僕は、二人の警備員と共にエレベータに乗り込む。その二人はこの刑務所の看守で ある。彼らは一人づつ電子キーをパネルについた差込口へ入れると、開いた小窓へ暗 唱番号を打ち込んだ。二人の看守がそれぞれの操作を終えた時、ようやくエレベータ は動き始める。そのエレベータはゆっくりと地下へ向かっていった。  死刑制度が撤廃された時、その代替物のように決闘制度が現れた。これは二つのこ とを意味している。もしも、無期の刑に服したものに報復としての死を望むのであれ ば、自らの死を賭けねばならないということ。そして、自分の死を賭した者が報復と しての死を望むことを、拒否することはできないということであった。むろん、全て の無期懲役に服しているものが、決闘を受ける義務があるわけではない。それはかつ て死刑とされていた犯罪を犯した者だけが、対象とされる。決闘の義務を負うものは 裁判の判決の際に、そう言いわたされた。  僕は今まさに、その決闘場へ向かっている。  エレベータはゆっくりと降りてゆく。僕には酷く長く感じられる時間が過ぎていっ た。事実、僕たちは相当地下深いところへ降りて行っているようだ。ただ、階の表示 は地下一階までしかないため、自分がどれほど深いところへ向かっているのか知るす べはない。  決闘という制度では、必ずどちらかが死ぬことになっている。引き分けというもの は存在しない。僕が負ければ当然死ぬのは僕ということだ。僕はそれでも決闘を望む。 僕は、自分の恋人を殺した男が生き続けるのが許せなかった。  唐突にエレベータは止まった。同時に扉が開く。決闘場への通路が目の前に開けた。 それは、冥界へ続いているかのような、昏いなだらかな階段である。  僕は二人の警備員に前後を挟まれる形で降りてゆく。やがて、鉄の扉が行く手を阻 んだ。二人の警備員はまた、電子ロックと暗唱番号入力の操作を行う。ここでは、僕 の掌紋と網膜パターンのチェックも行われた。  ようやく開いた鉄の扉の向こう側は、薄暗い小部屋である。ほとんど家具もなく壁 も天井も剥きだしのコンクリートの殺風景な部屋だ。天井の隅から二つのテレビカメ ラが見下ろしている。ここで僕は全ての服を脱ぎ去り、決闘用に用意された服に着替 えた。  それは飾り気のない白衣である。医者が身につけるものとよく似ている。なんとな くその白さに、僕は屍依を連想した。着替えを終えた僕を、警備員がチェックする。 決闘場へは一切の私物を、持ち込めないことになっている。  この部屋のつきあたりにはまた鉄の扉があり、扉のそばにおかれた小さなコンソー ルを二人の警備員がそれぞれ操作すると、解錠された機械音が響く。  警備員が扉に手をかけるとそれは軋みながら開いた。そこには、さらにまっすぐ延 びる通路がある。昏いその通路の先は闇に溶け込んでおり、よく見えない。  僕らは通路を歩いてゆく。時折監視カメラが僕らを見下ろす。やがて、通路がとぎ れ、再び下へ降りてゆく階段が現れた。照明の昏いその階段は、ほとんど闇の中へ降 りているように、僕には見える。僕たちは再び地下へと下り始めた。息苦しい閉塞感 を感じながら。 「ずいぶんと、地下深いところに決闘場はあるんですね」  僕は、警備員に声をかけてみた。二人は、僕の問いかけが聞こえなかったかのよう に、無言のまま歩いてゆく。やがて階段は終わり、扉が現れた。  警備員は、無造作に扉を開く。そこは、天井の高い部屋だった。中央にテーブルが 置かれている。テーブルの脇には、黒いスーツに身を包んだ男が立っていた。 「ようこそ、決闘場へ」  黒いスーツの男が僕に声をかける。僕は無言で頷いた。黒いスーツの男は特徴の無 い顔をしており、なんとなく人造人間を連想させる。  黒いスーツの男に指示され、僕はテーブルの前に置かれた椅子に座った。向かい側 に空席の椅子がある。僕の決闘の相手が座るはずの椅子だ。  全体的に殺風景な部屋である。昏い通路をずっと歩いてきたせいか、妙に明るく感 じた。テーブルの上には四つのテレビカメラが僕たちを見下ろしている。その向こう に確か十三人のジャッジがいるはずだ。僕らの生死を決定するジャッジたちが。  椅子もテーブルもステンレスのシンプルなものだ。椅子もテーブルも床に固定され ており、動かすことはできない。テーブルの上には深紅のビロードが敷き詰められて いる。部屋全体が真っ白の塗装がなされているため、ひどく浮き上がってみえた。  僕の後ろには二人の警備員が立ったままだ。彼らの腰にはスタンロッドが提げられ ている。高圧電流を発して人を気絶させるそのスタンロッドは、もしも僕が負けて死 を拒絶した場合は僕に対して振るわれることになるのだろう。  唐突に、僕の正面にある扉が開いた。車椅子にのせられた男が、四人の警備員につ れられて部屋に入ってくる。  車椅子の男は、革のマスクを被せられおり顔は見えない。身体には拘束依をつけら れており、下半身はストラップで椅子に固定されているため、身動きは一切できない 状態だ。顔を覆った革のマスクは目も鼻も口も覆っており、ただ呼吸の為の小さな穴 が口のあたりにいくつか空いているにすぎない。その様は人間というより、人間の残 骸のようだ。  四人の警備員が壊れ物を扱うような慎重さで、車椅子の男を開放してゆく。警備員 の腰にはやはりスタンロッドが提げられている。私の後ろの警備員たちが、スタンロ ッドを抜く気配があった。  拘束から開放された男が私の前にたつ。少しつり上がった切れ長の目。全てを嘲笑 するように歪んだ薄い唇の口。肩まで延びた銀灰色の髪。私のものと同じ決闘用の服 に身を包んだその男は僕の決闘の相手であり、僕が刑事であった時に逮捕した男、そ して僕の恋人を殺した男、Kだった。  Kは黒いスーツの男の指示に従って僕の前に座る。もともと色白だった彼の肌は、 この部屋の中ではほとんど象牙のようにすら見えた。どこか挑発的に光る瞳で僕を見 つめている。  黒いスーツの男が、感情を感じさせない声で話し始めた。 「私がこれからあなた方の決闘の立会人を努めます。決闘の開始に先だって私からル ールの説明をします。ただ、あなた方は事前にその説明を受けているはずですから、 これから行うのは基本事項の確認のみです」  黒いスーツの男は革張りのアタッシュケースをテーブルの上に置く。その重量感の あり丈夫そうなアタッシュケースから取り出されたのは、ひとつのサイコロと革張り のダイスカップだった。 「決闘はあなた方それぞれが、ダイスカップにサイコロを入れ出した目の強さを競う ことによって行われます。目の強さとは、1が最強であり、1以外は強い目から順に 6、5、4、3、2、と数字の大きさによって決まります。ジャッジは上のカメラを 通じて審判が行います。その結果はあそこに表示されます」  黒いスーツの男は、僕の左手にある壁を指さした。その壁に液晶ディスプレイが埋 め込まれている。 「強い目を出したほうが勝利者となります。同じ目がでればドローとなりもう一度サ イコロを振り直すことになります。時間は無制限ですが、5時間経っても決着が着か ない場合、一旦決闘は中断され後日やりなおすことになります」  黒いスーツの男はアタッシュケースを降ろし、僕とKの顔をそれぞれ見た。 「それでは私が開始といった瞬間から決闘を開始します。開始以降、私の指示に従っ てサイコロを振って下さい。椅子から立ち上がってはいけませんが、座ったままでの 行動は基本的に制限しません。ただテーブルの上に手を置いたり、指示されていない のにサイコロもしくはダイスカップを触った場合は負けとなります。あと、喋るのは 自由です。  それと最後に注意してほしいのは、振ったサイコロは必ずテーブルの上に落として 下さい。テーブルからサイコロが落ちた場合は、落とした方の負けとなります」  黒いスーツの男はそれだけ言い終えると、少し間を置いた。 「それでは、決闘を開始します。どちらが先にサイコロを振るかはコイントスで決め ます」  黒いスーツの男は僕を見る。僕は表を選択した。Kは裏を選ぶ。コインが投げられ、 結果は裏だった。  Kは黒いスーツの男の指示に従ってダイスカップを手にする。指示に従ってサイコ ロをダイスカップにほうりこむと、からからとダイスカップを振りだした。  Kの切れ長の瞳は、どこか悽愴な光を宿し僕に向けられている。その薄く紅い唇は、 楽しげな笑みを浮かべていた。 「ひさしぶりだねぇ、刑事さん。刑務所の中でずっとあんたを待ちこがれていたよ」  唐突にKがしゃべりはじめた。少し甲高いその声は、とても楽しげだ。 「刑務所、こいつが何かあんたにわかるかい?」  K以外に誰も喋るもののいないこの部屋。ここでは妙にKの声が響く。 「いや、こいつが何かというより、どういうシステムかといったほうがいいな。人間 はな、三種類いるんだよ、刑事さん」  Kの手はあいかわらずダイスカップを振り続けている。からからと乾いた音がして いた。 「三種類とはな、まず秩序を築き維持する人間。これはまあ、あんたのようなタイプ の人間だ、刑事さん。それと秩序を破壊する人間。まあ、いってみればこれはおれみ たいな人間ということになる。もうひとつは、秩序の外に生きる人間。  もともとこの三種類の人間が世界には共存していた。遠い昔の話になるけどな。ま、 文化人類学的世界というか、神話的世界というやつだ。神話にはこの三種類の人間が どういうふうに振る舞うべきかが記述されている。そうして、神話的状況を繰り返し 演じていくことによって、三種類の人間はそれぞれの役割を全うし共存することがで きた」  Kが口を閉ざすと沈黙が降りてくる。そこにいるK以外の者は、身動きすることな く僕らを見つめていた。まるで彫像と化したように。  暫くKの振るサイコロの、ころころという音があたりを支配していた。やがて、K が再び喋り出す。 「いいかい、ある時、まあ、多分カール・ポランニーのような経済人類学者が言うと ころの転換の時期だろう。人間はバタイユが考えた普遍経済学的な財の蓄積・蕩尽、 のサイクルから離脱し、近代へと向かい始める。これは神話の時代の終わりだ。これ がどういうことか判るか?三種類の人間が共存できなくなるということだ。つまりあ んたたちのように秩序を維持する人間だけが支配する時代となる。三種類の人間が共 存できないということがどういうことか判るかい?  あんたたち秩序を維持する人間は人類史上最も画期的な発明を行う。それは強制収 容所だ。初期においてそれは刑務所や精神病院という形態をとった。秩序を破壊する ものたちは刑務所へいれられ、秩序の外に生きるものは精神病院に収容される。それ まで神話的創世の瞬間の再現として祝祭において行われていた違反の侵犯という儀礼 行為は消滅し、秩序の外は全て強制収容所へと納められた。  そしてその強制収容所をより完璧に造り上げた者たちがいる。ヒトラーそれにスタ ーリンだ。彼らほど近代というものを完全に理解していたものはいない。彼らは第一 次大戦という戦争の最終形態といえる、つまりクラウゼヴィッツがいうところの絶対 戦争以降の世界の住人だ。彼らは秩序外のものを死滅させることになんの躊躇いもな かった。  そして、おれたちの暮らす今の時代。この世界はヒトラーやスターリンの造ったシ ステムを継承し、より洗練された強制収容システムを、つまり刑務所や精神病院を活 用している。  いいかい、刑事さん。あんたたちはヒトラーやスターリンの後継者なんだよ。彼ら の志を継ぐものだ」  Kはサイコロを振った。出た目は、1である。僕は、ダイスカップとサイコロを受 け取ると、降り始めた。  1以外の目がでれば僕の負けだ。負けはすなわち死を意味する。僕はゆっくりとダ イスカップを振った。僕はサイコロを振りながら、物思いに沈む。  Kは洗脳のスペシャリストであった。彼が実際に洗脳したのは三人の人間だ。その 者たちは、ユートピア塾という学習塾を造る。その学習塾に通っていた二十人の人間 が洗脳され、テロル活動を行った。  ユートピア塾の塾生たちが標的にしたのは光ファイバーによって構築されるデジタ ル通信網であった。もっと具体的にいえば、その通信網を収容する交換機及び交換機 をコントロールするコンピュータシステムをサイバーテロルの標的にしたのだ。  そのサイバーテロルは成功し日本の基幹的な通信ネットワークは一週間の間麻痺し た。交換機をコントロールするコンピュータシステムにウィルスが仕掛けられた。そ のウィルスは交換機本体のシステムにも感染してゆく。全国で十ヶ所の電話局に塾生 たちは進入し、ウィルスを仕掛けた。それらの電話局の機能は麻痺した。ウィルスの 駆除には百人以上の技術者があたったが、破壊されたデータの復旧に一週間を要する ことになる。  銀行のオンラインシステムは停止し、株式取引も停止し、物流、在庫管理システム も端末とホストの間のネットワークが麻痺することによって停止した。つまり日本の 経済活動は一週間の間停止したのだ。  そのテロルによって受けた経済的損失は百兆円を超えた。それは直接的な被害であ り、日本の国際的信用の失墜は日本の経済力を1960年代まで引き戻したともいわ れる。  それだけの事件を引き起こした塾生たちは、皆自殺した。その塾生たちの中に僕の 恋人もいたのだ。  Kを僕が逮捕できたのは、偶然の積み重なりに過ぎない。Kは決して表だってテロ ルに関与していなかったためだ。彼の洗脳した始めの三人がなぜか彼を裏切り、K自 身がその三人を殺すことがなければ、逮捕はできなかった。  完璧なシナリオを書いたはずのKが逮捕されたのは、むしろ彼がそれを望んだため と思われる。  僕はダイスカップをテーブルに置いた。ゆっくりとそれを持ち上げる。サイコロの 示す目は1であった。壁にはめ込まれた液晶ディスプレイにドローの表示がでる。  立会人は、Kにサイコロを振るよう指示した。Kはダイスカップを振りながら、再 び話し始める。 「偶然の本質というのを知っているかい?ま、量子力学から超能力の説明をするとい う試みなんだがね。つまり、世界というのは観測されることによって始めて実在する というのだが、ある意味世界は確率的に決定されるが、そこには人の意志が関与して しまうということだ。極論すれば世界は蓋然的に決定されるのではなく、人の意志に 従う形で確率がコントロールされる。  超能力の実験の中ではサイコロの目を自由にあやつれる人間が存在することを、証 明している。つまり意志の力によって、確率を超えて望む世界の形態を選択できると いうことだ。例えば」  Kはサイコロを振った。出た目は、1である。 「こういうふうにね」  Kは邪悪な笑みを浮かべた。  僕は再びサイコロをダイスカップに入れて振り始める。Kは僕に語りかけた。 「おれの出すサイコロの目はユング心理学ふうにいえば、おそらくおれの属する世界 の人間たちの共通無意識が望んだ結果が現れると思っている。とても楽しいと思わな いか?」  僕は奇妙な確信を感じて、ダイスカップを置いてサイコロを顕わにする。出た目は、 1であった。これは、僕の中の確信を裏付けるものである。  そして、Kもまた満足げな笑みを見せた。 「刑事さん、あんたもまた、あんたの属する世界の共通無意識に従ってサイコロの目 を出しているといってもいい」  Kはダイスカップを振り始める。 「おれたちのやっていることは、二つの世界が行う互いの存続を賭けた争いの体現と いってもいいだろう」  僕は思わずKに訊いた。 「それは、秩序を維持するものと秩序を破壊するものの争いということか?」  Kはげらげら笑いながら、サイコロを振る。出た目は、1であった。  僕は再びサイコロをダイスカップに入れて振り始める。Kは喉の奥に笑いを残して 僕に話かけた。 「違うね。おれが代表しているのは神話的世界。そして刑事さん、あんたが代表して いるのは近代だよ。決まってるじゃないか」  僕はサイコロを振る。出た目は、1であった。 「これは偶然という神の声を聞こうとする試みだよ。刑事さん、あんたも判っている と思うがおれはあんたに逮捕されるように仕組んだ。おれは、この状況を望んだんだ よ」  Kはサイコロを振った。出た目は、1である。  僕はKに問いただす。 「つまり、全てはこの決闘を実現するために仕組んだというのか?あのサイバーテロ ルや塾生の自殺を含めて」  Kは頷く。 「これこそ神の降臨する瞬間だよ。おれたちの出しているサイコロの目は、通常の確 率からすると、すでにありえない状況になっている」  僕はサイコロを振る。出た目は、1であった。 「おれたちは二つの世界の存亡を担っているからこそ、この状況がある」  Kはサイコロを振った。出た目は、2だ。  Kは不思議な笑みを見せる。 「どうやら決着の着くときがきたようだな。そうだろう」  僕は、ダイスカップを振った。手が微かにふるえる。Kの言うとおりだ。僕の勝利 は確実なはずである。しかし、なぜか僕の中の不安も高まった。 「さあ、終わらせるがいい。刑事さん」  僕はKの言葉に促されるようにダイスカップを置く。その瞬間、信じられないよう なことが起こった。サイコロがカップからこぼれ、テーブルの上から転がり落ちたの だ。  僕は目の前が暗くなる。僕は顔を覆い、テーブルに俯せた。  Kのヒステリックな笑い声が響いている。  突然、僕の肩が叩かれ立会人が言った。 「さあ、あなたの勝ちです。立ち上がってください」 「そんな馬鹿な」  そう呟くと、僕は顔をあげる。テーブルの上にはサイコロがあった。出ている目は 3だ。 「そんな馬鹿な」  僕はもう一度呟く。Kは笑いながら言った。 「みろよ、この茶番。結局おれの試みは、こんな間抜けな幕引きになったわけだ」 「しかし」  僕が何か言おうとするのを、黒いスーツの男が止める。 「これは始めから決まっていたことです。あなたがどんな目をだそうと、始めからあ なたが勝つことになっていた。我々はKを生かせておくことに危険を感じている。彼 は洗脳のスペシャリストだ。我々は彼が裁判中に裁判官を洗脳する可能性すら考慮し たのだ。  彼がたとえ刑務所の中にいても、彼を誰にも会わせないなどということは現行の法 律では不可能だ。我々は可能な限り合法的なやりかたでKを殺す方法を検討した。そ の結果、君が現れたのだ」  僕はテレビカメラを指さす。 「ジャッジは無作為に抽出された民間人のはずだ。彼らにも協力させたというの か?」 「ジャッジ?彼らはコンピュータで合成された画像を見ていたよ。始めからね。ここ で行われたのはKのいう通り茶番劇に過ぎない」  Kは立ち上がり、振り向いた。 「さあ、おれを殺すんだろう。さっさと終わらせたらどうだ?」  警備員の一人がスタンロッドを抜く。それを振り上げると、叩きつけた。  彼の隣に立つ警備員に向かって。  さらに、二人の警備員がスタンロッドを抜く間もなく打ち倒される。僕の後ろで二 人の警備員がスタンロッドを抜いた。 「貴様!」  後ずさり、逃げようとする黒いスーツの男もスタンロッドの電撃を受け失神した。 Kは満足げな笑みを浮かべ、警備員から拳銃を受け取る。スミス&ウェッソンのミリ タリー&ポリスとよばれるリボルバーだ。これほどKに相応しくない名前の拳銃は無 い。  Kは薄笑いを浮かべて引き金を引く。僕の後ろで二人の警備員が倒れた。 「全く、人殺しまでして刑務所に入った結果がこれだ。ああ、この人はおれの監獄の 看守をしていた人でね。何度か話す機会があったんだが、おれの思想に賛同してくれ ておれの協力者になってくれたんだ」 「ここから逃げられると思っているのか」 「もちろん」  Kは楽しげな笑みを浮かべ、裏切りものの警備員を伴って決闘場から出ていった。  一人残った僕は、立ち上がる。  足下にはあのサイコロがあった。  出ている目を確認する。2だった。僕はそれを拾い上げる。  僕は、結局精神病院に入ることになった。彼らは、できる限り合法的にことを進め たいらしい。僕を殺すより精神病院に入れて社会的に抹殺するほうがコストもリスク も少ないという結論が出たようだ。  僕自身は正気を保っているつもりだが、僕の担当の医者が僕の症状を色々説明して いるのを聞いているうちに、だんだん自信が無くなってきている。  Kは時々僕に会いに来た。彼は自分の潜伏場所として、この病院を選んだようだ。 僕はKと色々な話をする。彼のいう三種類の人間が共存していた時代、神話の時代に ついてなどの話だ。病院の中には図書館があり、色々な本を読む。Kの話に出てきた カール・ポランニーなどの経済人類学者の本を読んでみたりした。  Kと話しているうちに、不思議と穏やかな気持ちになることがある。自分でも、う まくその時の気持ちを説明できない。彼は僕の恋人を殺し、日本を混乱に陥れた凶悪 なテロリストだけれど、あの地下での決闘以来なにか深いところで彼と繋がったよう な気がする。  僕は、あの時のサイコロをまだ持っていた。  時々僕とKは、そのサイコロであの時の続きをする。  負けた者が死ぬという暗黙の了解の元で。  しかし、決着はまだつかない。