Theatre&Policy No.4
December 2000

俳優トレーニングのキーパーソン5

ベルトルト・ブレヒト Bertolt Brecht

笠 原  仁


20世紀は、何よりも政治の世紀である。二度の世界大戦を頂点とする激しい対立が、人々の生活を脅かし、芸術にも甚大な影響を与えた。「芝居は自然に向けて掲げられた鏡である」と、ハムレットは言う。だが、激動する20世紀の広範な現実を演劇は映すことができるであろうか、また人々の生存を脅かす苛酷な時代に演劇はどのような社会的役割を果たすべきであろうか。『三文オペラ』の作者、ブレヒト(独18981956の演劇活動は、この問いに対する彼なりの答えであった。
 アナーキーな詩人・劇作家であったブレヒトは、第一次大戦後の社会的、芸術的混乱の中で、次第にマルクス主義に傾倒し、以後、自分の文学を「変革のためのプラン」と見なすようになった。「今日の世界は演劇によって再現できるか」という問いに対して、ブレヒトは「今日の世界は、それを変化するものとして捉えさえすれば、劇場においても再現可能だ」と答えている。彼にとって世界を再現するとは、世界は変わるべきであり、変えることができるということを示すことであった。
 だが、その彼の演劇は、戯曲の構造においても上演の方法においても、従来の政治的演劇―同時代の問題をリアリスティックに描き、登場人物に感情移入させたり、舞台の出来事に同化させたりすることによって、自らの望む結論へ観客を導く―とは異質なものであった。生来の詩人であり、またマルクス主義を合理的社会学と信じていたブレヒトは、そうした直接的、政治的プロパガンダを否定した。演劇は、感情や情緒より、理性に訴えるべきだと言うのである。
 演劇は、観客を考えさせることによって、社会に対する新しい、批判的態度を生み出すべきだと考えた彼は、ガリレイが揺れているシャンデリアを見て新たな科学的法則を発見したように、観客が舞台の出来事を新たな角度から眺め、そこに変革の可能性を見出すことを期待した。そのためには、観客が舞台の出来事に同化せず、それを一定の距離をおいて眺め、冷静に判断することが必要である、そう考えたブレヒトは、観客の客観的な思考と冷静な判断を妨げる登場人物への感情移入や、舞台への同化を極力排除しようとした。
 戯曲の構造においては、劇が進行するにつれてサスペンスが高まり、やがてクライマックスをむかえる緊密なプロットは拒否され、バラバラに切り離された挿話的出来事が緩やかに展開することになった。(その上、観客が筋の展開へ情緒的に引き込まれないように、各場の内容は予めスライド等で示され、また、ソングがギリシャ悲劇のコロスのように、筋の展開を一時停止させ、劇に論評を加えるのである。)そうすれば、観客は、客観的に証拠を集め、そこに含まれる問題点を認識し、それについて知的な判断を下すことができる。これがブレヒトの言う「叙事的演劇」である。それは反ワーグナー的演劇、反イリュージョンの演劇である。
 様々な芸術を渾然と一体化した「総合芸術」を理想としたワーグナーは、彼の楽劇において多くの表現手段を駆使し、観客を感覚的に舞台上の理想的世界に同化させようとした。そのために、彼には、上演中に客席を暗くし(それ以前は上演中も客席は照明されていた)、オーケストラ・ピットを客席から見えない舞台の下に設けたのである。それに対して、ブレヒトは、観客の舞台への同化を防ぐため、照明器具を観客の見えるところに配置したり、大道具を観客の前で転換したり、楽士を俳優と同じ舞台上に置いたりした。演技については、交通事故の目撃者が人々に事故の様子を語るような演技が望まれた。例えば、車に轢かれた老人がいかにゆっくり歩いていたかを説明するために、その老人の歩く様子を模倣して見せるような演技である。「俳優は、自分がその行動を実演されている人物ではなく、これを実演している人間であることを決して忘れてはならない」のである。こういう演技を身につけさせるために、彼は、俳優たちに、自分の演じる人物の行動を三人称で語らせたり、台詞をト書とともに読ませたり、台詞の後に「〜と彼は言った」と言わせたりした。彼は演技の二重性の一面を強調したのである。
 俳優の手段は、せりふとしぐさ、言葉と身振りではなく、役の行動であるというスタニスラフスキイの見解を踏まえて、山田肇は次のように論じる[1]。「戯曲を演ずる俳優は、役に代わって、役が戯曲の中で行うことになっている行動を行う」行動者であるが、そのためには彼は想像力を働かせて役が戯曲の中で置かれている状況に身を置く必要がある。そうすることで初めて、役が戯曲の中でそれに向って働きかけることになっている対象に対して働きかけることが出来るからである。(この側面を問題にしたのが、スタニスラフスキイ・システムの最初の部分である。残念なことにそれがシステムの全部だと誤解している人が多い。)
 だが、戯曲を演ずる俳優は、常に役の生活の外に立ち、行動者としての自分の行動を監視し、制御する、役の生活の形成者でもある。俳優はそういう二重の生活を生きる存在なのである。ブレヒトが―そして『逆説・俳優について』においてディドロが―強調するのがこの後の側面である。このため、演技に関して、ブレヒトとスタニスラフスキイは全く相容れない存在のように思われている。しかし両者には、通底する部分が多い。彼らが実現しようとしたのが、劇作家の戯曲を俳優が上演するタイプの演劇であり、役者が芸を見せるタイプの演劇でも、演出家独裁の演劇でもないからである。
 理論家ブレヒトに振り回されずに考えれば、「叙事詩的演劇」は、エリザベス朝演劇などと同様、舞台で行われているのが芝居であることを隠さないタイプの演劇の一つに過ぎない。また、その演技は喜劇の伝統的演技と通底するものである。そして、その観客は、常時冷静に客観的距離を保って舞台を見つめているわけではなく、登場人物に感情移入し、舞台の出来事に情緒的に引き込まれることが多いはずである。観客は感情移入と「異化」との間を変転するダイナミズムを経験するのである。ブレヒトの戯曲は、観客を感動させる。これは芸術家ブレヒトが、理論家ブレヒトより偉大だからである。

(多摩美術大学講師)

[1] 山田肇「戯曲と演技」『山田肇演劇論集』(白鳳社刊)参照

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