MUSIC「バレエの小箱」
グラン・パ・クラシック コーダ

「プリマバレリーナを目指して」イーラとカーチャ、そして、なでしこ 2000.10.29

 先日、NHK総合で、地球に乾杯「プリマバレリーナを目指して」という番組が放映された。これは、7月にBSで放映された「地球に好奇心」という番組が大変好評だったため、再編成されて9月18日に放映されたものだ。

 7月の放送の時、この番組があることは知っていたが、あまり興味がなかった。と言うのも、以前ワガノワのレッスンビデオを観たとき、すごく疲れたのだ。なんか超人的な世界を見たような気がして、その時のイメージが強く、それほどみたいとは思わなかったので、忘れてしまっていたのだ。

 ところが、私の身近な人たちは、当然の事ながら、みんな見ていた。私の実家の母でさえ見ていたのだ。友人の話によると、ドキュメンタリー調で、バレエに関係ない人でも興味を持って見られる内容だったと教えてくれた。たまたま、この友人がビデオに撮っているとのことだったので、これを貸してもらって見ることにした。そして、ちょうどそのころ、再放送の情報をバレエ雑誌で知ることとなり、次こそは・・・、と意欲満々で向かったのである。

 イーラとカーチャ、全く生育環境の違う、ワガノワアカデミー8年生、2人の17歳の少女。国家試験に向かっての厳しいレッスン、そして、卒業公演から卒業式までを追ったドキュメンタリーだ。

 カーチャは、祖母、父母、兄までがマリィンスキー劇場のダンサーというバレエ一家に育った。一方、イーラは、サンクトペテルブルグから遠く離れた土地で生まれ育ち、地元のダンス教室で他の子供達よりも上手だと感じた母が軽い気持ちでワガノワアカデミーのドアをたたき、受かってしまったという。そして、イーラがワガノワアカデミーに通うために、父と母はそれまでの生活を捨ててサンクトペテルブルグでの生活を始めたのだ。
 こんな2人が常にトップの座を競いながら、8年生となった。この2人がバレエのレッスンをしているクラスは、「炎のクラス」と呼ばれ、コワリョワ先生が指導に当たっている。番組を見ているだけでも、かなり厳しい先生であることがよく分かる。そして、レッスンも厳しいが、生徒に浴びせる言葉もかなり厳しいものがあった。そんな中でクラスメイトの2/3は、やめていったという。その先生の姿を見ていて、何となくなでしこの教室の先生の姿が重なってしまった。

 教室の正面の鏡の中央に座って生徒を指導するコワリョワ先生。なでしこの先生もコンクールレッスンの時は、このスタイルで指導される。かなり厳しいもののようだ。地方都市に住む私達は、コンクールにいくためには、前日から出発するのだが、その出発の直前までレッスンをされる。そんなことを思いながら見ていたら、イーラとカーチャの姿になでしこの姿までかぶってしまった。

 先日、近所のスーパーマーケットで、なでしこの同級生のお母さんにあった。このお母さんは、ひょんなことでなでしこちゃんのバレエのビデオを観たよ、と話を切りだした。
 「なでしこちゃん、バレリーナになっちゃったね。すごいねぇ。でも、なでしこちゃんがどれだけレッスンしてるかなんて、誰も知らないよね。なでしこちゃんも何も言わないし。偉いよ、なでしこちゃんは。」
といってくださった。そうなのだ。なかなかこんなことは理解してもらえない。コンクールに出るために、どれだけレッスンをしているかなんて、誰も知らないのだ。実際、私でさえ、なでしこがコンクールに出るまで知らなかった。どれだけ時間をかけ、どれだけのものを犠牲にしてコンクールに向かっているのかを・・・。
 
 なでしこのコンクールレッスンも厳しいものがあるが、ワガノワアカデミーのレッスンの厳しさはその比ではなかった。国家試験に向かい、ダイエットをしながらの厳しいレッスン。ダイエットが限界に達し、ほとんど身体が動かないくらいフラフラになりながらレッスンするカーチャ。3Kgも体重が増えたにもかかわらず、減量がうまくいかず、さらに、国家試験のために買った貴重な1足のトゥシューズが合わず、足の痛みを抱えながら、試験日当日を迎えたイーラ。 きらびやかなステージで踊るダンサーが、こんなに厳しい現実と戦っているなんて、関係者でなければ知る由もない。見ていて、胸が熱くなる思いだった。

 私が一番印象に残ったのは、卒業公演の場面だ。国家試験の結果が思わしくなく、イーラはしばらくレッスンを休んだ。その後、公演に向けて、急に激しいレッスンをしたために、膝を痛めてしまうのである。こんな中、彼女なりに色々悩んで公演に出演することを決意した。
 膝の痛みは、歩くのも辛いくらいだ。そんな彼女が踊るのは、グラン・パ・クラシック。痛む左足を使ってのステップの多い踊りだ。舞台袖で自分の出番を待っているときのイーラの顔は、落ち着かず、不安さえも感じる。ストレッチをしながらも、緊張した面もちだった。

 そして、いよいよ彼女の出番だ。袖からステージに出る前、彼女は、十字架を切った。曲が流れ、ライトを浴びると、それまでの不安そうな緊張した面もちから、自信にあふれたバレリーナの顔へと変わった。素晴らしい笑顔だった。痛い膝を抱えながら、バリエーションを終えて、舞台袖に入るイーラ。まだ、コーダのフェッテ32回転という大業が残っている。舞台袖に入ったほんの数十秒間の間に足をマッサージする。なんとすさまじい光景であろうか。その日、このステージを見ていたマリィンスキー劇場の観客のうち何人がこのことを知っているだろうか。そう思いながら見ていたら、私の胸に徐々にこみ上げてくるものがあった。コーダでのフェッテ32回転。決して安定したフェッテではなかったが、イーラは最後まで笑顔で踊り抜いた。踊りの終わった瞬間、私は感動してあふれる涙を抑えることが出来なかった。
 その直後に流れるイーラの言葉。
 「人生は下りのエスカレーターを上に向かって上っていくようなもの。立ち止まってしまえば下に降りてしまう。でも、一段一段上っていけばいつかは上にたどりつく。」

 ほんとにその通りだ。いつかは目標にたどり着くと信じて、一歩一歩上っていけばいい。時には、立ち止まることもあるだろう。でも、色々悩みながら、夢に向かって進んでいけばいいのだ。

 そして、卒業式。イーラは見事マリィンスキー劇場のダンサーに合格した。ただし、コールドからのスタートだ。一方、カーチャはマリィンスキー劇場の合格を蹴って、モスクワにある歴史の浅いバレエ団への入団を決めた。最初からプリマとして中央で踊ることを条件に・・・。誰も予想しなかったことだという。

 イーラとカーチャ、進む道は違ってもバレエを踊ることに違いはない。そして、なでしこも同じだ。
バレリーナは、湖を優雅に泳ぐ白鳥のようだ。見た目にはとても優雅だが、その水面下ではかなり激しい足の動きでその態勢を維持している。
バレリーナのステージでの素晴らしい踊りの裏には、私達の想像を絶する厳しいレッスンと試練があるのだ。だからこそ、観客を魅了する踊りが出来るのだろう。”バレエってほんとに素晴らしい”と、ただただ感動してしまった。

 楽しむパレエ、見せるバレエ、バレエにも色々な形がある。どれを選択するのかは、その時置かれた環境や、タイミング等、いろんな状況がある。この番組を見ながら、なでしこはどんなバレエを望んでいるのだろうかと、ふと考えてしまった。どんな形でもいい。本人が一番満足できる形でバレエと接していって欲しい。そして、私は母親として、ステージママとして、暖かくリトルダンサーを見つめている、そんなバレエを楽しみたい。


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