そこは、オベロンのブリッジとほぼ同じ構成になっているが、規模が倍以上は あるギガンティスの作戦指令室である。その作戦司令室の中心にあるホログラム では、オベロンが破壊される様が映し出されていた。 その作戦司令室に、笑い声が響く。ブラックソルであった。闇色の髪の少年は、 げらげら笑いながら、自分の艦隊が壊滅するのを見届ける。 司令室のオペレータである他の少年たちを見渡すと、ブラックソルは漆黒の瞳 に浮いた涙を手で拭いながら、言った。 「おれと同じ趣味の野郎が、いるとはな」 ブラックソルは立ち上がると、笑いながら司令室の出口へ向かう。出口の手前 で立ち止まると、振り返って言った。 「おまえたち、よく覚えておけ。美とは畏怖のことだ。快楽とは破壊のことだ」 言い終えると、ブラックソルの顔から笑みが消える。 「すべてのベヒーモスクラスを、出撃させろ。龍を、派手に出迎えてやれ。奴に 相応しい破壊を用意しろ」 そしてブラックソルは、地下へ向かった。銀色に輝く冥界へ、破滅の凶天使が 降りてゆく。 「答えを聞きにきたぞ」 メイは、ブラックソルの前に再び立った。黒い巨人が銀色の大樹に磔にされて いる、その場所で。そして彼女自身の死のような、美しい死体の前で。 メイは問いただすブラックソルを、真っ直ぐ見据える。そして、頷いた。 「仕事を受けるわ。あなたと、ダイブします」 ブラックソルは、望む魂を手中に収めた冥界の王のように、満足げな笑みを見 せる。少年は無造作に手を伸ばすと、汚れを知らぬ新雪のように白い肌をした少 女の顔を、手で掴む。 「おれたちは、今から死を超える。一緒に行こうぜ、地獄の支配者のところへ。 おれは神話の詩人のように、死せる者を帰してくれと頼んだりはしない。相手が 何だろうと、おれの前に跪かせてやる」 ブラックソルは猛々しい笑みを、見せる。メイは、ブラックソルの手を払いの けると鼻で笑った。 「あきれた不良ね、あんたは。能書きはいいから、さっさと始めましょう」 ブラックソルは昏い瞳を、楽しげに輝かす。 「ああ。時間が無い。今から始める」 ブラックソルとメイは、それぞれのブースに入る。メイはブースのパネルを操 作し、ヘッドセットを身につけた。網膜投影装置のついたバイザーを降ろす。識 閾値を超えたレベルの視覚、聴覚情報がヘッドセットを通じて彼女の中へ流れ込 みだした。 メイは無意識のレベルで、膨大な情報を受け取っていく。それは、単なるビッ トのオンオフの情報にすぎない。毎秒数ギガの情報が、彼女の中へ流れ込んでい くが、メイの表層意識では、単なるノイズとしてしか感知できなかった。しかし、 彼女の深層意識には巨大な湖に雨が振り注ぐように、情報が蓄積されていく。 降り注いだ情報は彼女の中で、自己を再構築する。それは、暗黙知のレベルに おける、上位焦点化の精神作用といえた。単純に言えば、強力に作用する直感力 である。 情報群は、コンピュータのメモリ上に展開されたように、彼女の中で動作を始 めた。それはメイにとっては、いつもは建物のイメージで了解されるものである。 メイの中に注ぎこまれる情報は、建物のイメージとしてオペレーティングシス テムを表現した。そして、その建物の内部を動き回る機械として、アプリケーシ ョンシステムはイメージされる。 ただ、今回のダイブは、全く違った。そのイメージは建物とは、ほど遠いもの である。しかし、メイはそのイメージをよく理解していた。 それは、銀色の巨人である。彼女の中に、磔にされた漆黒の巨人に絡みつく銀 色の巨人が、形成されていた。そして、メイはその巨人と一体化しつつある。 メイは、その銀色の巨人と一体化しながら、自身がダイブしているのが、いわ ゆるシステムと呼ばれるものと幾分違うことに気づき初めていた。つまり、巨人 は内部にデータベースを収容した存在ではなく、単なる通り道、いわゆるインタ ーフェーサでしかないということだ。 メイは自分自身の中に、漆黒の巨人との繋がりができたのを感じる。今の彼女 は、漆黒の巨人と会話する事ができた。そうする為のプロトコルを、自身に内蔵 している。 そのプロトコルは、しかし、通常のサイバーネットワークのものとは大きく異 なっていた。いわゆる情報をトランスファーする為の規約では無く、それは、む しろ魔法的契約を思わせる。 メイは自身の血肉、あるいは精神の一部(それはイメージ上の話である)を漆 黒の巨人に『喰わせ』、見返りとしてある契約を履行してもらう。それは、漆黒 の巨人の背後に伺うことができる、巨大な闇の世界から眠れる何者かを、呼び覚 ます事のようだ。 メイは、そのプロトコルに触れただけで、酷く邪悪なものを感じた。漆黒の巨 人は、関わる者を宿命的に崩壊させ狂わせる闇の魔王のようであり、そして巨人 が一体化している巨大な暗黒世界は、宇宙の根幹部分、宇宙の創世部分からねじ 曲げていくような、不気味な力を感じさせる。 「何をためらっている」 突然、ブラックソルの声が響いた。いきなり身体の内部に、金属の刃が出現し た感覚である。メイからは、ブラックソルが見えない。ブラックソルは、彼女に とってメタレベルにいる。いわば、彼女を外から見ているのだ。 「さあ、漆黒の巨人を、目ざめさせろ」 「だめよ」 メイは、ブラックソルに向かって叫んだ。 「間違っている。このユグドラシルは、世界を狂わせる為の存在だわ。宇宙に部 分的な狂気を発生させ、その中でエントロピーを逆転させようとしている。 うまくいえないけど、これは根元的な邪悪さを秘めてるのよ」 メイは、全身が熱くなるのを感じた。これは、笑いである。ブラックソルの哄 笑であった。彼の笑みが熱となって、彼女に照射している。 「はっ!何か勘違いしているだろう、メイ・ローラン。地球帝国の連中は恐れた のだ。宇宙の創造に関わるレベルで、宇宙そのものへ傷をいれる事を。おれがや ろうとしているのは、それだ。宇宙を崩壊させる。そして、おれと、リンダで世 界を作り直すのだ。 たとえ出現するのが、邪悪な狂気にのみ込まれた世界であろうとも、それこそ、 おれたちの生きていく世界として相応しい物だ。なぜなら」 メイは、ブラックソルに、漆黒の巨人とその背後にある暗黒世界以上の、激し い邪悪さを感じた。 「おれたちがマルスで見たものこそが、それだからだ」 メイはもとよりブラックソルに逆らうことなぞ、できるはずがなかった。ブラ ックソルは、彼女のメタレベルにいる。今や、彼女以上に、彼女自身が見えてい た。 メイ=銀色の巨人が、動く。その銀色の血が、その精神、メイの魂の一部が、 漆黒の巨人へと流れ込んでいった。闇色の巨人は、それを喰らい、咀嚼し、よう やく目ざめ始める。 そして、暗黒の巨神は太古の眠りより目ざめた。終末の啓示をもたらすために 顕現した、黙示録の獣のように。メイは、宇宙が軋む音を、聞いた。 グランノアール上に、急造で設置された宇宙船係留ドックから、13隻のベヒ ーモスクラスの戦艦が発進する。ベヒーモスクラスは、計算によって導き出され た龍の落下地点へと向かう。 広大な荒野を13の漆黒の塔が、移動していく。その姿は、古代の遺跡が空中 を浮遊するようである。 やがて、落下地点に到着した13のベヒーモスクラスは、アンカーを荒れ果て た大地に打ち込み位置を固定した。その地点で、移動式の砲台として龍を迎えつ つもりである。 大地にそびえ立つ塔の背後の空を血の色に染め、太陽が沈んでいく。闇色の巨 体から、地対空ミサイルの発射口が姿を現す。 天空から飛来する龍を、ミサイルで迎撃する。熱核融合によって生じるエネル ギーが、どれほど龍に通用するかは判らない。しかし、その戦艦から発射される ミサイルのエネルギーであれば、一つの大陸をまるごと消失させる事が理論的に は可能である。 そして塔は爆炎につつまれ、100を超えるミサイルが光の矢と化して、天空 を目指す。太陽はゆっくりと大地の奥に沈み、残照で濃紺に染まった空をオレン ジ色の光の線が、貫いた。 龍は大気を裂き、地上へと降下していく。その金色に輝く体は、瞬く間に高熱 に包まれた。やがて、黄金の翼や長く延びた尾は摩擦熱により紅く光り出す。そ れは天空に出現した小さな太陽のように、輝きを増してゆく。 龍は灼熱の炎に包まれた。流星と化した龍はさらに速度を増し、大地へと向か う。その龍を出迎えたのは、無数の光点となった核ミサイルである。 一瞬、空は膨張する光と破裂するエネルギーによって、真っ白に輝いた。やが て、破壊神が降臨したように、衝撃波と暴風が天空を荒れ狂わす。 輝いた空はすぐに消え去り、黒い爆風が暴虐の神のように、空を支配する。大 地は震え、13の漆黒の塔は破滅の日に打ち立てられた神々の墓標のように荒れ 狂う大地に聳え立つ。 グランノアールは、地獄と化した。上空で炸裂したエネルギーは大地をも破壊 し、巨大な嵐のように吠え狂う。 渦巻く爆風は、終末の獣のように空を駆けめぐる。天使達と死闘を繰り広げた 悪魔たちが大地へ戻るように、灼熱の礫弾が地上へ降り注いだ。 その狂った神の怒りに触れた世界の中で、ただ13のベヒーモスたちだけは、 不動である。戦いに備える漆黒の巨獣たちは、その体をアンカーで固定したまま、 待機していた。 その漆黒の装甲から、無数のスペースキャノンの砲塔が突き出されている。そ の砲塔はただ一点に、向けられていた。 そして、荒れ狂う空より灼熱に燃え上がる龍が姿を現した。それは、世界に終 末をもたらす破滅の使者のように、地獄の炎を身に纏い、狂乱の速度で地上へ降 下していく。 最後の審判の時を告げる喇叭のように、ベヒーモスの砲台が轟音をあげる。龍 は、荒れ狂う破壊と高熱の洗礼を受けながら尚、速度を増す。 龍は雷神が地上に撃ち落とす鉄槌と化して、13の塔のまっただ中へ墜ちた。 その瞬間、大地が炸裂する。龍は通常の落下加速度に加え、自らの加速も行い、 大地へ激突した。大地は、13隻のベヒーモスを巻き添えにして崩壊する。龍の 落下地点で、地獄への入り口が開いた。 衝撃波と地獄の炎が、地上を席巻する。そして、龍は地下を目指す。さらに、 グランノアールの中心へ向かって、大地を抉り、さらに降下した。 ギガンティスにあるモニター上から、龍の姿が完全に消えた。少年の一人があ きれたように言う。 「ありゃ、自殺だぜ」 「いくら龍の表面が無限の硬度を持っていたとしても、中の奴は即死だね」 それを聞いていた、年長の少年が首を振る。 「いや、キャプテンドラゴンは、自殺するような男じゃない。だいたい、龍が表 面を次元断層の皮膜で覆われているという仮説自体が間違っているのだろう。や はり、奴は伝説にあるように、一つの閉鎖した宇宙であり、奴の中は別の次元界 と思ったほうがいい」 「馬鹿な」 「しかし、ブラックソルはそれよりも馬鹿げた存在にダイブをしかけてるんだぜ」 「しかし、」 モニターを監視していた少年が、声をあげる。 「おい、地中を振動体が移動している。もうすぐこの真下へ来る」 「まさか?」 「ああ」 少年たちは、あきれたように顔を見合わせる。 「多分、龍だ」 ギガンティスの司令室に衝撃が走り、一瞬すべての警報が鳴り響く。やがてそ れも停止し、照明も死んだ。龍は、巨大な宇宙戦艦の内部へ喰らい込んでいる。 ギガンティスは、一撃でその心臓を、貫かれた。 荒れ果てた大地に君臨する巨大な電子要塞は、壮大な鉄の棺と化している。龍 は、その内部を存分に食い荒らし終えると、身を翻して地下へと向かう。 さらなる深みへと。 メイは、狂気の炎に抱かれている気がした。漆黒の巨人はメイから見ると、狂 った情報体にしか思えない。その中では、伝達する情報の時系列や、構成される 論理系の因果律がずたずたに破壊されていた。 事象は原因を作りだし、情報は天空に雷が煌めくように、無から生成される。 漆黒の巨人の中で無限に展開していく情報は、言語のカレイドスコープを思わせ た。メイの意識は、混濁したデータの渦にのみ込まれる。しかし、その全てをブ ラックソルは明晰な意識により、メタレベルで把握しているのだろうと感じた。 銀河そのものにみえる、銀色に輝き渦巻く大樹に磔にされた漆黒の巨人の金色 に輝く瞳の下に、紅い裂け目が出現する。それは、巨人の口であった。深紅の裂 け目は大きく広がり、漆黒の牙が覗く。 黒い巨人は、剥き出した牙を、銀色の巨人の首筋へと突き立てた。銀色の巨人 は、微かに身震いしたように見える。 メイは思念で、絶叫を上げた。 (何かが、私の中へ入ってくる。理解できない混沌としたものが、私の中へと入 ってくる。混乱した思考。激しく展開する情念。全ては既に起こっている事であ りながら、可変の事象。  存在の超越的な高みは、イデア的な還元の彼方で破綻する。これは意味の生成 の限界を超越に解消する事であり、思考の外部である。神秘性は偏在しながら、 その内実を開示し、私の中へ入って来る。 私の中へ、何かが入ってくる。 私の中へ、何かが入ってくる。 私の中へ、何かが入ってくる。 私の中へ、何かが入ってくる。 私の中へ、何かが入ってくる。・・中へ、・・・・・・・・・何かが入ってく る。・・・・・・・私の中へ、・・・・・・・・・・何かが、・・・・・・・・ 入ってくる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かが入ってくる・・ ・・・・・・・・・・・私の中へ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・■・・■・・■・・・・■・・・■・・・・・・・■・・・・・■・・・・・ ■■■■・■■■■・■・■■■■・■■・■■・■■・■・■・・■・・■■ ■■■■■■・■■■■■■■■■■■■■■■・■■■■■■・■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 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ミリタリーモジュールと銀色の大樹を照らす。情報系を狂わせる人工生命体ワー ムたちは散布され、ミリタリーモジュールを包み込む。そして、ワームたちはユ グドラシルにも食い込み、汚染を広げていった。 3機のミリタリーモジュールは、コントロールを失い落下する。  漆黒の巨人は、狂気の咆吼を上げた。  銀色の大樹は、一瞬輝きを失い、やがて乱舞する光の渦に包み込まれた。 世界は、傷つき、一瞬色彩を失う。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■・■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■・■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■・■■■■■■■■■■■■■■■・■■■■■■・■■■■■■ ・■・・■・・■・・・・■・・・■・・・・・・・■・・・・・■・・・・・ ・・・・・・・・■・・・・・・・・■・・・・・・・・・・・・・■・・・・ ・・・!・・・・・・・・・・!・・・・・・・・!・・・・!・・・・・・・ ・・!・・!・!!!・!・・・!!・・・!・・・!・!・・!・・・・・・ !・!!!!・!!!!!・!!!!・!!!・!!!!!・!!!・!!!! !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! !!!!!!!!!!) メイを襲った衝撃は、物理的なまでに激しい思念であった。それは、怒りとも 哀しみともつかぬものである。メイはヘッドセットをもぎ取ると、ブースから飛 び起きた。とっくにユグドラシル及び、インターフェーサとしての銀色の巨人と のリンクは、外れている。 メイは、眩暈を感じつつも、立ち上がった。霞む視界の中に、一人の男の姿を 認める。次第に視界が、はっきりしてきた。 その男は、金髪の二枚目俳優のような優男である。大きなハンドガンを、構え ていた。その銃の照準が、自分の背後に向けられていると気付いた瞬間、メイは 腕を取られる。 ガイ・ブラックソルであった。メイの腕をとったガイは、メイの頭に銃をつき つける。ブラックソルが叫ぶ。 「動くな、この女を殺すぞ」  ビリーは、午睡から目ざめたばかりのように、気怠げな笑みを見せて言った。 「馬鹿か、おまえ。メイ・ローランがいないと、困るのはおまえだろ」 ブラックソルは、凶暴な笑みを見せる。 「もう、ユグドラシルの操作は理解した。次は、一人でダイブできるよ」 ビリーは甘える恋人に応えるような笑みを見せ、肩を竦める。 「とんでもない糞ったれだよ、てめぇは」 「おまえに言われたくないね、キャプテン・ドラゴン。こんな所でDDCを使用 しやがって、メイを殺すところだったぞ」 ビリーは、平然といった。 「やってみなきゃ、判らんだろ」 「言ってろ、馬鹿。何にしても、メイを死なせたくないのなら、言うとおりにし ろ。まず、銃を足下に落とせ」 ビリーは、言われた通りに、銃を落とす。ブラックソルは、次の指示を出した。 「よし、そいつをこっちに、蹴れ」 ビリーは嘲るような笑みを浮かべ、銃を蹴る。足下にきた銃を見て、ブラック ソルは、顔色を変えた。 「てめぇ、これは」 その瞬間、銃、いや、銃のダミーが炸裂し、激しい光と轟音がメイとブラック ソルを襲う。それと共に、魔法のようにビリーの手元に出現した銃が、火を吹い た。排出された空のメタルカートリッジがプラットホームに落ち、乾いた音を立 てる。 ブラックソルが跳ね飛ばされたように、後ろへ倒れた。 「メイ、こっちだ!」 ビリーの叫びに促され、メイはビリーの元へ駆け寄る。 「何て器用なの」 メイの感嘆した言葉に、ビリーは夢見るように微笑む。 「特技なんだ」 その時、哄笑が響いた。ブラックソルが、笑いながら半身を起こす。 「へたくそ、何で頭をぶちぬかねぇ」 「無理するな、コンバットスーツは貫通しなかったが、15ミリ口径のリボルビ ングサブマシンガンの弾を受けたんだ。肋骨は折れてるよ」 ブラックソルは青ざめた顔で、ふらりと立ち上がる。腰から宇宙刀を抜いた。 肉眼では光の筋としかみえないワイアーソウが、出現する。 「次は、頭を打ち抜け。でなきゃ、死ぬのはてめぇだ、キャプテン・ドラゴン」 ビリーは答えるように、銃身をあげる。撃とうとしたその瞬間に、ブラックソ ルの体が、閃光につつまれた。 「ちっ」 まともに光を見てしまったビリーは、視界を失う。油断である。ブラックソル は、自分の体に閃光弾を密着させて、炸裂させたようだ。 視界が戻った時には、ブラックソルが目の前に来ていた。ホイスカーコーティ ングのワイアーソウが、走る。ビリーはかわしそこねた。宇宙刀のワイアーソウ が、リボルビングサブマシンガンの銃身を切断する。ビリーは手元に残った銃把 を捨てた。 ビリーはブラックソルの二撃目を、自身も宇宙刀を抜いて受ける。ワイアーソ ウ同士がぶつかりあい、星屑のように微細な火花が散った。ブラックソルは、下 がって間合いを取る。 ビリーは、愛を交わした恋人に見せるように、微笑みながら、宇宙刀を構えた。 「残念だね、ブラックソル。唯一のチャンスを逃したようだ」 「やめとけ、キャプテン・ドラゴン。剣では、おれに勝てないぜ」 二人は剣を構えたまま、凍りついた。互いに、切り込む事ができない。こうし た場面では、先に動いたほうが不利と判っている為だ。 その二人を背後で、見つめていたメイが、微かに悲鳴を上げる。プラットホー ムに置かれていた棺が動き、中の死体が起きあがった為だ。 メイに酷似した、美貌の少女が姿を現す。彼女は、妖精のような裸身を惜しげ も無く晒しながら、夢見るように立ち上がって言った。 「ああ、見たことがある場所だわ、夢見ているの、私は?いいえ、目覚めてる。 かつて無いくらいに、明晰に目覚めているのよ」  死から甦った少女は、歌うように語る。世界はその美しい少女を受入れ、歪み 始めた。 ガイ・ブラックソルは剣の構えをとき、振り向く。それでも、ビリーは斬りつ ける事はできなかった。動けなかったのだ。 リンダ・ローランは目覚めた。それは、全てをのみ込んでの目覚めである。ビ リーは、自分の思考がリンダの思念に取り込まれていくのを、感じた。 「全ては私の中にある。私が産み出したのは何?存在にもう、意味は無いわ。だ って、やっぱり全ては夢、私の夢なのよ」 ブラックソルは、リンダに向かって歩み出す。全てが急速に、崩壊しつつあっ た。死んで甦ったリンダは、生きる時空特異点となったのだ。彼女の思念が、物 理的法則に縛られた宇宙を崩壊させ、夢幻空間を出現させつつある。 「私は宇宙を作ったの。そして、生命も、男も、女も、私が作った。そう、愛も わたしが作ったのよ。私は愛してる。すべてを愛してる。愛してる。愛してる。 愛してるのよ!」 剣を捨てたブラックソルは、リンダを抱きしめる。まるで、縋り付くように、 抱きしめた。 「始まるんだ。おれたちの世界が」 「愛よ、愛よ、愛よ。世界を私が覆う。超越もなく、存在の彼岸もない世界。永 劫の輝きに満ちた、限りなき連続性の世界。生命は水の中に水が存在するように、 生き続けるわ。特権的な特異点としての死はなく、ただ存在では無い生のみがあ る世界。愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる、私は全てを愛で包むの!」 ビリーは、突然体が動くようになったのを、感じた。プラットホームは既に素 粒子へ還元されていっている。霞のようになりつつあるその空間を、ビリーは意 志の力によって、歩いていった。 宇宙は、素粒子の嵐へ戻ろうとしている。おそらくは、愛の力によって。 ビリーは、全裸のリンダを抱きしめるブラックソルの前に立った。その背中は、 哀しいまでに、無防備である。 ビリーは、剣を振り上げた。 「やめて!」 メイが絶叫した瞬間には、胴を両断された二つの死体が、転がっていた。歪ん でいた世界が、元通りの正常さを取り戻す。ビリーは、剣を収めメイに向き直る。 「なぜ、止めた」 メイは、膝をついて泣いている。なぜかは判らないが、涙が止まらない。 「判らない」 「やつは、殺してくれといっていた。聞こえなかったか?」 「いいえ」 ビリーは少し、不機嫌な顔をしていた。 「まあいい、おれは、リン・ローランに雇われてあんたを助けにきた」 ビリーは、メイを立たせる。メイは、首を振った。 「まだ、終わっていない。あなただけでも、逃げたほうがいいわ」 ビリーは問いかけるように、眉をあげる。メイは、頭上を指さした。 「あの巨人は、私を求めている。私をここから、出したくないようね。判るの私 には」 漆黒の巨人は、黄金の瞳で見下ろしている。その瞳には紛れもない、意志が込 められていた。開かれた口は、何かを求めるように、蠢いている。 ビリーは、メイを後ろにやると、一歩踏み出す。 「あんたじゃ無いよ、メイ・ローラン。こいつは、おれに用がある」 「なぜ?」 「さあな、DDCを使って傷つけたから、怒っているんだろうさ」 ビリーは、巨人に向かって歩き始める。午後の公園を、散歩するような無造作 な歩みだ。 漆黒の巨人は、咆吼しながら口を広げた。その口内には、無数の触手が秘めら れている。深紅の蛇が無数に絡み合ったような触手が、巨人の口から吐き出され た。 紅い触手はそれ自体が独立した生き物のように、巨人の口からビリーに向かっ て蠢きながら延びてゆく。ビリーは、音楽に耳を傾ける詩人のように涼しげな表 情で、立ちつくしていた。 無数の蛇のようなその触手は、ビリーの体へとまとわりつく。細長い器官は、 愛おしむようにビリーに接触し、その体を覆っていった。 瞬く間に、ビリーの体は紅い放流に飲み込まれる。メイは、ただ立ちすくみ、 紅い蠢く管の固まりとなったビリーを見つめていた。 突然、巨人が咆吼する。メイは、その咆吼にさっきまでの叫びと違うものを、 感じた。それはどちらかといえば、恐怖。どこか悲鳴を感じさせる叫びだった。 メイは、気配を感じ、後ろを振り向く。そこには、黄金の龍がいた。メイは、 言いようのない感情にとらわれ、呻き声をあげる。 その黄金に輝く龍は、古代の人間の悪夢から生まれ出たように、破壊と凶悪さ を一身に纏っていた。龍の双頭は神々しいまでに気高く掲げられ、輝く翼は世界 を死で覆うように広げられている。 龍は、深紅に輝く瞳で巨人を見つめていた。再び、巨人が咆吼する。今度は、 明らかにそうと判る程、恐怖が混じっていた。 触手が勢いよく、巨人の口の中へと戻ってゆく。ビリーの姿が、再び現れた。 ビリーは触手に飲み込まれる前のまま、美術館で名画を鑑賞するようなポーズで 佇んでいる。 漆黒の巨人は、口を閉じた。その瞳にはもう邪悪さを、感じない。メイは、巨 人が再び眠りについた事を知った。 ビリーは、嘲るような笑みを見せ振り向く。メイは、呆れ声で言った。 「あんた、何者なの?」 「キャプテン・ドラゴンと人は言う」 そう言い終えると、ビリーは軽々とメイを抱え上げる。龍が首を下げ、ビリー はメイを抱いたまま、その口の中へ飛び込んだ。 惑星ネメシスの地上都市、エクウス。その郊外の多目的野外スタジアムで、中 断されたメイ・ローランのコンサートが再び行われていた。 フィードバックノイズの轟音。エフェクターのディストーションやディレイで 歪まされた、のたうち回るような楽器の音。電飾のフルオーケストラが、狂気の スピードで駆けめぐる。 そしてその電子の轟音をバックに、メイ・ローランは無垢な天使の声で、囁く ように歌った。地上を電子の色彩と音響で無限に変化させていきながら、少女は 優しく、荘厳に、無慈悲に、愛を込めて、歌い続ける。 ステージの背後のコントロールルームで、モニターを通してメイを見つめてい たリンは、気配を感じて振り向く。薄暗いコントロールルームでモニターの明か りに浮かび上がったその影は、ビリーだった。 ふっ、とリンは微笑む。 「もう、姿を現さないかと思っていた」 相変わらず、夢から目覚めたばかりのように物憂げな顔で、ビリーは肩を竦め る。 「さよならを、言いに来たんだ」 「そう」 メイは、どこか投げやりに、メイのステージを映すモニターを見ながら、言っ た。 「結局、ガイ・ブラックソルは、自分の恋人と一緒に死にたかっただけなのかも しれないわね」 ビリーは、気怠そうに頷く。 「おれには判るよ。死ぬ場所を見つける為に、やつは戦ったのさ。おれもやつと 一緒で、死ぬべき時に、死にぞこなったからな」 「判らないわ」 リンは、真っ直ぐビリーを見つめる。その透明な瞳は汚れなく、ただ一途な思 いだけがあった。 「私には、判らない」 ビリーは、物憂げに、微笑む。 「あんたにゃ、判らんよ」 リンは、少し笑った。 「又、何かあったら、呼び出してあげる。隠居生活も退屈でしょ」 ビリーは、恋人に愛を囁くように言った。 「今度呼び出したら、殺すぞ。いいな」 リンはけらけら、笑った。 「いいわ、もう虐めるのは、やめとく。可哀想だもんね」 ビリーは、振り向くと片手を上げ、闇の中へと消えていった。リンはモニター へ向き直る。 ステージでは、メイが歌い続けていた。 完