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8月28日(土)
ビールは『サッポロ』に限る

 
 北海道だ!何てたってビールだ!
「それじゃあ、サッポロビールへ行こう」もうかれこれ30数年も北海道に
んでいる岡本の案内で
、まず何はともあれサッポロビールの工場に行った。
工場の門を入ると、右前方に立派なヴィジターセンターの建物が見えた。

「土曜日でもやってるんかな?聞いてくる」と言って私が受付に行く。
「いらっしゃませ」すがすがしい元気な明るい声が迎えてくれた。
「車椅子の者が1人居るんですが?」
「大丈夫です!」
***

「どうぞ皆さんはお先にエスカレーターで上って、上で待っていてください。」
と言われ、
3人は先に発つ。『車椅子の松野は案内の若い女性がエレベーターで2階に
連れて行くのだろう。』と思っていたら、私たち3人が2階に着くや、エス
カレーターを
止めて何やら操作をしている。そのうちに、一番下のステップ
が『キュイ〜ン』と音を発てて手前にひっくり返る。つまり、ステップが
2倍の大きさに早変わり。そこに車椅子を固定して乗せようというわけ。
これにはびっくり。松野のご満悦な顔。そりゃそうだろう。若い女性に案内
され、しかもこれまで体験したこともないエスカレーターに乗って行けるの
だから。

 『サッポロビール』の沿革やコントロール
 システム、製造工程、昔からのポスター等
 興味深く見ることができた。ただ、土曜日
 で機械装置が稼働していなかったのは残念
 であった。

 ***
 「お待たせをいたしました。時間は20分
 しかございませんが当社の生ビールを用意
 しています。」と言ってゲストハウスに案
 内された。

 「やっぱりビールはサッポロに限る」とは
 松野の弁。

 「もしよろしければ、昨日から売り出され
 ました【五穀のめぐみ】もお飲みいただけ
 ます。」

 

「昨日売り出しだって、ラッキー!」と
佐野が飛びつく。
「【五穀のめぐみ】名前があまり良くないな。何か日本酒を想像する。」
「それじゃ、飲まん?」
「飲む、飲む」 言いたいことを言いながらのいもむしおじさんの4人旅で
ある。


8月29日(日)
 昨日は岡本宅で奥様手造りの料理をいただいた。北海道の香りが満載であ
った。中でもじゃがいもは、こってりして濃があった。「男爵」だそうだ
が、本当においしかった。ごちそうさまでした。


***
 午前9時、岡本がホテルに3人を迎えにきてくれた。
「松野には負けたよ。ニセコまで行って、露天風呂に入るか!」と岡本。
実は、昨日岡本の家で、どこに行くか相談をした時、松野が『羊蹄山を見な
がら、露天風呂に入りたい』と主張。『遠いから今回は別の所へ』と言って
もガンとして頑張る。どうやらインターネットの情報である。

「こいつやることなくて情報過多なんだ。」とワイワイやったのだ。結局、
岡本がそれに負けたと言うわけ。ただ、『負けた』と言いながらも、遠来の
友を心から持てなそうという彼の優しい気持ちがありありと解った。
  ***
                                ビールは『じゃがB』に限る  
                    札幌市内を抜けて、定山渓に入る。札
 幌の奥座敷である。定山和尚が見つけた
 温泉』と岡本の説明が入る。道路脇のス
 スキの穂も色づいてきた。もう秋の風が
 吹いてる。
  2時間は走ったろうか中山峠の『道の
 駅』で一休みすることにした。日陰に入
 るとちょっと肌寒ささえ感じる。さすが
 に北海道である。
  売店で
じゃがBなるビールを見つ
 けた。じゃがいもを材料にしたビールで
 ある。珍しさもあって一本買ってみた。
 一口飲んで、松野曰く
 
「ビールは『じゃがB』に限るなあ!」
 「おまえ、きのうは『サッポロ』に限る
 って言ってなかったか?」

 
「ム・・・今日は『じゃがB』に限る」
 いい加減である。そしてまた、幸せであ
 る。
確かに、『じゃがB』なるビール、
 最後にフッとじゃがいもの香り
 がする。北海道のめぐみである。

 遠くに目を移すと、蝦夷富士といわれ
 る羊蹄山の勇姿があった

                               
                                  
  *** 
  車は快適に走る。峠を下って喜茂別町
に入った。
町の景観がいかにも北海道という感じである。どの家も道路から
一寸ひっこんで建っている。土地が広いといえばそれまでだがゆったりして
いる。風雪に耐えた板壁が寒村のイメージを描いている。

道端には[とうきび、じゃがいも]の旗を立て観光客相手の小さな露店が
 
2〜3軒あった。横合いから家畜用のトウキビを満載した大きなトラ
ックが出て来て、土煙を上げて私たちの車を抜いて行った。北海道の
風景である。


 噴き出し公園
 京極町に入ると、左に羊蹄山が迫って
来た。名山である。平坦な道が続く。

「これは何?」と私が、道に沿って続い
 ている
スチール製(?)の大きな柵
 を指して岡本に聞
くと、
「これで雪を飛ばすんだ。」
「えっ???」
「この辺りは平地で風が強い。それを利
用して
風向きを変えて、地面に風を吹き
付けるようにして雪を飛ばしてしまうんだ。」

「なるほどなあ。雪国の人々の生活の知恵なんだ。」
 
***

「さすがにここまで来ると観光客も少なくて、気持ちがいいなあ。北海道
だ。静かでいいなあ
。」と言って私は車窓から吹き込む清々しい空気をす
った。日常の仕事からかけ離れた
旅の快適な時を感じた。そして、車が町
を通り抜け、『噴き出し公園こっち』の標識を曲がり
暫くすると、
「あれ??人がいっぱいいる。」

「だれだ。観光客も少なくて・・・なんて言った奴は!」
「いっぱいいますねえ。いっぱいですねえ」駐車場は車であふれんばかり
であった。

「どこから来るんだろう?こんなとこまで。」
「豊橋から来ている物好きだっているんだから他人のことは言えんぞ!」

***
 車を駐車場に止め、後ろのトランクから車椅子を出す。
「行けるかなあ?」
「行けるとこまで行ってみよう。」車椅子だとどうしても階段がネックにな
る。こんこんと湧き出る泉までの急な坂を下りて
行った。本当に大勢の人た
ちがいてびっくり。

「羊蹄山に降った雨が100年かかってこの泉となってここに出てくると言
われているんだ。」と岡本が説明してくれた。

「100年?どうやってはかるんだ?」
「測り方があるんだろうなあ。」
「まあ、あまりそこんとこをとやかく言うと夢がなくなる。」
 他の人たちはいくつもの大きなポリタンクを用意して汲んでいる。
聖水』なのだ。 名山、羊蹄山からのめぐみの『お水』である。
「飲みたいがコップがないなあ」の声に、
「買ってこよう。」と会計係りの私が入り口近くにあった売店に出かける。

***
「おばちゃん!紙コップある?」
「あいよ。いくついるん?」
「ひとつ。いくらですか?」
「いいよ。兄さん。只でいいよ」
「えっ」申し訳ないような気もしたが、にこにこ微笑んでいるおばちゃんの
好意に甘えることとした。
 日本の百名水になっているこの湧水は、一日に何万トンと湧き出ている。
ものすごい量である。公園には夏休みの最後の日曜日ということもあって
札幌や函館など近隣の町から大勢の老若男女が冷を求めて来ていた。

おばちゃんの好意のコップで飲んだ冷たい『お水』が、喉の奥までしみ込ん
でいった。湧き水口までは階段があって近づけない松野のために、岡本が
コップに水を汲んで運んだ。
「うまいなあ!」彼は感嘆の声を上げた。

 いい湯だな!
  倶知安町で少し早めの昼食を取った。
『豪雪うどん』店の前に旗が立っている。何だろう?

「名前がいい。昼はこれにしよう。」結局は、『じゃがいも』を材料とした
うどんであった。少しこってり感があり、最後
にフッとじゃがいもの香りが
残って美味しかった。

うどんは『じゃがいも』うどんに限る松野が言った。

    珍しいじゃがいもうどんの昼食
 を終え、私たちは再び車に乗り込
 んだ。

 「あれがイワオヌプリ、あれがワ
 イスホルン、向こうがニセコアン
 ヌプリ。松野!いよいよ五色温泉
 だぞ!」岡本は学生時代にワンダ
 ーフォーゲル部に入っており、こ
 の辺はもう何度も歩いた所で知り
 尽くしている。
 「標高は800から1000位だ
 

けど、ここは高山植物の宝庫だ。それに『這い松』なんかがあったりし
て、本土では3000メートルほど上がらないとない」

「イオウの臭いがしてきた」
「露天風呂、露天風呂!」

 ***
 脱衣所からドアを開けて外に出ると、目の前にニセコアンヌプリの
勇姿があった。
♪いい湯だな〜〜、はは〜ん!」自然に歌が出てくる。
「ああ〜いい湯だ。命の洗濯だ。」
「しまったなあ。ビールでも持ってくればよかった。」
「こうやって、自然の中で飲んだらたまらんだろうなあ。」
「ああ〜、気持ちがいい。」
「松野のお陰だな。ここまで来れたのも。」彼はどうだと言わんばかりに
少し白いものが混じり始めた自分のあごひげをさすった。
 
「おい、誰か来るぞ。女か?」実はこの露天風呂、きちんと男女別々の脱衣
場まではあるのだが、脱衣室を出ると混浴なのだ。果たして、入って来たの
は中年の男性でした。


 【ロ-ソク岩をバックに】
 ***
  当丸峠は冬は通行止
 めになる豪雪
地帯であ
 る。車は、私には初め
 ての雪よけのシェルタ
 ーを抜けて走る。

 「あっ、狐がいる。
 こら、どいてくれ」

 車に慣れているのか、
 道路の真ん中をゆっく
 り歩いている。のんび
 りしたものである。

  

 
峠から快適に下ると古平町である。そう言えば 3〜4年前の正月、古平
から余市の間のトンネルを出たバスに大きな岩が落ちた大惨事があった。

「ここがその現場だ。」と岡本が言った。碑が建っていた。海岸線まで岸壁
が盛り上がって
迫っている。網を張ったりしているが、何の役にもたってい
ないかに見える。

落石注意!と言われたって困るよなあ。避けようがない。」
「見ろ!いっぱい落ちている。」道路からすぐ下の海にごろごろと大きな岩
があった。積丹半島はいたるところで同じ状態らしい。

 余市の夜は*** 
  豪快である。70歳を少し過ぎた居酒屋『磯』の女将さんが、ポリのざ
るで『うに』を洗っている。そして、お玉で小鉢に装って出してくれた。
「何もつけずにこのまま食べて。『馬糞うに』って言うの。名前は悪いけど
『紫うに』より美味しいと思うよ。」と女将さんが言った。
「甘い。」
「旨い。」
絶品だ!
 その後、北海道の味をどんどん、これでもかこれでもかと出してくれた。

当日のメニュー
 *馬糞ウニ

 *アワビの塩から
 *ますのいくら
 *いかの刺身
 *ホタテの唐揚げ
 *いかを炭火で焼いて、ワタで和えた一品(
絶品!
 *脂の乗ったニシンの炭火焼き
 *「甘えび余ってるから食べるか?」刺身サービス
 *ホタテ貝柱のすまし汁
 *焼きおにぎり

 *サッポロビール、お酒は『久保田』(新潟の銘酒)
 
「北海道で食べたいと思っていたもの全部食べちゃったな。」佐野が本当
満足げに言った。因みに、代金は一人7000円也。

 ***
 「高校時代の仲間なんです。」
「こいついつ逝くかわからんてんで、友達訪ねて来たんです。元気、元気。
こっちが先に逝きそうだよ。」

「いろいろ言いたいこと言い合って、フッ切れたんです。」
「確かに旅行してても大変です。車椅子もあるし、手も不自由、言ってるこ
とも時々解らない。」

「ずうずうしいことこの上なし。でも、おもしろいんです。気の合った同志
で、言いたいこと言って、こうやって一緒に旅して、人生ですねえ。」
「かわいそうっていうのは違うな。確かに不自由だし、思う所へ行けないと
か。でも、いずれ俺たちだってそうなる。こいつ、言うんです。介護の練習
しておけば自分がそうなった時に介護者の気持ちも解るだろうって。」
「そんなことまで?」と女将さんは少々ビックリ。

「教えられることもあるんです。親が最近ぼけてきた。もし『おもらし』し
ても怒っちゃ
だめ。『おしっこ』出なくなったらそれこそ大変って。こいつ
が言うと説得力があるんですよね」

「上げたり、下げたり。」松野がポツンと言った。 

 
8月30日(月)

 余市観光は内容が濃い
 余市はおもしい町である最近では宇宙飛行士の『毛利衛さん』が出
 たし、スキージャンプの笠谷もこの町の出身とか。北欧のお城のような
建物、数々の赤い三角屋根のニッカウヰスキーの工場もある。ただ、いも
むしおじさん達の興味は『旧余市福原漁場』であり、『旧下ヨイチ運上家』
であった。江戸時代松前藩の港として栄えた余市は、ニシン、鮭、昆布の
積出し港であった。
大きな北前船が酒田や小浜 へ、そして京都や大阪に
 向けて『北海道のめぐみ』を運んだ。銭屋五兵衛や高田屋嘉兵衛の世界
である。
【注:童門冬二著「海の街道」学陽書房】
 運上家の花壇には『はまなす』の小さな赤い花が潮風に揺れていた。


 
古代のロマン〜国指定史跡:フゴッペ洞窟
 
フゴッペ洞窟は、国道5号線からとても分かりにくいところにあった。やっ
とたどりついたが、
「残念、やっぱり月曜日で休館らしいな。」

「ドアが開いているから入ってみよう。」と言って中に入ると、掲示板にはい
ろいろと写真が貼り付けてあった。
「ふ〜ん、こんなになっているんだ。」と
言いながら佐野がドアのノブに手を掛ける

と、『ガタッ』と音がしたので、彼はビックリしてあさっての方向を向いて
知らぬ振りをした。
「何か用ですか?」と言いながら若い男の人が顔を出した。丁度私と 向き
合ってしまい、咄嗟に、
「はるばる愛知県からここを見たいと思って来たのですがだめですよね。」
と言うと、彼はにこっと微笑んで、
「ちょっと待ってください。」と言いながら、中にいる人に向かって、
「10分か15分ならいいでしょう?」
「ああ、いいよ」と大きな声が聞こえた。

「ええっ!いいんですか!」ということで、思いもよらず見ることができた。
しかも、彼は学芸員らしく、私たちに懇切丁寧に説明までしてくれた。およ
そ2千年〜3千年前の続縄文期に属する遺跡であり、古代人の宗教的儀礼の
場であったらしいこと、描かれたものは絵のようなものもあるが、字かもし
れないことなどロマンを熱っぽく語ってくれた。
 さらに、これを見つけたのは札幌から海水浴に来ていた中学生であり、そ
の後、土地の高校生の協力によって発掘調査が進められたことなど、彼の目
は輝いていた。
 
***
 
 「おいっ、何だあれ!」運転手岡本の声に一斉に前を見ると、前方からい
やに派手な赤や青、白や黄色ののぼりを大小合わせて30本位立てた耕耘機
がゆっくりゆっくりと国道を走ってくる。
「ど派手だなあ。」見るとそののぼりに『私たち新婚旅行、北海道一周中』
と書き、運転席に若い2人が乗って、驚いて振り返る沿道の人たちににこや
かに手を振っているではないか。思わず、車の窓から
「がんばれよ!」と大声を掛けた。
「手を振る格好も堂に入っている。まるで美智子さまだ。」
「いいなあ、若い人は。ばかばかしいことが真剣にできる。どうせやるなら
思いっきりばかばかしいことがいいんだよな」と佐野が少しうらやましげに
言った。同感である。
 耕耘機の背中には『ゆっくりでごめんなさい。お先にどうぞ!』とあっ
た。急いで走るばかりが人生じゃあない。
 
【階段の途中で一休み、遠くの余市の海がきれいだった】
  ***
 「ストーンサークルへ行って見
 よう。」
 「何だ。それ?」 
 「イギリスにストーンヘイジっ
 てあるだろう。あれほど大規模
 ではないが、この付近には似た
 ようなのが幾つもあるんだ。」
 と岡本が言った。

 「いくつもある?」
 「ある大学の先生によれば、

この辺りは原生林で発見されていないそうしたものがまだまだあると言う
んだ。」
余市はフゴッペ洞窟と言い、古代のロマンが満載である。車はス
トーンサークルの駐車場に入った。

「あれ、えらい階段がある。松野、行くか?」
「行く。」
「少しは遠慮ってものがあるだろう。あんな上まで大変だぞ。」
「行く。」
 折角ここまで来たので皆当然一緒に行くつもりでいるのだが、意地悪く聞
いてみる。そして、彼はこれまた当然といった顔をして『行く』という。そ
のやり取りがおもしろい。勿論、車椅子では無理。歩いて上がるのだが大変
急な階段。上がるというより、もう登るといった方がいいぐらいである。
「手すりを持て、片方から支えた方が登りやすいぞ。いいか。」とかけ声を
掛けて登る。
「こいつ、富士山へ連れて行けって言うんだ。」
「それ思えばこの位なんでもないぞ。」と松野。

「無理だ。自分の身も持て余してしまうんだから。」
「もう少し痩せたらかつぎ上げてやるんだが、この巨体じゃあ無理だ。」
「ふう、暑い!たまらんなあ。」あぶら蝉の声が暑さをさらにかき立てる。
「そう、この夏は北海道も本土並みだった。30度を何度となく越した
よ。」と言いながら、ハンカチで
流れ落ちる汗を拭った。下からさっと快
い風が吹き抜けた。

「ああ〜気持ちいい。」遠くに目を移すと、余市の海が青く光っていた。
 
***
 静かな林の中にある『ストーンサークル』は神秘に満ちていた。直径
12〜3メートルの広場に、大きな石を中心に小さな石が数個ずつ地面に埋
め込んで立ててある。それが幾つもの集団といった具合に立っているのだ。
『確かにこんな山奥にこれだけの石を持ってきて積み上げるのは大変なこと
だ。』と思った。説明に寄れば、古代人のお墓らしいということなのだが、
それはあくまで推測。お墓と言ってしまえばそれらしく見えるが、そうでは
なくて、何か観測に使われたものと考えた方がロマンがあっておもしろい。
 林の奥深くで『ギイイ』と雉(?)が鳴いた。

 
小樽の女よ
 『広域農道』なる高速道路並みの立派な道路を余市から小樽に向かった。
「広域農道なんて聞いたことがないが、北海道にはあるんだ?」
「普通の道路は建設省だろう。広域農道は農水省が造ったんだ。」と岡本。
 車は山の中をどんどん走る。
「海岸線を走った方が景色がいいんじゃないか。」
「そりゃそうだ。塩谷に寄ってみようか。『小樽の女よ』に出てくるじゃあ
ないか」と言って岡本が言うと、佐野が歌を歌い始めた。

                                       

 ♪♪♪
 ”逢いたい気持ちがままならぬ
   北国の街は冷たく遠い
    粉雪舞い散る小樽の駅で
  あ〜、一人残してきたけれど
   忘はしない愛する女よ”
  ♪♪♪  
 ”二人で歩いた塩谷の浜辺

  偲べば懐かしい古代の文字よ
 
   悲しい別れを・・・・”

 
人間ウオッチング
 観光地小樽の公営駐車場は満車だった。
「どうする?」
「どうするって、仕方ないじゃないか・今日は時間もあるし、ここへ入れて
ゆっくり回ろうよ。」ということで、順番を待っていた。10分、15分、
「暑いなあ。」車の中は裕に30度は越えている。
「北海道に何しに来たんだ!」
「叫んでも涼しくなる訳でもなし、余計暑くなるぞ。」それでも『ああだ、
こうだ』言っている内に順番待ちの先頭に来た。
「よ〜し。あと一台出れば。」と言って期待してみたものの又それからが長
かった。
「いい加減いやになっちゃうなあ。」並び始めてから30分は経っている。
「おい、見ろ!来た来た。お待ちしていましたよ。」という岡本の声に一斉
に見ると、街の方から一組のアベックが手を組んで駐車場を横切って来る。
「女は27,8だな。男は45過ぎてるぞ。何やら、不倫の雰囲気。」
「何でもいい。どの車だ。」

「おい、どこまで行くんだ。」と彼らの歩く道筋を4人の目が追う。
「あれ、あれ????・・・・・、岸壁まで行っちゃった。」
「海に突き落としたろか。」いらいらが積もって過激なお言葉。
 5分程すると、今度はおばちゃんが一人、スーパーの袋と車のキーをぷら
ぷらさせてやって来た。
「今度は大丈夫だ。あれは大丈夫。」おばちゃんが車に乗り込んだ。
「あれ?なかなか出てこない。」
「何かごそごそやってるぞ。」
「あれ??、おばちゃん、そりゃないよ。」彼女は『忘れ物』を取りに戻っ
て来たらしい。
「忘れ物とは思わなんだなあ。」車内は涙を出しての笑いの渦。
 結構楽しんだ『
人間ウオッチング』の一時であった。

***
「地ビール、地ビール。」ようやく車を駐車場に止めて、街に繰り出した。
車椅子を押
してだから余り遠くまでは無理である。3日目ともなると少々疲
れも出てくる。ということ
で、倉庫を改造した近場のカフェに入った。
「小樽の地ビール。旨いなあ。」
「いい色してる。」
「この柔らかな喉ごしがいいんだよな。」石畳の中庭での静かな一時は、外
の喧騒から完全に切り
離された空間であった。岡本の北海道での生活の話を
きき
ながら私たちは、その一時を楽しんだ。
「思い切って北海道に来てよかったなあ。」
「来年はラベンダーの時期に来まい。」と松野。

「是非、来てくれ。」岡本が言った。
 地ビールの柔らかな甘みが喉を潤した。
 
バリアフリー
 
新千歳空港の搭乗手続きカウンターである。
「飛行機にはバスで移動した後乗り込むことになります。」
「えっ!そうすると、1階まで下がってそれからバスに乗るんですね。エレ
ベーターはありますか?」
「ありません。」
「困ったなあ。車椅子ですし、私たちの手荷物も多いし。」
「解りました。それなら、搭乗40分前に1番のカウンターの所へお出でく
ださい。」と言われた。まだかなりの時間があったので、岡本の案内で土産
を買うことにした。
***
 みやげでポンポンになった紙袋を手にして、言われた1番カウンターに行
く。
暫くすると、もうすでに連絡がしてあって係の若い女性が出てきた。
「松野さまは私どもでご案内いたしますので、お二人の方はあちらから手荷
物検査の
チェックをお受けください。私どもは向こう側でお待ちしておりま
す。」と言って、松野の
車椅子を押して特別のドアから入って行った。
「やっぱり我々は検査を受けなければダメなんだ。」と言ってその列に並ん
だ。
そして、チェックを受ける終わると、松野たちが待っていて、
「どうぞ、こちらにお出でください。」と言われて案内された。
「どこへ行くんだろう? まるでヴィップ扱いだなあ。」
「係の者がまいりますまで、こちらで少々お待ちください。」と言って行っ
てしまった。
10分位経ったろうか、今度は若くて背の高い紺の制服がよく
似合う女性が、

「お待たせをいたしました。」と言って現れた。
「どうぞこちらへ。」と言って、彼女は松野の車椅子を押して私たちを先導
してくれた。
そして、エレベーターの前まで来ると、無線で、
「**番エレベーターの電源を入れてください。」と言って連絡を取る。そ
して、
彼女が頃合いを見計らって、エレベーターのスイッチを押すと、ドア
が静かに開いた。
まるで映画やテレビのSFものの場面を見ているような気
分であった。1階に降りて
彼女が再びエレベーターのロックを電話で依頼し
てガラスの扉から外に出ると、1台の
大型バスが止まっていた。
「車椅子はここまでです。どうぞこのバスに乗ってください。」
「えっ!3人のためにバス1台をチャーターしていただけたんですか?」と
言いながら、
松野を2人で支えてバスの中に乗り込んだ。
「さっきまではヴィップの気分だったけど、今度はなんだか護送されている
みたいだな。」
と佐野がいった。

 ***
 広い飛行場をぐるぐる回りながら、バスは大き
 な機体の
横に止まった。例の背の高い制服のよく
 似合う係の女性が、
無線で機内と連絡を取ってい
 る。そして、暫くすると機内から
4〜5人のスチ
 ューワデス(尤も最近は、性差別とかでアシ
スタ
 ントパーサーというらしいがなぜ差別となるのか
 理解し
かねるところもある。)がタラップを降り
 てきた。

 「どうぞ、お降りください。」と促されて、私が


3人分の荷物を
持ち、佐野が松野に肩を貸してバスを降りようとすると、
バスのステップの下では2人の女性が松野を受け取る形となって支えてくれ
た。そして、彼は両脇から抱えられる
格好となって歩き始めたが、よろよろ
してなかなか前に進
まない。見れば、松野は両手に『花』とばかりに女性の
肩にしっかり力を入れて抱きついて
いる。しかも、足をなかなか前に進めよ
うとしない。両方から女性に支えられて、急に『重度の身体
障害者』となっ
てしまった。2人の女性は慣れないのでどうしていいのか戸惑っている。

「あなた達では無理です。左はタラップの手すりを持った方が安定します。
右は慣れて
いますので私達でやります。」と言いながら佐野が彼の右腕を支
えた。
 
松野が”ジロッ!”と俺達を睨んだ。
 機内にはまだだれもいなくてがらんとしている。暫くすると、一人のアシ
スタントパーサーが
週刊誌を5〜6冊抱えてやって来た。
「どれに致しましょう。」と言われ、各々が一冊ずつ手にした。そして、
また直ぐに彼女が
新聞を手にして来た。
「どれに致しましょう。」サービス過剰である。

***
 岡本の見送りを受けて、NH712便は予定通り順調に飛んだ。天気も
心配した程でなく、ほとんど揺れることなく快適で
あった。
「皆さま、左前方に富士山がはっきり見えます。」のアナウンスに乗客が左
側の窓に殺到する。飛行機が傾かないか心配になる。
ほんと!きれい!」の歓声が上がる。松野は私の隣で目を閉じて、今回
の旅の思い出に浸っているかのようで
あった。あと20分位で名古屋空港に
着くという時になって、突然、
「おい、トイレに行きたくなった。」と松野が言った。
「小便か?もう少しで着くから我慢できんか?」
「できん。」
「しかたないなあ。」と言いながら、彼を支えてトイレに立った。通路が狭
いのでなかなか歩きにくかったが、座席は前から2番目なのでトイレはすぐ
近くであった。それでも何かあってはいけないと思い、彼の出てくるのを待
って、そして、再び座席に戻った。すると、彼曰く、
「おまえ、何で待っとった。ありがた迷惑だ。」これには唖然!
ふざけんな!」と思わず大声を出して笑った。すかさず佐野が言った。
「あんなの、絶対小便出とらん。目当てはスチュワデスに決まっとる。」
 他の乗客の手前、3人は下を向いてクククッと笑った。

***
 アシスタントパーサーのアナウンスが機内に流れた。
「名古屋の天気は晴れ、気温は札幌より10度高い35度。」
「ええ〜!」という声が上がった。
                          【終わり】


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