英国シアターインフォメーションリーフレット1

英国の俳優教育

Drama Training in Britain


中山夏織


鋭く同時代性をえぐる戯曲があっても、天才的な才能を駆使する演出家がいても、
それを演じるひとりひとりの俳優が自身の声や身体をコントロールできなかったり
独り善がりな解釈と稚拙な技術でばらばらな演技をしていたり
世間に背を向け、時代を呼吸していなかったりすると演劇は演劇である力を失ってしまいます。

英国演劇は、まさに俳優の演劇。
シェークスピアもそれを演じる俳優次第で、大きく変わる
優れたアンサンブルを作り上げる俳優たちは、まさに俳優教育の成果。
しかし、英国で本格的な俳優教育が始まってまだ百年にも満たないのです。

ヨーロッパ大陸の新しい演劇の影響を受けて、英国の俳優教育の模索が始まりました。
スタニスラフスキーをベースにするものの、何ら明確なメソードはありません。
何が必要なのかを問いつづけ、さまざまなシステムから優れた部分を取り込み試行錯誤することで、
そして、時代とともに、取捨選択することで豊かな俳優教育のシステムを確立させてきました。
いまも試行錯誤が続く、英国の俳優教育の一端をご紹介したいと思います。


Very Brief Story of Drama Training in the UK


演劇学校の誕生

19世紀末、ビクトリア朝の英国演劇は、アクターマネジャーと呼ばれるスター座長俳優を頂点として、繁栄を誇っていました。でも、当時、一部の音楽学校で発声術は教えていましたが、俳優になるための学校はありませんでした。俳優をめざす若者は、有名な俳優率いるツアーカンパニーに加わる、あるいは、誰かトレーナーの私塾に通う、また、あるいは、地方の劇場付きのストックカンパニーに入団し、何年かをそこで過ごし、日替わりでかわる演目でものすごい数の役をこなす―それがプロの俳優になる道筋でした。ストックカンパニーでは、毎日が初日のような状態で、きちんとしたリハーサルが行われるわけでもなく、演出家も当時存在しませんでした。演技は、先輩俳優を真似ながら「自分で学ぶもの」だったのです。
20世紀が近づく頃、俳優育成の学校の必要性が叫ばれます。その背景には、卑しいと考えられていた俳優という職業に中上流クラスの子女が参入しはじめたこと、劇場のサイズが急速に大きくなり始めたことなどがありました。
1904年、俳優であり興行主でもあったハーバート・ツリーがアカデミーオブドラマティックアートADA(今日のRADA)を設立。続いて1906年、エルジー・フォガティがセントラルスクールオブスピーチアンドドラマを設立します。彼らが求めたのは、コンセルヴァトワールタイプの演劇学校を英国に確立すること―つまり、ヨーロッパ大陸やアメリカの優れた俳優育成のシステムの移入でした。
ADAは、当初彼の所有するハーマジェスティ劇場でその授業を開始、リハーサルにはロビーが使われました。
国家の支援が得られない環境で、ADAを財政的に支えたのは、ツリーを初め、バンクロフトやアレキザンダーら7人のアクターマネジャーと、ピネロら二人の劇作家によるカウンシル(理事会)でした。後には、サボイオペラで有名なW.S.ギルバートや「ピグマリオン」のバーナード・ショウも加わります。彼らは特別講義を行い、就職の斡旋にも貢献しました、ADAの強みはまさに演劇界との密接な関係にあったのです。
初期の授業内容はヴォイス、発声、ヴァース、シェークスピア、ダンス、フェンシング、アクロバット、マイムなど、1908年からは、身体をリラックスさせるために有効とされたフランスのデルサント演技術も組み入れられました。
一方、フォガティのセントラルは、フランスのコンセルヴァトワールをモデルとしつつも、その名のとおり、スピーチに重点をおいた教育を提供。肉体訓練やダンスを、俳優が話すための重要な要素として位置づけたのです。スピーチセラピーの学校としても知られています。
戦前の演劇学校は、一種の花嫁学校のような様相を示していたのも事実です。それでも、演劇学校の誕生は俳優の技術だけでなく、意識と社会的地位の向上にも貢献し、俳優らが後に俳優組合を結成する起爆剤ともなりました。
ギルドホール音楽学校が本格的に俳優に着手したのは、1935年、そして、1860年代から音楽の課程に一部演技を導入していたロンドン音楽学校は、1904年に演技を強化、そして、正式に俳優のためのコースを1938年に開設、その名をそれぞれギルドホールスクールオブドラマアンドミュージック、ロンドンアカデミーオブミュージックアンドドラマティックアート(LAMDA)に改名しています。

演技の神様―ミシェル・サンデニ

1920年代は、ヨーロッパ各地に新しい演劇とその俳優教育のシステムが輩出した時代です。ロシアのスタニスラフスキー、フランスのコポー、ドイツのピスカトールとブレヒト…。ヨーロッパの息吹を英国の俳優教育に持ちこんだのが、フランス人の演出家ミシェル・サンデニでした。
1935年、サンデニは、英国の演劇人の熱い要望に応えて、ロンドンシアタースタジオ(39年閉鎖)を開設し、英国での俳優トレーニングに着手しました。今日の俳優教育の要であるインプロバイゼーションは、ここLTSで最初に発展したものなのです。LTSで育った俳優にはピーター・ユスチノフがいます。
戦後、サンデニは、リリアン・バイリスの遺志をついで、33年設立のオールドヴィック演劇学校を復興。少数精鋭を育てるのがその方針、妥協を許さない姿勢で貫きますが、劇場の内部問題で、52年に閉鎖されてしまいます。しかし、サンデニ、ジョージ・デヴァイン(後のロイヤルコート劇場芸術監督)、グレン・ブライアン・ショウ(後のRSC演出家)らが担ったオールドヴィックの演劇教育のあり方が、英国型アンサンブル演技の一つの規範となっていきます。ユニークだったのが、俳優の集中力を高め、自意識を消し去り、表現力を豊かにするマスクを使ったトレーニングでした。コメディアデラルテを意識したトレーニングも行われました。英国俳優の欠点は、まさに言葉に頼りすぎ、首から上で演技することだったのです。
ロンドンのオールドヴィック演劇学校は短命でしたが、戦後ほぼ時を同じく誕生した、ブリストルのもう一つのオールドヴィック演劇学校は、数多くの才能を輩出する名門演劇学校として、今日に至るまで高い評価を得ています。
サンデニの門下生は、俳優としてだけでなく教育者として、多くの演劇学校の要職につき、サンデニの俳優教育の理念を継承しています。どこの学校の卒業生であれ、アンサンブルが可能なのは、俳優教育を担う指導者たちの原点が同じだからなのです。

ワールドシアターと英国俳優トレーニング

 今日の俳優教育は、海外の優れたシステムを取り入れながら、英国風に開花したものです。特に、ルドルフ・ラバン、マイケル・チェーホフ、リー・ストラスバーグ、そしてヤルゼ・グロトフスキーは、多大な影響を及ぼしました。でも、その影響は直接、目に見える形となっているわけではありません。スタニスラフスキーをベースとしているといいながらも、あえて「これしかない」というシステムを作り出さないことを、英国の俳優教育はその信条にしてきたのです。一方、あえてメソード演技をその教育方針に採用するドラマセンターや、ジョアン・リトルウッドのシアターワークショップの伝統を受け継ぎ、アンサンブルよりむしろ個人としての俳優を育てようとするイースト15演劇学校、そして、シアターインエデュケーションをその教育に位置づけるローズブラフォードカレッジ…といった多様性も、英国演劇に刺激を与え、豊かにしているのです。

大学教育のなかの俳優教育

オックスフォードやケンブリッジ大学の演劇ソサエティは、ジョン・ギルグッドをはじめ、数多くの名優や演出家を輩出しましたが、大学に演劇コースがあったわけではありません。英国で最初の演劇学部がブリストル大学に誕生したのは戦後のこと。時代とともに、大学が広く開かれたものになるにつれ、多くの大学が俳優教育をも担うようになりました。大学では演劇学校よりも理論や分析力が重視されます。知性は一つの武器。また、社会性を身につける場でもあります。むろん、卒業生全員が俳優をめざすわけでもない。義務教育のドラマ教師になったり、また、その豊かな表現力やコミュニケーション能力を生かしてアートマネジメントの場や、マスコミに就職する卒業生も少なくありません。素晴らしい観客をも育成しているのです。

プロフェッショナルの再トレーニング

 学校を出ても俳優は学びつづけます。実際、俳優90%が常に失業状態…。ロイヤルナショナルシアターのステューディオや、俳優組合のアクターズセンター、さまざまなショートコース…。夢だけでは生きていけない。俳優たちの確かな技術と強い意思が英国演劇の繁栄を支えています。
 



多くの学校に共通する主要科目

インプロバイゼーション、ヴォイス、プレイリーディング、ヴァーススピーキング、方言、歌唱、マイク術、テレビ演技、ムーブメント、モダンダンス、フェンシング、コンバット、アクロバット、メーキャップ…

学校の方針によって異なってくる科目

アレギザンダーテクニック、太極拳、世界演劇史、伝統舞踊、クラシックバレエ、タップダンス、マイム、マスク、コメディアデラルテ、シアターインエデュケーション…



NATIONAL COUNCIL FOR DRAMA TRAINING Member Schools:

Arts Educational School, Birmingham School of Speech and Drama, Bristol Old Vic Theatre School, Central School of Speech and Drama, Cygnet Training Theatre Company, Drama Centre London, Drama Studio; East 15 Acting School, Guildford School of Acting, GUILDHALL SCHOOL OF MUSIC AND DRAMA; LONDON ACADEMY OF MUSIC AND DRAMATIC ART, Manchester Metropolitan Univ., Mountview Conservatoire for the Performing Arts, Oxford School of Drama, Queen Margaret College, Rose Bruford College of Speech and Drama, Royal Academy of Dramatic Art, Royal Scottish Academy of Music and Drama, Webber Douglas Academy of Dramatic Art; Welsh College of Music and Drama
(他にも非加盟の演劇学校がたくさんあります)

UNIVERSITY DEGREE COURSES
FOR THEATRE AND DRAMA TRAINING

Univ. of Wales, Aberystwyth, Barnsley Col.; Queen’s Univ. of Belfast, Bolton Ins.; Univ. Col., Bretton Hall; Univ. of Brigton; Univ. of Bristol; Brunel Univ.; Trininty Col., Carmarthen; Univ. of Central Lancashire; Cheltehham & Gloucester Col. of Higher Education; Univ. Col. Chester; Coventry Univ.; Cumbria Col. of Art and Design; Dartington Col. of Arts; De Montfort Univ.; Univ. of Derby; Univ. of East Anglia; Edge Hill Univ. Col.; Univ. of Exeter; Univ. of Glamorgan; Univ. of Hertfordshire; Univ. of Hudderfield; Univ. of Hull; Univ. of Kent at Canterbury; King Alfred’s Univ. Col. Winchester; Lancaster Univ.; Liverpool Hope Univ. Col.; Liverpool Ins. for Performing Arts; Liverpool John Moores Univ.; Loughborugh Univ.; London Univ. (Goldsmiths Col., Kings Col., Queen Mary and Westfield Col., Royal Halloway and Bedford New Col.); Loughborough Univ.; Univ. of Manchester; MIDDLESEX UNIV.; Nene Univ. Col. of Northampton; Newman Col. of Highter Education; Univ. of Northumbria; Univ. of North London; Univ. of Northumbria; Univ. of Plymouth; Queen Margaret Col.; Univ. of Reading; Univ. Col. of Ripon & York St John; Roehampton Ins; Univ. Col. of St Martin; St Mary Univ. Col.; South Bank Univ.; Staffordshire Univ.; Univ. of Sunderland; Univ. of Sussex; Swansea Ins. Of Higher Education; Univ. Col. Warrington; Univ. of Warwick; Westhill Col. of Higher Education; Univ. of West of England; Univ. Col. Worcester

Copyright 1999 Kaori Nakayama of Theatre Planning Network

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