70万歩の旅~巡礼の路を歩くⅡ-⑩(最終回)  2016・08・06~08・29

Limoges(リモージュ)----Perigueux(ペリグー)----Port Saint Foy(ポート・サン・フォイ)---Bazas(バザス)
                   ---Mont de Marsan(モン・ド・マルサン)---Orthez(オルテズ)
 実歩行日数24日間
   歩行距離:493.3km 歩数:725、063歩 (万歩計) 1日平均:20.55km ザック重量:約10kg

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=第23日目=
8月28日(日)曇のち晴れ:Saint Sever---Hagetmeu 20.3km(461.2km)  29,864歩 Gite泊(素泊:5.5€)
 朝6時起床。簡単な朝ご飯を食べて1階のロビーで出発の準備をしていると、モン・ド・マルサンでジルたちと別れて
以来同宿のスイスのおじさん
Willy
(ウィリー)が2階から降りてきた。そして、彼は町のパン屋さんで朝ご飯を食べて、
そのまま今夜泊まる町、Hagetmeu
(アゲトモウ)に向けて出発すると言い残して、まだ明けきらぬ町へ出て行った。


 
《売りに出ている立派な家》                          《所々に大きな教会がある:草地で休憩》

 私は夜が明けてきた7時15分にジットを出発。10分も歩いて町はずれに差し掛かると、ガイドブックとは明らかに
違う方向、逆の方向に標識のある交差点に出た。《さーて、どうしたもんか?》 しばらく
Willyを待っていたが、結局、
《コース変更があったのかもしれない。》と思い、標識通りに歩いた。その後も標識はきちんとあり、1時間も歩くと
ガイドブックと同じ道に出てホッとした。
 広い広い畑の真ん中のシュマン(巡礼路)を歩いていると、どこから歩いて来たのか散歩中の老夫婦に出会った。
《ボンジュール!》と言って挨拶を交わす。回りには全く家の見えないような田舎道でも、一人でジョギングをしている
若い女性や朝早くからサイクリングをしている人など、結構いろいろな人に出会った。しばらくすると、売りに出ている
古い一軒家があった。《こんなところでのんびり暮らすのも良いかもしれない》と、フト思った。


 3時間程歩くとHorsarrieu(オサリュウ)という小さな町の教会の前の広場にベンチがあったので休憩を取ることにした。
リンゴをザックから取り出して食べる。皮さらガブリとかぶりつく食べ方にも慣れた。味が濃くジューシー。旨い。
(^_-)-☆
 
マダムが玄関先を掃除している。『ボンジュール!』と声を掛けると、『どちらの国の方ですか?』とにこやかに返事をして
くれた。『日本人です。』『あらそう。初めてだワ。そうそう、スイスの方はもう通り過ぎて行きましたヨ。』 途中で追い
抜かれたのではないのに《なぜ?》 あとから知ったのだが、彼はジットを出てパン屋さんに行ったのだが、まだ店が
開いてなくて、そのまま歩いたのだとか。《待っていても来ないはずだった。》

 
《にこやかなマダムと話す》                     《小さな村オサリュウの教会:ここで一時の休憩》

《街角で巡礼者の安全・健康を見守ってくれている:思わず手を合わせる》

 

 
アゲトモウには誠に順調に11時40分頃に着いた。今夜の宿は公営のジットらしい。昨日、サン・セヴェールの
観光案内所でその場所を聞いたが要を得なかった。ただ、《日曜日で町の観光案内所は閉まっているので、手続
きは町はずれのスイミングプールに行かなくてはできない。》ということは教えてくれた。そこで、先ずスイミングプー
ルの場所を道行く人に尋ねると、《300m位先の角を左に曲がって、更に500m位行くとある。》と教えてくれた。
直ぐに見つけることはできたが、思いの外遠く感じた。『ボンジュール!』と言ってドアを開けると、フロントに若い
女性が座っていた。いつから歩き始めているか、何回目か、何処から何処まで歩くのか、国籍、年齢などノートに
書き込む。そして、宿泊代を支払う。1泊5.5€。さすがに公営のジット、安かった。『スイスの方はもうかなり前に
来ましたよ。』と言いながら、簡単な市内地図を出して、ジットは町の中心とは反対側、しかも《1.5kmはある。》と、
その位置に×印を付けて教えてくれた。


 時刻は12時を廻っていたので、『ここには昼食のできるカフェはありますか。』『ありません。』
(´Д`) 街の中心
まで戻っても日曜日でカフェも開いていなかった。ただ、幸いにも小さなスーパーが開いていたので、パンとハム、
桃2つ、それに水を買い、ジットで食べることにした。ところが、教えて貰った地図を見てもなかなかジットに辿り着け
ない。何人もの人に聞きながらようやく着いて落ち付いたのは午後1時前だった。
『Willy!』と呼びかけてみたが
返事はなかった。階段を上がり、2階の部屋に行ってみると彼の荷物はあったが、姿はなかった。私は彼とは別の
部屋にリュックを置いて、そして、ともかく昼食を採り、その後でシャワーと洗濯をした。
 3時頃になって
Willyが帰って来た。『直ぐ近くに素晴らしいクリプト(地下聖堂)があった。』と少し興奮気味に
教えてくれた。


  
         《12世紀のクリプト(地下聖堂)外観と内陣:柱頭が素晴らしかった》

 
Willy
曰く『明日は朝8時にここにタクシーが迎えに来る。そして、15km位先のSault-de Navailles(ソール・ド・
ナヴェレ)
まで乗って行き、そこからOrthez(オルテズ)まで歩くことにした。そこからオルテズまでは13km程だから
多分昼にはOrthezに着くことができる。』『エッ、その話、私も良いですか?』『勿論だよ。』 実は、オルテズまで
は28km位ある。私のことだから、少し迷えば30kmは裕に越してしまうことになる。少々の不安があったのだ。

 
4時半頃であったか、自転車でヴェズレイからサン・ジャン・ピエ・ド・ポーまで行くという一人の女性が飛び込
んで来た。現在ドイツのマインツに住んでいるモニカというエネルギッシュなおばちゃんであった。このジットには
2部屋しかないので、私はザックなど私の荷物をWillyと同じ部屋に移動して、彼女に部屋を譲った。
 7時前、3人で食事に出た。『日曜日でレストランはやっていないのでは?』と言うと、
Willyが『ピザ屋が開いて
いる。ちゃんと確認しておいたから、着いて来な。』と。ありがたい。
Willyの歩く早さが速い。》と言いながら、
モニカ
が大股で歩くWillyに遅れまいと後ろから付いて行く。《足の長さが違うんだ》
と言って2人して笑った。
そういえば、《
Gilles
もそうだったなあ》と私は思い出していた。

 
モニカ
は自転車で巡礼路を辿っているために、ジットで同宿しても一緒に食事に出たり、親しく話をする人に
出会っていないようであった。『こんなに親しくお話ができたのは、初めてだワ。』と、3人で食事のできたことを
喜んでいた。そのことを思うと、WillyGillesご夫妻と何日も一緒に歩いたことが、この旅の価値を大きくした
思いであった。

 Willyが食事の途中で、外に出て何やら電話を掛けている。戻ってきて、今度はピザ屋のマダムと話している。
どうやら翌日朝のタクシーの予約が巧くできないらしい。マダムが『大丈夫、何とかなるよ。』と言って、分厚い
電話帳を持ち出し、電話してくれたが、なぜか?交渉決裂、全て断られたようであった。
(>_<)

AKI、申し訳ない。タクシーの計画ダメになってしまった。』『OK,仕方ないよ』

   *花が咲く 一期一会の 巡礼路*

     
     
《綺麗なアゲトモウの町》

 
《スイスのおじさんWillyと》                                       《ホアグラ&茹で卵と野菜サラダ》

=第24日目=
8月29日(月)晴れ:Hagetmeu---Orthez  32.1km(493.3km) 47,134歩 Gite泊(素泊:8€)

 
Willy
とタクシーで途中まで行くという計画はダメになってしまった。この行程で最も長い距離、28kmを歩かなくて
はならない。Willyはまだ薄暗い午前7時前に出発。《多分、30km以上歩かなくてはいけないだろうなあ。》と覚悟を
して、私は少し明るくなった7時10分に出発した。モニカとの別れ際、《昨夜いろいろ話のできたことが余程楽しかっ
たのだろう》
彼女の方からビズをしてきた。チョットびっくりした。
 
『さあ、最終日!』 《足を挫かないように、転ばないように!》気合を入れて出発した。アゲトモウの街を出て、順調
に歩いた。Argelos
(アゲロ)
という小さな村の入り口で、ガイドブックによれば右に曲がるようになっている。1km程歩いて
みたがどうにもおかしいので、また、村の入り口まで戻った。その時、『AKI!と少し遠くから大きな声が聞こえた。
モニカだった。彼女が自転車を押して急な坂道を上って来るところであった。確かに彼女の方がジットを遅く出たが、
歩く道と自転車道ではコースが違うところもあるので、もっと早くにどこかで追い抜いて行ってしまったのではないかと
思っていた。村の入り口に差し掛かるまでは結構急な登り坂が続いていた。彼女は息が上がっていた。登り坂では
歩くよりも自転車の方が大変かもしれないと思った。それにしても、私が迷っていたから モニカと再会したかと思うと、
何か少なからぬ縁を感じた 《もう会うこともないだろう。》と思ってジットで別れたが、再会できたことは嬉しかった。
しかし、《今日はまだまだ歩かなくてはいけない。》 ゆっくりしている場合ではない。彼女の息が治まり、5分位立ち
話をして別れた。彼女は自転車に乗り、後ろ向きで手を振って、颯爽とペダルを漕いでいった。彼女の目的地、
サン・ジャン・ピエ・ド・ポーまでの無事な旅を祈った。


 
                           
《思わぬところでドイツのおばちゃんモニカと再会した》

 
《ポプラ並木の綺麗な巡礼路》                       《ソル・ド・ナヴェレの教会:扉は閉まっていた》

 11時過ぎに、Sault.de.Navailes
(ソル・ド・ナヴェレ)という町についた。今日はここまでタクシーで来て、ここから歩き
始めようと考えていた町だ。歩き始めて4時間も過ぎているし、この後丁度良い休憩場所があるかどうか分か
らないので、教会前のベンチで昼食を採ることにした。缶詰の鰯を6匹食べたら、この日かなり後までゲップが
出て閉口した。
 先を急がなくてはいけない。30分程休んで再び歩き始める。まだかなりの距離がある。水をどこかで補給して
おきたいと思い、家の玄関先に居た旦那さんに声を掛けると、『庭に蛇口がある。そこで入れていけば良い。』と
言ってくれた。有難かった。ソル・ド・ナヴェレの町を出ると、久しぶりに綺麗な森に入った。葉の緑が陽に当たって
本当に綺麗だ。空気もすこし冷たく、夏とは思えない清々しさであった。
(^_-)-☆
 途中、サン・ジャックマークを見失い、少々不安であったが、出会った人に聞くとルートは間違っていなかった。
そして、角にLycee(高等学校)の表示板を見つけた時は嬉しかった。目的地のオルテズまであと2kmなのだ。
勇気百倍、俄然元気が出てきて、
『一歩、カミーノ、頑張ろう』の連呼。 ひとり、声にして歩いた。
‟アンキロ メッタ ピエ・・・♪♪”《あと1キロだ・・・》 ジョセフィーヌに教えて貰った歌も自然に口遊んだ。

    

 

 
《オルテズの町の入り口》                  《オルテズの荘厳な大聖堂》

 観光案内所は街の中心にあった。《スイスのおじさんはもう来ているか。》と聞くと、もうかなり前に来ているとの
ことであった。さすがに《コンパスが長いなあ》と感心した。ジットには彼の荷物はあったが、《街に出ているのだろう》
いなかった。彼もまたこのオルテズで終わり。明日、電車でスイスへ帰ると言っていた。私は例によってシャワーと
洗濯を済ませた。ベッドに座り、足を摩る。『豆も作らず、良くぞ頑張って歩いてくれました。

 ノートを確認すると、リモージュから何と約490km。70万歩以上も歩いていた。靴を見ると、踵が摩り減って穴が
開いていた。

 *歩き終えて 心を満たす 巡礼路*

  
《古いお城:この2階がジット》                                          《底の摩り減ったマイシューズ》

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8月30日(火)晴れ:Orthez==(SNCF)==Limoges
 日本にも来たことがあると言っていた、スイスのおじさん
Willyは、《私よりも1本前の電車に乗る。》と言って、早くに
ジットを出ていった。4日間、彼にもいろいろお世話になった。歩く楽しみを沢山くれた。昨夜は夕食も共にし、最後の夜、
ワインで乾杯した。

 
《次回はこのオルテズから出発》という思いを胸に、SNCF(フランス国鉄)に乗った。

 

 私のとっての《巡礼の路を歩く旅》は、パリの《サン・ジャックの塔》が出発点である。もう何回も訪れたこと
がある。今回も出発時、そして、帰国する前にも寄った。今回は初めて塔に登ってみた。巡礼に纏わる展示物
が沢山あった。屋上からの眺めは素晴らしかった。

 2017年8月18日(金)出発、9月19日(火)帰国の搭乗券は既にゲットした。いよいよスペイン入り。Orthez
(オルテズ)からBurgos(ブルゴス)までの約400kmを歩く予定でいる。


                                                      《第Ⅱ巻 おわり》