと主張する。此処では女史の説を詳述する紙面はないが、イエスは十字架刑では死なずに(この説は昔からあった様であるが)その後は表面には出なかったものの「イエス宗団」の中心として、宣教活動を続けたという。そして二番目の著書は、その続編としての新約聖書「ヨハネの黙示録」の新解釈である。
DR.BARBARA THIERINGの著書は次の通りである。
 〇"JESUS THE MAN―A NEW INTERPRETATION FROM THE DEADSEA SCROLLS"(1992)
高尾 利数訳 「イエスのミステリー」(1993年12月刊 NHK出版)
 〇"JESUS OF THE APOCALYPSE―THE LIFE OF JESUS AFTER CRUCIFIXION"(1996)森 秀樹訳「黙示録の謎を解く―十字架刑後のイエス正伝」(1998年7月刊 柏書房)
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◎海のシルクロードを西南へ(南アフリカ編・8回)   大竹漠洲(62歳)

・ビクトリア・フォールズで、大河の交響詩を聞いているような感動を得ました。

 ビクトリア・フォールズは、ケープタウンから北に旅立ったイギリスの宣教師リビングストンが、ヨーロッパ人として初めて到着し、イギリスに紹介してから一躍有名になりました。アフリカ探検熱が、ヨーロッパで盛り上がるきっかけにもなりました。
 ビクトリア・フォールズには、先住民ツワナ族の呼び名もありましたが、時のイギリス女王に因んでと新たに命名されたことは有名です。中央アジア諸国は、由緒あるシルクロードの地名を、独立後にロシア名から旧の名前に次々と戻しましたが、この瀑布もいづれ改名される時が来ないとも限りません。21世紀後半はアフリカの時代ですから。

  リビングストンは『南アフリカ・伝導と調査の旅』で、ビクトリア・フォールズに出会った感動を、この様に書き残しています。
 
「20分程カヌーで行くと、私たちは水蒸気の柱が何本も立っているのに気が付いた。この水蒸気の柱は煙と呼ばれていたが、まさにそのとおりであった。私たちのいた場所からは、柱の先が雲の中に消えているように見えた。下の方は白く、上に上っていくほど灰色になっていくので、本当に地面から煙が立ち上っているようであった」
 
 ザンベジ河を挟んで、ジンバブエとザンビア両共和国とが接しています。アフリカ大陸で4番目の長さのあるザンベジ河は東から流れてきて、このビクトリア・フォールズで川幅が1,700mに広がり、落差108m下の谷に落ち込んで豪快な瀑布を成しています。世界3大瀑布の一つです。私達は運良く、イグアス・フォールズの2大瀑布を見ることができました。この瀑布を初めて探検したリビングストンを記念して、ザンベジ側にはリビングストン町があります。ジンバブエのビクトリア・フォールズ町とは鉄道で結ばれていますが、早朝歩いて渡った国境の橋には、鉄道線路も敷かれています。
 朝食後、ビクトリア・フォールズの全貌を望める国立公園に向かいました。事務所で入園の手続を終えて、熱帯樹木の中の小道を歩いていきますが、樹々に遮られて瀑布の姿は全く見えません。進むに従って瀑音は、一段と大きくなりました。近くでも会話は通じません。腹に響くような重々しい音です。突然、樹間に、大量の水が白い帯状になって流れ落ちる瀑布の姿が見えました。ビクトリア・フォールズです。そのスケールの大きさに、しばし声も出ませんでした。
 私にとって“滝”という概念は、距離をおいて向かい合い、見上げたり見下げたりする“水の流れ”でした。しかしビクトリア・フォールズは違います。水が落下し始める地点まで距離にして30mしかありません。“滝”と言うより、まるで洪水に相対しているようで、大量の水が一気に押し寄せて、割れ目に吸い込まれていくような錯覚さえします。谷底に落下した水は、岩で砕け散って、水煙を噴き上げてきます。余りにも迫力のある光景に、恐ろしくなって体が震え出しました。
 
 雨季が終わった後で、水量が最も多い時期です。リビングストン島を挟んで隣国のザンビアまで瀑布が連続していると説明がありましたが、水煙が大雨の如く降り注いでいるため、フォールズの全貌は、霧雨の中に没して見られませんでした。
 しかし崖道をわずか移動すると、瀑布の容貌は全く異なったものになりました。ともにシルクロードの世界を旅してきた愛機「α707」も、猛烈な水煙を上げ大量に落ちてくる水に恐れをなしてか、なかなか焦点を合わせてくれませんでした。
 台風の中を歩いてきたような濡れ鼠の姿のままでバスに乗り込み、今朝歩いた国境の橋を渡ってザンベジに入国しました。今度は正式な入国のため、税20$が徴収されました。

 ザンビア側はジンバブエとザンベジ河を挟んで、東に位置していますから、西に続くビクトリアフォールズの見学になりました。谷底から吹き上がる水煙幕に、二重の美しい虹の架かる瀑布が迎えてくれました。紺い空、緑の樹木、白い瀑布を背景にした虹は、最高に美しい姿です。虹の好きな悦子の顔が浮かびました。信州や会津や軽井沢での夕立の後に現れた小さな虹でも、喜んでいた姿が思い出されました。この虹を見たら何と言うでしょうか。このスケールの大きな虹を持って帰りたくて、愛機に収めたことは言うまでもありません。
 ザンビア側では、ザンベジ河の流れに手を触れることが出来るほど、岸近くにまで行けました。穏やかな表情をして河は流れてきます。突然、河幅が広がり、河が垂直に落下し始める瞬間から表情を一変させます。雷鳴の如き轟音を轟かし水煙を高々と吹き上げて、凶暴な姿に変貌していきます。河幅が狭くなった渓谷に、瀑水が幾重にも積み重なって流れ落ちていきます。恰も大龍が白い腹を見せながら泳いでいるようです。渓谷の上には美しい虹が、消えること無くいつまでも架かっていました。まるで交響楽詩を聞いているような気分で、満ち足りた旅の最後を締め括ることができました。
 この瀑布をリビングストンが探検してから、たった150年しかたっていません。アフリカは、若い大陸です。

 余談ですが、誕生祝いに『BIG FIVE』と言う銘柄のサファリハットを頂きました。記念としてこれからの旅に大切に使わせて頂きます。ありがとうございました。
 所で、南アフリカ最南端は喜望峰ではありません。喜望峰から東南150kmに位置しているアガラス岬です。この事を南アフリカに旅して初めて知りました。念の為。

(筆者の大竹漠洲氏の「砂漠と海のシルクロード写真葉書展」が年明けの1月13日から開催されます。詳細は、後掲の「イヴェント情報」にあります。同氏は、写真はセミプロと称していますが、自費出版された著作本に掲載された写真は大変素晴らしく、本展には未掲載の沢山の写真が展示されるそうです。皆さま、ぜひお出掛け下さい。事務局)
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◎「懐かしのオレゴン」 Tomの見聞録 (最終回)    久崎 力(65歳)

  (秘書ビリー・マーシャル女史との再会、Camping Car 写真参照)

 ビリー・マーシャルは、15年前始めての海外駐在で、住宅、家具から娘の学校の選定など公私にわたって世話になった秘書である。訪れた時彼女は既にご主人共々リタイヤーし、オレゴンの郊外で優雅な年金生活をしていた。家は坂道を登ったところの静かな住宅地にあり、私達を見つけると、彼女がベランダに出て手を振ってくれた。10年も経れば、子供は成長し大人になっているが、私達は殆ど変わらないのであろうすぐに分った。大きなキャンピングカーを持ち(写真参照)夫婦で広大なアメリカをゆっくりドライブし「自然」とゆったり遊んでいる。車の中はツインのベットルームにキッチン、シャワールーム、リビングもある。Main Roomはスイッチ一つで外側へせり出し広い部屋になる。この様に退職後の人生をキャンピングカーで楽しむカップルが多い。

 海外駐在の第一の問題は住むところと子女の教育である。「住む所」住居ではなく「住む所」なのである。つまりアメリカでは、所得により生活レベルにより殆ど居住地域が決まっているのである。公立と言えども学校教育のレベル・設備・安全性が全く異なってくる。教育税が異なる為である。実は4年間の滞在中に娘は3回学校を変わっている、(私立共学高校、私立女子校、公立共学高校)。転勤のためではあるが、親子共どもそれぞれ違った教育システム、教育費などいろいろと良い経験をした。又、自分たちの意思をはっきり伝え自信を持ってネゴシエーションをすると、必ず四角四面の答えではなく、道が開ける事も学んだ。日本では絶対無理かなと思うような事でも。

 米国での最初のトラブルは納入期限までに小切手で支払ったのだが(注1)税金未納通知を受けた時である。この時彼女が銀行と掛け合い、廃棄寸前のマイクロフィルム(注2)を見つけ出し、問題を解決してくれた。ここで、彼女より、米国ではこの様な時は全てコピーをとり、小切手番号をも控えるのだと注意された。お陰でその後の同種の問題も解決出来た。この習慣は帰国後も続けている。
 
 昨今、奇妙な事件が多発している、気をつけたい。この回をもって「懐かしのオレゴン」を終了させて頂きます。最後までお読みいただき有難うございました。
 
富士山に似たMt.Hoodに見守られた、美しいポートランドに是非お出かけ下さい。私共の第二の故郷です。(完)

(注1):米国での殆どの支払いは小切手を使用する、銀行引き落としは無い。
(注2):銀行は一定期間小切手のマイクロフィルムを保管していることを初めて知った
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◎ 司法に関する私見          村田 忠夫(67歳)

 小さい政府を作るから、行政が小さくなる分、政治上の司法の役割が大きくなる。日本社会に弁護士の数を増やす必要があり、法科大学を増やし中である。山梨にも出来る。龍谷大学なんか認可されずにいるがどうしたのだろう。
 
 だが司法の政治能力はアメリカでは問題が多くて、死刑を免れた俳優もいたし、最近はシリコン乳房の見直しがあった。いったん有害とされたが(科学的根拠なしに世論の暴力だけで)実際にシリコン乳房の需要が毎年ある。乳房がないが乳房の欲しい婦人達にアメリカ社会としてどう対応する。しかも有害でない。有害とされたメーカーのダウコーニング社は既に破産した。無実の罪だが破産会社はもう戻らない。訴訟金額は4500億円といわれる。弁護士は三分の一をもらうから,1500億円が弁護士のポケットに既に入った。
 そのカネ狙いの弁護士グループがいる。アスベスト訴訟というのもある。話せば長いが、癌になる、環境に悪いと言うので、次々と訴訟され、補償が多過ぎてアスベストにほんの一寸だけ過去に関係した企業は全部破産した。チーニー副大統領の社長をしていたハリバートン社もその問題に苦しみ、別途基金を積み立てて対応している。これを推進しているのが一部弁護士グループで、アメリカ司法の癌と言われる。
 このように司法を動かすのは弁護士費用であり、カネであり、それを支援する党派政治(アメリカでは民主党)である。日本では弁護士の力が社会世論を動かす迄にはなっていないが、昔は大岡裁判という名裁判があった。先日の選挙で最高裁判事の審査があったが、自民党の指名した判事ばかりであった。二党体制になればその点も変ってくるだろう。
 小さい政府つくりには大岡裁きが必要になる。大岡に民間から起用する陪審制度も検討されている。それにはどんな社会でありたいのかのビジョンが司法界にも一般社会にも要る。トラブルが起きた場合、それは社会生活には不可避的に起きるものだがその裁き方は、正邪があって偉い人に決して貰うと言った種類じゃなく、我々一人一人が大岡裁きをせねばならぬ。アメリカのようなカネで決するのでない。我々の大岡裁きとはどのようなもになるであろうか。
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◎《釣り師の条件》(上)               魚山 釣太(70歳)

釣り師は短気だとか、せっかちな性格でなければ釣りには向かないと言うような事がよく言われる。私自身、何人かの友人から直接「釣り好きはせっかちだ」と言われたことがある。何度か釣りを経験したが釣り好きにならなかった人が、「自分は短気でもせっかちでもないので釣りには向かない」と言っているのを聞いたこともある。
しかし面白いことに、私に向かってそのような事を言う人はみんな釣りを知らない人達か、少なくとも釣りの趣味を持たない人達である。もっとも釣り人が「自分はせっかちだから釣りが好きだ」とは言ったりはしないと思うが。

 それにしても、どこから、なぜ、そのような俗説が出できたのだろうか。確かに釣り人の中には、日常の生活の中で、そのように見られる人がいるのかも知れない。私自身も、仕事や日常の雑事をこなしていく上で、そんな一面があるのかも知れない。だが、それが釣り師全体の通性のように言われるのは何故だろうか。

 釣りに求められるのは、「短気」とか「せっかち」とはむしろ正反対の資質ではないだろうか。ひたすら竿先に伝わる魚信を待ち続け、同じ場所に何時間も座り続けることが、せっかちな人間に果たして出来るのだろうか。面倒な仕掛けを丹念に作り、餌を付け替えては投げ入れ、コマセを撒き続ける単純作業を繰り返しながら、いつやって来るか判らない快哉の時を待つことが短気な者に出来るだろうか。
 糸を垂れたまま何もしないで太公望のようにぼんやりしている者の釣果が少ないのは釣りの基本を知らないだけで、それとの比較でこの動作を繰り返す者を短気と見做すのは釣り下手の負け惜しみのようなものである。

 アラスカやアマゾンの釣り紀行文を書き自らひとかどの釣り師をもって任じているらしい高名な作家、開高健の随筆集の中に次のような対談が出ている。

(開高)ともかく本を読むと日本では、魚釣りの好きな奴には短気で好色な奴が多いという説がある。これはあの井伏(鱒二)さんの随筆の中に歴々と書いてある。
(吉行淳之助)ははあ。
(開高)短気というのはわかるんだ。例えば橋の上を通りしなに釣り師が糸を垂れている姿を見て「あゝのんびりした風景!」と思うかもしれないけれども、こっちはもうノンビリどころか一心不乱、無我夢中で今にくるか今にくるかという、それだけ。
(吉行)そうゆう瞬間の連続が、結果的に何時間にもなる。
(開高)その通り。その通りです。

 上記の開高健の説明は、釣り師に短気な者が多いと言う証明になるだろうか。因みに、開高健氏が相当にひどい「せっかち」であったことは、井伏鱒二の随筆集の中に出ている「開高健夫人からの聞書」によって明らかである。むしろ上記の一節は、釣りには相当な「せっかち」にも、自己抑制と忍耐をもたらす何者か、吸引力のようなものがあることの証明である。
 開高健は次のようにも書いている。
『「魚釣り好きには好色とせっかちが多い」と書いたのは釣仙・井伏鱒二である。開高健がその根拠を井伏鱒二に問うと、「それは林房雄の言ったことだ。」と答えた。更に林房雄に問うと、「あれは実は佐藤惣之助の説です。」と鉾先を変えた。故人の佐藤を墓から掘り起こして聞いたら今度は誰と言うだろうか。』

 実に馬鹿々々しくなるような話で、高名な作家の「釣り師観」はこの程度のもので、彼等の人間洞察もこの程度かと疑わざるを得ない。異常なほどに短気でせっかちであった開高健(前出、井伏鱒二随筆集に出ている記述)が「オレに言わせると短気な奴でなければ魚釣りはできない。」(開高健随筆集より)とまでに言うにいたっては独断もはなはだしい------------------------------------------------------------------------
◎≪ひとこと≫
☆ イラクへの自衛隊の派遣いよいよ決まった。政治家は本音と建前を巧みに使い分けるが、人道支援、テロとの対決のために憲法を置き去りにするのはとんでもない。正々堂々、本音で議論し、国会で正式決定するのが現代国家だ。犠牲者が出た場合にどうするのか。お国の為に犠牲となったと、国を上げて遺族を慰めるのであろうか。派遣される自衛隊員が可哀相。民間NGОを主にして、自衛隊は補給と警護の為に極小規模派遣するというのが一番望ましい。それでも法的対応はきちっとするべきである。(I.H 67歳)

☆スポーツ観戦
(1)知人にマスターズ・リーグのチケットを貰い、東京ドームへでかけた。プロ野球選手のOBが集まって、リーグ戦を行っているのだが、初めて見た感じは、楽しくもあり、滑稽でもあった。稲尾監督率いる「福岡ドンタクズ」は、ドカベン香川は別格としても、下腹の出た選手が多く、どことなく愛嬌があるが、頼りない。
 一方古葉監督率いる「札幌アンビシャス」はスマートな選手が多く、現役時代と変らない体型で、広瀬(元日ハム)、石毛(元西武)、小早川、石井浩郎(元巨人)の4人が外野スタンドにホームランを打ち込んだ。投手は120km台のスピードで投げていた。7〜8千位の観衆が入っていたが、ファンサービスもいまいちで、まだまだ。
(2)12月7日(日)、好天に誘われ国立競技上で行われた伝統の早明ラグビーに出かけた。試合前イラクで凶弾に倒れた「奥参事官」への追悼で全員の黙祷が行われたが、終わったところで、明治側のスタンドから、拍手があったのでびっくり。学生さん、何を考えているのか、よくわかりません。(津田 66歳)

☆ ネットワーク・テーブル掲載の各氏の作品は、筆者が年配者ばかりのせいか、テーマ、文脈、文章表現ともに枯淡で、小生のものを含めて、面白いのは書いた本人だけとなりがち。いずれ「色もの」も出したいと思っています。(魚山 釣太)
☆天地原稿「懐かしのオレゴン」(最終回)を送ります。拙文を掲載していただき有難う御座いました。会員の方には色々の経験をされた方が多くおられると思います、ご投稿を期待しています。(久崎 力)
☆ ゴルフに行くと天地シニアのゴルフ会思い出します。小池幸二さんの講演会ぜひ実現してください(T.池田 66歳)

☆ 近くに来たので事務所に寄らせてもらいました。ネットワークテーブルのプリント版読んでますが、難しいですね(平林 宏史 62歳)
☆12/6〜12/12香港で開催の象棋(中国将棋)世界選手権戦大会に日本チーム(5人)の一員として出場。参加者56人中44位。非中国人・ベトナム人の部では6位に入賞できました。高層ビルの林立を展望台にて再認識、ゴミのない比較的清潔な街となっていました。(小俣 66歳)
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● 提供情報
■新聞記事から
◎ 国債やがて「国際化」(朝日新聞 11/3)
 日本株に続いて、日本国債でも外人投資家の存在感が高まるのではないか。そんな予測が、そう遠くない将来の姿として、当局や市場の一部でささやかれ始めた。国内の建設事業と財政赤字を穴埋めする「借金」は日本人自身が手当てするという、国債の国内完結構造が崩れるか。今年6月末現在で、国債を保有する海外投資家の比率は3%にすぎないが、米欧の国債が20〜30%保有されているのに比べると極端に低い。格付けが低いこと、所有者利回りが低いことが問題だが、日本のデフレ改善の兆しがみえだし、国債が海外投資家から注目され始めている。

◎ 外国人の持ち株急増(日経新聞 11/27)
 日経調査によると、2003年9月末の外国人持ち株比率が40%以上の企業は、11社に上り、3月末の4社から急増している。比率の高い順でいくと、(1)ローム(48.1%) (2)キャノン(47.4) (3)HOYA(46.5) (4)ヤマダ電機(45.6) (5)オリックス(45.3) (6)富士写真フィルム(44.4) (7)塩野義製薬(43.5) (8)東京エレクトロン(41.1) (9)日東電工(41.1) (10)山之内製薬(40.6) (11)クレディセゾン(40.0)
 大株主に顔を出しているのは、年金や投資信託といった長期の運用資金が中心。そのため収益向上や経営改革に対する要求は今後、一層強まると予想される。

■イベント
☆大竹漠洲・「砂漠と海のシルクロード写真葉書展」 
  日時:2004/1月13(火)〜18(日)午前11:00〜午後6:00 
  場所:銀座タカゲン(松坂屋前)中央区銀座6−9−7
☆国際協力の現場からー人類学者の私的実践
 2003年12月19日(金)18:00〜20:00 会場:日経ホール  参加料 無料
 主催:国立民族学博物館・日本経済新聞社
 申込み:葉書で 住所 氏名 連絡先電話番号
     メールFAX可 kenkyo@idc.minpaku.ac.jp 06-6878-8429
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■ 有用URL 最近目についた Web サイト
<シニア>
http://www.eecommu.jp/cgi-bin/newbbs/senior/tbb.cgi
 東京都世田谷区「シニアミドルの掲示板」
http://www.city.funabashi.chiba.jp/ 「バリアフリー機能」船橋市
<生活>
http://www.egao.ne.jp 笑顔健康クラブ(保健同人社)
http://www.riss-net.jp/ コンセンサス・コミュニティ/NTTデータ
http://www.net-sinsei.city.kawasaki.jp/ ネット窓口かわさき/川崎市
http://www.news.imap.ne.jp/e-machi/ 群馬県伊勢崎市「市民記者」
http://www.chiba-npo.jp/ 千葉県NPO情報ネット
http://www.e-demo.pref.mie.jp/
  デジタルリサーチパークセンター開館/愛知県瀬戸市
http://www.pref.kagawa.jp/nousei/santa/ 地産地消〜讃岐の食〜
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● 事務局から
・今年もあと2週間余となりました。年内109号を予定しています。
・村山雅彦さん(65歳)が、フランスからスペインへの巡礼街道を約半分歩いてきました、と元気に事務所に顔を出してくれました。後半分も踏破するつもりとのこと。レポートをお願いしました。
・平林宏史さん(62歳)が事務所に立ち寄ってくれました。電鉄系不動産会社の関係会社のトップで頑張っていますとのこと。?10年ぶりの再会でした。(津田)
・神田駅前の老舗の鰻やさん、「満壽屋」ヘ久しぶりに昼よりました。奥様(ネットワークテーブルの講読者)から、先日、お客さんが杢代さん(「天皇制について考える」の執筆者・66歳)を連れてきて、話しているうちに天地で繋がっているのが判って吃驚したと聞かされました。杢代さんお元気になられたようでよかったですね。(津田)
・裁判員制度が始まろうとしています。日本も米国並に日常生活に法的処置が増加すると予想されます。「大岡裁き」巷間に伝えられているのは史実と異なるそうですが、司法についてもっと関心を深めていきたい。(μ)
・お出かけの時は、いつでも気軽に事務所へお立ち寄りください。
・新製品・プリントゴッコJET、TV・CMが始まりました。優れものです。事務所に見本がありますので、験しにお立ち寄りください。現在20l引価格(2万2千円)で提供可能です。お孫さんへのクリスマスプレゼント、入学祝などに如何ですか
・季刊・天地・「蕪村礼讃」余部が若干あります。一冊900円(送料別)。お申込は事務局へ、お名前、住所、電話番号をお知らせください。
・今年もあと2週間余となりました。年内109号を予定しています。
・ご意見・書評・感想文など長短にかかわらずお寄せください。
・会報郵送の場合毎月1回プリントしてお届けします。1通分300円です。
・振込先:三井住友銀行「神田支店」 (普通)7871532
 テンチシニアネットワーク
・配信不要の場合はご一報ください、中止いたします。
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