もう一度行ってみたいブルターニュ(4)
       
      ブルターニュ紀行記《カフェオーレのかおり》
      昭和63年発行:絶版
   〜ヴァンヌを歩く〜
(1)身振り手振りは国際語
 レンヌ発、午後4時20分、Exp.カンペール行きは静かにホームを
離れた。車内は割合に空いていて2人とも座ることができた。女房は、
レンヌで歩いた疲れのためかすぐにコックリ、コックリはじめる。私は
車窓の景色を楽しむ。フランスはどこまで行っても緑のジュータンが続
く。丘を越え、谷を越えて、そして、レドンの町を過ぎてしばらくする
と、松林の向こうに碧いモルビアン湾が見えた。またいつか、こんな静
かな美しい村に降り立ってみたいと思った。
 レンヌから約1時間、今日の目的地ヴァンヌに着く。
ピン・ポン・パン『ヴアンヌ、ヴアン・・・○×△・・』のどかな放送
がホ−ムに響く。駅前の広場には列車から降り立つ人を懐かしく出迎え
る光景があちこちにあった。
 私たちはすでに予約がしてあるホテルヘ向かった。駅から
2分、角を
曲がるとすぐに分かった。フロントには俳優の
大泉晃さんにそっくりの
マスターが座っていた。

“ボンジュ〜ル、マイ ネイム イズ ミズノ”と名のると、愛想よく
にっこりほほ笑みながら、『お待ちしておりま
した』と言って、部屋の
カギをくれた。

 フランス北部のブルターニュと言っても、やはり昼中は大変な暑さで
ある。『汗を流すために、まずはシャワーを浴び
て、それから街に出よ
う』と思ったのだが、どうにもうまく
シャワーが出ない。安かろう悪か
ろうのホテルなのかと思っ
たりしたが、ともかく、ミスター大泉氏を呼
んで部屋を代え
てもらうためにフロントに出向いた。
“ム‥・シャワー イズ ブロークン”と言って、身振り手振りで説明
をする。

“シャワー???”と言って首を傾げる。どうも意味が通じていないら
しい。エ〜!英語が通じない?? 彼はすぐに英語の簡易辞書を持
ち出
して調べる。

“シャワー・・・シャワー・・・オー!”と、やっとシャワーの意味が
分かったようであったが、

「それがどうした?」
“ブロークンだ”
“ブロークン???”
『え〜い、面倒だ』私は彼の手をムンズと引っ張って・・・・・
 ***
 シャワーは何とか出るようになった。彼は大変親切に
「もし、部屋のシャワーがだめなら共同シャワーを使うことができる。」
と言って、今度は彼が私の手を引っ張って、その場所を教えてくれた。
その間の彼の応対に好感をもった。部屋を代えてもらおうと勇んで出て
いったのはどこへやら、それどころかこのホテルが気に入って、予定を
変更して2泊することにしてしまった。部屋のテーブルの上に、ホテル
の奥さんの手造りのケーキが置かれていることも気に入って‥‥

 
(2)坂のある街、ヴアンヌ
                      午後5時半頃、街へ出た。
 例によってホテルでのピクニ 
 ックの買い出しである。暗く 
 なるのは午後9時頃なので、 
 日本での感覚とはかなり違う。
 八百屋の店先には真っ赤なトマ
 ト、大きなピーマン、レタス
 や人参などが並ぶ。
 「わあ〜、マッシュルームが安
 いわ。」と女房が目ざとく見
 つける。
 「こんなに安いとは感激!」と

言って、さっそく買い求める。それと、少し小ぶりなトマトも買った。
 ヴアンヌはディナンよりも人通りが多い。ディナンは観光客がかなり
いたが、ヴアンヌは土地の人がほとんどである。生活の匂いがする。チ
ーズ屋、酒屋、雑貨屋、スーパーなどが石畳の坂道の両側に並ぶ。
「坂道のある街は情緒があっていいなあ。」と私が言うと、
「その話、もう8回目。」と女房が応える。私たち夫婦の間での遊び会話
である。以前に話したことを再び繰り返すと、『その話、もう12回目』
という具合である。ディナンでもそんな会話のあったことを思い出す。
 ヴアンヌも又、ブルターニュ地方の木造りの家と古い家並が続く。磨
り減った石畳の坂道が情緒をそそる。変化であろうか。期待であろうか。
なぜか坂道は私の心をゆさぶる.
      
      
【ショーウィンドウを覗く】

 
(3)午後8時の夕涼み〜時よ止まれ
 ホテルの窓から駅ののんびりした案内放送が聞こえる哀愁をそそる
列車の発車の警笛が鳴る。『フランスの田舎にいるんだなあ』という
想いが自然に湧いてくる。
「夕涼みがてら、駅へ行ってみようか。」と私が言うと、夕食の後の
ゆったりした時だったので、女房もすぐに賛同した。駅前広場は公園
のようになっている。私たちはベンチに腰掛けて、時の流れに身をま
かせる。午後8時、まだ明るい。昼間の暑さは全く感じさせない。む
しろ涼しい。
「遠くまで来たなあ。」とひとり言。私はパリを出てからのいろいろ
な出来事を頭の中で巡らせていた。
「ここで時が止まって欲しい。」と女房が呟く。

 
(4)ヴアンヌを歩く

ヴァンヌのお城

 翌朝朝食の後、プラリと街へ出た。城壁に沿った朝の公園は誰も居な
くてすがすがしい。フランスの庭園はどんな田舎でもきれいに手が入っ
ている。『維持費が大変だろうなあ』と、直ぐに現実を考えてしまう。
ただ、それは日本人の考え方で、フランス人にとっては当然のことなの
かもしれない。
 公園から城壁の中に入って路地を曲がると魚市場があった。ヴアンヌ
の台所である。海老やいか、貝の類、魚ももちろん沢山並んでいる。ど
この市場も同じで、大変威勢のいいお兄ちやんやおばちやんがいる。た
だ、日本の市場と比べると少し新鮮さがないように見受けられる。刺し
身のようにして魚を生で食べる習慣がないためかもしれない。
  ***
 いずこも同じ下町のお店の威勢の良い客寄せの声を聞きながら、私た
ちは冷やかしながら歩いた。そして、ヴァンヌの思い出にチョット派手
なTシャツを2枚買った。
 石畳の坂道を下り、囚人の門をくぐるとヨットハーバーがあった。
ヴァンヌはフランスの有数の漁港であるが、落ち着きのある観光地でも
ある。フランスの田舎ブルターニュの良さが満喫できる町である。