今月の特集題  信仰をもって受けとめる



神の御業に驚き戦(おのの)く
門馬 義博
 「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。」(マタイによる福音書24章36節)
 2011年3月11日(金)午後2時46分、私は気仙沼魚市場近くの会社で作業中、今迄体験した事の無い揺れを感じ、工場隣接の駐車場に飛び出したが、大きな地鳴り、縦に横にと長い時間揺れ、一人では立つ事が出来ず、仲間と手を取り合い只々立ち竦んだ。周囲の地面は割れて隙間からは噴出す泥水、次第に揺れが収まった。直感で津波が来ると思い、高い所に逃げなければと車に飛び乗る。道路は噴出した泥水、所々には段差が出来、浮き上がったマンホール、道端の家の何軒かは瓦が落ち、塀が崩れる有様は、地震の凄さを感じました。やっとの思いで、高台の駐車場に到着。
 地震が起きてから25分位過ぎただろうか、気仙沼湾の入り口から炎が高々と上がり、炎は凄い勢いで湾を走り、湾全体が炎に包まれた。「大津波が来た」。私は津波が来た時にはと予め何度か、山道を走って帰るようにしていた為に何時もより5時間多く掛けて大船渡に着いた。街は停電で暗闇、遠くには赤々と炎が見える中、瓦礫を乗り越え、被害に遭わなかった我が家にたどり着き、家族皆無事である事を確かめ合った。 
 「死の陰の谷を行くときも、 わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。」(詩編23編4節)
 約50年前、映画『いのちの山河』で高齢者と乳児の医療無料化を全国に先駆けて実施した沢内村(現西和賀町)の保健師のモデルに成られた姉妹が大船渡教会におられます。姉妹は陸前高田の住まいで津波に遭い、家は津波に呑まれ全壊、一緒に逃げたご主人が、大切な物を取りに戻り、帰らぬ人となりました。3月20日の日曜礼拝には誰よりも早く来て、私達を迎えて下さいました。「神さまのする事は凄い、凄い、でも神様に委ねようね」と涙、涙で語って下さいました。3月28日より大船渡教会で支援物資配布が始まりましたのも、姉妹の名の下に西和賀町より大型バス2台の支援物資が届いたのが始まりでした。
 色々な方々に支えられて四か月が経ちました。我が家の二階から見る景色は何事もなかったかのように穏やかな湾が見えますが、湾を挟んだはるか彼方の5万トン岸壁には津波に呑まれた車が何百台、養殖筏、漁具、ブイの残骸が山積み、その後方には緑豊かに囲まれた小学校と中学校の校庭に分別された瓦礫の光景があります。
 「希望はわたしたちを欺くことがありません。」(ローマの信徒への手紙5章5節)
 この御言葉によって活き活きと歩む事が出来ますように日々祈るばかりです。
                                             アーメン  
(もんま よしひろ)


いただいた恵みに生かされて
諏訪 幸子
 『信仰をもって受けとめる』、そうありたいと思いつつも、でも受け止めきれない事が度々起こり、そのたびに自分の無力さ、神様に委ねきれない自分の不信仰さに打ちのめされてしまいます。迷いの中に揺れ揺れの私ですが、神様の導きが確かに働いているとしか、思わずにいられない時もあるのです。(この原稿も、これを通してちゃんと向き合え!と言われている気がします・・・)
 学生の時、ゴスペルバンドのメンバーとして神様の愛を伝えたいと歌っていました。けれども、実は、私自身が、歌う事で神様の愛に満たされている事に気付いたあの日。このゴスペルの仲間に出会い、友の為に祈る事がこんなにも力になるんだ、という事を教えられたのも、この頃でした。
 子どもの頃から『神様は天にいる』と漠然と思っていたのが、『今ここに、共にいてくださる神様』だと実感できたのも、この頃でした。
 以前読んだ本の中に、イエス様の誕生を羊飼いには天使が、博士たちには星が導いたのは、その人が一番分かる方法で導かれたのだ、とありました。学生時代、劇的に神様に出会い、信仰を告白するに至った友を羨ましいと思った事もありましたが、私には私の為に、気づくに遅い、鈍い私に分かるような形で、神様はずっと私に語りかけてくれていた事に気付かされました。
 神様に背中を押され、み言葉に励まされ、周りの人にいつも力をもらいながら遅々とした歩みをしてきた私が、今、神様から大事な役目をたくさん頂いています。附属幼稚園でのお仕事、教会学校、奏楽、さんび夕礼拝や、キャンドルサーヴィスでのさんび。伝えたい事、思いはあるのですが、正直、「神様、本当に私でいいのでしょうか?」と思ってしまう事もあります(分かってるんです。オルガンも歌も、もっと練習が必要な事は)。
 でも、神様が私を必要としているのだから、頑張ろう、全てをご存じの神様が私を用いるというのだから、足りない所は神様が何とかしてくださるはずだ・・・と自分を奮い立たせて、後は神様にお任せして、自分の持てる力を捧げたいと思っています。
 今年も「平和を祈る―大人も子どもも―」と題して、さんび夕礼拝が8月28日に行われました。いつも、何をみなさんと賛美しようかと考え準備するのですが、今年は「君は愛されるため生まれた」という曲を紹介させていただきました。何か感じるものがあれば、幸いです。
(すわ さちこ)

越谷教会月報みつばさ2011年9月号特集「信仰をもって受けとめる」より


特 集