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ブログ名 虹の橋で http://39308128.at.webry.info/ 始めました。

 

 

11.5.5

 

プリンターを買いました。メーカーはキャノン。お値段は9800円。でも、ニューモデルなんですよ。たぶん、用途目的がはっきりしている使い手にとって、有難いモデルだと思います。まだ、パソコンに繋いでおりません。机の上がぐじゃぐじゃなんです。プリンターをセットする前に机の上を整理しなくてはなりません。欠陥商品の可能性だってあるのですから、早急にセットし使ってみないことには、信用成りません。現在使っている東芝のノートパソコンの先例もあることですし。

 

11.5.4

 

ホットプレートを買いました。札幌に住んでいた頃は自宅だったので収納場所がたっぷりありました。物欲に任せて次々に品物を購入しても、家中に物が溢れかえって足の踏み場もないなどということもなく、快適に生活することが出来ておりました。さて、よんどころない事情で転勤となり札幌から高崎市に住まいを移すこととなり、住まい空間が四分の一になる事を知った時、家財も四分の一に処分しました。その時、使っていたホットプレートも処分の対象となりました。高崎時代の5年間は何れの住まいも超が付くほど狭いものでしたが、家財の四分の三を処分したお陰で、「狭いお部屋有効使用大賞」の授与も夢ではない生活ができました。その時思いました。私たちは生活を見つめ直した方がいいと。どんな安物も一度購入すると、最低10年は空間を占領します。それ以後、その空間を占有するのに相応しい物なのかを熟慮して形ある物は購入したいと決心しているのですが、物欲との斗はなかなか難しく敗北を記すことが儘あります。さてホットプレートですが高崎時代の5年を経て当地に越して来た時、先住の方が残したゴミの山の中に、箱から出されることもなく置き去りにされた旧式のホットプレートをみつけました。貧相な料理レパートリしか持ち合わせない私が使うのに何の不自由もなく重宝しておりましたが、3,4年使ったころ我が家から忽然と姿を消しました。姿を消したものは他にもありました。火鉢、スコップ、シャベル、ミンクの襟巻、真珠のネックレス。余談になってしまいました。ホットプレートが姿を消して十数年、ホットプレート無しで過ごしておりました。さて、ホットプレートを買うのに随分悩みました。高機能オーブントースター、炊飯器、ホットプレートが、いま私が欲しい家電です。うじうじ熟慮した結果、食卓の上でホットケーキや焼きそば、お好み焼きや焼き肉ができて、食生活が今より、ち〜〜っとばかり面白そうになると思われるホットプレート購入に決まった次第なのです。私が購入したホットプレートは大昔のそれよりは幾分機能がいいレベル。お値段も5000円以内でかえる代物でした。

 

11,5.2

 

この冬は長かったにも拘らず、源右衛門さんのいえでは、冬に備えて貯蔵した野菜が食べきれずに余ったのだそうです。春に成ってから 白菜、大根、ニンジンなどを頂く日が続いて、流石の我が家も食べきれなくて、重宝に使ってくれそうな人を探すのですが、このへんの家はみんな野菜作りをしているので、貰ってくれそうにない。そんな時、ふっと思いついたのが川瀬さん。電話すると大根が丁度きれているから欲しいという。彼女の家まで車で10分。大根4本とニンジン5本を届けた。すると、「これからパーマ掛けに行くんだけど一緒にゆかへん?」「何処?」「ひろみ」「ひろみ?そうね、カットに行こうかな」で、急遽、美容室にゆく。ひろみ美容室はリバーサイドにあって小さい割に窓が大きくて、店内が明るく窓から長閑な住宅地の向こうに春日山を眺めることが出来た。でも、美容師は職業柄もう少しシンプルかつ洒落た,つまり、センスを感じさせるスタイルをして欲しいな〜。私の好みではないけどカットの腕は悪くはないし、顧客もついているみたいなのだから。「あそこの先生、なかなか素敵。私も見習って少し頑張ってみようか」な〜んで、お洒落心を刺激してほしいものです。

このあと遅い昼食を食べようと云う事になった。ヨーデルKANAYA仁行くとランチタイムはすでに終わって、2時から貸し切りだという。仕方が無いので「グー」行くと、準備中。こうなると選択肢のすくない上越市内では探すのに苦労することになる。川瀬さんが「美里にする?」に私が反対する。そして「入ったことないのだけど、coco‘sは?」に「あそこ 美味しくないよ」と今度は川瀬さんが反対する。「ここにしよう」と車を止めたのは、元気寿司のまえだった。回転ずしに入って 高級ネタを食べるつもりはさらさらなくて、6皿食べて800円以内であがった。

 

11.4.28

 

午前中、晴れ間をぬって蔓バラの誘導をする。微妙にパーゴラの位置が昨年と違って蔓の誘導がしづらく、形の悪い誘導になってしまった。パーゴラの横棒を4本長いものに付け替えると解決するのだけれど、購入、配達、採寸、切り込み、そして取り付け作業を終えるには、晴天に恵まれると仮定して、早くて一週間はかかる。花芽を5センチちかくすでにだしている薔薇の枝をいじることはできない。折角の花芽を傷める結果になってしまう。多少、誘導に不満を残すが、今年はこのまま行くしかない。

午後、久しぶりに仕事部屋の整理と掃除に精をだす。昨年の5月28日、仕事部屋へ続く階段から転落し骨折して以来、めったに仕事部屋に上がることが無くなって久しい。最近やっと緊張せずに上がり降り出来るようになった。それでも月に一度か二度、仕事部屋にあがる程度で、毎日この部屋で過ごしていた自分が、信じられないほど仕事部屋で過ごすことが無くなった。今日は11カ月ぶりに5時間あまりここですごす。窓から外を覗くとサクラが真正面にみえた。

ヨーデルKANAYAで夕食。ランチは月に2度くらい。富寿司とヨーデルKANAYAが我が家のお気に入り。といっても2人で富寿司は2000円、ヨーデルは3000円がランチの予算です。年金生活者のささやかな楽しみです。頂くものは殆ど変りなしです。特にヨーデルでは「豚肉のキャラメル風煮込み」を楽しみにでかけます。結婚46年の年寄り夫婦です。ただ「美味しいね?」「うん、美味しい」の繰り返しで、洒落た話題もなく、もくもくと食べることに専念し、一時間そこそこで店をでる。寂しいわね〜

 

11.4.27

 

夕方からお天気が崩れたけれど、日中は暖かないい日差しの一日でした。午前中は中村が作り直してくれたパーゴラの最後の点検をすまし明日から薔薇の誘導がやっと出来るところまでこぎつけましたが、この冬の大雪と寒さでバイオレット、コンスタンススプレイ、スパニッシュビューティが枯れ、我が家のメインのばらだったシティオブヨークの枝が根元から1メーターくらいのところからすべて折れ、他の蔓バラもすべからくこんな感じで、折角、中村が作り直してくれて、以前より立派に成ったパーゴラだけれど、肝心の薔薇がこのありさまでは、無駄に立派なパーゴラと云った感じで残念です。他のバラも蔓バラと大して変わらない状況で、今年は花を望めそうもない。

峠の村は現在の処、正確にいえば8戸。そのうち我が家と平左衛門で犬を飼っています。平左衛門の処の犬の名前はアカ。血統書つきの柴犬。猟犬として飼ったのに、猟の最中に無邪気に飛び跳ね、勝手気ままにそこらあたりをかけずりまわる。猟銃会の皆さんにへらへらサービスの猟犬失格のアカなのですが、「アカを譲ってほしい」の申し出が絶えない猟銃会の人気者になりました。ところで最近、犬人口(?)が増えました。籐右衛門さんのところに紫犬がきました。名前はユズ。でも男の子で、年齢は2歳。息子さんが飼っていたらしいのですが、事情があってひきとったようです。でも大切にされています。彼女いわく「昔は残飯をやって、年に一度の狂犬病の予防接種をしてやればよかったけど、いまは、たくさんお金かかるんだよ。中村さんは猫もいるからお金かかるだろう?」「うん、かかるよ〜。でも、お金には代えられないくらいたくさんのお返しをもらっているもの。」「そうだよ。私を見れば喜んでくれるし、話聞いてくれるし、待っていてくれる」「そうだよね。私らみたいな婆さんの顔見て狂ったようによろこんでくれるのは犬くらいだよ。さっきから、ユズが籐右衛門さんのことをジーッとみているよ。ユズより長生きしなきゃね〜」長閑な春の一日でした。

源右衛門さんから沢庵漬けを4本、籐右衛門さんから菜っ葉の古漬けをもらいました。沢庵がおいしくて、他のおかずに箸をつけることなくご飯を2杯も食べてしまった。

 

11.4.26

 

今週の英会話教室は偶然にもアンダーソンクラスもトッドクラスお休み。この一週間は緊張感なしですごせそう。それにしても、私のヒヤリングは進歩なし。トッド先生のお話は人並みに今のところ理解できるものの、アンダーソン先生の英語は粗方理解できずにいる。それにしても、私以外のメンバーは先生が話される英語が理解できて笑っているのだろうか。私にはまったく理解できないのだけれど。あせるな〜。まあ、そのうちなんとかなるだろう。

ブーブーの鼻炎が悪化。鼻が効かなくなると、動物は即、食欲がなくなる。食べ物の認識が出来なくなる結果が主な原因らしいのだけれど、鼻詰まりが嚥下をしにくくさせることもあるらしい。それでも、ブーブーの今の体重は3.5キロを維持していたので安心しました。抗生物質の皮下注射をしてもらいましたのですが、ついでに、コージィの狂犬病の予防注射と監察登録をすませ、半年ぶりの爪切りをしてもらいました。若い看護婦さん3人がかりでコージィを診察台の上に横にされ、爪を切ってもらいました。彼はされるがまま、大人しくしているので、「いい子ね〜」コールをたくさんいただきました。

 

11.4.21

 

気が滅入ることばかり。午前中は食卓テーブルで、英語のノートの清書をしたり、本に目を通し時間を潰して過ごし、昼近くになると昼食作りに普段より少しばかり熱中して滅入った気分をまぎらす。ブログを更新する意欲も失せてこの一カ月間放置状態のまま。いくらなんでもなんとかしなければ。

娘から宅急便で彼女手作りのパンが届いた。送料を考えるとえらく高価なパンになる。「札幌に帰省した折にご馳走になるから、、、」と断ろうかと思うのだけれど、食べると良いお味が口の中に広がって断れなくなる。パンのほかにワンやニャン達の医療費だといって結構な金額がコージィのおやつに添えられていた。

処でコージィのことですが、彼ははっきりした特徴のある犬です。そして、ネット上でも彼と酷似した犬を見かけます。先日、コージィのアレルギーが気に成ってセカンドオピニオンに掛りました。診察台に乗せられた彼をみるなり先生が「プロットハウンド」ですね。と云われた。掛り付けの病院では言われたことが無かったので、コージィを引き取る際に言われたまま「甲斐犬とラブのミック」だと思っていた。が、毛色が甲斐犬と似ているが毛質も顔立ちも全く似ていないし、ラブほどゴツイ頭の形もしていないし、はみもラブと違うと思っていたので、早速、ネットでプロットハウンドを調べてみた。いたいた。コージィのそっくりさんが。彼はミックスなんかじゃなくて純血種だったのね〜

しかし、ネットで調べていて判った。この犬種は結構捨てられやすい犬だということが。理由は簡単。この犬種を飼うにはハッキリした狩猟と云う目的があって購入される事が原因になっている。本来狩猟犬として純血が守られてきたのだけれど、狩猟に不適格な犬もいる。揚句にこの犬の掛り易い病気が笑ってしまう。肉体的精神的含め心疾患と、走り過ぎによる関節疾患とくる。性格は温和で我慢強く寂しがり。狩猟不適格なただの犬はいらないということに端的になるらしい。

 

11.4.6

 

「二十四の瞳」を久しぶりにテレビでみました。今まで何度も再放送を見たけれど、この映画は反戦映画なのだと改めて認識しました。原作者は壷井栄。ほかにどんな著書があるのか今まで気にも留めていなかった。機会があったら読んでみようと思う。

4月2日にコージィのホテルをネットから申し込んでありました。昨夜遅く「アニマルガーデン新潟」から「予約の申し込み承りました」と丁寧なreメールが届きました。これでひとまず安心です。少しずつ6月のイギリス旅行の準備が出来てゆく感じです。今回の旅行は移動距離も旅行日数も短いので気持ちが楽です。むしろ、留守中のコージィの事の方が心配です。

4月5日は連れ合いの誕生日だった。70歳になりました。レストランでワインとディナーを楽しみたいところなのですが、ドライバーの彼が呑むわけには行かないし。それならせめてランチを食べようかと云う訳で、ヨーデル金谷でランチしました。外食はディナー、ランチ問わず少ない方ですが、高田の富寿司とヨーデル金谷は月に1度くらいの割で利用します。富寿司は1000以内でランチ出来るところが気に入っています。ヨーデル金谷はサラダの上に乗っているパンプキンが気に入っています。メニュー的にイタリアンレストラン風だって思うのだけれど、ラザニアがメニューにないところをみるとイタリアン専門じゃあないのかも。天井く店内が明るいのがいいし、なによりもテーブルとテーブルの間隔が気に入っています。

 

11,4,4

 

昨夜、おかしな事に気が付きました。書いた筈の「田舎暮らし日記」29日水曜日の文章がそっくり消えています。3日の日記を書こうとして気が付いて、もしかして、、、と私がやりそうな失敗事例を思い出しながら、探し回ったが見当たらず、時間ばかりが経って丑三つ時(笑)もすぎ寝てしまった。如何してこのようなことが起きるのか?我ながら呆れる。とりたてて意味のある事を書いているわけじゃないからいいんだけど、駄文なりに時間がかかっているし、たとえ駄文でも2度と再び同じものが書けない。その点で、勿体ない事をしてしまったと舌うち気分なのだ。

ついに私も「シニアパスポート」を上越市から頂いた。市の施設が半額で利用できるようになりました。具体的にどのような施設で特典が受けられるのか、ガイドブックで調べてみたらなかなか良い。たとえば、120円で「市民いこいの家」で入浴できるそうです。二人で240円。いまどき、銭湯だってそんなお安い値段で入れません。浴槽にお湯をはったり、入浴後の掃除の手間暇を考えると、自宅のお風呂に入るよりずっといいと思う。その他の入浴施設やプールなど一人200円〜300円で使用できるのは年金生活者の我が家にはありがたいわね〜

 

11.4.2

 

今日は峠村の春祭り。春は名のみとは云わないが、例年になく遅い春です。間もなく雨が霙にかわりそうな寒さです。建てつけの悪いあの神社の囲炉裏に火を入れても寒いに違いない。お酒で温まると云えばそれまでですが。12時から始まるお祭のまえに、猫のユキちゃんを南高田の動物病院へ連れて行ってもらいました。半月前に3種混合ワクチンの2回目の接種を終え、今日はエイズ予防ワクチン3回目の接種日でした。2週間ごとに5回続いたユキちゃんの病院通いも今日で終わり。やれやれです。

6月のUK旅行に備えコージィのホテルを申し込みました。ホテルは「アニマルガーデン新潟」。予約が出来なければ大変なことに成ります。東日本大地震が発生する前に申し込むべきだったと後悔していますが、今さら始まりません。新潟県は今回の地震でおおくの被災者を受け入れましたが、中には愛犬を連れて避難してこられた方もおります。避難場所に犬を連れ込むことは、多分、肩身の狭いものがあっただろうと思いますが、この非常事態に愛犬切り捨てず連れてこられた方にとって、愛犬はすでに犬ではなく自分が守らなければならない家族なのです。激変した環境に混乱しナイーブな犬は直ぐに反応します。粗相をしたり、無駄吠えや夜啼き、威嚇や噛みつきなど。集団生活の中には犬に相好を崩し理解を示すひともいれば、目の敵にして白眼視し「この非常時に犬なんか」と非難する人もいるでしょう。そのような冷たい視線から愛犬を守りたいとペットホテルを利用する方が増えたとしても不思議ではありませんから、コージィの宿泊予約が出来ない可能性も考えられます。心配です。

 

11.4.1.

 

コージィが我が家の子に成って7カ月がすぎました。外見ぼんやりコージィの素顔が日を追うごとに、ベールを一枚ずつ剥がすコージィです。エピソードは暇がありません。例えば、昨年秋、熊の出没騒動が頻発。峠村の近隣の村の目撃情報も知らされるようになりました。熊の出没は昼夜関係ないのですが、夜の散歩のときは特に怖いものがあります。それで、散歩中クマよけに笛を吹くことにしました。住みなれた村でも人家のない道を進む時は怖いものがあります。まして熊が出るかもしれないのですから緊張も良いところです。連れ合いは人気のない下り坂に差し掛かった時、笛を吹きはじめました。驚いたのは熊ではなくコージィでした。甲高い笛の音から逃げ出したくて猛烈な勢いで走りだし連れ合いは転倒。その後も笛を吹く度に尾を巻いて逃れようとして走りだします。せっかく買った笛も一夜にしてお蔵入りとなった次第。コージィが猟犬だったかもしれないな〜んて信じられません。笛の音で逃げ出す小心者のコージィに鉄砲の音が耐えられる筈がありません。「ズドン」と成った途端、恐怖のあまり失神するか、脱兎のごとく山の中に走り去り、野ネズミやカエルに馬鹿にされ、狸や狐の影におびえながら山中をさまよいぼろぼろになって帰宅し、さぞかしご主人様に白眼視されたに違いありません。で、私どもはコージィのおやすみ中、声をひそめ足音を忍ばせ、針一本箸一本鉛筆一本 床に落とさぬよう静かに暮らしております。疲れる〜〜〜。これって、老老介護?

 

‘11,3.28

 

今日、一大決心をして左上の小臼歯の抜歯を済ませてきました。気が強い割には痛みには、からきし意気地がありません。左上の歯茎が腫れて、先週の火曜日につばめ歯科医院に出かけました。レントゲン撮影の結果、歯槽膿漏が悪化して歯の根が化膿しているとの診断。その後「抜歯しますか」と尋ねられたのですが、「今日は覚悟が出来ていない」と、日を改めてもらいました。数日かけて覚悟をしたのに、抜歯は瞬時におわりました。トホホでした。

パソコンの調子がおかしいのです。全部ではないけれど、必要なファイルが開かない。「田舎暮らし日記」のローカルファイルが開かなくて、HPの「田舎暮らし日記」のページから入って書いています。この状態がいつまで維持できるのか不安です。という訳で、最後のご挨拶を前もってしておきたいと思います。勿論、パソコンが明日も、明後日もそのあともズ〜〜〜ッと調子が悪いなりに健在な場合は、この最後のご挨拶もズ〜〜〜ッと先のご挨拶と云う事になるのですが。

「ホームページ 峠の中村」を立ち上げたのは2000年5月だったと記憶しています。ページは「田舎暮らし日記」と「ライダーハウス風倶楽部」。その後、「峠の中村から 花だより」「ちゃちゃ日記」などページを増やしましたが、この十数年の間にチャチャは私のもとを去り、虹の橋に旅立ちました。5匹の猫に峠の黒が加わって、あどけなく賑々しく、彼らに振り回された楽しかった日々が一幕ずつ閉じられ、夢の様に遠く、切ないほど懐かしい日々となってしまいました。また、歳を重ねるとともに、精神的にも体力的にもバイクと距離ができました。昨年 本格的な夏を前に、オイオイを避けそこね階段から落ちるという転落事故を機にライダーハウスの閉鎖に踏み切りました。50代に入ってから気まぐれに乗ったバイクは素晴らしい乗り物でした。殆どのライダーがグループあるいは同伴ツーリングなのを見ると残念に思います。私は絶対にソロツーリングをお勧めします。ソロで乗ってこそ、バイクに乗ることの素晴らしさを知ることが出来ると確信しています。それまで得られなかった充実感を味わう事が出来る筈です。名立の峠村に越して、この5月で満15年になりますが6年くらい前、群馬に家を建てる案がかなりの具体性を持って進行したこともありましたが、建築士と妥協点が見いだせず頓挫しました。のちに其れが再び浮上しなかったのは、建築を取りやめて正解だったということかもしれません。時折、「セカンドハウスは虹の彼方に」を読み返し、最後の一歩で挫折した本当の要因はなんであったのか考えています。私の置かれた状況が少しずつ変化し、私の関心もまた少しずつ移ろってゆきました。いま、HPを続けることの意味も目的も無くなりつつある様な気がしております。「ちゃちゃ日記」をいつまでも閉鎖できずにいるのは、チャチャが生きていた証しを残しておきたいからだけなのです。「花だより」も、やがて「かって峠で暮らした証し」となる日が数年のうちに来るかも知れません。最後に、「田舎暮らし日記」を読んでくださった方々にとても感謝いたします。今、少人数の方が尋ねてくださるだけのHPになりました。でも、読んでくださる方がいる間は、細々でも日々感じた他愛のないことを、書き続けようかと思っております。お元気で。

 

11.3.25

 

昨日は英会話アンダーソンクラス。今日はトッドクラス。少し早く家を出たので教室には3番目に着きました。先着の二人は吉田さんと石塚さん。お二人とも男性。私が一番年上で次が吉田さん。私の方が数カ月だけど歳うえ。石塚さんは7歳位歳下。だから少し偉ぶれます。歳上って云う事はそういう事。話題は福島原発のこと。「日本のように地震帯の上にあるような島国に原発は作るべきではない」「大体にして原子炉の中に針一本落ちていても、見逃さないような精密機械で出来ているものかと思っていたら、火を噴き出して燃えても、空高く黒煙を噴き出しても、原因が判らない」なんてハンカクサイ話があるのか?と云いたい。「絶対安全」をうたい文句に日本17か所に建設された原発。どこが安全なのか教えてほしいものだ。そういえば、どこかの馬鹿が言っていましたよね〜。あんなに安全な原発の建設に反対する気持ちが判らない。出来ることなら東京に建てたいくらいだって。石原都知事にいいたいわ〜そんなに安全なら東京のど真ん中に建てたらどうでしょう。

 

11,3.23

 

ブログにこんなコメントを頂きました。

 

こんにちは。3月11日はとっても怖い思いをしました。幸い家族は無事でした。その時、私は品川のビルの6階で仕事をしていました。最初は横揺れが長く続き、遠くで大きな地震が、、、と想像しました。それが長くて、「えっ??」と首をかしげる位長いまま、今度は縦揺れに変わっていまい「??」っと言葉もなく、震源は近い??「え〜っ??」「どうなっているの?」とみんなが口々に恐怖の声をあげました。外をみるとお台場方向から黒煙が、・・・。余震も続き、電車も全部面ストップし、私は帰宅難民となりました。初めての経験で不安いっぱいでしたが、見ず知らずの方々に沢山親切にしていただき、無事に朝4時に帰宅できました。

 

コメントをくださった「ちーままさん」のご自宅が都内にあるのか、それとも、埼玉、山梨、千葉などの県境にあるのか知りません。どちらにしても、地震発生後まもなく帰宅の途に着いたとして、12時間近くもかけて自宅にたどり着いたことになります。多分、いつもなら1時間か2時間の通勤時間で済む距離なのだろうと思います。この寒い中を夜通しかけて自宅に一歩でも近づこうと、ある時は行き交う同士が情報交換しながら、助け合ってそれぞれの道を模索して、距離を紡ぐように長い家路をたどっていたのだと思います。どんなに恐ろしく心細かったことでしょう。でも、「ちーままさん」が書いています。「見ず知らずの方々に沢山親切にして頂き、無事に朝4時に帰宅できました」と。日本人ってやっぱり凄い。こんなときも人にやさしく出来るんだもの。

 

11.3.21

 

消防庁のHPを覗いてみたら非常時にそなえて避難時持ち出し用具を普段から準備をするように促しているのが目にとまった。ま〜当然と云えば当然なんだけど。貴重品類は「現金、預金通帳、印鑑、保険証、身分証」。現金はどのくらいの金額が適当なのでしょうね。私は家が家なのだから、現金は置かない主義なんだけど、この度の災害をみるとそうもいかないと思うようになった。貴重品は引き続き貸金庫を利用しようと思っているが、現金が無い心細さ訴える被災者をテレビで幾度となく見るとそうもゆかなくなった。避難用具は「懐中電灯、携帯ラジオ、携帯電話用の電池式充電器、予備の乾電池、厚手の手袋、ライター・マッチ、ナイフ、携帯用トイレ、救急用具、薬、生理用品、非常食品、アメ・チョコレート、飲料水、下着・靴下、防寒用ジャケット・雨具、携帯用カイロ、笛」などを薦めていたが「笛」は思いつかなかった。建物の下敷きになったとして、笛があれば叫び続けて体力を消耗しないで済む。この週末にみなおすのもいいかもしれない。

 

11.3.18

 

石巻市である小学校では全児童108人のうち80人以上の生存が確認できていないそうです。地震が起きたとき、下校バスがでる30分前。児童を校庭に集めて点呼中、河口から6キロさかのぼった津波が小学校を襲い、校庭にいた児童と教職員あわせて数十人が波にさらわれたといいます。生存の確認ではなく、死亡を確認が出来ていないと云い換えたほうがいいのかもしれない。この度の災害の被害を一層拡大したのは、地震が起きた時間帯もあると思う。2時46分と云う時間は、家族がそれぞれの場所で過ごす時間帯だった。子供は保育所、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学だし、大人は勤め先、お年寄りは自宅。病床にあった年寄りは別にして、多くの年配者がこの難を切り抜けていたことがわかる。もし、家族が年配者と共に生活する時間帯であったなら、とっさに次に来る危険を反射的に予知し生き抜くための行動に導くことが出来ていたと、私は思っています。

ヨーロッパ人が抱く日本人のイメージをご存じだろうか。清潔と礼節と博愛を重んじ、冷静で思慮深い国民。私はこの言葉をフランスで耳にした時、赤面でした。特に冷静で思慮深いと云う点では恥じ入るばかり。海外旅行をときおり楽しんでいます。その旅先で不思議に思う事があります。それは同じ顔立ちのアジア人の中から、日本人をしっかり見分ける彼らの選別眼でした。しかし、この海岸線に沿って500キロに及ぶ大地震と大津波、そして福島原発による放射能汚染危機に見舞われた日本人が見せた国民性は海外で称賛するそのものの国民性でした。被災者は自分自身の窮状を訴えた後、必ず自分以外の者を案じた言葉で終わります。また、被災者でありながら被災者の為に働いている。他の喜びと悲しみを自分のものとし涙して抱きしめ合う。ダンボール半分にも満たない分配された食料を20人に公平に配分しなければならないことに心を痛める人。これほどの惨状に見舞われながら、暴動も略奪もなく、秩序を守ろうとする。特に、スタンドにガソリンを求めて数キロの長さの列をなし秩序を守る映像は、いかなる時も冷静で思慮深い日本国民の行動として海外メディアによって称賛されているとフランス在住の知人が伝えてきました。

 

11,3,17

 

昨晩からクシャミ鼻水鼻づまり。毎年恒例の症状が突然やってきた。たしかに、峠村の杉の木も花粉で真茶色にいろづいている。地震に津波。揚句に福島原発事故による放射能汚染危機とあって、テレビから目が離せないし、個人的にはブーブーの生まれつきの鼻炎の悪化に加え、コージィの鼻炎と喘息、ユキちゃんのエイズ予防接種と3種混合予防接種オイオイの脱走知恵比べと、我が身の杉花粉アレジーなど思い起こす暇が無かった。突然のくしゃみの来訪で喉と上顎部分がクシャミの空気圧で爛れて痛いと思っていたら、昨晩から熱が出る。鼻から喉にかけてどこといわずひりひりしていたい。とても「楽しい英会話」どころではない心境。で、アンダーソンクラスをお休み。最近は一周間おきに休んでいるな〜。

夜、フランス、ジュベルニーの和子さんからお電話あり。13日、メールで日本の状況を知らせるメールいれたが、和子さんから私のメールに対する反応が無く、私の情報がお役に立たなかったのだろうと、「無沙汰は元気な知らせ」と割り切っていたところ、アルザスにバカンスに出かけ不在だった由。バカンス先にテレビがなく日本の状況を、帰宅途中で知ったとのこと。山形の和子さんの状況などをお知らせする。フランスの和子さんと話して、国内メディアと海外メディアのこの度の福島原発事故の危機感の捉え方の違いに驚く。大戦を経験した両親はことあるごとに「大切な時に国は真っ赤な嘘をつく」「報道を信用するな」と云続けた。当然、言葉の裏を考える厭な子になって、其のままお婆さんに成ったけど、今回の政府要人の原発に係わる報告など微塵も信ずるものではなかった。国際的には危機感は日本国内で考えられているレベルをはるかに超える。今週末を期限に政府要人、対策本部など東京から移される可能性もありとの報道が、日本ではなく海外で報道されていると云う、ぞっとするお話もみみにはいった。

 

11.3.12

 

朝食後、川瀬さんに電話をする。彼女のお家は道路を隔てたところから土地をすっぱり削り取ったような処に建てられている。下から彼女の家を見上げると断崖絶壁の縁に建っているようにみえる。で、岩手宮城程ではないけれど、結構揺さぶられた今回の地震。何事もないとは思うものの、やっぱり元気な彼女の声を聞きたくて電話をして見る。すると彼女は彼女で、「数日前、中村さんの処に行ったのだけど、凄い雪やったんで登らずに戻ったの」だった。うれしいな。

夕版をひと口食べたところで、電話が鳴った。中村がでて、恐縮しながらも懐かし気に話してから私に電話を回した。お勤め時代の親友からだった。新潟の地震を知って私を心配してくれての電話でした。彼女とは7歳違いで彼女の方が年上なのだけれど、今でも大の親友。彼女も私も子供は娘が一人ずつ。人間関係は不器用で老いても大人に成りきれない処が似ているかも。夏の再会を約束して受話器を置いた。案じてくれる人がいる。有難いと思う。

 

11.3.11

 

用意万端、オイオイをバスケットに入れて病院へ。今日は待ちに待ったオイオイの去勢手術の日。昨夜は緊張して眠られなかったのは私。お気楽なのは知らぬが仏のオイオイ。バスケットの中でおっとりとしたまま病院に着く。オイオイから性の喜びを奪うことに後ろめたい気持ちになって「ごめんね オイオイ」と麻酔を打たれながら、目を見張って私を見つめるオイオイに思わず謝ってしまった。女の子の避妊と違って、男の子の去勢はいとも簡単に15分も掛らずに終わってしまった。猫は麻酔からの覚酔がよくないと聞いていたので、帰宅は少し緊張したがなにごともなく、オイオイは毛布にくるまれお行儀よく横たわったまま家に着き全てが一件落着となりました。

少し遅い昼食を済ませ連れ合いとオイオイの手術が無事終わったことを喜びあっていたときでした。M8.8という地震が岩手宮城を中心に起きました。同時に津波情報が流れたがその数値は6メーター。この数字をきいただけで恐ろしいことが起こっていると直感的に感じたが、津波警報の数値はその後10メートル以上と云うものにエスカレート。テレビでは津波が内陸を襲う信じられない光景を放映。まるでテレビドラマを見ている錯覚をうけた。この寒い時期に電気ガス水道のライフラインが断たれた中で過ごさなければならない被災された方達に言葉が無い。

夕方、新潟の地震を案じた娘から電話がありました。

 

11.3.10

 

英会話アンダーソンクラスでした。「what is your news?」が終わるのはその日の出席数によって違ってきます。だから、「what is your news?」だけで時間が無くなる時もありますが、出席数が少なければ時間が余ってしまいます。そのような場合を予想して次の週に「お題」を決めます。今日のお題は「夢」でした。寝ている時に見るゆめではなく、将来の夢です。で、昨日の夜、今日の授業に備えて考えました。でもね〜なかなか思い浮かばないのですよ。で、夢を考えるのを止めて、「なぜ夢を考えられないのか」を考えました。沢山たくさんしたいこと出来るようになりたいことがあったのに、何故、思いつかないのだろう?そして判りました。大体70歳を目の前にして、将来の夢を語ること自体hardだよ。夢を語れるのは先が見えないから語れるのだと思う。平均寿命まで長生きしたとしてもあと14年しかない。強いて言えば「今までの生き方を無にするような生き方をしたくない」と云う事が本音です。それともう一言。私はしたいことを全部してきたから思い残すことなんてない。好き勝手にしたいことは粗方した。いや、我儘一杯させてもらった。感謝感謝の人生だったと思っている。これを無にすることなく人生の幕引きが出来れば私の人生は上々だ。

 

11.3.9

 

今日と云う日をどんなにか待ち焦がれたことか。昨年の春、オイオイが前足を一本無くした姿で、我が家に現れたあの日、「この子は我が家の子に成る巡り合わせなのかもしれない」と思いました。群馬からこの地に猫5匹を引き連れて越してきてみたら、家にはすでに黒い子猫が住み着いていました。結局、6匹の猫を飼う羽目になった私達ですが、今日までの14年間の間に、クック、峠のクロ、チョンちゃん、茶々と順次見送って、残ったのがブーブーとゆきちゃんの2匹でした。どちらかが逝って一匹になったら札幌に引き上げようと考えていた私達は、親しく出入りするオイオイを我が家の子にする意志はまったくありませんでした。オイオイの世話をするのも、あくまでもついでの事だったのです。しかし、大切な前足の片方を失ったオイオイのこの先を考えると、彼だけをおいてこの地を立ち去ることは出来ないことが解りました。解ったことに目をつむることは私にはできません。我が家の子にしようと決意したものの、元気に成るにつれて現れた発情期とマーキングには参りました。で、オイオイには悪いけど去勢することにしたのですが、生体検査で肝臓とエイズが判明。直ぐにできると思った去勢手術は一カ月の間薬を飲ませ肝臓の回復経過をみてからでないとできないということになってしまったのでした。でも、なんとか、3月9日、手術のはこびとなったのですががががが〜〜、なんと!手術日の今日の朝、かりかりかり、と軽快な音!見れば美味しそうに朝食をたべるオイオイがいた。ああ〜、一巻の終わり。11日に延期に成りました。

 

11.3.4

 

昨日のコージィの発作の原因を素人なりにいろいろ考えてみる。で、老人性の咳をするコージィに暖房と春の空気の乾燥が良くないように思われて加湿器を買いました。玩具みたいな加湿器なのだけれどお安かった。でも、アレルギーもちの彼には、これからシーズンのことを考えると、空気清浄機のほうがよかったかもな〜

 

11.3.3

 

昨日に拘っていたお雛さま。そんなことは天から忘れてしまうような一日に成ってしまった。夜もまだ明けきらない時刻に、コージィの異様な症状に起された。呼吸が正常にできなくて苦しんでいるみたいだった。立ち上がり鼻を天に突き出すように上げ、空気をむさぼるかのように、口をファクファクさせる。そのたびに鼻からブバーッ、ブバーツとビブラートしたような鼻音。息を吸おうとするたびごとに出して苦しんでいた。気を落ち着けて、からの症状を観察すると、息を吐き出すことはできるのに、吸い込むことが出来ないらしかった。驚いて身を起した私にヒシッとすがりつくように顔を寄せてきた。私は彼のために何もしてあげられず、胸にもたれ込み、私の肩に顎を預ける彼に頬を寄せ「大丈夫、大丈夫」と耳元で囁きながら静かに撫ぜ続けるしかなかった。随分と長い時間苦しそうしていたような気がするが、実際は10分位だったのかもしれない。彼の荒い呼吸が少しず少しずつ和らいで、私に体を預けるかのように膝を折り、そのまま私の膝に頭を預け寝いった。呼吸困難から解放されてやっと寝入ることのできたコージィを起したくなくて、そのままの姿勢で傍の炬燵から炬燵布団を引きはがし、コージィごとくるまって夜が明けるまですごした。連れ合いが起きるころにはあの発作がウソのようにいつもと変わらないコージィに戻っていた。半年前コージィが我が家の子に成った翌日、生体検査とレントゲン検査は済ませ、呼吸器系の病状はなし。綺麗なレントゲン写真ですと保証を頂いているが、今晩もまた同じ発作を起こすようであれば考えなくてはならない。

 

11.3.2

 

明日は桃の節句、ひな祭り。2月にはいったら直ぐに私のまめまめしい小さなお雛様たちを飾ろうと楽しみにしておりましたのに、今年はお雛様どころではなく、ただただ、猫達とコージィに振り回され、3月に入っておりました。それでも、ひな祭り大好き、お歳時ごと大好きの私はお雛様を飾ろうかしらと迷いました。でも、毎年、お雛様たちの飾り台にしていた、今は珍しい文机が、テレビ台になっていた。飾るにはテレビを文机から降ろさなければならず、連れ合いの面倒くさそうな顔がちらついて、今年のひな祭りは飾らなかった。わたしも、来春は70歳。歳を重ねるのは嫌いではないが、あと幾度桃のお節句を楽しむことができるのだろか。

ゆきちゃん、三種混合ワクチン2回目の接種日でした。バスケットに入れられた途端、つつましやかなお顔から想像できないようなどら声を張り上げて「いやだ〜。いやだ〜」と泣きわめきつつ車の後部シートに乗せられた病院へゆきました。居残り組のブーブーとオイオイはユキちゃんの身を案じるより、我が身に降りかかることを案じ、ぶーぶーは連れ合いのベッドにもぐりこみ、オイオイは天井裏に逃げ込んで姿を消したら、コージィが途端に存在感を示しぱたぱたとご機嫌そうにうろつきはじめた。

オイオイ脱走。朝食後、リンゴを頂くのがいつのまにか習慣に成って久しい。食品庫がわりにしている北側の風除室にリンゴを取りに行こうとして、裏戸を開けた途端、オイオイが走り出て、雪の壁をよじ登り向こう側に姿を消してしまった。小さな身体の割に、県道をはさんだ行動範囲の広さに驚いていらい、脱走には極力気を付けてはいるものの、彼らの本能的欲求にもとずく行動欲求にはかなわない。取り押さえようとする私の手をするりとかわすあのすばしこさは、前足が一本無いからと云って、私たち人間が敵うものではない。最近は後を追わないことにして、交通事故にあわずに元気に帰宅してくれるように彼の幸運をいのることにしている。11時、オイオイは無事に帰還。安心して眠られそう。

 

 

 

 

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