(明日は雨が降るかもしれねーな・・・) 新一は自宅の洋館の西側にある出窓を開くと、大きく伸びをして深呼吸する。空には大きな丸い月が出ているが、低い雲が覆い隠すように月のまわりにかかってその輪郭をぼかしていた。少しだけ幻想的に見えるその月をぼんやりと眺めながら、新一は先程まで読んでいた小説の世界からゆっくりと現実に戻ってくる。工藤優作の来月発売予定の新作を世間より一足お先に読めるのは、息子故の特権だろう。 「うわっ・・・」 突然、冷たく湿った風が強く吹き込み、新一は首をすくめて窓を閉める。部屋の中だからと薄手のシャツ一枚でいたせいか、思いの外体が冷えているようだ。 (やっぱ雨だな・・・) 窓の外をのぞき込むようにしてガラスに手を触れると、やはりそれは冷たく、新一は再び体を震わせた。 もう10月になって何日か過ぎた。ここのところ急に涼しくなってきたから体に気をつけろとお節介な誰かが言ってたっけ。 (ガキじゃねーっての) そんなふうに思いながらも、「彼」が本心から自分を気遣ってくれていることを知っているから悪い気はしなくて、自然と口元に笑みが浮かぶ。新一は鍵をきちんとかけると、久しぶりに帰国した両親の居る階下へと足を運んだ。
「二人で行ってくりゃいいだろ?!ガキじゃねーんだからさー、いちいちつき合ってらんねーよ」 「たまに帰ってきたときくらい、家族揃って行きましょうよ〜、ね?」 先程から何度この押し問答をしたかわからない。新一だって今日でなければ一緒に行っていたが、それを言ってしまうと当然今日行けない理由を聞かれることになるので、なんとかして適当にかわそうとしていた。 ちら、と、時計に目をやる。針は7時半を少し回ったところだ。―――まだ、大丈夫。今追い出してしまえば、何も問題は起こらない。 「腹、減ってねぇんだよ――。オレはいいからさ。先、行って来てくれよ。な?」 意地の張り合いではいずれ有希子に押し切られてしまうかもしれない―――そう予感した新一は、作戦を変更して気遣うような声と表情を作る。――が、しかし。 「かわいこぶりっこしてもダメよ〜!演技なら、私の方が先輩なんですからね!」 元人気女優にあっさりと猫の皮をはがされてしまう。演技力には少々自信のあった新一だが、元々有希子譲りの才能である。通用しないものならここは早々に作戦を変更しなければ、と、内心舌打ちをしながら考えを巡らせる。 と、そこへ、今まで傍観を決め込んでソファーでくつろぎながらスポーツ新聞――世界に名だたる文豪は意外にゴシップ好きらしい――を広げていた優作が割って入ってきた。 「ところで新一、新作は――もう、読んでくれたんだろう?」 「え?あ、あぁ、読んだけど・・・」 新一が有希子の肩越しに顔を向けると、優作は眼鏡越しに軽く目配せをしてくる。――どうやら今回は見逃してやる、ということらしい。話をそらそうとしているようだ。 思わぬ救援に新一は心の中で感謝する。こういった場面ではほとんどの場合新一が折れなければならないのだ。優作がこちらにつけば有希子もどうにかあきらめるだろう。 「そーだな、まーまーってトコかな。でも最近ちょっとナイトバロンに頼りすぎじゃねーの?この前のもナイトバロンシリーズだっただろ?定番もいいけど読者に飽きられちまうぜ?まー、屋上から消えるシーンのトリックは結構よかったけどな、ってオレはもちろんわかってたけど♪・・・あとラストのとこ!ちょっと“引き”すぎじゃねー?犯人はもうわかってんだから・・・さ、・・・スパッ・・・と・・・・・・」 新一は上機嫌で感想――というよりなんくせ――を述べていた。話題の転換は効を奏したように見え、有希子はプーッと子供のようにむくれて新一を睨みつけている。ところが、当の助け船を出した筈の優作から不穏な空気が漂うのを感じ取り、恐る恐る様子を伺うと―――案の定、優作の目は据わっていた。 「・・・ほほぅ。それで?」 (しまった―――――!!) 「あ、いや、すげー、おもしろかった・・・です。ホント・・・」 「―――遅い」 勢いをなくしてすがるように愛想笑いを浮かべてみたが、時既に遅し。新一はがっくりと肩を落としてうなだれた。乗った舟は紙の舟だったらしい。おとなしくしていれば沈まなかったものを、自ら穴を空けていては仕方のないことではあったが、毒舌に生んだ両親を少々恨みに思う新一だった。 大体一読者として素直な感想を言っただけなのに、ちょっとけなしたくらいで怒るなんて器が小さいんだよ――と責任転嫁も甚だしい悪態を心の中でついてみたところで状況は変わらず、時間は刻一刻と過ぎ去っていき、8時まで15分を切ってしまった。鼻歌混じりに出かける準備を始めた有希子にどうやって断りを入れようか、と逡巡する新一にまたしても意外な声がかかる。 「――仕方がないな・・・。――有希子。新一は今日は用事があるそうだ。あまり無理を言うもんじゃない―――。今日のところは二人で行こうじゃないか」 「えっ・・・」 小さく驚きの声をあげる新一の背中では有希子が盛大な抗議の声をあげていたが、優作はあえてそれを無視して新一に語りかけた。 「そう意外そうな顔をされると心外だな・・・。見ていればわかるさ・・・。差詰め、電話待ちってところかな?」 「―――!」 「さっきから時間を気にしている割に、出かけるには薄着だし、人が来るにしても準備もしていないようだからね―――当たりだろう?」 ずばり言い当てられて新一が声をなくしていると、優作は口元にたくわえた髭を左手で軽くいじりながらクスリと笑う。 「まだまだ、修行が足りんようだね?新一君?」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」 余裕の表情でにやにや――本人はさわやかな微笑みのつもりだが新一にはそう見えた――笑う優作にかなわないのはいつものことだったが、そんなにあからさまに読まれるような行動をしていたとは不覚を通り越して最早愚鈍だと、新一は悔しさをあらわにしてキッと優作を睨みつけた。 「待ってなんかねーよ!!さっさと食事でも何でも行っちまえ―――!!」 新一は半分吐き捨てるように叫ぶと、身を翻して二階へ続く階段を駆け上がって―――途中でくるりと振り向くと、 「――電話、かかってきてもとるなよ・・・!」 と、憮然とした表情で言い残すと、プイと子供のように顔を背けて走り去った。 直後、自室のドアを閉めるものすごい音が工藤邸に響き渡ることになる―――。
一人会話に置いてきぼりにされた上、新一と食事に行くことも出来なくなった有希子は、手近にあったクッションで優作を攻撃しながら悪態をついている。 「新ちゃんにばっかり甘いんだから〜!大体電話がそんなに大事なら、待ってないでこっちからかければいいのよ〜〜!」 (それができないから待っていたんだと思うが・・・) 優作はあえて不利になるようなことは口に出さないように「そうだな」と適当に合わせ、有希子をなだめる。 「優作に似たせいで我が儘な子になっちゃったじゃないの〜!」 (顔と性格はお前にそっくりだよ・・・・・・) この分では、今日は食事にありつけるかどうかさえ疑問に思えてくる。優作は甘んじて有希子の八つ当たりを受けながら、嵐が止むのを待った。 「そうよ!いいことを思いついたわ――!」 しばらくは続くであろうと予想されたクッション攻撃は、有希子の言葉と同時に止み、優作が顔を上げると、なにか思いついたらしい有希子は喜色満面で目を輝かせている。 「優作――、今度こそ、止められないわよ―――!!」 女王様の高笑いに、暴走を止められないことを感じ取った優作は心の中でそっと息子に詫びを入れた・・・。
(よけーなケンカさせやがって・・・。早くかけて来いっての、バーロォ・・・) 約束の時間まではまだ――少しだが――間がある。約束は守る男だから、今日も8時丁度にかけてくるだろう。―――今日で何度目になるんだろうか、と新一はきっかけになった会話を思い起こす―――。出席日数がギリギリだった新一が、補修を終えてなんとか3年生への進級が決まった頃のことだから、もう半年以上も前のことだ――――。
「まーな」 「ほな、お祝いしたらなアカンなぁ・・・」 電話越しにそう話す声が、自分のことのように喜んでくれているのが伝わってきて、どうにも照れくさくて新一はつい無愛想を装う。 「大袈裟なんだよ、お前は!大体コナンになってた時だって頭は幼児化してなかったんだし・・・」 「ほんでも、めでたいことには変わりないやろ?今春休みやし、オレ明日にでもそっち行くわ――」 「――ちょっと待てよ、お前、先月も来たばっかだろ?!」 けろっとしてなんでもないことのように電話の相手――服部平次――は言ったが、東京⇔大阪間の交通費が高校生には大金だということは、いくら金銭感覚の鈍い新一でもわかっている。以前平次は『金をもらって仕事を受けたことがない』と言っていた。そして彼の性格上、度重なる上京の資金を親に無心しているのではないということも、もうそろそろ長くなってきたつきあいの中から新一は感じ取っていた。 「お前さぁ、そんなしょっちゅうこっち来んなよ――。話ががあんなら電話でも出来るだろ――?」 少しあきれたように新一が言うと、ぼそりと拗ねたように平次は答えた。 「―――電話て、お前、いっつも留守電やないか・・・」 「あれ?そうだっけ・・・?」 「そうや!昨日も、その前も、その前も、ずーっと留守電やったで?!」 そういえばそうだったかも・・・と思いあたって、新一は気がなさそうに「悪ィ、悪ィ」と勢い込んで「その前も・・・」と何度も繰り返す平次をなだめる。 別に外出していたわけではないが、面倒なので留守電にしたままだったのだ。 (オイオイ、毎日かけてたのかよ・・・って、アレ?) 「じゃー、なんでメッセージ入れとかねーんだよ・・・?」 新一にしてみれば平次の行動は全く謎だった。毎日かけていたという割に、メッセ−ジを聞いた覚えがないのだ。用があるならメッセージを入れれば良いのに――毎日かけるほどの急用なら尚更だ――。まさか、留守番電話の機能を知らないわけでもないだろう――と言わんばかりの新一の態度に、平次は思わず溜息を吐く。 「・・・工藤。電話て、用がないとしたらアカンのか・・・?」 「?・・・いや、そんなコトねーと思う・・・」 「オレは用があらへんくても、電話したいんや・・・わかるか?」 「はぁ?!お前そんなに電話魔だったっけ?」 「〜〜〜ッ!言わすな!アホッ!!」 突然アホ呼ばわりされて、新一がムッとしていると、電話越しに平次の盛大な溜息が聞こえてくる。なんだかバカにされたような気がして、電話を切ってやろうとしたその時――― 「オレは、工藤の声、毎日でも聴きたいんや―――」 その言葉に、新一は思わず受話器を取り落としそうになった。 「なっ・・何言ってんだ、バーロォ・・・!」 しかし新一は平次お得意の軽口に乗せられてなるものか、といつも通りの悪態を吐いて、努めて冷静に振る舞おうとする。 電話越しだから見られなくて済んでいるが、本当は耳まで赤くなるほど照れてしまっているなんて、感づかれたらまたからかわれるに決まっているのだ。 「―――まぁええわ。とにかく、これから毎週土曜の8時に電話するで、その時間、居れる時だけでええから家に居って」 「なんだよ、それ・・・」 「大体なぁ、なんでオレが和葉からお前の話聞かなアカンのや――。アイツに『知らんの?』言われた時のオレの情けなさっちゅうたらないで?」 新一としては「そんなことオレが知るか」と言ってやりたかったが、ここでつっこむと逆ギレされそうな気がしたので、口を挟むのはやめた。 「ほんで、直接話そ思て毎日電話してみたけど、お前捕まらへんし・・・」 「だから悪かったって言ってんだろー・・・」 言葉だけとれば謝っているようだが、実際のところ新一は自分が悪いとは思っていないので、言い方は非常にぞんざいだ。 「・・・・・・お前、自分が悪いと思てへんやろ・・・」 「あ・・・バレた?」 「当たり前や・・・」 すかさず読みとった平次に悪びれずに答えると、電話越しにかすかに溜息が聞こえてきて、平次が肩を落としているだろう様子が容易に想像できた。新一はおかしそうに声をたてて笑うと、平次の提案もそう悪くないかなと思った。からかわれるのは御免だが、からかうのは楽しいのだ。 「土曜の、8時」 「へっ・・・」 「家に居ればいいのか――」 「工藤・・・」 「・・・必ず出るとは言ってねーからな!・・・居るときだけだぞ!」 「あぁ、わかっとる――。居れるときだけでええよって、出たって?」 ――そしてそれから新一が土曜日の夜に家を空けることはなくなったのだ―――。
新一は悔しがる平次を想像して無意識に口元をほころばせると、枕を抱えるようにしてサイドテーブルの子機を見つめた。 時計の針は既に8時を10分ほど回っている。今まで平次の電話がこの時間に遅れた事は3回。いずれも急な事件が起きた時だけだった。その場合、必死の謝罪の声を聞くことになるのは少なくとも日付が変わってからだ。こんなことなら、両親との食事につきあってやっていればよかったと思ってみたりもする。 (――そういえば、父さん達、出てったっけ・・・?) ふと気がつけば、あれだけ大騒ぎしていた有希子が出ていった気配がない。うまく優作が宥めたにしても、新一に対して捨てゼリフのひとつもないのは有希子らしくない。新一は鳴りそうもない電話を後に、階下の両親の様子を伺いに行くことにした。 「――――――!!」 階段の途中から下を覗くと、階段脇に置かれた電話の横にご丁寧に椅子まで用意して電話中の有希子が目に入った。 (やりやがったな――!) 新一が電話待ちと知った有希子は嫌がらせのつもりで電話をかけているのだろう。これでは平次は電話中と諦めてしまったかもしれない。新一は憤りも露わに階段の残りを駆け下りると、電話横のメモ帳をつかんで『早く切れ!!』と殴り書きをして有希子の目の前に突き出した。 しかし有希子はそんなことは全く気にもとめない様子で、会話を続ける。時折楽しそうに笑う声が益々新一の神経を逆撫でした。 (?!) 流石に新一も会話の内容まで聞く気はなかったが、いらいらと腕組みをして有希子の目の前に立っていれば嫌でも言葉が耳に入ってくる。 「それで新ちゃん、ホームズのマネしてパイプで煙草吸おうとしてね♪あんまりマズイもんだから、『オレはホームズになれない』って大泣きしたのよ〜」 「ちょっと待て―――ッ!!」 確かにその事実は認める。子供故の浅はかさか、あこがれのホームズに少しでも近づきたくて、父に隠れてこっそりふかしてみたパイプ。そのあまりの苦さと煙たさに、探偵への道を閉ざされたような気がして有希子に泣きついたのは幼い頃の思い出のひとつだ。だがしかし、なぜ今ここでその話をする必要があるというのだ。いやがらせにも程がある。新一の怒りは今や頂点に達して、ともすれば有希子の電話を切ってしまいそうな勢いだった。 「ヤダヤダ。新ちゃんったら、ご機嫌ナナメなんだから〜。笑われてるわよ?」 受話器を指さして言われたところで今更そんなことはどうでもよかった。電話の相手に申し訳ないという気持ちすら今の新一にはない。いっそ聞こえて、向こうから切ってくれればいいとさえ思った。 「――いいから、切れ―――!!」 かなり大きな声で言ったから、確実に相手にも聞こえているだろう。ところが有希子は怒るでも反省するでもなく、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 「――?」 「切ってもいいんですって、冷たいわね〜。せっかくかけてきてくれたのにね?――服部君」 「なっ・・・!!!」 してやったり、という表情の有希子は更に追い打ちをかけるように受話器に向かって、 「新ちゃん、服部君からの電話、待ってたみたいだから、代わるわね♪」 と言い置くと、固まっている新一に受話器を持たせてリビングへと走り去る。にわかには事態の飲み込めない新一だったが、とりあえずこの怒りは電話の向こうにぶつけることにした。 「おっ前・・・!何考えてんだ!!バーロォ!!!」 有希子はその叫び声を背中で聞きながら、報復の成功を改めて実感したのだった―――。
「これが怒らずにいられるか!」 結局有希子が使った手というのは、電話の親機の方で子機への回線を切っておいただけなのだが、何分広い工藤邸のこと、新一の部屋からは階下の音は殆ど聞こえてこない。そうとは知らずに部屋にいた新一は平次からの8時丁度の電話に気づけるはずもなく、あっさりと有希子にとられてしまっていた、というわけだ。 あのあとすぐに回線を戻し、今は新一の部屋で話しているが、相変わらず怒りのおさまらない様子の新一は、平次に八つ当たりを続けていた。 「おもろいお母ハンやないか・・・」 「・・・そりゃよかった――もう一回代わってやるよ」 「わぁ!ちょぉ、待ち!・・・ちゃうって!」 低い声に本気を少し混ぜてやると、思惑通り平次が慌ててくれて、ようやく新一は落ち着きを取り戻す。 「なんでさっさと代わらせなかったんだよ・・・かかってこねぇから、事件かと思った」 「・・・スマン。工藤が待っとってくれたなんて知らんかったし・・・」 「オレは待ってたなんて言ってねぇ!」 「工藤のちっさい頃の話、ぎょーさん聞かしてもろてたんや・・・オレの知らん工藤の話、聞いてみたかったしな。気ィ悪ぅさしたらスマン」 間髪入れずに待っていないと言ってしまう自分に嫌気のさす新一だったが、平次がまるで聞こえなかったかのように流してくれたのはありがたかった。どうしてだかいつもいつも意地ばかり張ってしまう自分に平次はさりげなく気を使ってくれる。今だとて新一の八つ当たりだということは明白で、平次こそ気分を害してもおかしくない。それでも自分から折れて新一の気持ちを軽くしてくれる。とても口には出せそうもないが、毎週のこの電話を楽しみにしていることを、他でもない新一自身が一番よく知っていた。それでも素直になるには意地っ張りが定着しすぎて、ついえらそうな態度をとってしまう。 「べっ・・別に、怒ってなんかねーよ・・・。でも聞いたっておもしろくもなんともなかっただろ・・・?」 「いや、工藤がちっさい頃からホームズフリークっちゅうのがよぉわかった」 そう言って楽しそうに平次が笑うと、自然に新一にも笑顔が戻ってくる。 「・・・おぅ、筋金入りだぜ♪」 そうして二人してひとしきりホームズの話に花を咲かせた――といってもほとんど新一が一人で語っていたのだが――あとで、平次が突然切り出した。 「そぉいや、前言うとった府警の野球大会な・・・」 「あぁ、明日だっけ?4番打たせてもらうとか言ってたやつ・・・」 なんでも、毎年恒例の府警の野球大会に、3年前から助っ人として参加しているとかで、今年は(一応)部外者にも関わらず4番を打たせてもらうのだ、と以前話していた。野球には興味のない新一だったが、4番が一番期待される事ぐらいは知っていたから、素直に「すごいな」と褒めてやった覚えがある。 「そう、それな、雨で延期になったんや。っちゅーわけで、オレ明日そっち行くさかい、よろしゅう」 「・・・・・・全く、オレの都合とか聞かねーのかよ・・・」 「アレ・・・。驚かへんの――?」 「まーな・・・。雨降りそうだったから、来るんじゃねーかと思ってたぜ・・・」 「工藤はなんでもお見通しやなぁ・・・」 「バーロ、お前が単純過ぎるんだよ・・・」 感心したような平次の声に、ついぶっきらぼうに返す新一。 あせらなくても大丈夫。明日になれば、きっと会える。 本当は、来てくれることを期待していたなんて、今はまだ――教えてやらない。
(しゃーねーな・・・) 新一は軽く溜息を吐くと、おそらくお腹を空かせて待っているであろう両親の元へと足を運ぶ。 ホテルのレストランは無理でもまだ入れる店はいくらかあるだろう。 電話一本でこの有様だから、明日平次がやってきたらどんなことをしでかすかわからない―――今日のうちにご機嫌をとって、釘を刺しておこうと密かに思う新一だった・・・。 おしまい |