文化政策セミナー報告

「文化政策」を担うもの

中山夏織


Theatre & Policy No.4
December 2000

 主催者の一人として、オフィシャルな報告書を書くのが使命なのだが、少しばかり悩みはじめてしまった。というのは、セミナーのあと、「文化政策」を教える身でありながら恥ずかしい話だが、「文化政策」が何を意味するのか、ということを今さらながら考え込んでしまったためだ。セミナー以来、私は「文化政策」と「アートマネジメント」というまったく相反する(ある意味では、敵対する)概念を教える際の切り替えが、以前に増して辛いと感じるようになった。妙な話、まったく違う人格を持たないと教えることはできないように思えるのである。
 何人かから無謀だとコメントされながらも、そもそもロンドンでの「文化政策セミナー」を企画したのは、数値や政府発行資料だけで表面的に文化政策をわかったつもりになって欲しくないと考えたからである。コンテキストを自分の目で、また高く評価される文化政策の負の側面をも見て、感じとって欲しかったからだ。
 ロッド・フィッシャーの選んだ講師たちは、まさに今回の趣旨の内容を語る適任者らであった。ロンドン地域芸術評議会の若い二人は―ポール・ニュートン(ロッタリー部長)とホリー・ドナー(戦略関連オフィサー)―セミナーで、しかも外国人のまえで話すのははじめての経験だったに違いない。が、気負うことなく、淡々と彼らは話した。宣伝・広報ではなく、現状をきちんと問題点をも含めて話した。また、アンソニー・エベリットにはさすがと唸らされた。彼は、元英国芸術評議会の事務局長である。93年英国音楽界を騒がせたロンドン・オーケストラ問題の責任をとって94年に辞任した。何度か会ったことはあったが、どこか冷たいという印象があった。ところが今回、彼のパッションに驚かされた。通訳のその言葉尻を待てずに、どんどんエキサイトしながら語っていく。勢いに驚かされたのは私だけはない。何が彼をこんなにパッショネートにするのか、と参加者は感じたにちがいない。
 文化政策を担う人たちを揶揄する表現に「芸術官僚」がある。今回のセミナーの講師はすべて、そしてロッドも、芸術官僚という枠組みに生きてきた人々である。芸術現場の人々が「芸術官僚」という表現を使う場合には、「資金の分配の権限を握るがために芸術の明日を規定する仕事であるにもかかわらず、芸術への愛情や現場への思いやりに欠く高給取り」というイメージがつきまとう。芸術界の思いに対して、「公共の福祉」という最大の武器をもって大鉈をふるうという構図があるからだ。しかしながら、これまで今回のゲスト講師のみならず、少なからぬ心熱き「芸術官僚」と出会ってきた。あるアートセンターを救う手立てを失い悔しさに涙する芸術官僚もいた。芸術に強い愛情を持つものが職務とはいえ自ら死刑執行人の役割を担うことになったら、と思うとあまりにも辛い。英国の場合、「芸術官僚」といっても、行政に直接雇用されるのではなく、アームスレングスによって当該芸術や芸術関連ビジネスの専門家が雇用される。文化なんて、まして芸術なんてという官僚が先の出世を待って、異動、数年間担当するという構造ではない。 芸術に対峙するとき、真面目でそれなりに一生懸命だけでは足りないものが確かにある。前号の編集後記でも紹介したが、アンソニーは、フランス文化省の入口にジャック・ラングが書いた一文を紹介した。『ここより先、入るべからず。パッションを持たないものは』―いうまでもなく、このパッションは野心を意味するものではない。芸術の本質を省みることなく、文化政策やアートマネジメントが、芸術を野心の道具にしてはいないだろうか。 
 もう一つの悩みも、アンソニーがセミナーで語った「変貌する文化政策の性質」に端を発する。かいつまんでいえば、ヨーロッパの文化政策は、確実にプロの質の高さへの支援から、市民の参加へシフトし、プロとアマチュアの区分が不明確になるというものだ。それ自体は何も新しいことではない。しかし、このような潮流の背景をどのように日本に伝え、考えていくのか。「エクセレンス」に不可欠な「プロ化」の確立していない日本で、つまり、エクセレンスに値する芸術創造がどれだけ存在するのか疑わしい日本という環境にあって―皮肉なことに、実はこのことは現場に働くアーティストやマネジャーらが最も実感している―ヨーロッパの文化政策の潮流がそうだからといって、「アクセス」へと、文化政策がシフトすることが何を意味するのかということである。このシフトは行政にとっては受け入れやすい。しかし、文化政策というものは、本来、その国の文化の特殊性を考慮した上に構築されなくては何ら意味を持たないものではないか?

 ヨーロッパの現代的な意味での文化政策は、英国やフランスでは公的助成の導入とともにはじまったが、それには、非営利化とプロ化が伴った。福祉国家としての北欧諸国やオランダなどでは芸術家の雇用が文化政策の根幹をなした。非営利化とプロ化があって、はじめてエクセレンスを求めえた。それが確立したあとだからこそ―もちろん芸術に十分という水準は存在しないものの―アクセスへのシフトは、政策を担うものとして選択肢になりうるということなのではなかったのだろうか。
 日本の場合、アクセスの可能性は公立文化施設の全国的な建設ブームで拡大した(多くのヨーロッパ諸国が戦後、同様の建設ブームを経験している)。エクセレンスについてもアーツプラン21などでの模索が続けられているが、その評価基準の曖昧さもあって、その方向性が見えないままでいる。NPO法の誕生は、アーティストならびにマネジャーのプロ化を可能にしたはずだが、意識変革が内にも外にも遅れているために、かえって、プロが「ボランティア」の枠に閉じ込められようとしている。アンソニーは、「残念だが、アーティストにとっては、幸せではない時代になる」と言及した。アートマネジメントの確立も、アーティストらの雇用を無視したものの上に推進されている危なさがある日本において、文化政策がこの潮流にそのまま乗ってしまったとしたら…。

 アートマネジメント以上に、文化政策は教科書にはなりえない。それぞれの国が、どのような歴史的・文化的背景を持ち、どういう理由で何を選択して何を捨てたのか、どのような「コンセンサス」があり、何を求めて変遷しているのか。愚直に学んでいくしか方法はないのだろう。
 私自身がアートマネジメントと文化政策の切り替えで引き裂かれそうになるのは、そこにある確かなズレのせいなのだと思う。一つの舞台でかみ合わない二役を演じているような感じだ。極論だが、マネジメントは金としか文化政策をみないし、文化政策にとって芸術は道具に過ぎない。そこにアンサンブルを演じているという意識がどれだけあるのだろうか。
セミナーで「理想の文化政策に出会ったことはないのだよ」とロッドは語り、様々な国での「文化政策の失敗」事例を紹介した。失敗の背景に「アンサンブル」の欠如が見え隠れする。構成する一つの要素が欠けてもアンサンブルは成立しない。改めて、アンサンブルとしての文化政策を構成する要素すべてを検証する必要があるのではないだろうか。     
                                                      (アーツコンサルタント)              
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