シアター&ポリシーの創刊



シアタープランニングネットワークの特定非営利活動法人への再編をめざすにあたり、第一に、ニュースレターの発刊を決めた。この数年来、舞台芸術を中心として、それをとりまく周囲のものと兼ね合わせて考えるためのジャーナル的なメディアを作りたいと考えてきたからである。

これまでシアタープランニングネットワークは、俳優のためのトレーニングワークショップや、アートマネジメント関連のセミナー、さまざまなコーディネーション、海外の助成機関の依頼による調査研究などを行ってきたが、その活動を続けながら、何か大切なものを消費してしまっているだけなのではないか、という不安に駆られてきた。個人の事業である限り、継続性を持ち得ないという現実ゆえかもしれない。

東京という都市においては、無数の「類似品」が存在する。玉石混合の無数の類似品に囲まれるなかで、何を提供していくべきなのか。求めるべき質とはどんなものか。競合のなかで、目的をすりかえてしまってはいないか。本当に大切なものを―規模を大きくするのではないが―パブリックなものとして発展させるためには、きちんと蓄積として残し、分かち合う方策を探さなくてはならない…。

芸術性や芸術的評価をめぐるもの、あるいは、広報のためのメディアは少なくない。しかし、社会との関係性を論じたものは、必ずしも十分ではないだろう。さまざまな海外情報が氾濫しているのにかかわらず、私たちにはそのコンテクストが見えないし、検証する術を持たない。そのときアーティストは観客は、どう感じたのだろうか。

多くの人が、アーティストの活動は社会を映すという。しかし、現代演劇に限らず、芸術全般を、文化政策や芸術組織の経営という視点から、あるいは社会全般という視点から、十分に検証してこなかったのではないだろうか。同時に、文化政策やアートマネジメントを、芸術の「現在」をもって評価する試みもいまだあまりなされていない。昨今、経済や社会から芸術文化へのアプローチは増えてきたが、芸術からのカウンターパートが存在しないのはなぜなのか。芸術という枠の中にある、学問と現場、理論と実践の乖離のせいなのだろうか。ときに芸術の本質を損なうまでの政策が、芸術からのカウンターパートなしに議論され、決定されてはいないだろうかと杞憂してしまう。

演劇と社会―とりわけ、教育・コミュニティ・福祉―は、分離し考えると、その本質的な意味が失われてしまう。インテグレートさせていくことはできないのだろうか。しかし、インテグレーションといっても次元の違うものを一緒に論じようというわけではない。コンテクストの混乱を整理し、明確なカテゴライズを土台とした議論を求められているのだ。

このニュースレターを創刊するにあたり、ムードや思い込みではなく、考え議論できる場にしたいと考えている。まずは、議論のための議論を紹介していきたいと思う。この創刊準備号では、無謀だが、「日本の演劇に欠けるもの」と題して、4名の方に執筆していただいた。はからずも、議論していく方向性が指し示されたような内容となったと思う。
「シアター&ポリシー」は、ささやかで愚かな試みかもしれないが、大きな挑戦だと心している

特定非営利活動法人シアタープランニングネットワーク設立準備会
代表 中山夏織

          戻る