2. 私の大学院体験記:総括と評価

2-1-4 その他の条件

何度も言いますが、大学院で成功するための最大の条件は良い指導教官につくことです。ここではその他の、成功のための絶対条件とまでは言えないにせよ、非常に重要である条件を挙げてみましょう。

まず、大都市圏で勉強することがいかに重要かを強調したいと思います。私の居た大学院は周囲からは孤立していました。私が追い詰められてもそこから逃げだせなかったのはそのせいです。その点大都市、特に東京では、少し電車に乗れば他の大学院やゼミに容易にアクセスできます。意外に多くの研究室や教授は、他大学の大学院生の潜り込みを容認しています。自分の所属先で色々と行き詰まったとしても、少なくとも追い詰められることはありません。(逆に東京で勉強している大学院生は、私のように「追い詰められる」ことは想像もできないに違いありません。)「プッシュ」までよその教授に期待するのは無理だとしても、論文についてのコメントをもらうことは可能です。様々なオプションが可能であることは、精神的に大きな救いです。また出版関係は東京に集中しており、そこに繋がる教授も東京に集中しています。こういう教授は人を育てようとする意欲もある人が多く、そういう教授にどこかで接する機会があるのとそうでないのとは大きな違いを生み出します。さらに学会や、学界の有名人の講演などもこれらの大都市に集中しており、日常生活の延長線上で容易にこれらにアクセスできるという利点はたとえようもない程のものがあります。さらに別の点を強調したいと思います。関西まで行ったのに無駄足になった例のE教授との話でただひとつ記憶に残っている一言があります。彼は関西方面に出てきたいという私にそれがいいと勧めて「田舎の勉強より京の昼寝だよ」と言ったのです。(ちなみに彼も関西圏では最高峰のK大学出身です。)そして彼は耳学問というものの効用が実に大きいことを主張しました。その通りです。いつも聞いているとやがて分かってくるということはありますし、どこにも書いていないのだが「砕いて言うと…なんだよねえ」というような話が、実は本当の理解に最も重要だということが多いのです。そういう機会をできるだけ多く作るには、やはり都会で勉強するに限ります。地方でタコ壷に入ったように勉強することは、決して勧められません。強調しておきますが、私が失敗してしまった原因は、指導教官の問題よりも(いきなり良い指導者に巡り合えるケースはむしろ小数派に属するとさえ言えるでしょう)田舎で勉強したことの方が大きいと考えています。余程良い指導者に恵まれる確証があるのでない限り、関東ないし関西で勉強することを強く勧めます。

こんなことは書きたくありませんが、やはり貧乏人が学問をやることには大きな困難があります。もともと「学校」という語の語源から明らかなように、余りに生活に追われていたのではなかなか学問はできません。最近では、家庭が裕福であること、少なくとも貧乏ではないことは、大学院で成功するかどうかを決める重要な要素であることを、親の支援が期待できない私はもっと早くから認識しておくべきでした。裕福な家庭の出の大学院生は悠々と勉学を続け、更に余裕を持って留学をしつつキャリアを身に付け、もらわなくても済むような奨学金をもらい、さっさと職に就いてその奨学金の返還も免除される、という状況が生じています。まさにマタイ効果です。逆に貧乏は様々な望ましい可能性を封殺し、次から次に望ましくない可能性を呼び込む、これが私が痛感したことです。私の場合結局他大学院への進学はなりませんでしたし、学問的な困難に加えて生活費稼ぎの苦労から精神を病むこととなりました。経済的余裕があったらとつくづく思います。このように、貧乏が人の心を蝕むことの影響は非常に大きいと言えます。例えば私は、関東に移った開業医の子弟の大学院生から、何度も「パンがなければブリオシュを食べたらいいのに」に類することを言われ、強いストレスを感じ続けました。私は経験しませんでしたが、大学教授の中には経済的な苦労を体験したことが無い人も多く、貧乏人にとって耐えがたい発言をし、従いがたい要求をするものもいます。また学問を続ける上では、上手にストレスを発散させることが大事ですが、いつも金のことを心配していると発散どころか学問と関係ないストレスがたまってしまいます。また様々な行動の際にいつも金を使わないように自己規制しているうちに精神が萎縮してしまいます。貧乏を克服するためには強靭な精神力が必要であることを痛感しました。もちろん貧乏な家庭の出身でも成功している人はいます。これから大学院に進もうと考えている、貧乏な家庭の出身者には、裕福な家庭の出身者に比べて大きな困難が待っていることを覚悟の上、どうか頑張ってもらいたいと思います。私は心からそう思います。

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