インタビュー  え、誰?知らないよ、そんな名前。  なんだって?ああ、ミオね、知ってるよ。同じ授業を選択していたからね。友達 というほど親しくはないけど、話はしたことあるよ。  なんていうか、普通の娘っていう感じだったな。個性が無いというといいすぎな のかもしれないけど。存在感は無かったよね。  死んじゃった、て聞いたけど。なんていうか、消えちゃった、という気がするね。  ミオ?知ってるよ。あの娘、一時住むところ無くしちゃってさ。うん、私の家に 住んでた。なんか見ためは普通なんだけどねぇ。何考えているのか判らないところ があったかな。  ていうより、何も考えていないのかな。とにかく自分を大事にするということを 知らない娘だった。その分自由なんだろうけどね。自分の未来に縛られないって意 味でさ。  死んだのも無理ないと思うな。だって自分のことに無頓着すぎたもの。  え?ううん、誰も嫌ってはいなかったと思うよ。人懐っこい娘だったし。なんか さ、いつのまにか人の心の隙間に入り込んで不思議とちゃんと存在を主張してるみ たいな。  結局、私に男ができてさ、追い出しちゃったんだけど。その後も色々転々と住む ところ変えてたみたい。  ところであなた何なの。刑事、じゃないよね。え、占い師なの。ああ、ミオの友 達だったのね。  ああ、一緒に住んでた。ミオはとにかく自分のことを話したりはしなかったな。 なんていうかさ。抱いたことはあるけど、体は繋がっても心は繋がらないっていう かねえ。  女の子てさ、関係ができるとこっちに入り込んでくるところがあるじゃん。で、 相手に自分の見えない何かがあるのを嫌うような。ミオにはそんな感じが、ぜんぜ んなかったなあ。  それが寂しいって感じはなかったけどねぇ。まあしいていうなら、同性といる感 じに近かったけどね。うーん、メンタルな面でミオの中に男性を感じたというより は、むしろその逆。女性が感じられなかったなあ。  まあ、そへんが楽といえば楽なんだけど。ただ、感情の、こうなんていうか交流 が無いまま一緒に住んでるとさ、最初はいいけど煮詰まってくるじゃん。  なんか、こっちから避ける感じになってさ。ま、勘はいい娘みたいだったからそ れを察して、自然に身を引いていったんだけど。  死ぬ前にどうしてたかは、よく知らないな。授業にも出ていなかったし。何しろ 住所不定だし、携帯も持ってなかったから連絡とりようも無いしね。  ああ、カインとかいうやつとつきあってたって聞いたけど。  知ってるよ、カインだろ。奇妙なやつだよ。ああ、おれと同じ文芸部でね。  同じといってもおれが書いているのは、ロールプレイングゲームふうのファンタ ジィ小説なんだけどさ、あいつはちゃんとした評論を書いてたよ。ドゥルーズ、ガ タリとかデリダをちゃんと読みこなした上での評論でねえ。バタイユとかも読んで たみたいだけど、ま、おれとかとはレベルが違うというか。  書いてることは奇妙でね、ようするに小説がなぜ書けないかということばかりを 論じていたな。つまり小説を書けるというのは、ある種の奇跡のようなものであっ て、書く、という行為を実現するにはどうしても超えることのできない断絶を跳び 超える必要があるということを書いてた。  そう、訳が判らないんだけどね、あいつはサルトルの引用をしてこういう話をし ていた。舞台の上で完全なる瞬間が演じられる。役者は、完全なる瞬間を演じてい るにすぎず、観客は完全なる瞬間を見ているにすぎない。完全なる瞬間はどこにも ない。けれど演劇は成立している。  しかし、小説はちがう。書き手も、読み手も、その行為の中で完全なる瞬間を経 験することは無い。にも関わらず、小説には完全なる瞬間が降臨しなくてはならな い。不可能が可能になってこそ、小説が成立する。それが、やつの主張だった。  いってること、判らないだろう。  おれが思うにさ、演劇は完全なる瞬間をある手順を踏んで、つまり練習するとか 舞台装置を作成するとかそういう技術的なことを経て、演出することを可能にする だろ。つまり演劇は疑似的な生なんだよな。疑似的であってもそれは生だ。  けど、書く、あるいは読むということは、疑似的な形であっても生とは呼べない。 それはなんというか、本当は行為とさえ呼べないよな。特に明文化できる技法も技 術も無い。演劇と比べるとね。けど、書かれたものは存在し、完全なる瞬間の存在 を暗示する。  明確な手順や、手法、技法を提示できないにも関わらず、突如として小説は出現 する。やつはそういいたかったようだ。演劇と対比することによって。  おれはやつに聞いたよ。なぜおれは完全なる瞬間の降臨を感じることなしに、小 説を書けるのかって。やつがいうには、物語と小説は違うらしい。  ミオという女の子とつきあっていたのは、知ってる。やつは言ってたよ。おれの 書くべき小説が見つかったって。  あいつはさ、危ないやつだったよ。チーマとかとつきあってたしね。その女の子 が死んだ原因がカインにあったとしても、おれは驚かないぜ。  なんだよ。ミオだって。ふん。話してやってもいいけどよ、おれの言うことを信 じられねぇと思うよ。もっとも、おれ自身あまり信じちゃいねぇけどさ。  何しろラリってたからなあ。多分ヘロインとかそういうのだったと思うよ。カイ ンに渡された薬は。だからおれは多分、麻薬による幻覚を見たのさ。そのラリった 野郎のよた話でもいいってんなら、話すぜ。  あっそう。  じゃ、眉に唾つけて聞くこった。  カインの山荘に呼ばれたのは、夏の終わりだったな。やつは金もちだからね。よ くとんでもない遊びを一緒にしたもんだけどさ。  で、きっとその時もろくでも無い遊びを企んでると思って行ったのさ。そしたら、 期待を裏切らずっていうかねぇ。やつはさ、その山荘で飼っていたんだよ。そのミ オって娘を。  いや、囲ってたとかじゃなくて、動物として飼っていたんだ。服は何も着せてい なかった。言葉がしゃべれないように、革のストラップでゴルフボールくらいの玉 を口にくわえさせられてた。  首輪をつけられてさ、立って歩けないようにされていたよ。いや、SMというの とは違うねえ。あれってロールプレイングだし、ある意味、お芝居じゃん。あの時 やってたのは、もっと徹底的に人格を否定するような。  つまりさ、SMはマゾヒストの人格を前提にして成立する芝居であって、マゾヒ ストが人格を破壊されていれば、成立しないんだよね。あの時はそういう状態だっ た。  おれたち、つまり山荘に呼ばれたのは全部で4人だったけどね。  おれたちはすぐに薬をきめてさ。あとは陳腐な行為に没頭したんだよ。そう、レ イプともいうかねぇ。  でも、人間相手にしているって感じが無かったよ。いや、動物というか、もの。 カインもおれたちも、ミオという存在をものへ戻そうとしていた気がする。カイン にいわせりゃバタイユのいうところの連続性というやつなんだろうけどね、おれに ゃ難しい話判んねぇって。  うーん、ミオが苦痛を感じてたは、判らないなあ。普通の娘じゃなかったしねぇ。 おれが思うにあれは儀式だったなあ。イニシエーションていうやつ。いや、おれっ てチーマだけど、一応文化人類学専攻してるからさ。  けど、イニシエーションはミオが結社に加入して終わるはずだけどさ、最後はミ オの死で終わるんだ。カインが殺したよ。ナイフで心臓をえぐり出した。その血を おれたちが飲んだんだけどね。  だからさ、麻薬の幻覚だっていってるじゃん。ミオの死体が海で見つかったのは 知ってるし、溺死だとも聞いてるよ。  カインがなんでそんなことしたって?わかりゃしねぇよ。おれ馬鹿だもん。  ええ、私がカインです。  ええ、その通りです。  私がミオを殺しました。  いえ、ヘロインじゃ無いですよ。ただのLSDです。いや、入手経路はちょっと。 心臓をえぐったですか。ええ、多少過剰な演出だったかもしれませんけどね。豚の 心臓を使いましたよ。  小説は不完全で終わりました。ええ、その通りです。私はミオという本に、小説 を書こうとしました。でも、ミオが生きていなければ、書けたとはいえません。  そう、彼女は白紙でした。からっぽでしたよ。だから私がつめ込もうとしたので す。完全なる瞬間を。  彼女は完全なる瞬間を刻印されたひとつの小説として、私の作品として生きつづ けてゆくばずでした。  ええ、許されることでは無いでしょうね。しかし、彼女はいずれにせよ、不完全 でした。あまりに深い空虚さをその精神へ抱え込んでしまった為、生きる根拠を喪 失していたのです。  彼女と出会った時、彼女は死のうとしていました。そこで彼女と契約したのです。 生きる目的を私があたえる。その替り、一日だけ私の自由にされる。そういう契約 でした。  私は小説を書けない苦悩にさらされていました。彼女は、私が天から与えられた 恩寵のように思えたのです。  小説は、つまり書くことは生きることと断絶している。生の中にある崇高な瞬間 を込めることができない。少なくとも私にとっては。  私は私の山荘で疑似的な儀式を演出しました。つまり、疑似的に実存としての神 話へ彼女を放り込んだのです。彼女は破壊され、神話的な再生によって再び創造さ れたのですよ。  ええ、彼女はむろん書かれた文字としての小説ではありません。けど、そんなこ とはどうでもいい。彼女に完全なる瞬間の刻印がなされれば、彼女は私の小説なの です。  でも、彼女はそれに耐えられなかった。  そして、死んだ。  私は誤ったのです。  で、あなたはミオの友達でしたか。ああ、占い師の方でしたね。  ああ、あなたの所へミオが降霊して文章を書いていった。そういうことですか。 自動筆記というやつですね。なるほど、霊感の強い人にはあると聞いていますが。  私にあてた文章だったのですね。  ええ、もちろんです。  ぜひ、聞かせてください。  あなたは多分、あなたの過ちにより私が死んだと思っているのでしょうね。  そうではありません。  あなたはむしろ、完璧すぎたといってもいいでしょう。  私は生きはじめたのです。  あの瞬間から。  あなたの作品となったあの時から。  なぜなら、私は愛を知ったから。  あなたへの愛を。  真実の愛を。  そして、それが、決してあなたへの心へ届かぬ愛と判ったから、死んだのです。  だから、一言だけ、あなたに伝えたくて戻りました。  愛しています。  永遠に。