●会員の広場
◎ 中国経済・ビジネスあれこれ(5) 原田 豊(64歳)
<中国人の台所>
わたしは外国へ行くと、とにかく地元の庶民が行くマーケットを覗くのが好きだ。それもスーパーなどではなく、あのごみごみした、ベンダーの声が騒々しく響く、野菜、魚、肉、漬物など何でも売っているマーケットだ。
中国のそれはまさに物があふれている。そのほかマーケットのそばには屋台の食堂が並び、10種ぐらいのおかずを作って、注文に応じておかずとご飯を発砲プラスチックのトレーに盛ってくれる。大体5元(60〜70円)くらい。そのほか、饅頭や、安物の衣料品屋などが並んでいる。食料がいっぱい並んでいるというのはそれだけの需要があるということで、中国人は貧しいとはいえ腹いっぱい食べている現われだ。
都市部の中国人労働者の月給は1万円ぐらい。なるほどこれなら食べるのに不自由しないだろう。
驚くのはレストランの多いこと。N市は中心部で380万人だが、街を歩くと100メートルおきに大きなレストランがあり、さらにそのあいだにいわゆる父ちゃん母ちゃん経営の食堂が1軒か2軒ある。よく共倒れしないものだと感心するが、これが結構流行っている。夜ともなると、一家総出で、子供は1人しかいないのに10人くらいの何組もの家族がわいわいと食べている。両親に、それぞれの祖母祖父まではわかるが、あとの3人はなんにあたるのか。1テーブル1セットの料理で200元くらいからあるから、月収で払えないことはない。それになんと言っても中国の夫婦はすべて共稼ぎだから。
中国は今モータリゼーションに入っている。朝の通勤ラッシュを見ていると、自転車3台に1台の割でオートバイが走っている。オートバイは日本より安いといっても7〜8万円はする。夫婦共稼ぎとはいえこの金はどこからくるのか。さらに不思議でならないのは、ベンツやトヨタ車も走っていることだ。輸入車は100%以上の関税を払わなくてはならないから、ベンツだったら最低700万円はする。この金はどこから来るのか。
まず考えられるのは、著しい所得の格差が進行していることだ。民間企業の経営者は税金を払うのがいやだからあらゆる形で大金をためているだろう。また国営企業の社長さんも表面所得は一般労働者と変わらないが、給与外給与が天文学的であるとささやく人がいる。真偽の程は外国人には確かめようもない。そういえば会社の決算書を見ると販売費にしても、管理費にしても「その他」が馬鹿でかい。財務科長さんに聞いてもはっきりした答えは得られない。
もう1つ考えられるのはアングラマネーだ。蔓延している汚職事件を耳にするにつけ、その収賄額には驚く。何千万何億円がざらだ。外貨規制が厳しい中国でこの金はどこへ行くのか。まさか床下の甕に隠しておくわけでもあるまい。
今中国人は耐久消費財の獲得に懸命だ。あらゆる耐久消費財が店に並んでいる。しかもほとんどが中国製。1960年代の日本を髣髴とさせる光景だ。ただし全て都市での話だ。
(次回;中国人の勤勉度)
-------------------------------------------------------------------
◎『カラコルム・ハイウエー』を行く 大竹漠洲(61歳)
その6.フンザ→パズー(前回続き)
『パキスタン』カイバル峠は世界に通じる歴史的な出入り口の地です
カイバル峠は「Khyber Pass」と書きペルシャ語で「入口」を意味しています。ペルシャのアケメネス朝やササン朝期の東への入口だったのでしょう。現在は人為的に国境線が引かれてアフガニスタンとの境を分ける峠になっていますが、東と西をアジア・ハイウエーで結ぶ要衝にあり、前述したように15世紀には既にグラン・トランク(象の長い鼻)という名で人馬の通行できる幹線に広げられ、古くから数々の歴史の跡を残している有名な峠です。
私達は、15ドルのオプショナル・フィーを支払ってカイバル峠まで出かけました。私の乗ったマイクロバスには、カービン銃を携帯したパターン族の兵士が二人乗り込んできました。物見遊山の気分はいっぺんに吹き飛びました。この護衛は、内戦状態にあるアフガニスタンに備えるものではなく、両国にまたがってこの一帯に住むパターン族に対するものです。島国の日本では、決して考えられない事なのです。
パキスタンは戦後欧米によって作られた国のせいか民族が国内の各州間でも入り組み複雑です。このカイバル峠の下でパターン族が住む地区は、トライバル・テリトリー(部族地区)といいパキスタン中央政府から治外法権が認められ特別扱いされています。そのため銃の製造や麻薬の取引、そして密輸が公然と行われており,性格も凶暴で他民族に対する反抗心も強く,些細な事でも直ぐ争いの元になります。バスが出発する前に、現地ガイドから写真撮影について厳しく制約を受けました。又この歴史的な峠は、旧ソ連がアフガニスタンに侵攻したおりに数多くのアフガニスタン難民がパキスタンに流れ込んだ入口でもありました。
カイバル峠は歴史的過去から現在にいたるまで,異民族の人達が目的を持ちながら往来した時の出入口でした。この峠は山々が連なるヒンドゥークシ山脈の中へ通じる唯一の主要道路で、シルクロードの要衝として歴史的に名高く、求法僧や巡礼僧のインドへの通り路でした。草原の覇者ジンギスカンが、中央アジアの英雄チムールが、この峠を下って攻め領土を拡大した路でもありました。その間にも沢山の遊牧民達が、肥沃な土地を求めて北から南下して行きましたが、その記録は歴史の彼方へ消え去っています。
この峠の名を歴史に初めて残し,今尚有名な英雄は,シルクロードの雄・アレキサンダー大王です。紀元前334年にアレキサンダー大王は、現在のトルコ・マルマラ海からエーゲ海への狭い海峡・ダーダネルスをトロイに渡り,アケメネス朝ペルシャに侵攻してダリウスUと戦い、更に軍隊を東に進めてバビロン・スーサとペルシャの都ペルセポリスを攻め落とし,なお東征を続けました。大王はマケドニアを出て7年後の紀元前327年に、1万km離れたカイバル峠を黒毛の愛馬に跨りながらガンダーラの地に駆け下り、これ以後東方へのシルクロードの歴史の扉が開けたのです。大王は、ギルギット河とインダス河が合流するアトッカで渡河してガンダーラの地に入り、更に侵攻してタキシラにギリシャ風の彫刻を刻み込んだ神殿,劇場,住居を建て、ギリシャ植民都市を残したのでした。西はイタリヤのシチリア、東はこのタキシラまで当時のギリシャ・マケドニア帝国は、広大な版図を有した事になりました。
しかしマケドニア軍とその兵士にとっては決して楽な侵攻ではなく、土着の部族との戦いに苦戦をしたり、インダス河の渡河中にそれまでに経験をしなかったゾウ軍との戦いになって多大な損害を蒙ったりして厭戦気分が広がり,遂には兵隊の中から「大王!西へ帰ろう」の声が高まりました。大王はモヘンジョダロ付近から西に転進して陸路と海路に分かれてぺルセポリスに進軍しましたが,途中でお互いに見失い陸路を進んだ主力は大変な苦労の末に都に辿り着きました。アレキサンダー大王が東征した目的は解りません。彼の師、アリストテレスから教えられた東の果てインドの地を極めたかったのか、更に東の中国・秦まで兵馬を進めたかったのか知る由もありません。ただ歴史のロマンを感じるのみです。
アレキサンダー大王がタキシラの地域まで兵馬を進めたことにより、この地域の政治,経済,文化は影響を受け、その後シルクロードの心ときめく時代の幕が切って落とされることになりました。
1万円両替したパキスタン・ルピーが、「ニセモノ・ビール」と「喜捨」でなくなる頃に,良くしたもので帰国が近くなりました。このパキスタン11日間の旅で「禁酒に対する決心」は固く、お裾分けしてもらった1杯のサッポロビールと、500ルピー支払ったフンザの"迷酒"ブドウ酒だけで済ませ,意思の固いことを自分自身で再確認できました。酒を飲まない生活がこんなに気持ち良いものとは、胃の手術をしてから初めての経験でした。
帰国の際に、イスラマバードの国際空港で厳しいトランク,手荷物のチェック、係官の検査を受け、やれやれとタラップへの列に並んでいましたら、突然左の主翼先端から滝のように液体が流れ出しているのが見えました。係員にせかされ大いなる不安をもって機内に入りましたが、PIAの乗務員から一切説明がなく,又いつも「事故に遭わない」という迷信になっている「コーラン」の放送も,このときに限ってないので、一層不安が募りました。北京までの飛行でしたが、離陸して暫らくの間は緊張から眠るどころでありませんでしたが、ペシャワ-ルからタキシラまでの今日一日の長い旅の疲れがドット出たせいか,サイドシャリフの古都で買った木彫りの菩薩様に後はお任せして寝入ってしまいました。ところであの液体は一体何だったのでしょうか
(この号にてパキスタン・フンザ・ガンダーラ訪ねては,終了。「見聞記・ シルクロードを西へ」第6章P126〜P128 )
---------------------------------------------------------------------
◎ ハンガリー旅行記 小俣光夫(64歳)
2002年1月4日出国〜12日帰国。始めてのヨーロッパ訪問の目的は二つ。一つはソルノク市(首都から100km)でのホームステイ、他はブタペストのハンガリー囲碁協会への訪問です。そして温泉も楽しんできました。
1)ソルノク市
2002年1月5日、ハンガリー・ソルノク市と山形県遊佐町の交流20周年を記念して日本から合唱団が訪問し、タウンホールでの公演は好評でした。曲目ごとに団員から簡単なマジャール語による説明があり、事前の熱心な練習がうかがわれました。特にハンガリーの音楽家コーダイ作曲の合唱曲には大きな拍手がまきおこりました。また日本の固有の旋律も違和感がなく受け入れられたようです。
翌6日、遊佐町と日本ハンガリー友好会が中心になってかねてより建築中であった日本ハンガリー友好会館の第一次完工式(タテマエのような神式行事;神主の装束も準備)に出席しました。庭や建物の一部はこれからですが、既に会合や研修宿泊も可能になっています。地元ハンガリー人による館長の就任式もあり今後の利用が期待できそうです。夏休みなどの青少年の合宿・研修に利用できるでしょう。英語で通じますのでハンガリーの地方都市の生活を経験されたい方はぜひご検討ください。
ホームステイ先はプロの男性ダンサー(民族舞踊家)と金髪の女性家屋設計者の若い夫妻の1DKフラットでした。驚いたことに夫妻のベットルームを提供していただき恐縮してしまいました。恐らく二人はソファーか床に寝たとのでしょう。食事は普段のままで簡素でしたが、スープ、ソーセージ、ハム、エッグなども美味しく、パンはトーストなどすることなく自然食品であきがきません。全て地元での産物なのでしょう。今回の日本からの訪問者は全てホームステイ、ハンガリー人のおおらかな心のこもった歓迎が印象に残りました。学校の食堂で催されたお別れパーティでは夫妻の見事なダンスが披露されました。
遊佐町長以下日本からの一行は近くのケチケメート市へチャーターしたバスで観光にいきました。途中、”The Great Plain”といわれる、まるで地平線が見えるかのような広大な農作地帯を往きます。
黒土の 畝(うね)筋見せて 残る雪
クリスマス 供花残れる 村の墓地
農家の屋根には全て煙突が備わっています。厳しい寒さですが家の中は暖かく過ごしやすいことでしょう。ホームステイ先で厚手のパジャマは無用といわれたと一行のあるご婦人の談。
ケチケメート市の中心の市庁舎と近くの教会から正午に鐘の音が響きわたりました。鐘の音にはメロディがついていました。市歌だそうです。楽器の博物館を見学、古代の楽器から近代の楽器までさまざまなコレクションがあり、さすが音楽や舞踊に優れたものをもつ民族(現ハンガリーではマジャール人が90%以上)と感心。
2)ハンガリー囲碁協会
WEBの検索で所在地はわかっていましたので、1月8日ブタペストへもどったその日早速訪れました。毎週火曜日午後6時から12時まで、囲碁ファンが集まってきます。場所は古い大きなビルの地下のとあるクラブ集会室。
ぼくは日本棋院の5段位をもっていますが、ヨーロッパの段級位のシビアなことは知っていましたので3段を申告。2級の人と相手が2子で対戦しました。さすがに2子の差では楽勝とおもわれたのですが、後半善戦されヨーロッパランクの実力を見直ししました。
次に5段との対戦。ぼくは2子置きました。手ごたえが違います。こちらのミスもあり投了。2子と3子の間くらいの相手と感じました。側で日本語の良くできる若者が囲碁の指導をしていました。あとで聞くと日本のプロ棋士にあこがれて日本棋院の院生修行をした経験者とのこと。そのような人に指導を受ければ確実に上達します。ハンガリーでの囲碁の普及の一助にと紙製の9路盤と石のセットを数組置いてきました。ついでに連珠盤も1枚進呈、五目並べは多くの人が知っているそうです。いずれ連珠の世界戦選手権戦にも登場してくることでしょう。
3)トルコ式温泉
ブタペストは温泉の都市として有名です。市内いたるところに温泉があるといってもいいすぎではありません(非火山性温泉らしい)。ブタペスト在住者から薦められた古くから人気のある男性専用のルダッシュ温泉にいきました。900フリント(日本円約450円)のチケットを買って入ると短い越中褌のような紐つきの布を渡されます。檻のような個室で着替、カギは褌の紐に結びつけます。ちなみに女性の浴室の場合は金太郎のハラガケけのような前掛けだそうです。
ここは15世紀から続いている温泉で、古びた石造りの大きな浴槽と4隅にはそれぞれ温度の異なった小さな浴槽があり平日の昼間というのに大いに賑わっていました。一方の壁の窓の向こうにはサウナの部屋。入ると湯気がもうもうです。木のベンチには腰掛けている人、座禅を組んでいる人さまざまです。そのサウナの奥にまた一つの小さなサウナがありました。そこは更に高温の湯気の部屋で立ったままで入室。とても長時間いることはできない熱気でした。
サウナで体の芯まで温まると低温の浴槽にいきます。それが実に気持ちがよいものです。浴槽の側には温泉水の飲み場があり、やや塩気を感じるミネラルウォーターが自由に飲めます。浴室をでるとシーツのような木綿の大きな布で体を拭きます。それにくるまってベッドで一休みする人も多くみかけました。着替えてでるとスナックがあり、そこで安くて美味しいサンドウィッチとジュースで腹ごしらえ、散歩がてら大小の氷片を浮かべとうとうと流れるドナウ河に架かる橋(エルジェーベト橋)を渡りホテルに帰りました。
冬の空 ブナの王宮 霞みけり
この王宮はかってオスマントルコ軍に攻め落とされ、150年間支配されたことがあります。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・ 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
◎ ≪ひとこと≫ 会員の年賀状から
今年もいろいろの方から年賀状を頂きました。天地シニアネットワークへの励ましも多くいただき、また、シニア層の決意、意見等の個人的声を添えてくださった方もかなりいらっしゃいました。事務局のメンバー個人々に送られた中から、勝手ですがシニア層を網羅した声として一部ピックアップして披露させていただくことにしました。
*** 世情 ***
☆ 天地シニアネットワークの発展をお祈りいたします。小生も大学等のクラスメイトや以前の会社の先輩。元同僚への参加を勧めて居ります。「ネットワーク テーブル」12月号に拙文を掲載していただきお礼申し上げます。物質文明が行き詰まっているので、21世紀には宗教を含めた精神的なものへの関心が高まるであろうと期待しています。小生の場合、飽く迄もユダヤ教、キリスト教等への興味は歴史的なものですが、一般に日本人は今迄余り接していないか、誤った理解を持つ向きもある様なので、少しでも興味を持って頂ければと思い、拙いエッセイを作っている次第です。(野崎誠介)
☆ 今世紀はどのようになるだろうと楽しみにしていたら、米国連続多発テロ、狂牛病、内親王誕生、イチローMVPと驚くことが多かった出来事から始まったように思われます。今年もきっと驚かされるでしょう。しかし、お手伝いロボット、電気自動車の普及、インターネットでのお買い物があたりまえの時代はもうそこまで来ています。きっと皆様にとってすばらしい世の中になります。(T.S)
☆ 昨年は米国の同時多発テロ事件や国内では痛ましい大阪の池田小学校事件、狂牛病問題、年末の奄美大島沖の不審船の沈没事件等、また景気が一向に良くならならず、失業率が5%をオーバーした事など、新しい世紀の初年度としては暗い事が多かった年でした。他方、4月には従来の日本の政界に葉ない新しいタイプの清新な小泉内閣の成立、ブロードバンドの幕開けあや12月上旬には待ちに待った愛子内親王の誕生があり、一条の光明を与えてくれました。(H.K)
☆ 年末恒例の「今年の漢字」は「戦」でした.今年はどんな年になるのでしょうか?世界平和というのは簡単ですが、自分が役に立っているという実感がないのが不甲斐ないなあと思うところです。肩書き、金銭、身を飾る物、溢れるばかりの物、もの、モノ----人間にとって不要な物ばかり追い求めている人に、どうすれば平和とか自然とかの大切さを分かって貰えるのでしょうか?(H.A)
☆ 昨年中国へ行きました。上海の人々の歩き方の速いこと、東京はおろかニューヨークの人より速い。まるで成功へひた走りに走っているようでした。1960年代の日本を彷彿とさせました。(原田 豊)
☆ み 美空に輝く 陽光浴びて
づ 恙なく 祈る心は神仏殿
の 法(のり)に生き 法のみち守りて
え 永遠に 済度をもとめて
う 憂き事も 嬉しき事も心を定め
ま 真直ぐに行けば 迷わぬ人の道
天地ネットワークを拝見し、皆さん逞しく生きている様子に刺激を受けています。
(及川 智)
☆ 昨年夏、奈良・薬師寺で喜多郎の平和を祈るコンサートに行きました。その直後にN.Yテロが起こり、アフガンの騒乱となりました。シルクロードの地は、2000年余年、民族の争いが絶えない地です。イスラマバードで出会った難民の子供達の眼差しは忘れられません。(大竹錠二)
☆ 漢詩 <杜甫>
旅の夜 懐ひを書す
細草微風岸 細草微風の岸
危機独夜舟 帆柱そそり立ち独夜の舟
星随平野闊 星は平野に随ひて闊く
月湧大江流 月は大江に湧きて流る
名豈文章著 名は豈に文章をもて著はれんや
官応老病休 官は応に老病にて休むべし
飄飄何所似 飄飄として何の似たる所ぞ
天地一沙鴎 天地の一沙鴎
漂泊老残の孤独感を詠っているようです。人生64年の心境です (河合 靖峯)
☆ 新世紀が世界史的なテロと戦争という騒乱で始まりましたが、世界がより文明化し一つになっていく歴史上の過程であればと念じております。昨年第一線を退き精神的に楽な生活を送っていますが、気張らずに生活を楽しみ、しかし時代の変革に取り残されないように今年も努力したいと思っています。(S.T)
*** 近況 ****
☆ あけましておめでとうございます。今は1月1日の午前1時頃で、近くの子の神大黒天に初詣に行ったばかりです。今年はいつもより参詣の人が多いようです。近くで済まそうとしているためなのか、あるいは今年こそいい年になるように願いを込めるためなのか、あまり有名でない小さな大黒天が賑わっていました。帰りに見た空には満月に近いお月様が明るく輝いていました。天気予報がどうだったか知りませんが明日は初日の出が拝めそうです。(新田良昭 手賀沼通信第46号より)
☆ 昨年は7カ国を訪れ平和でなければ仕事も遊びも出来ないとつくづく感じました。毎年少しずつ走り20年計画で西安を発ちシルクロードをローマへ向かう自転車での旅は昨年ウズベクスタンのプハラまで到着しました。今年10年目の節目を迎えますがアフガニスタン情勢如何では走れますかどうか。(林英一)
☆
耳しひの故かあらぬか存へて 八十ぢの翁となりにけるかも
「山上の歌碑」には及ばね七月の 蔵王に遊びぬ歌人に交わり
支笏湖の宴をはさみし2ラウンド 楽しき極みグロスを忘る
(水沢竜夫)
☆ 日没の空荘厳に雲染めて 神のみこころ富士の山容
(Y.K 静岡県韮山町在住)
☆ 運動不足で昨年夏頃から坐骨神経痛などに悩みましたが、やっと快方に向かっています。暮に二人目の外孫がうまれ、暫らく我が家に着ており年末年始はてんやわんやです。 高齢の中国旅行は夏休みに成都、黄龍および九寨溝(共に世界遺産)を周りました。成都では三国志の英雄諸葛孔明や劉備玄徳、唐代の詩人杜甫の史跡などを訪ね歴史のロマンに思いを馳せました。(E.I)
☆ 面白く読ませていただいています。教師生活1年目は走り回って過ごしました。今年は余裕をもって行きたいと思っています。(T.S)
☆ 昨年は、ベトナム、ミヤンマーとタイ5県で植林とアンコールワット観光の55日。今夏は南インドへ行きます。(A.T)
☆ 定年退職後もPC教室のボランティアや、64歳の手習い(長唄・三味線)で、あいかわらず忙しくしております。(Y.I)
☆ 9月11日のテロ事件のときは丁度ベルリンに滞在、その日オペラを始め全ての人の集まりは中止となりました。即中止決定というドイツの対応の早さに感心させられました。定年退職後は、TSNBC(シニアビジネスセンター)立上げへの参画や経営コンサルタント(若葉マーク)として相変わらず忙しく粗大ゴミと言われずに過ごしています。(T.K)
☆ 天地シニアネットワークの配信有難うございます。退職後他のやりたいこと全て全方向でやり過ぎたきらいがあり、今年は絞りつつ天地への協力をと思っています。(T.H)
☆ 今年6月で私もサラリーマンライフ卒業です。
駄句”初電車「定期」で乗るも今年まで”(M.N)
☆ 太極拳をしています。「健康と呼吸法」で何か書きたいですね。(K.O)
☆ 中国語に今熱中しています。(K.O)
☆ イゴはよくわからないですが、随筆読んでいます。(Y.N)
☆ 65歳.今年は八ヶ岳南麓に永住移転する予定です。(N.S)
☆ 子供達に昔の戸外の遊びを教えたい。(G.O)
☆ 只今老人介護と格闘中、このため家に居る機会が多く昨年は野球TV漬の毎日でした。朝イチロー、夜巨人(アンチ)、昼の高校野球では母校が選手権で優勝感動しました。(K.Y)
☆ 昨年の暮、娘・律子が本を出版いたしました。「私はもう逃げない〜自閉症の弟から教えられた事〜(講談社)」つまり我が家の長男の自閉症がテーマです。2人の子供から教えられました。私こそ”もう逃げない”。今年は福祉を勉強して、うまれながらに障害を抱えた人たちに対して積極的に応援歌を歌っていこうと決意しました。(島田 豊)
〜・〜・〜・〜・〜・〜・ 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
● 世事有情
☆ 阪神大震災から今年の1月17日で7年との事ですが、つい昨日のような気がします。当時神戸に本社のある会社に出向中でしたが、幸い東京が主勤務地になっていましたので個人的には直接被害に遭遇しませんでした。しかし会社は、東海、関東に大地震がくるというのが当時の専らの予想でしたので、関西の殆どの会社同様に地震対策は、何もしていません。以前から気になっていたのですが、資金を本社に集中させていましたので、給料はおろか、当日の各地支店の小口支払が心配でした。本社の経理部は、ビル倒壊で機能不全となりました。
原籍が東京の会社でしたので、企業としての地震対策は頭の中にありました。朝6時のTVで地震発生を知り、すぐ出社し工場に電話をいれました。早い時間でしたからすぐに繋がりました。知り合いの社員が出ていて、一部床に亀裂があるが倒壊は免れ、生産ラインは問題なさそうとの報告で一安心しました。以後、東京臨時本部の設置、役職員の安否の確認、各支店との連絡網作り、更に東証、役所への状況説明、メイン銀行の隣接支店への緊急資金手配の依頼等々、東京支店幹部諸氏とてんてこ舞いしました。地震の発生が午前6時前であったことは、今思っても本当にラッキーでした。
天災、人災、災害は思いがけずやってきますが、思いついたら準備するというのが一番のようです。
● 提供情報
■ 新聞・雑誌記事から
「機械は心を持てるか」滝寛和、石川幹人、伊東昭、岡夏樹
情報処理 Vol.43 No.1 情報処理学会
「機械に心があるわけがない」とか「心の定義がないのに論議は無意味」などはさておいて、情報工学的に見た機械の心の研究が何処まで進んでいてその課題は何かなどをわかりやすく解説している。ペットロボットがあたかも心を持つかのように振舞い、その商品化もいくつか試みられている。シニアを対象にする「ペットロボットに関するアンケートの依頼」があるほどに、世話のかからないペットロボットへの関心が高まっているらしい。
■ お知らせ 展覧会、音楽会 イベント
◎シンポジュウム「国際的な人の移動の現状と課題」
〜日本・アジア諸国からの報告とILO・OECDの見解〜
2002年2月5日(火) 15:00〜17:30 無料
場所:日本労働研究機構 JILホール (西新宿モノリスビル)
申込:FAX03-5991-5710 メール:matuzawa@jil.go.jp
◎「老人学」開講
桜美林大学に日本で最初の包括的・学際的「老人学」大学院(修士課程)が4月から開設。場所は新宿駅南口徒歩2分(東京都渋谷区代々木2-9-2久保ビル)で、社会人の便宜のため月〜金は夜間、土日も活用する時間割。問合せ先:同大学院(03-5304-5381)、または同大学企画広報部(電話042-797-1583)。
(シニア社会学会のシニア・ニュースからの転載)
◎美術展 : FA展(古河OBの絵・写真・版画・書・焼物等の展示会)
2月24日(日)〜3月2日(土)11:00〜18:00(最終日は15:00)
会場:東京近代美術クラブ 2F 中央区京橋2−7−12
出展者 古河OB(一部現役)約50名
私は今年は、信濃の風景二点(30号と8号)を出展。
尚、私は毎日午後は会場にいる予定です。
(当会員 藤田欣也からの案内メールから)
◎ 美術展 すどう美術展 http://village.infoweb.ne.jp/~sudouart/
☆第6回「若き画家たちからのメッセージ」展の出展作家募集中
会期:2002年2月26日〜3月3日
◎講演会: 「宮沢賢治の世界へ」
2002年2月22日(金)午後6時半〜8時半 参加費:700円
東京YMCA会館サロン (JR御茶ノ水駅徒歩5分)03-3293-5421
主催:東京YMCA講座・講習 夕べの祈り企画グループ
講師:路傍舎(宮沢賢治を学ぶ会)館長 佐藤栄二
■ おすすめ図書
・「中国がシリコンバレーとつながるとき」- 中国発出全球人材信息網
遠藤誉 (筑波大学留学生センター教授) 日経BP社 2001/l2
中国の動きは加速している。世界中どこでも中国料理が食べられ、日本の製造業が中国へシフトしているる時代。 中国人の国際ネットワークによるベンチャービジネスが生まれてくることが予想される。とはいえ中国の全体像はとらえがたい。
・「月とスッポンと日本語 ― 究極の薀蓄語録」
明石散人 講談社 2000
松尾芭蕉の俳号についての薀蓄が面白い。俳人芭蕉は哲学者頓智(芭蕉を愛好した)を尊敬していたことと芭蕉は江戸には自生しない植物であることから推論している。
・「中世を考える いくさ」福田豊彦編 吉川弘文館 1993
一口にいくさといってもさまざまな形態がある。戦士集団には「家人(けにん)型」と「家礼(けらい)=門客(もんきゃく)型」があった。「家礼」は傭兵に類似。一揆とはさむらいによって南北朝に始まった契約形態であるなど。壇ノ浦の船いくさの考察も。
■ 有用URL 最近目についた Web サイト
<検索>
http://www.cao.go.jp/ 内閣府
<健康・医療>
http://www.yakugai.gr.jp/ NPO薬害オンブズパーソン会議
<生活>
http://kurashi.zdnet.co.jp/ 暮らしとパソコン/ソフトバンク提供
http://www.bounce.com/ 音楽ファン向けフリーマガジン/タワーレコード
<旅行・観光>
http://www.abnet.or.jp/aizu-freshresort/ 会津の観光情報サイト
<ICT>
http://www.digitaltrunk.net/ 電子データをネット上に無料で10メガ保管
〜・〜・〜・〜・〜・〜・ 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
● 事務局から
・会員で専業主夫の方。思いのほか主夫は忙しいとのこと、料理教室へも通っておられるそうです。
・連載していた「宇宙の物語ー太陽系ファンタジー」の校正完了し印刷中。1冊500円で頒布を予定しておりますが、お知り合いの中学生・高校生へのプレゼントにいかがでしょうか。
・10月より郵送の「ネットワークテーブル」は1ヵ月分まとめて編集して配付するようにいたしました。
・会報郵送の場合 実費1通200円
振込先:三井住友銀行神田小川町支店 7871532 テンチシニアネットワーク
=================================
天地シニアネットワーク事務局 (津田孚人、小俣光夫、小作暁介)
〒101-0052 東京都千代田区神田小川町1−6−21−2F
TEL&FAX 03−3254−7321
E-Mail tenti@mvc.biglobe.ne.jp
URL http://www5a.biglobe.ne.jp/~tenti/