今月の特集題  復活のいのちに与かる



共に歩んでくださる方
田坂 邦彦
 新しい聖書を買ってきた。買って来た聖書にまず、購入日と名前を記入し、古い聖書に挟んでいた一枚のカードを新しい聖書に挟み換えた。そのカードには、高校一年生の拙い字で「1959年クリスマス受洗」と書いてある。その時から50年が過ぎた。このカードを見ると自分の50年の信仰生活が懐かしく思い出される。
 受洗する時に考えていたことの一つは、自分は受洗したら、聖書に書いてあるとおり(ローマ6・4)古い自分が死に、次の日から新しい自分になれるのでは・・と。しかし、受洗の翌日も、翌週も、翌年も・・受洗前と変わらない自分がいた。そう思っていたが、50年が経った今振り返ってみると、明らかに意識するしないに関わらず受洗前の自分から変えられて歩んできた自分に気づかされる。受洗前の自分は人生を一人で歩んでいた。しかし、受洗後の50年は一人で歩んだ人生ではない。
 自由を謳歌した学生時代、社会人となり仕事に生きがいを感じて走ってきた時期、結婚、子育て、そして、老後の今がある。その間には、多くの喜びと、感謝と、苦悩と、悲しみと・・があった。その間に家族が増えたり、失ったりした。
 50年の間に忘れてはならないことがある。共に歩んでくださり、これからの人生も共に歩んでくださる方がおられる。この幸いが「復活のいのちに与かる」ということではないだろうか。
 私の関わっている非行少年の更正問題を考える会があり、自宅を開放し、自立支援ホームとして10名前後の少年たちと一緒に生活をしている方の話を聞く機会が与えられた。その人は13年間非行少年と向き合ってきた。しかし、彼らと向き合ってきたつもりでいたが彼らの後をついて歩む自分がいるという。親や家族に捨てられたり、虐待されて非行に走ってしまい、「自分なんか生まれてこなければ良かったんだ」とつぶやく少年たちに「そんなこと言うなよ、君が生きている意味があるんだよ」とはっきり言えないもどかしさを感じるという。少年たちと共に生活し、共に生きていく自分を語られる講演者の生き様に心を打たれた。
 非行少年たちとの出会いの中で、私は何が出来るのかを心に問うたひと時であった。
 「君たちは一人で生きているのではない」と、彼らのためにも十字架にかかり、共に歩んでくださる方がおられることを少しでも証しながら歩めたらと思う。
(たさか くにひこ)


目に見えない仲間に励まされて
清水 広幸
 それは突然のことだった。私が担任をしていた高VDの1学期始業式当日のことだった。中1入学時から難病と闘いながら車椅子で登校していた生徒が、夕方突然天に召された。その時、私は入院先の東大付属病院に行こうと校内を駐車場に向かっていた。後、15分で着くというその直前に。
 名前はT君。2月半ばに原因不明の高熱で深夜に救急搬送され入院していた。三度お見舞いに伺い、「高Vになったら美術大学を受験する勉強をしたい」と言っていた。温和で努力家だった。周囲の生徒から大切にされていた彼は、休み時間は友が競うように車椅子を押してくれて、トイレも移動教室も介助する仲間の輪の中にいた。難病の血管腫という病は未だに治療法が無く、激しい痛みが全身を襲う。
 彼が天に旅立った日から翌年の卒業式まで一年間、彼の机はそのまま教室に置かれ机上に遺影と生け花が毎日飾られていた。クラス全員が本気でT君と卒業式を迎えることを暗黙の了解としていた証でもあった。
 現実にはT君はこの世に居ない。しかしそれなのに、教室にはいつもT君の笑顔と温かさがあってあの机に座って皆を見守っているかのように、ずっと仲間たちと共にいた。ある級友は言った。「あいつの分まで生きる」と。そんな友が何人も・・。
 3月6日卒業式当日、T君は学校と学年・クラスの配慮で、仲間たちが遺影を抱いて卒業式に列席。式の最後に校長からご遺族に特別卒業証書が手渡された。その瞬間何とも言えない感動的な温かい空気で支配され、続いて惜しみない大拍手がご両親を包み込み感動的な旅立ちとなった。
 T君を失った生徒達はますます結束し強くなり、各自が生きているというよりも生かされている意味を問い、他者の為に命(賜物)を用いる術を祈り求めたに違いない。
 聖書には弟子たちが、イエス様が天に召された後に復活し、その姿に接した感動の喜びと驚き、更にその後の大きな変容が記されている。一時的には深く辛い悲しみだが、それを乗り越えて伝道の業が始まったことを思い起こさずにはいられない。
 T君が生きる意味を教えてくれた感謝を、決して無駄にはしないという彼らの純粋な想い。それは教師が設定した教育目標を遥かに超えて結実したと信じている。もうすぐ3回目の4月11日を迎える。きっと多くの仲間と保護者が彼を偲んで集まるに違いない。
 神様は常に我らと共にいて下さる。復活の恵みに与かる幸いを感謝しつつ、今年度も歩みたいと願っている。
(しみず ひろゆき)

越谷教会月報みつばさ2011年4月号特集「復活のいのちに与かる」より


特 集