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※『宇宙の物語・第2部』 1.「プロローグ」 訂正
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前回の記事中、間違った記述が2つありました。
(1)スピカの光度について記した箇所で、「2.50以上1.50未満の光度をもつ星を2等星とします」とありますが、数字2.50と1.50を入れ替えてください。訂正したものは、「1.50以上2.50未満の光度をもつ星を2等星とします」となります。
(2)スピカと同じかもっと明るい星は、21個あります。したがって、アルファセンタウリを2個として数えるとぜんぶで22個となります。数え間違いでした。
以上、著者の注意が行き届かずまことに申し訳ありませんでした。
第1部同様、数学者ザネリ氏と天文学科大学院生ベアトリーチェにも間もなく登場してもらうことにしました。
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◎『宇宙の物語・第2部』(2)
ジョバンニ・カムパネルラ(駒ヶ根市、65歳)
2.太陽―超低燃費エンジン
ロビーの壁面には、巨大なバーコードが張り出されています。その幅約50cm、長さは10メートルもありましょうか。濃淡はいろいろですが、縦に平行に走る無数の暗線は何を意味するのでしょうか。ガリバーが巨人国<ブロブディンナグ>で何か買って、その商品についていたものでしょうか? その値段は如何ほど?
空想は次々と拡がり尽きるところを知りません。
このロビーは、アメリカ西海岸カリフォルニア州ハミルトン山の山頂に建つリック天文台の建物の中にあるのです。リックはすでに(第1部冒頭で)ご紹介しましたように、アメリカ有数の天文台で、ここで天文学上の多くの重要な発見がなされてきました。巨大なバーコードと見えたものは、じつは太陽の光を分光器で分解(スペクトル分解)し、色の強度をモノクローム写真に撮って拡大したものでした。虹の七色をものすごく詳細にわたって、1000色以上に分解して大きく引き延ばしたものと思ってください。昔、アイザック・ニュートンがガラスのプリズムを使って、太陽光線から虹の七色を人工的に作ってみせたことはよく知られていますが、ここでもあの方法を用いたのです。バーコードの中の縦線ひとつひとつが虹の色とその明るさに対応します。ここで重要なことですが、この色(縦線)それぞれが太陽に含まれるそれぞれの元素に対応して現れるのです。例へば酸素を表す縦線は、酸素の化学的状態に応じて何本も現れていますが、それらはスペクトルのどの部分に現れるか地上の実験でよくわかっています。つまり、このバーコードを見れば、太陽の大気中にあるすべての元素がわかるのです。
こうして太陽の大気中には多くの元素が含まれていることがわかりますが、また別の方法で太陽本体の内部組成を見つもった結果によりますと太陽の質量の約70%は水素、28%がヘリウム、残り2%が酸素、窒素、炭素・・・鉄など重い元素の混合物であることがわかっています。太陽は巨大な灼熱のガス体なのです。大量に含まれる水素が(ほんの少し)燃えて膨大な熱を放出しています。地上で水素が燃えるということは、水素と酸素が化合して水になることを意味します。しかし、太陽にはほんの少ししか酸素がなく、したがって化学反応によって発生した熱など問題外です。もし化学反応だけで熱を発生しているなら、太陽はたちまち燃え尽きてしまって、もうとっくの昔に冷たくなっているでしょう。太陽の内部では、水素は通常の化学反応とはまったく異なった燃え方をしているのです。
ところで、宇宙空間に漂うガスや塵を観測し、その組成を分析した結果の平均値をだしてみますと、水素75%弱、ヘリウム25%弱、そして極微量の酸素、炭素、窒素、・・・鉄などの重元素が含まれていて、この値は現代宇宙物理学の<ビッグバン(大爆発)理論>を強力に支える観測結果となっています。太陽が、宇宙空間にひろがる原初の物質が集って誕生した星であるならば、原始太陽のガス成分は原始宇宙のそれと同じだったはずです。しかし、現在の太陽内部では原始宇宙のガスの組成とくらべて、水素がすこし減りヘリウムがすこし多くなっています。つまり太陽内部で水素をヘリウムに変換する反応が起きていて、じつはこの反応こそ太陽の熱エネルギー発生の源であることが確かめられたのです。しかも太陽の誕生から数十億年もかけてほんのわずかしか、この反応は進んでいないと思われます。それにも拘らず太陽は膨大なエネルギーを外部に向って常時発散しつづけている。水素は太陽内部にまだまだ、ありあまる程大量に残っています。何かものすごく効率のいいエンジンを想像されませんか?
じつはそうなのです、太陽は大変燃費のいい省エネルギーエンジン(炉)であることが近年の研究で明らかになってきました。水素もヘリウムも地上では軽い気体です。水素は酸素と化合して水になりますが、ヘリウムは非常に安定した元素で、他の元素と化合することがありません。1868年8月18日、インドで皆既日食があり太陽から噴出する炎のスペクトルの中に、フランスの天文学者ジュール・ジャンセンは、地上の実験では誰も見たこともない黄色い輝線を発見しました。物理学者たちは、この輝線に対応する謎の元素を太陽(ヘリオス)にだけ含まれる元素として<ヘリウム>と名づけました。地球上にもヘリウムが存在することがわかったのはそれから27年後、1895年のことでした。ヘリウムの分離精製を行った英国人化学者ウイリアム・ラムゼーには1904年度ノーベル化学賞が与えられました。
ヘリウムは軽く、安定した元素であって、活性度がたいへん低いために地上ではなかなか発見されなかったのです。1869年には、太陽大気の外層つまり<太陽コロナ>のスペクトル中に新たに緑色の輝線が発見され、この光を発する元素を<コロニウム>と名づけていましたが、70年後、これは鉄の原子がそのまわりの電子26個のうち16個を失ったもの、つまり高度に電離した鉄に対応することがわかりました。緑色の輝線を発する元素は鉄だったのです。
ここで太陽について、現在までに知られている観測データを地球のそれと比べながらいくつか列挙してみます。太陽はきわめて完全な球体であることがわかっていて、その直径は地球のそれの109倍、体積は130万倍あります。重さは地球のそれの33万3千倍もありますが、平均密度(比重)は1.41ですから、地球の平均密度5.52の4分の1しかありません。太陽がその中心まで1気圧のガス球でできているならば、その密度はきわめて小さいのですが、表面重力が地球上の重力の27.5倍もあるためにガスは強く圧縮されていて、ガス球であるにもかかわらず、密度1の水の球よりもすこし重くなっています。太陽の中心気圧は2660億気圧というおそるべき高圧で、中心密度は150(グラム/立方センチメートル)になります。もちろん、地上には密度150(金の7.5倍)もある重い物質は存在しません。太陽中心部には密度150のヘリウムが気体のままで存在するのです。太陽中心の温度は1500万度と見つもられています。
このようにして太陽の中心付近には、まさに想像を絶する高温、高圧、高密度の環境がつくり出され、ここではじめて4個の水素原子核が何段階もの反応過程をへて1個のヘリウム原子核に変換されるのです。途中の段階で、最近話題の<ニュートリノ>が出たり、<陽電子>が放出されたりしますが、あまり専門的なことには立ち入らないことにしましょう。4個の水素が1個のヘリウムになる反応を水素の<核融合反応>といいます。現在、地球上では膨大な費用をつぎこみ、多くの研究者のたいへんな努力にもかかわらず、いまだに実験室では核融合に成功していないのです。ちなみに、もし核融合炉ができれば、1グラムの水素の0.7パーセントがエネルギーに変換され、それが8,000キログラムの石油を燃やしたことに相当しますから、少ない燃料で莫大なエネルギーを取り出すことが出来るのです。忌まわしいことに、地上では<水素爆弾>によってのみ、この反応を人工的にひき起こすことができています。太陽中心付近では、1秒間に1立方センチメートルあたり、この反応がしごくあたりまえに65700回も起こり、この結果、太陽は毎秒6億トンの水素を消費しこれを5億9千6百万トンのヘリウムに変換しています。つまり、毎秒400万トンの質量欠損があり、これがすべてエネルギー(熱)になって放出されているのです。
アルバート・アインシュタインの特殊相対性理論によりますと、<この世に存在する物質は原理的にすべてエネルギーに変換することができる>、言い換えますと、物質とはエネルギーが(物質という形に)凍結したものなのです。何らかの方法でこれを解凍すれば、莫大なエネルギーを取り出すことができ、地上の原子核実験でもこの理論は確証されています。仮に1グラムの水を1秒間で、すべてエネルギーに変換したとしましょう。計算してみますと、9千万キロワット!、なんとたった1グラムの水にこれほど膨大な潜在エネルギーが秘められているのです。水のかわりに鉄1グラムでも水素1グラムでも同じです。太陽内部では毎秒400万トンの水素が解凍され、熱エネルギーになっていますから、熱の発生量を計算しますと、9000
万キロワットの400万倍のさらに 100万倍という途方もない数値になります。
こうして生じた太陽からの莫大な熱量のうち、地球はその20億分の1ほどを貰い受け、地球上のすべての生き物がその恩恵にあずかっています。そして太陽で発生する殆どすべての熱は宇宙空間にむなしく消えていくのです。
次に太陽の単位重量あたりの熱発生率はどうなっているのか調べてみましょう。仮に太陽本体からその一部分、60キログラムを取り出して、そこから発生する熱量24時間分を計算してみますと、これがたったの250カロリーにしかなりません。つまり膨大な熱の発生量にくらべて太陽の図体があまりにも巨大なので、単位質量あたりに換算すれば、熱発生率はむしろ非常に小さいのです。これは驚くべき事実です。体重60キログラムの成人は1日に平均2500キロカロリーの熱量を食物から摂取し消費しますから、人間一人の熱発生率は太陽のそれの10000倍にもなるのです。つまり、率としては、太陽は人間ひとり分の1万分の1のエネルギーで活動しつづけているのです。
さて、ここでひとつ心配なことがあります。太陽内部で起きている核融合反応が異常にすすみ暴走して、太陽が大爆発することはないのでしょうか?
ご安心ください。そのようなことは決して起こりません。高性能エンジンを作動させるためには、そのコントロールシステムが大変重要です。原子炉などの取り扱いについては、特に細心の注意が必要であることは言うまでもありません。いい加減なことをすればたちまち大事故を招く。私たちはチェルノブイリ発電所やモンジュの事故によって苦い教訓を得ています。核融合反応は、太陽の中心部分で起きていますが、もし反応が進みすぎて大量の熱が発生しますと、太陽の中心部分が膨張します。すると、そこでガスの密度が低くなり圧力がさがり、結果として核融合反応がおさえられることになります。発生した熱はじわじわ外側に沁みだしてきます。こうして中心部分の温度がさがると今度は太陽の自己重力によって圧縮され、圧力が上がって再び反応が活発になります。このような反応プロセスは、きわめて安定な平衡状態にあって、あたかも精巧きわまりないセンサーとフィードバックシステムによってコントロールされているかの如く、太陽は今後数十億年も輝きつづけるのです。
さて次回は、太陽の内部構造と太陽の誕生からその死までの物語をいたしましょう。
[参考文献]
(1)尾崎洋二:星はなぜ輝くのか(朝日選書694、朝日新聞社、2002)
(2)『科学朝日』編:天文学の20世紀(朝日選書627、朝日新聞社、1999)
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◎ イスラエル(その10)「死海文書」について 野崎 誠介(66歳)
西エルサレムの郊外にクネセト(国会)があり、その近くに「イスラエル博物館」がある。此処には考古学館、絵画館等見るべき物が数多くあり、殊に考古学館には、古代イスラエル宗教関係の出土品やペリシテ人の遺物等があるが、最も目をひくのは「聖書館」(THE
SHRINE OF THE BOOK)である。第2次大戦直後に死海のほとりの洞穴で発見された「死海文書」はこゝに収められている。
建物は特徴のあるデザインで、白い屋根は死海文書が収められていた古代の壷の蓋を模したものである。建物は円形で、中央には最長写本8メートル余の「イザヤ書」他がケースの中に展示されているが、この円筒型の展示ケースは、核戦争等の非常時には沈下して地下に収納されるとの事である。
ヘブライ語は右から左へ書かれるが、死海写本は羊皮紙等に黒いインクで皮の幅一杯に句読点も改行も一切なく、子音丈が(ヘブライ語では母音は表示されない)ギッシリ並べられている。一枚の羊皮紙が一杯になると次へ移り、これが張合わされて、イザヤ書の場合は約8メートルになったものである。
死海文書の発見の経緯は後述するが、この発見迄は現存の古代ヘブライ語の写本は紀元1008年の「レニングラード写本」が最古のものであり、死海写本が紀元前のものであれば、時代が一挙に1000年もさかのぼる事、又、文書の一部に初期キリスト教会で用いられた表現や概念が見出されたので、この発見によって、今迄不明であったキリスト教の起源が明らかになるのではないかと期待され、世界的なセンセーションを巻起こしたのである。
然し、結論を先に言えば、残念乍ら結果はそうならなかった。確かに、之等の文書を残した「エッセネ派」は、キリスト教にかなりの影響を与えたと思われ、又、イエスに洗礼を行った「洗礼者ヨハネ」はエッセネ派の出身とみなされている。しかしエッセネ派はやはりユダヤ教の一派の宗教エリート集団であり、初期キリスト教会とは異なるというのが定説となっている。
1947年の事であるが、遊牧民ベドウィンの少年二人が、死海の北西の丘で山羊を放牧していた。その中の1頭が行方不明になり、捜している内に、ある洞穴を見付け、中へ石を投げた処、何かが壊れる音がしたという。石が死海文書を収めた土器の壷に当ったものであり、これが「考古学上の20世紀最大の発見」と言われる死海文書発見の端緒である。
第一の洞穴から保存状態の良い7本の巻物(SCROLLS)が発見された。ベドウィンや仲介者のアラブ人古物商等が暗躍したが、紆余曲折を経て、3本はヘブライ大学が買取った。残り4本は、エルサレムのシリア正教会へ持込まれ、更に米国の方が高値で売れるであろうと米国へ持出された。処が、思惑に反して仲々売れず、1954年になって新聞に広告を出した結果、ある米国人が25万ドルで購入した。実はこの米国人はイスラエル政府のダミーであり、結局、主な巻物7本全部がエルサレムの聖書館に収まる事になる。これ以外に数多くの写本の断片や破片があって、現在でもその修理と解読が続けられている。
死海文書は結局、1947〜56年の間に、11の洞穴から約800のテキストが発掘されたが、之等は旧約聖書の殆どを含んでいる。新しいものはエッセネ派独自のものと思われるが、「神殿の巻物」「宗団法規」「戦いの巻物」がある。
之等は主として羊皮紙、一部はパピルスの写本であるが、全く異質のものとして、銅製の「銅の巻物」が発見され、これはヨルダンのアンマン博物館の所有である。内容は、一種の暗号で記され、多くの場所に宝物を埋めた記録の様に読めるらしいが、今日でも正確な内容は判っていないし、埋蔵品が見付かったという報道もない。
死海文書は、紀元前約350年頃から紀元67年迄に作られた写本であるが、これを残したエッセネ派はエルサレム神殿の神殿貴族と言われるサドカイ派との闘争に敗れ、死海付近の荒野に身をひいて、修道院的な生活を続けていた。洞穴付近の高台で「クムラン遺跡」が発掘されたが、これを見るとエッセネ派が洗礼を極めて重視していた事が判る。
紀元67年にローマとの戦争が始まると、エッセネ派の人々は洞穴に巻物を隠して、一部は各地へ散っていったが、一部はローマ軍と戦って滅びたと推測される。
上述の巻物3本がヘブライ大学の手に渡ったのは1947年11月12日であったが、この日は国連がパレスチナ地域のイスラエル/アラブ分割案「総会決議181号」を可決して、イスラエル人が約2000年来始めて居住地を認められた日である。イスラエル人は、これは決して偶然ではなく、2000年以上昔の「神の言葉」(モーゼ五書は神の言葉とされている)の写本が、彼等の手に戻ったのは神の意志であると信じている。それ故に核戦争の場合でも、死海文書は安全に保管される措置を講じているのである。
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◎ 知覧特攻平和会館を訪ねて 永富 邦雄(74歳)
鹿児島県知覧に行く機会があり、平和会館を訪ねました。感涙に咽びながら感想文を書いてみました。ご一読ねがえれば幸甚に思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昭和20年3月米空母27隻を中心とした大艦隊が沖縄沖に集結、戦況は俄かに緊迫し敗戦の兆し濃厚になった折り、陸軍大本営は九州南端の知覧陸軍航空隊基地を主軸とする万世・都城基地及び台湾各基地等を「特別航空隊基地」に指定し、通称「沖縄特攻隊」が編成された。私は平成15年1月末に当地を訪ねこの特攻で散華された1036柱の慰霊に対しひたすら鎮魂の祈りを奉げてきた。
すばらしい遺書や辞世の句が沢山展示されているが涙無くしては読めないものばかりである。其の英霊達の平均年齢はおそらく20歳前後と推測されるが、出撃前夜彼等が「お母さん」と慕っていた鳥浜トメさんが経営する「富屋食堂」に「最後の晩餐」に出向き別れを告げるが、トメさんは彼らを励まし見送り、兵士達の心を癒してくれた。正に真の救い主と言えよう。
さて当時の国情から推して「死」も含め何らかの形で国の為に尽くすことは当然のことであったと思う。歴史を顧みるとき、現在の価値観で判断することは誤解を招く恐れあり、特に国の為に犠牲になられた方々を冒涜することになり兼ねない。
終戦直後に「戦艦大和の最後」を書かれた吉田満氏が(海軍予備学生出身の少尉)「敵愾心とか、軍人魂とか日本人の衿持とかを強調する表現が、戦争肯定の文学であり軍国精神鼓舞の小説也とかなり批判されたが、自分は当時の体験をありのままに偽りなく描こうとしたので自分がこの程度の血気に燃えていたからといって、別に不思議はない。若者が最後の人生に生き甲斐を見出そうと苦しみ、そこに何ものかを肯定しようとあがくことこそ、むしろ自然ではなかろうか。このような昂ぶりをも戦争肯定と非難する人は、それでは我々はどう振る舞うべきだったか、招集を忌避して死刑になれというのか、教えていただきたい。」といわれた。正に宣なるかなである。
又「戦艦大和」で戦死された臼淵大尉が「進歩の無い者はは決して勝たない 負けてめざめることが最上の道だ 日本はこれを軽んじ過ぎ 私的な潔癖や徳義にこだわり本当の進歩を忘れた
敗れて目覚める それ以外に日本を救う道無し俺達はその先導になるのだ 日本の新生に先駆けて散る 正に本望じゃないか!」 この言葉こそ特攻精神を凝縮した表現である。今日の繁栄は彼らの犠牲の元にあることを我々日本人は忘れてはならない。
「散るために 咲いてくれたか さくら花 ちるほどものの みごとなりけり 」 特攻の母 鳥浜トメ
合掌
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◎ 映画題名”Rabbit-Proof Fence”の意味(後半)
田村明+坂井孝之
(2月1日 田村→坂井)
ウチの近くに住んでいる人(女性)でキリスト教の普及活動の一環として月に一度ちょっとした小雑誌を持ってきてくれる人がいます。今朝その人が持ってきた雑誌にrabbit-proof
fence のことが載っていました。 あの映画のビデオを見たばかりのタイミングで全くの偶然でしたが、これを読んであの映画の題名には実は深い意味があったのかと気がつきました。
勿論、rabbit-proof fence というのはウサギが農耕地に入り込んで作物を食い荒らすのを防ぐための金網の柵のことで、19世紀終わり頃に西オーストラリアの東の自然林から西の農耕地に向かってウサギの大移動があったのがきっかけで1901年から1907年にかけて
No.1 Rabbit Proof Fence と呼ばれる1,830KMの柵が西オーストラリアを東西に分断する形で作られ、世界最長の柵だということで、その名残りは今でもオーストラリアの風物の一つとなっています。 ところが今朝読んだ記事によると、この柵を作った結果ウサギの侵入を防ぐという所期の目的は必ずしも充分に達せられなかっただけでなく、柵の両側を
3メートルずつ刈り払って通路としたことにより、西オーストラリアの東西の気象状況が変わってしまい、西側の農業が難しくなったという思いがけない影響が出てきているというのです。
あの話(実話)の女の子たちは母親の許に帰りたい一心でこの長い柵に沿って歩き続けたもので、そのことだけでも感動的なので Rabbit-proof Fence
という題名をつけたのかと小生は単純に考えていたのですが、上記を考え併せるとそんなナイーヴなことではなさそうです。
ネビルのように、自分では良かれと思ってやったことが他人には悪影響を及ぼすことがある、長い時間の後でようやくそれが判ってくる、というのが Rabbit-proof
Fence という題名に込めた主題のように思えてきました。 坂井さんのように原作を読んでみたくなりました。
この雑誌の記事、参考までにコピーを郵送しておきます。
(2月2日 坂井→田村)
Rabbit-proof Fenceについては訪豪の前に少し勉強しましたから知っていましたが、この題名に成る程、田村さんのおっしゃるような意味が込められているあるとは気が付きませんでした。確かに言われて見ればそう言う深い意図を込めたのかも知れませんが、気が付く人は少数で、日本では殆ど居ないでしょうね。またおっしゃる様に受賞には政治的な意味合いも含まれていたかも知れません。でも良い映画なようですから今週楽しみに見に行きます。
この歴史を知る日本人は訪豪前の私を含めて極めて少ないでしょうが、朝日新聞に広告特集のなかですが両全面を使って紹介されていますし、地味なドキュメンタリー映画の「ボウリング・フォー・コロンバイン」が若者を中心に大入りであること、同じくように東京、神奈川で上映舘が各1舘だけという限定された上映状況では田村さんが心配するより意外に大入りかも知れないので朝一番に行く積もりです。この雑誌の記事、コピーを郵送頂けると言うことで恐縮しております。よく勉強させて頂きます。
今朝無理して朝5時15分からの将棋と囲碁のTV番組を見ましたら、その後に「好評大入り上演中」という予定? キャプションを付けた昨日から始まった「裸足の1500マイル」(Rabbit-proof
Fence)の宣伝が流されました。こんな時間ですから見ている人は少ないでしょうがビックリしました。
(2月3日 坂井→田村)
今日「裸足の1500マイル」”Rabbit-proof Fence”見てきました。あまり一般受けしそうもない名画を中心に公開するシネ・スウィッチ銀座という定員が180名と280名の2館からなる小さな劇場の大きい方で上映されていますが平日朝早くの1回目ということもあり、急いで行きましたが、見たところせいぜい3割程度という入りでした。この劇場は比較的ロングランをしますので評判が広まるに連れ増えてくるのではないかと思います。
大評判になった”Life is Beautiful”もこの舘で上映されました。田村さんのご心配のように興行的には苦しいと思いますがどこまで伸びるかも楽しみです。
この監督にしては極めて意識的に抑えた控えめな表現をしており、さらに美しい風景と音楽もあって一方的なアボリジニ政策や危険な冒険の旅、母と子の絆の物語だけにされてしまいそうですが、白人の独善性、価値観の違いなどももっと表面に出せば昔のオーストラリアにはこんな酷いことが有ったんだではなく、現在もいろいろな所にある普遍的な問題が意識されたかと思います。
子供たちの逃亡の旅もオーストラリアで探して頂いた本”A Fortunate Life”でのカーボーイに同行してはぐれてしまった子供の1週間ほどの危険な旅に比べるとやや大変さの表現が物足りないような気がしました。
最後に静かな感動を呼ぶという批評もありますが、私としてはもっとドラマチックに盛り上げたら、真実にはやや遠くなるかもしれませんし、一方的なメッセージになる危険性もあるでしょうが、それで一般受けしてメッセージが広く伝えられることになったのではないかと思いました。
前に読んだので忘れてしまいましたが、確かオーストラリアには従来Hareしかいなかったのが、娯楽に飢えた大牧場主が英国を思い出して狩猟用に輸入したのがRabbitで、これが大量繁殖して始末におえなくなり作ったのがRabbit-proofFenceだったような気がしますが、こんな所でも人間のやることは浅墓なところがあるようですね。
また1500マイルはフェンスの長さで、裸足で歩いた(実際には靴を履いていたようですが)距離はどうも1200マイル(尤も回り道を勘定に入れたのでしょうか)のようで、日本の題名は一寸?です。
日本では、英語も同じく字幕スーパーでしたが、豪州の映画ではアボリジニの言葉は字幕スーパーだったのでしょうね。
(2月4日 田村→坂井)
さすが専門的な批評と感想ですね。 感心と共感をもって読みました。
なお、「裸足の...」という日本語題名は、おっしゃる通りちょっとおかしいですね。 日常は裸足が普通なのにあのような長旅ではやはり彼らでも靴をはくのかな、と私もビデオを見ながら意外に思ったものです。それを殊更に「裸足の...」としたのは、アボリジニを強調しようとして無理につけたこれまた営業目的のためでしょうか。また、あの施設のあるMoore
River (Perthの少し北)から母親のいるJigalong(Newman の少し東) までは、地図の上で直線距離を計ってみるとおよそ1000KM
(600マイル強)です。 いくら東に西にあちこちさまよい迂回しながらフェンスにたどり着き、フェンス沿いに歩いていったとしても1500マイルというのは too
much な気がするのですが、買ったビデオのケース裏表紙には以下のような記述があります。
It's the 1930's in outback Australia. Three young Aboriginal girls - sisters
Molly (Everlyn Sampi) and Daisy (Tianna Sansbury) and their cousin Gracie (Laura
Monaghan) are snatched from their mothers' arms in Jigalong, West Australia
and sent to a remote settlement at Moore River, 1500 miles away from home, distanced
from their mothers and forced to adapt to a strange new world, the girls attempt
the impossible and embark on a daring escape.
映画の最後、Mollyの独白によれば、その後彼女はもう一度(今度は自分の娘を連れて)同様の脱走をしているので、2回合計で1500マイルということなのかとも考えられますが、
もしそうだとすると上記の記述はおかしいことになります。
ま、これを書いた人がどこまで正しく理解していたかの問題はありますし、そもそもオーストラリア人の言う数は日頃からものすごく大雑把で、我々日本人が普通に捉える数学的な数としての観念よりも、多いとか少ないとかの形容詞の感じででたらめに使われることが多いようなので、この映画の1500マイルというのも
「とても長い道のり」という程度の意味にとっておくのが正解だろうと思います。
ここのビデオではアボリジニの言葉は英語の字幕スーパーになっています。
(2月4日 坂井→田村)
Rabbit-proof Fenceに関連して、早速いろいろお教え頂き有難うございました。1500マイルもてっきり日本で適当に付けたマイルかと思いましたが、CDの説明書に確かに書いてありますね。
そこで改めてオーストラリアのWEB-SITEを少し覗いて見たらこの映画のtag line(キャッチフレーズ、うたい文句を現すこの言葉も実は知りませんでした。)が”1500
MILES IS A LONG WAY HOME”になっていました。
「とても長い道のり」という程度の意味にとっておくのが正解という田村さんの解釈が大正解だと思いました。白髪三千丈には及びませんが、大きな国は言うことも大きいし、細かいことは気にしないのでしょうね。
(2月7日 坂井→田村)
先日ご紹介頂きました”A Fence That Affects the Weather”の雑誌コピー本日頂きました。確かになかなか面白い記事ですね。生態系に関して説明した話は聞きましたが、気象にまで影響を与える結果になったのですね。
わざわざカラーでコピーして頂いたので、緑の木々の間を両側3メートルの幅の草地で仕切られているのがとても良く実感出来ます。
記事の内容から言うと浅い植生の穀物の農地は深い根を持つ自然の植生よりは蒸発量が少なく、また濃い(色の)自然の植生は農地よりより多くの熱を放出して雲の元になる空気の乱れをつくる(素人目には逆のような気もしますが)ということですから、正しく言えばフェンスが直接気候に影響するのではなく、結果としてフェンスで守られた西側に農地が広がり気候が変化したのでしょうが(少々理屈っぽいし雑誌のタイトルにするには面白くありませんが)いずれにしてもとても面白い話でした。
最後のパラグラフの"need for farsighted land management may yet prove valuable"は確かですが、そこまではなかなか考え及ばないのが人間の浅知恵なのでしょう。いまでも灌漑の為に汲み上げられた地下水により塩分が表面に出てきて困っているようですね。
確かに田村さんの言われたように、映画の題名にはこのことが込められているのでしょうね。(以上)
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◎ 仏訳:ポケット論語 (30) 柴田 雅寛 (63歳)
第28章 知者楽水。仁者楽山。知者動。仁者静。知者楽。仁者寿。
● 訓読
知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむとあり。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのち)ながし。(雍也第6−21)
………………………………………………………………
● 現代語訳(宮崎市定)
知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ、という諺は全くその通りだ。知者は運動が好きで、仁者は安静が好きなのだ。知者は目前を楽しく暮らす方法を知り、仁者は長寿の秘訣を知っている。
……………………………………………………………..
● 仏語訳(柴田)
Comme le dit le proverbe, l'homme de sagesse se rejouit de l'eau tandis que
l'homme bienveillant se rejouit des montagnes. L'homme de sagesse est actif
tandis que l'homme bienveillant est tranquille. L'homme de sagesse sait mener
une vie heureusement tandis que l'homme bienveillant sait jouir de la longevite.
……………………………………………………………..
● 参考英訳(Chichung Huang)
The man of wisdom delights in water ; the man of humanity delights in mountains.
The man of wisdom is active ; the man of humanity is still. The man of wisdom
is happy ; the man of humanity is long-lived.
………………………………………………………………..
● MY COMMENT
中国では、昔から智は水に例えられ、不動、磐石の姿は山に例えられる。一昔前、よく学校の始業式などで引用された言葉に宋名臣言行録の言葉がある。「智はなお水のごとし、流されざるときは即ち腐る」即ち、「流水は腐(ふ)せず」である。
他方、山については、第一に武田信玄の風林火山があげられる。「其の疾(はや)きこと風の如く、其の徐(ゆるや)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動かざること山の如し」(孫子)。また、毛沢東が「現代の愚公たれ」と言ったが、この言葉の由来は「愚公、山を移す」にある。愚公精神、即ちゆっくりでもかまわないが、立ち停まってはならない。一見動かない山でもゆっくり時間をかければ移動させることができるということである。
本章について、渋沢論語の注釈をみると、
「この章は、孔子山水を以て知者仁者の相異を形容せられたるなり。蓋し知者の気象は水に似たり、故に水を楽しむ。仁者の気象は山に似たり、故に山を楽しむと、二者を形容せられたり。知者はその才知を運用して楽しむこと、水の流動して善く物を潤ほすがごとし、故に動く。仁者は重厚にして慈愛なること、山の安固にして草木禽獣のその中に能く生育するがごとし、故に静なり。知者は動いて功を成す、故に楽しむ。仁者は重厚にして山の崩れざるがごとし、故に壽(いのちなが)し。」
……………………………………………………………
● 論語こぼれ話
「論語と聖書」
<呉智英:文化の始原からみた孔子>より
『欧米人と話していて意外な文化差に気づいたことがある。意外に思ったのは、彼らの多くが聖書を読んでいない事である。厳密に言えば、彼らは聖書を断片的には読んでいる。教会で,学校で、家庭で、何かの儀式のときに読んで、否、読まされている。その結果、聖書の道徳臭にうんざりして聖書を通読しなくなるらしい。
キリスト教が国教にも準国教にさえもなったことのない日本では、それ故にこそ、逆に知識人の多くが聖書を読んでいる。必ずしも信仰を求めてではない。思想書として、文学作品として、西洋文明の中核にあるものを知るために、人間への尽きない興味を満たすために、聖書を通読しているのだ。
この文化差、その他の文化差と同じように、向こうにあることはこちらにもあり、こちらにあることは向こうにもある。儒教がほんの1世紀余り前では官学であり、今も元号が四書五経から採られる日本で意外と論語を読んでいる知識人が少なく、逆に欧米の知識人が意外と論語を読んでいる。理由も全く同じである。日本では、論語は鬱陶しい道徳書として、断片的に読まされてきたからだ。欧米では、儒教が国教でも準国教でもなかったが故に、思想書として、文学作品として、論語が読まれてきた。』
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≪ひとこと≫
☆<教えてください> 腕の付け根に痛みを感じ、医者に診てもらうと「肩の筋肉が衰えている」とのこと。なにかよい治し方は? (Y.O 64歳)
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● 提供情報
◆イベント 「ネットライフリウム2003-生活とインターネット」
2003年3月14日(金)〜3月16日(日)
・主催:Net.Liferium実行委員会
・会場:パシフィコ横浜 http://www.netliferium.jp/
・入場料:大人(大学生以上)1,000円(事前登録により無料)
■音楽会 Beautiful Sound Corner 第110回“室内楽の楽しみ”
藤井むつ子・藤井里佳マリンバファンタジー
・2003年5月11日 (日) 午後2時開演 湘南台文化センター市民シアター
・主催:ビューティフルサウンドコーナーの会
・入場料 全自由席 3,000 円(前売り)3,500 円(当日)
・問合せ/申込 Tel.Fax 0467-76-1750 bsc@js8.so-net.ne.jp 毛利
B.S.C.のホームページhttp://www008.upp.so-net.ne.jp/bsc/
■演劇 社会風刺コント集団 "The Newspaper"
2003年3月21日(金・祝)パルテノン多摩 小ホール 3600円
3月23日(日) なかのZERO 小ホール 3600円
・主催:東京労音府中センター
■ おすすめ図書
「倫理の危機? 『個人』を超えた価値の再構築へ」石川伊織
廣済堂ライブラリ 廣済堂 2002
人を殺すことはなぜ悪いのか? など新しい切り口で倫理を考察
■ 有用URL 最近目についた Web サイト
<シニア>
http://social.mine.ne.jp/seniornet/ 「談話室」など/日本のシニアネット
http://www.60sai.com/ 投稿誌/大人からの情報発信
<生活>
http://www.chinoichiba.com/ 自己学習の場の提供/ NPO知の市庭
http://homepage3.nifty.com/hiwaki/tape-okoshi/ 講演録作成/WeCAN!
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● 事務局から
・NHKテレビ小説「まんてん」で子供達が空を見上げているシーン。日本の空は多様な雲の出現が特色。都会では星空がほとんど見えないのが残念です
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