初詣の人影もまばらになった正月も5日の夜。もう参拝客目当ての露店さえない境内へ続く道を、二人連なって歩く。 新一は例によって突然やってきた服部平次に近くの神社に連れ出されていた。 「初詣なんて、もう大阪で行ったんだろ」 渋々といった感じで平次のあとをついて歩きながら、新一は石畳に転がる小石をつま先で軽く蹴る。 「ええやん。何遍行っても。ちょっとくらいつきおーて」 「もう振る舞い酒も終わってるぞ」 「・・・ははは・・・。知っとるて・・・」 意地悪く新一が言うと、平次は困ったように笑った。もう見慣れてしまったその表情は新一のお気入りのひとつだ。 正月は親戚や府警の人間の相手でとても出してもらえそうにないと言っていたのに、おそらく新一に会いたいが為に無理に抜け出してきたのだろう。 それに気付かない新一ではなかったが、手放しでうれしいと喜べるほどまだ素直にはなれないでいた。
いくつかの小さな階段を昇り終えるとようやく社が見えてくる。そう遅い時間ではなかったが、小さな神社の為か人影は二人の他には全くなかった。 「・・・なんや、おみくじも終わっとんのかいな・・・」 こんな時間にやってたら採算取れねーだろ、と新一がつっこむ暇もなく、平次は「しゃーないなー」と呟きながらスタスタと賽銭箱へと向かう。 平次が参り終わるまで待っているつもりで新一が階段付近で立っていると、気付いた平次が振り返って手招きをする。 「工藤ー!!何やっとんのや、ガラ空きやぞー!!」 大声で呼ばれて新一は思わずあたりを見回す。 「〜〜〜ッ、あンの、馬鹿ッ!!」 幾らまわりに人が居ないからといって、平次には羞恥心というものが備わっていないのだろうか。 これ以上大声で騒がれたら恥ずかしい上に近所迷惑にもなりかねない。 新一は諦めて平次の隣へ並んだ――――。 「先に言っとくけど・・・その鈴鳴らしやがったら、二度と口聞かねーぞ・・・」 やぶにらみしながら新一が言うと、平次は一瞬「うっ」と詰まった。その様子からして、喜んでガラガラと鳴らす気だったのだろう。釘を刺しておいてよかった、と新一は心底思った。 ここまで来たら賽銭のひとつも投げないと神社に失礼だろうと新一は仕方なしに小銭を用意する。 「ほな、一緒に♪」 ほいっ、と平次が掛け声をかけるのに合わせて新一も賽銭を放る。 チャリン、と小気味よい音がして賽銭が吸い込まれると、二人揃って静かに両手を合わせた。 ほんの僅かの静寂のあと、新一が目を開けると隣の平次が横顔に視線を注いでいるのに気付く。 「・・・ジロジロ見てんじゃねーよ。バーロ」 「えらい熱心やなー、思て」 平次は少しも悪びれずに、意外そうに言う。 そういえば、何を願おうか迷っていたから普段より長くかかっていたかもしれない。神頼みなんて信じていないのに、つい真剣になってしまった自分が恥ずかしくて、新一は平次を置いて先に歩き出す。 「なぁ工藤、何て頼んだんや?」 早足で歩く新一の後ろから平次が声を掛ける。 「早速ソレか・・・。人に言うと叶わねーって言うだろ」 「ほんなら、当てたら『当たり』てゆうてくれる?」 「・・・・・・」 「『ホームズみたいな名探偵になれますように』・・・・・・どや、当たりやろ?!」 新一が返事をする前に、平次は新一の前に回り込むとニッと笑って言った。 驚いて新一が目をぱちくりさせていると、平次は得意満面でウインクして見せた。 「おっ♪その顔は・・・、『当たり』やな?」 「・・・・・・・・・どーしてわかった・・・?」 「そらもう、伊達に工藤のことばっかり考えとるわけやないで♪」 「何言ってんだ、バーロ」 臆面もなくそんなことを言う平次に新一は冷たく返して横をすり抜ける。 しかし新一が冷たいのはいつものことなので、平次は全く動じた様子もなく再び隣に並ぶ。 「・・・工藤はオレの願い事気にならへん・・・?」 新一の横顔をのぞき込むようにして平次が話しかけるのに、新一は目を合わせることなく黙々と前を向いて歩く。 もしかしてさっき『願い事』を当てたことで機嫌を損ねただろうかと平次が青くなり始めた頃、ようやく新一は口を開いた。 「・・・・・・叶える気がねーなら聞いてやる。勝手に言え」 「それなら大丈夫や!オレ神頼み信じてへんで!」 「・・・それって矛盾してねーか・・・」 人の願い事なんかに興味はなかったが、聞いて欲しくて仕方ないといった平次の様子に新一は折れてやることにした。 それに新一は先程の一件で機嫌を損ねているという訳でもなかった。四六時中「ホームズ、ホームズ」と騒ぎ立てる新一が何を願うかなんて、平次でなくてもわかりそうなものだし、何より――――本当は『ハズレ』だったのだから。 『ホームズみたいな名探偵になれますように』 毎年決まってするその願い事は、元旦に蘭達と行った初詣で既に済ませてきていた。 神頼みで願い事が叶うなんて現実主義者の新一は信じていなかったが、そういったものは行事の一環として受け取っているのでいつの間にか習慣になってしまっていた。 だから『当たり』といえば『当たり』と言えなくもない。 もし正直に『ハズレ』と言ってしまえば平次のことだ、新一が『当たり』と言うまで諦めないだろうことが予想される。 それは新一にとってあまりうれしいことではなかった。 だから『当たり』のままにしておいたのだ。 喜々として話す平次はそのことに気付きそうにもない。 「まー気にすんなや。あんな、 ・・・『工藤がオレを好きになりますよーに』って頼んだんや♪」 「・・・・・・そりゃ、賽銭の払い損だったな」 「く・・・工藤〜・・・」 呆れ返った口調と憮然とした顔でさらっと言われて、さすがにダメージを受けたのか、平次はすっかりしょげ返って肩を落とし、少しも歩調をゆるめない新一の背中を叱られた犬のような目で見送った。
――――これくらいわかんなくて、どーするよ?西の名探偵? ――――賽銭を払う必要がない、ってオレは言ったんだぜ? 口に出さなかった『願い事』 『今年は・・・・・・』 『今年は、服部が怪我をしませんように・・・』 ――――オレだって結構お前のコト考えてんだぜ? 賽銭なんて払わなくたって ――――もうオレはお前のこと・・・・・・
「・・・早く来ねーと置いてくぞ・・・!」 革命の日は、近い。 おわり |