気温と気候の不安定な9月。 その最中、ベットの布団に包まったまま、ごほごほと咳をしている人物がいる。 高校1年になった、江戸川コナンである。 さらに、そのベットの傍らに座りながら、コナンの様子をじっと見つめる人物もいる。 刑事として警視庁に勤める、服部平次である。 やがて、その平次の口からは、呆れたような、それでも心配を隠せないような声と言葉がながれてきた。 「…ったく、せやから、自己管理はちゃんとせぇて言うとるやろ。」 だが、そう言われたコナンも、黙ってはいない。 「…うるせー。人の事言えた義理かよ、テメー…。」 「…オレか?オレは別に、カラダおかしないで?」 「ばぁろぉ…今のことなんて言ってねぇよ。…2年くらい前、オメェが夏風邪ひいた事あったよなあ…?」 コナンの言葉に、平次はうーんと首をひねりながら考えて、そして、思い当たった。 「あぁ…あの、事件ン時の事か?」 そ言えば、そやったな…。 じりじりと痛む喉。 ボーっとするアタマ。 どこか重い感じのするからだ。 一言でも口にすれば、必ず一緒に咳が出てくる。 「…ばぁろぉ…夏風邪なんかひきやがって…。」 コナンが、平次の寝ているベットの傍らで、呆れたように口を開く。 それを聞いた平次は、出てくる咳を堪えながら、コナンに言った。 「傍に…居らんほうが…ええ…。」 「…は?なんでだよ?」 「工藤に…うつってまうやろ…。」 「よけーな事気にしてんじゃねぇ。だったら、うつす前に治しやがれ。」 コナンが、まだ、中学2年生の時のこと。 普段から、風邪やらウィルスやらという、いわば‘体調不良’とは縁のなさそうな平次が、8月の終わりに夏風邪をひいた。 理由は、なんとなくわかっている。 「…ったく。いくら仕事とはいえ、雨に濡れながら張り込みなんかしやがって…。ばっかじゃねぇのか?」 とある事件の犯人の所在が判明し、令状が出されるまで逃がさないようにと、犯人のアパートの前で、平次と同僚が張り込みをしていた時のこと。 その張り込みの最中に、突然、強い雨が降ってきたのだ。 あまりの強さに視界も悪くなり、車の中で張っている事に不安を覚えた平次が、アパートの入り口近くの木陰へ移動して、傘もささずに張り込みを続けた。 その平次のカンは当たった。 捜査の手が及んでいる事を察知した犯人が、雨にまぎれて逃走しようとしたのだ。 もちろん、平次は犯人の後を追いつづけ、令状が出た時点で逮捕する事に成功したのだが。 しかし。 「…せやけど…雨降るとは思わんかったし…。傘…持っとらんし…。」 「だからって。犯人捕まえた後、いくらでもやりようがあっただろ。…ンの、ばか。」 犯人を捕まえた後も、連行したり事情聴取を行ったりで、濡れた体をふきもせず。 更に、そのまま車や本庁内のクーラーにあたりつづければ、風邪もひこうというものだった。 「…ばかばか…言わんといて…。」 そう言いながら、ごほごほと咳を出す平次の小さな訴えは、すぐに却下された。 「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。ったく…。」 だが、その言葉の悪さも、心配から来るものである事を、平次はよく知っていた。 学校が休みだという事もあったが、コナンは、平次が寝こんだ昨日から、ずっと傍を離れず、看病していたのだ。 「とにかく。職場には連絡したんだろ?了解も貰ってる事だし、今日は寝てろ。いいな?」 「…せや…な…。そうしよ…。」 当初は、「こんくらい平気や」と仕事に行こうとした平次だったが、コナンの「そんなフラフラな体で仕事に来られたら、周りが迷惑するだろっ」という説得に負けて、先程、休みの連絡を入れたのだった。 同じ課の連中からは、その風邪の経緯を知っているため「大事にしろよ」という声が帰ってきて、休暇はすぐに承認された。 「でも…たまには…ええもんや…な…。」 「何が。」 話し辛そうな声で言葉をつづる平次に向かって、コナンが眉をひそめながら聞き返すと、嬉しそうな響きを含んだ声が返ってきた。 「工藤に…看病される…て…。めっちゃ…幸せや…。」 「…大馬鹿。」 平次の、心からの喜びは、コナンの一言で粉砕された。 まだ、コナンが平次の気持ちに気がついていない時期の事であったため、当然といえば当然だった。 それから、しばらく時間が経過して、午後5時頃。 枕元にあった平次の携帯が、突然鳴り出した。 「…ん?服部の、か…?」 風邪薬が効いてぐっすり眠る平次の傍らで、本を読んでいたコナンが、ふと顔を上げる。 「誰だろ…?」 そう呟いて、液晶を見ると。 画面には‘高木’の文字。 「…高木刑事、か?」 そう呟いたコナンは、平次が起きそうにない事を確認してから、そっと携帯を手にとって、通話状態にした。 「もしもし?」 「…あれ?その声、コナン君かい?」 「高木さん?…ごめんなさい、今、へーじにーちゃん寝てて…。どうか、したの?」 ‘工藤新一’よりも‘江戸川コナン’との付き合いのほうが長い刑事の顔を思い浮かべながら、つい作ってしまう自分の声に苦笑を浮かべつつ、コナンは聞き返した。 「それが…。…服部君の様子は…どうだい?」 「へーじにーちゃんの?…うーん、なんとも言えないけど…。…何かあったの?高木さん?」 風邪をひいて休んでいると知った上での高木刑事からの電話である。 …ということは、何か、平次が必要とされる事件があったとしか思えない。 コナンは、いつもよりも顔色の優れない平次の顔をみつめながら、高木刑事の次の言葉を待った。 「うーん、それがねえ…。」 その高木刑事の発した言葉は、コナンの予想通りのものだった。 「殺人事件、なんだけどね…。」 容疑者が数名いる中で起こった事件。 そして、見つからない凶器。 「犯人の特定が難しくて…。具合が悪いところ申し訳ないんだけど、服部君、来れないかな?」 高校生の頃から探偵として有名だった平次の推理力は、当然ながら警視庁内でも認められている。 警視庁だけではなく、既にその名前は、全国区であると言ってもいい。 つまり、たとえ休暇中であっても、犯人のわからない殺人事件が起これば、平次に呼び出しがかかるのは当然なのだ。 だが、コナンとしては、普段からは想像できないほど具合の悪そうな平次を、叩き起こして現場に行かせるなどはしたくない。 絶対に無理はさせたくなかった。 「…うーん…。」 なんとも言えずにいるコナンの様子を悟ると、高木刑事は、慌てて言った。 「あ、いや、悪かったね。無理ならいいんだよ。とりあえず元気になってからでも、ね…。」 とはいうものの。 ただでさえ難しそうな事件である。 その場の現状も見ずに容疑者を絞り込むというのは、そう簡単に出来る事ではないだろう。 それに、現場に行って物証も捜さずに時が経てば、犯人を絞り込むのがより一層困難になるのは、わかりきっている。 コナンは、しばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。 「…高木さん?」 「ん?…なんだい?」 「…へーじにーちゃんじゃなくて、僕が行っちゃ…だめ?」 「…え?…コナン君が?!」 「うん。へーじにーちゃん、起こしたくないし…。」 今度は、高木刑事が考え込む番だった。 確かに、コナンの推理力も、平次同様、警視庁内で既に認められている。 というのも、急な事件が起こって呼び出しがかかると、平次は、必ずと言っていいほどコナンを連れて行き、一緒に推理をしていたからだ。 初めのうちは、コナンに対して‘平次の預かっている子供’という印象しかなかった周りの刑事達も、平次と比べても遜色ないその推理力には、舌を巻くしかなかった。 ただ、本人や平次がメディアを嫌がるので、一般の人々にその名を知られることはなかったが。 とにかく、そんなコナンが現場に向かう,というのは,確かにありがたい話である。 しかし。 「…コナン君がそう言ってくれるのは、ありがたいんだけど…。…だけど、一般人を巻き込むのは…。」 しばらく考えてから、ようやく口を開いた高木刑事の言葉を聞いて、コナンは素直に「またか」と思った。 かつて、高校生だった頃は、すんなり事件に呼ばれたのだが。 中学生,という立場は、それだけで大人達を戸惑わせるものらしい。 今まで、何度も聞いた台詞だった。 だが、コナンは、そこで引き下がりはしなかった。 「でも、高木さん?そのまま放っておいて、それこそ犯人に証拠を隠滅されたら、困っちゃうでしょ?」 「うーん、それはそうだけど…。」 「…それに僕、へーじにーちゃんを起こしたくないし…。」 コナンの言葉に嘘はない。 平次に無理をさせたくないのは、本当だ。 とは言え、コナンの中には、また別の思いがあったことも本当だった。それは。 ―――ひとりで、推理がしたい。 というものだった。 工藤新一の頃は、ひとりで自由に推理をしていたコナンも、 江戸川コナンになってからは、毛利小五郎の陰で推理をしていた。 平次と暮らすようになってからは、平次と一緒に。 つまり、自分の思う通りに、自分の名前で、自分独りで推理をした,という記憶が、ここしばらくなかったのだ。 そんな思いを知ることなどない高木刑事は、コナンの言葉に「うーん」と唸ると、考えながら言った。 「…ちょっと…待ってもらえるかな?今、目暮警部に、確認してみるから。」 「うん、わかった。」 コナンは、何気なさを装って返事をしたが、内心ではかなり喜んでいた。 今回は、手応えがいい。 あるいは、本当に捜査に加われるかもしれない。 そして、そのコナンの期待は、裏切られる事はなかった。 コナンは、現場を聞き、すぐに身支度をすませると、平次の枕元に薬と手紙を置いて、急いでマンションを飛び出して行った。 コナンでさえも、難航するかに思えた事件。 だが、結末は、意外とあっさりしたものだった。 「つまり…犯人は、あなたしかいないんですよ。」 コナンが指差した先には、被害者の恋人である男がいる。 「そうですよね?あなたは……。」 コナンがそう言いながら、トリックを暴き、決定的な証拠を突きつけると、犯人は観念したように項垂れて呟いた。 「…そうだ、俺がやった…。アイツ、別れよう、なんて言い出すから…。」 問題など無さそうな、いかにも‘仲のいい恋人同士に見えた’というのは,その場にいて、つい先程まで容疑者でもあった友達全員の証言。 他のだれが犯人だとしても、あいつだけはありえない、と、友達に言わしめるほどの恋人。 その存在が、余計に捜査を混乱させた。 しかし、結果は……。 「ずっと一緒にいる、って言ったのに。アイツ‘一緒にいたら俺のためにならない’とか何とか言い出して…。どうせ、他に男が出来たに決まってる…。」 犯人は、うつろな視線のまま独り言を呟き続ける。 すると、それまで黙っていた女性が、涙声になりながら、犯人に向かって口を開いた。 被害者の、親友だった。 「…馬鹿ね、あんたは…。あの子は、ほんとに、あなただけを好きだったのに…。…だから、別れようって言ったのに。……かわいそう、あんた達…。」 ―――まずい。 女性の言葉を聞いて、コナンは、直感的にそう思った。 そして、視線をそのまま犯人に移した。 すると、生きていく、というものとはまた違う決心の色が、その瞳には見て取れる。 強いて言うなら、全てを捨てても構わない、と思っているような、そんな、瞳。 コナンは、その瞳に危機感を感じて、すぐに口を開いた。 「目暮警部、高木さんっ…!」 ―――犯人から、目を、離すな。 と言おうとした。 しかし…間に合わなかった。 一瞬の隙に、犯人は、逃走していた。 「あっ……!」 傍にいた警察官達でさえも、なにが起こったのか理解していない。 ただ、あっけに取られて、過ぎ去る犯人の後姿を眺めている。 そんな中でただ1人、コナンだけは、迅速に行動した。 軽く舌打ちをすると、 「…待てっ…!!」 と言いながら、犯人を追って走り出していたのだ。 高木刑事や目暮警部の制止も聞かずに。 「…っ……?!」 ひどく汗をかいた平次が目覚めたのは、周囲が暗くなりはじめた頃だった。 夕闇が、静寂も運んできたような錯覚を起こす。 平次は、そんな薄暗い部屋の中で2・3度瞬きをすると、ゆっくり上半身を起こした。 そして、そこが夢の中ではなく、現実である事を確認する。 ―――なんや、今の、夢……。 いやな夢を、見たような気がする。 中身はあまり覚えていないが。 たしか、コナンが、自分の元から離れて行ってしまうような……そんな、夢。 ―――そういや、工藤…は…? そこまで考えて、朝から自分を看病してくれていたはずのコナンの姿が見えないことに、改めて気がついた。 嫌な予感がして辺りを見まわすと、自分のベッドサイドに置いてある風邪薬と手紙が目に入る。 すぐに、その手紙に目を通すと、そこには、簡単な言葉が走り書きで書いてあった。 ‘服部へ。 すぐに戻ってくるから、心配すんな。 ちゃんと寝てろよ? 新一’ それを見た瞬間、平次の背筋に寒気が走った。 ―――どこ、行ってんねや…工藤…。 確かに自分の体調は優れない。 だが、それ以上にコナンがいないことのほうが、重大だった。 平次は、何かコナンの行き先が判るものはないかと考えて…そして、自分の枕元に転がっている携帯電話を見つけた。 ―――まさか…っ! 考えるより早く電話を手に取り、着信履歴を確認する。 すると、そこに現れた最新の履歴は…高木。 日付は今日、時刻は午後5時頃。 当然だが、平次には全く覚えがない。 電話が来た覚えも、もちろん話をした覚えも。 ―――……っ!! 平次は、その瞬間に心臓が大きく跳ね上がったのを感じた。 ―――工藤のやつ、まさか、ひとりで…?! 先程からの嫌な予感が、考え過ぎであって欲しいと願いつつ、即座に高木刑事に電話をかけた。 コールは、3回。 ドキドキと鳴り続ける胸を抑えながら、相手が電話にでるのを待っていると、その平次の耳に飛び込んできたのは、高木刑事の切迫した声だった。 「もしもしっ、服部君?!大変なんだ、すぐに来れるかい?!!」 「…大変て…何があったん?!」 「それが、コナン君が……!!」 「…馬鹿な真似は止めろっ!」 既に建設が中止されて久しい、廃墟と化したビルの3階。 その廃墟の中に、犯人を追って来たコナンの声がこだました。 すると、そのコナンに返す犯人の声も、内容の弱々しさと裏腹に、ビル内に強く響いた。 「いまさら、何をしても元には戻らない!俺は、俺は大変な事を…っ!」 そう叫ぶ犯人の右手には、どこに隠していたのかナイフが握られている。 そして、その刃先は、コナンの方を向いていた。 「近寄るなっ!近寄ったら、おまえも巻き添えだっ!」 「…!…巻き添えって…何をする気だ?!」 「決まってる…あいつのところに行くんだっ!」 その気持ちを確かめもせずに、手にかけてしまった恋人。 悔やむのはもう遅い。 それならば、いっそのことその恋人のところに行きたい。 そう思っての行動だろう。 「あいつが…待ってる…」 犯人は、そういいながら、手元のナイフを振りかざした。 「なっ…よせっ!」 犯人の行動を見たコナンは、そう言いながら、とっさに近くに落ちていた小石を蹴り上げた。 バチッという音を立てながら、寸分違わず、犯人の手首に命中する小石。 「…なっ…?!」 その反動で、犯人のかざしたナイフが足元に落ちる。 「何しやがるっ…!」 慌てて足元のナイフを拾いながら毒づく犯人に向かって、コナンは近付きつつ、ゆっくりと声をかけた。 「馬鹿な真似は、よせ。」 そんな事をしても、だれも喜ばない。 「きっと、恋人だって、そんなこと願っちゃいない…。」 だが、祈りを込めたそのコナンの言葉は、はっきりと犯人に拒否された。 「そんな事はない…。ずっと傍にいるって、アイツは言ったんだ…。きっと、俺を、待ってる…。」 「待ってなんかいない!きっと、あなたに、しっかり生きて欲しいって…そう願ってるはずだ!」 「うるせぇっ!おまえに、何がわかるっ!!」 犯人は狂ったようにそう叫ぶと、今度は自分の胸に向かって、ナイフを突き立てようとした。 「やめろっ…!!」 コナンは、犯人のその動きを止めるために、しがみついて腕を押さえた。 「何しやがるっ!離せっ!!」 「やめろって…言ってるだろっ…!!」 だが、成人男性と中学生では、明らかに腕力が違う。 案の定、しばらくもみ合う内に、布を切り裂く嫌な音がした。 「…つぅ……!」 犯人を止めようとしていたコナンの左腕が、袈裟がけに切りつけられたのだ。 じんわりと滲みでてくる、血。 コナンが、痛みに顔を顰めると、犯人はその隙にコナンを振り払い、再度自分にナイフを向けた。 「今、行くから…」 犯人がそう呟いた瞬間。 「やめろ、言うとるやろっ!!」 という関西弁が、廃墟ビル内にこだました。 コナンが、慌ててその声のしたほうに振りかえると。 そこには、高熱を出して家でおとなしく寝ているはずの、関西人が立っていた。 「…服部!おまえ、どうしてここ…?!」 「詳しい話は後や!とりあえず、その、どあほ止めんと!」 平次は、そう言うが早いか犯人に飛び掛かり、その腕からナイフを奪い去る。 そのついでに、犯人のみぞおちに向かって、拳を突き上げた。 「ぐ…ッ!」 犯人は、たまらず体をくの字に曲げてその場に倒れこみ、そのまま意識を失ってしまう。 平次は、そんな犯人に目を向けると、小さく呟いた。 「堪忍してや…手加減できんかったわ…。せやけど、あんたが悪いんやで?よりによって、工藤に、ケガさせよったからなぁ…。」 そう言った平次の顔には、犯人に対する怒りとも、コナンが助かった事の安堵ともつかない表情が、浮かんでいた。 「な、んで…だよっ…!!」 そんな平次の様子を黙って見ていたコナンは、思わず声を荒げて、問いただしていた。 「あん?…なんで…て…何がや…?」 それに返って来る平次の声は、熱の為か、いつもより間のびしている。 コナンは、それを感じて表情を曇らせながらも、聞かずにはいられなかった。 「なんで、どうしてオメェ、オレなんかの為に、そこまで無理するんだっ…?!!」 いつもいつも。 同居するようになってからは、特に。 どこにいても、何をしていても、自分がどんなに大変でも。 コナンの為に、必ず駆けつける、平次。 「ばっかじゃねぇのか、オメェ…?!なんで、オレの為に、そんな…っ!!」 コナンに聞かれた平次は、その質問を頭の中で繰り返しながら、独り言のように言った。 「…なんで、て……。」 ―――そんなん、決まっとる…。 平次にとっては、今更確認する必要もない想い。 決して、手放せない気持ち。 それがあるからこそ、今までずっと、どんな危険も苦労も厭わなかった。 コナンの為に。 だが、そんな思いを知らないコナンは、考え込んでいる平次の姿を、じっと見つめている。 そして、その視線を真っ向から受けとめながら、再度問いかけた。 「なあ…どうしてなんだ…?」 「せやから……。」 後で考えれば。 全く、平次らしくない言葉だった,と言うほかはない。 ただ、その時は、高熱のため、コナンに質問されている言葉の意味が、わからなくなりはじめていたのだ。 「きまっとるやん……。」 そして、聞かれるままに、その理由を口にする。 今まで、何があっても閉じ込めておいた気持ちと共に。 決して言ってはならないと、自分に戒めていた言葉を。 「お前ん事が…。」 ―――この世の中の。 「誰よりも…。」 ―――ずっと。 「大切だからや……。」 「……え……??」 コナンは、平次の声を聞いた瞬間、その言葉の意味が理解できずに、まともに聞き返した。 やがて、その言葉が指し示す意味を汲み取ると同時に、目を丸くした。 ―――こいつ、今、オレに、なんて言った…?! しかし、既に意識が朦朧としているであろう平次には、そのコナンの表情の変化すら見えていない。 自分の右腕をコナンに差し出し、体を膝立ちにして視線を合わせると、その頬をそっと撫でながら言った。 「……好きや……。」 「…………っ……?!!」 予想だにしなかった平次の言葉に、コナンの思考回路は一瞬にして凍ってしまった。 アタマが真っ白になるというのは,こういう事を言うのだろう。 ―――ちょっと待て、それって…?! 与えられた情報と、自分の思いとが、うまく結びつかない。 ―――その…トモダチとか…そういう意味じゃ、無くてってことか…?! 当然だろう。 トモダチにわざわざ、「誰よりも大切だ」などと言う人間が、いるだろうか。 だが、混乱しきっているコナンの様子に気がつくことのできない平次は。 コナンを見て安心したように微笑むと。 高熱の中、無理をしつづけて限界だった体を、ゆっくりと傾けていった。 「…服部っ?!!」 そして、意識を失うと同時に、崩れるようにコナンに寄りかかる。 「おい、服部っ…!しっかりしろっ…!!」 後に残されたコナンは、ただ、平次の名前を呼びつづけていた。 そのぐったりとした体を、必死で支えながら。 誰かが、駆けつけてくるまで。 目を覚ました平次の視界に、真っ先に飛び込んできたのは、白い天井と、腕に刺さった点滴の管だった。 「……オレ……?」 そして、幾分か、熱さと痛みの和らいだ頭を動かしながら、ゆっくりと上半身を起こしてみる。 すると、すぐにその目線の先に、自分の大切な人の寝顔をみつけた。 「…くどう……。」 平次の、布団から出ている左手を、自分の両手で握り締めながら。 ナイフで切りつけられた左腕に、包帯を巻いた姿で。 ベットに寄りかかって、静かに寝入っている、コナン。 平次は、なんとも痛々しいその包帯姿に、顔を顰めて呟いた。 「…堪忍な?オレが、もうちっと早う、目ェ覚めとれば……。」 そして、左手はそのままに、自由になる右手をそっとコナンの髪の毛に触れさせて、優しく撫でた。 「ホンマ…堪忍な……。」 ―――おまえにケガなんか、させとう無いのになぁ…。 自分に出来る事なら、なんでもして、護ってやりたいのに。 なんでも、して………? 平次は、そこまで考えて、はたと思考を中断させた。 ―――そういや、さっき……。 熱のせいで意識が朦朧としていたため、はっきりと覚えていないが。 確か、何か、とてつもなく大変な事を、自分は言わなかっただろうか。 ‘なんでオレの為にそこまでするんだ?!’ そう聞いてきたコナンに向かって。 何か…。 ―――『きまっとる…』 とてつもなく…。 ―――『おまえんことが…』 大変な事を…。 ―――『誰よりも…』 言ったような……? ―――『大切だからや……。』 『好きや……』 「………!!………」 ―――言うた……言うてもたぁぁぁぁぁぁ!! そこが病院でなければ、おそらく平次は、絶叫していただろう。 かろうじて声をおしとどめたのは,さすがとしか言いようがない。 しかし今、そんな事は、どうでもいい事で。 ―――な、なんちゅうことを…!! 出した言葉は取り消す事は出来ない。 平次は、全身に浮かぶ冷汗と、顔から血の気が失せていくのとを感じながら、口にしてしまった言葉をどうやって取り繕うか、必死になって考えた。 ―――どうやってって…せやけど、アレは…、…決定的やったよな……。 はっきり言って、救いようがない一言だ。 ‘好きや’ そう、きっぱりと言いきっているのだから。 ―――あ、アカン〜〜〜っ!どないしたらええんや…?! どうしようもないのだから、諦めるしかないのだが。 それでも諦めきれない平次は、自分のココロの中で葛藤し続けていた。 やがて、そんな平次の耳に、規則正しい足音が聞こえてきた。 そして、その足音を響かせていた2人の人物は、病室に入ってくるなり、口を開いた。 「目が覚めたんだね、具合はどうだい?」 「まーったく、いくら丈夫だって言っても、これからはあまり無理しちゃだめよ?コナン君も心配するでしょ?」 高木刑事と、佐藤刑事の二人だった。 「高木ハン、佐藤ハン…。オレ、いつのまに…?」 二人の出現に、少しだけ気持ちを落ちつかせた平次は、コナンを起こさないように、小さな声で聞いた。 「大変だったのよ。君、凄く高い熱があって。気を失ってから、ずっとうなされていたの。」 「うなされて…?」 「そう。病院に運ばれて、治療を受けているときも、ずっとね?」 ウィンクしながら佐藤刑事が話すと、その後に高木刑事が続けて言った。 「誰か、人の名前を呟いてたけど?誰なのか、心当たりはないかい?」 ―――心当たり…。 あるとしたら、たったひとり。 今、自分の傍で眠りにつく、大切な大切な、人。 ―――工藤…。 平次が、そっとコナンに目を落とすと、それに気がついた佐藤刑事が、くすりと笑いながら言った。 「コナン君もね…。自分だって大怪我してるのに、絶対君の傍を離れようとしなかったの。自分が治療を受けるとき以外は、ずっと君の傍にいたのよ。」 その姿を思い出したのか、高木刑事も呟いた。 「そういえば、コナン君は、君が誰の名前を言ってるのか、わかってたみたいだったなあ。」 「…オレが?うなされてたっちゅう時に?」 「そうそう。君が、誰かの名前を呟くたびに‘大丈夫だ、オレはここにいる’って。そう言って、君の手を握っていたからね。」 でも、コナン君の名前を呼んでるようには聞こえなかったなあ、と付け加えて。 「君の事がほんとに心配だったんだね、コナン君は。」 その高木刑事の言葉を頷きながら聞いていた佐藤刑事も、再度笑って、口を開いた。 「ほんとに羨ましいわね、あなた達…。血は繋がってないけれど、仲が良くって。本当の兄弟みたい。…というより、ホンモノ以上ね。」 ―――ホンモノ以上の、兄弟のような、関係。 自分の中にある気持ちは、それとはまた少しだけ違うけれど。 でも、言われて、嬉しい言葉であるには違いなかった。 「おおきに……。」 平次は、にっこりと微笑みながら二人に向かってそういうと、もう一度、コナンに視線を落とした。 高木刑事と佐藤刑事が病室を出て、数分後。 「うー…ん……。」 平次の手を握りつづけていたコナンが、身じろぎをして、顔をおこした。 どうやら、目が覚めたらしい。 ―――目ェ覚めた……っ!! それに気が付いた平次のココロは、割れんばかりに鳴りだした。 ―――と、とりあえずっ、平静やっ!あ、あまり、おかしな態度とらんと、普通に、平然と……。 そんな事を考えるあたり、既にオカシイのだが。 ともかく、そう考えた平次は、自分に出来うる限りの‘普通’の表情と声を作って、コナンに声をかけた。 「お、起きたか?くど、う?」 だが、最大限努力したその結果も、コナンにばれていないかどうか、疑わしいものだった。 と言うのも、緊張のあまり、カラカラに乾いた喉から絞り出された声は、普段の声とは明らかに音階が違っていたからだ。 しかも、不自然極まりないところで途切れてしまう。 ―――ああ、アカン〜〜…。どうしよ……。 しかし、そんな平次のココロの葛藤を知ってか知らずか。 いかにも寝起きの顔のまま、ぼんやりと平次を見つめていたコナンが発した言葉は、至極簡単なものだった。 「なあ……屋上、行かねぇ?」 平次が倒れてから、既に日付は変わり。 時間も、12時間以上過ぎていた。 陽は高く昇り、青空の中、心地いい風が吹いている。 ただ、残暑の陽射しが厳しいので、あまり長居すると、特に平次の体には良くないだろう。 コナンは、そんな屋上に平次を連れてくると、しばらく口を開かなかった。 平次に向かって背を向けたままで。 そんなコナンに対して、所在無げに佇んでいるしかなかった平次も、こちらを見もしないその態度に次第に不安を感じて、おそるおそる口を開いた。 「…あんな、くどー?」 だが、その静かな呼びかけに対しても、何も答えないコナン。 平次は、そっと溜息をついて、仕方なく言葉を続けた。 「あんな…、あの、あん時の、言葉、な……。」 ―――『好きや』 言ってしまった言葉。 後悔せずにはいられない台詞。 「…アレな。アレは、その、なんちゅうか…。…まあ、冗談みたいな…もんで……。だから…。」 その言葉を聞いて、ようやくコナンは、平次に視線を向けた。 そして、ゆっくりと口を開く。 「…冗談、だったの、か……?」 平次は、予想外のコナンの台詞に、一瞬戸惑ってしまった。 しかし、すぐに首を横に振ると、必要以上に大きな声で言いきった。 「そ、そんなんちゃう!冗談なんかやない、本気や!…せやけど、その…まあ…深い意味は無いっちゅうか……。」 「…深い意味は…無い…のか……?」 「いや、無い事ない!…めっちゃ本気やし、俺んとっては、さいこーに意味ある言葉や!せやけど……。」 ―――なに言うとんのや、オレ……。 平次は、言いながら、自分に呆れかえっていた。 話せば話すほど、取り繕おうとすればするほど、自分がどれだけコナンを好きかを、のたまっているような気がする。 本当は、あまり意味の無い言葉だったように話して、コナンの負担を取り除いてやりたいのに。 ―――こういうんを、ドツボにハマルっちゅーんやろか…。 だが、言われている当のコナンは、というと。 慌てふためく平次の様子を、じっと見つめて、顔を俯かせていた。 やがて、微かに肩を振るわせ始めたかと思うと。 「ぷっ……くっ……あっはははは!」 突然、笑い出した。 いきなりの展開に、 「な、なんや?どないした??」 と戸惑う平次に対して、 「だめだー、オメェ、おもしれーっ!」 と言いながら、涙まで浮かべて爆笑している。 当然ながら平次は、何がオカシイのか全くわからない。 目を丸くしたまま、ただ、コナンが笑い続けるのを見つめているしかなかった。 コナンがようやく笑いを納めたのは、それから、2分ほどが経過してからだった。 と言うのも、初めは、弾かれたように笑い出したコナンを、困ったように見つめるだけだった平次が、 「そない笑わんでもええやろ。」 と、憮然として言ったためだった。 「ワリィワリィ。…けどよー、オメェが……。」 コナンが、平次に向かって言い訳しようとしたが、かえってそれが、また笑うきっかけになりそうで。 そんなコナンの様子を見た平次は、更に面白くないような表情で言った。 「笑わんでええわ!…ったく、俺が、散々悩んどったの、アホみたいやないか……。」 いよいよ機嫌を損ねてしまったらしい平次に向かって、今度こそ笑いを止めたコナンは、呟くように言った。 「そうだよ。…馬鹿だ、オメェは。」 「………ハイ………。」 それに関しては、返す言葉が全くない。 平次がしおらしく返事をすると、それに微笑んだコナンは、自分に言い聞かせるような声で話しだした。 「…あのな。…オレ、本気で、考えたんだ。」 「……。」 「オメェが、寝てる間。…考えてた。」 平次の気持ちが本気だというのは,よくわかった。 今まで、一度も自分に対して言わなかっただけに、それが、どれだけ平次を苦しめていたのかも。 良く考えれば、わかる事だった。 いつも、誰よりも何よりも、コナンを優先する平次の態度が、友達とか、同情だとか、そういうところから来るものではない事くらい。 だけど、気がつかなかった。 「…正直言って、オレ、わかんねーんだ……。」 好きという気持ちが、どういうものなのか。 蘭のことは、ほんとに好きだった。 きっと自分は、このままずっと、蘭と一緒なんだろうと信じていた事もある。 そして、それはもう叶わない事だと自分で決めた後でさえ、大切な人だと、思う。 もちろん、以前のものとは、形が違うけれども。 しかし、だからと言って、平次はどうかと聞かれても、困る。 自分にとっては、大切な存在で。 悪友で、親友で、時には家族のようで。 ずっと、そんなふうに思っていたから。 「だけど、オメェは、いてくれたんだ……。」 コナンが、全くその思いに気がつかないのに。 蘭に別れを告げた時も。 コナンとして生きていくと決心した時も。 それ以外の、どんな大切なときも。 傍に、いてくれた。 決して優しい声をかけるでもなく。 かといって、憐れむでもなく。 ただ、笑って、そこにいてくれたのだ。 「…スキとか、なんとか、よくわかんねーし。オメェの事、そういう風に見たことねぇから、やっぱ、困ったし。…だけど…。」 そう言いながら、コナンは、まっすぐに平次を見上げた。 戸惑いの消えた眼差しで。 「オレには、オメェが、必要だと思う。」 唯一出すことの出来た、結論。 「いつも、すっげー傍にいて。鬱陶しい時とかも、やっぱりあったけど。でも、必ず、居て欲しい時には居てくれた。だから…。」 そして、一旦言葉を切ると、決心するように言った。 「オレも、もっとちゃんと、考える。オメェは、オレにとって、どういう存在なのか。よく考えるから…だから、時間が欲しいんだ。……そして、その間は…一緒に居させて欲しい。…我侭だってのは、わかってる。だけど…オレ、オメェんとこしか、…いるとこ、ねぇんだよ…。」 その言葉の意味とは裏腹な、コナンの、強い眼差し。 平次は、それをまっすぐに捉えながら、コナンの言葉を、何も言わず聞いていた。 だが、コナンが言い終わったかと思うと。 すっとコナンに近付いて、その体を、自分の胸の内に抱きしめていた。 「…はっとり…?!」 驚いたコナンは、慌てて離れようとしたが、平次は、その腕に力を込めて、離さない。 そして、喉の奥から、やっと絞り出したような声で、呟いた。 「……おおきに…工藤……。」 「…な…んで、おおきに…なんだよ……。」 コナンが、抵抗する事を辞めて、平次に抱きこまれたまま聞き返すと。 平次は、苦しそうに、胸の内に溜めていたものを吐き出した。 「好きで…たまらんのや…おまえん事…。せやけど、…おまえに嫌われるかも、て、思とったし……。…それに、おまえに、負担になる、思て…。よう、言われへんかった……。」 「…バーロォ…。…ほんとに馬鹿だな、オメェ……。」 言っている台詞とは反対に、コナンの声は、限りなく優しい。 「オレが、オメェを、そう簡単に嫌うはずねぇだろ。見くびってんじゃねぇ。」 口元には、笑みすら浮かべながら。 平次は、そんなコナンを抱きしめる腕を、そっと緩めると、まっすぐにその目を見て、聞いた。 「なぁ…?…もっぺん、言うても、ええか…?」 「…言うって、何を…?」 「…好きや、て……。」 我慢して、我慢して、ようやく表に出すことを許された気持ち。 それを汲み取ったわけではなかったが、コナンは「バーロォ」と照れたように呟きながら、それを許した。 ―――誰もいない今だから、許せること。 その返事に満足そうに微笑むと、平次は、もう一度、かみしめるように言った。 「…好きや…くどう……。めっちゃ好きや……。」 「…くだんねぇ事、思い出してんじゃねぇっ!」 独りで回想モードに入っていた平次を引き戻したのは、想い人がベットに寝ながら繰り出した、強烈な足蹴りだった。 「…ったあああっ!いきなり何すんのや?!」 「何する、じゃねぇだろっ!テメェ、今、口に出して言ってたぞっ!」 「口に出して…?なんて言うてた、オレ…?」 「な、なんてって…その…好きとか…なんとか……。…って、言わせんじゃねぇ!とにかくっ、恥を知れ、恥をっ!!」 「恥を知れ、言うたかて……。」 照れて真っ赤になった顔で言われても、説得力がさっぱりない。 それに、既にアンナコトやコンナコトもやっているくせに、‘好きだ’の言葉ぐらいで、何をいまさら、だ。 平次は、にやりと笑うと、コナンに囁くように言った。 「なんや。…今更、照れんでもええやん♪」 「なっ…ばっ…誰が照れてるっ、バーロォ!!」 「照れてるやん。かわええ、工藤♪」 どすっ。 いつまでも調子に乗る平次に、容赦ないコナンの足蹴りが、またも命中した。 先程は太腿に、今度は脛に。 まさしく、口は災いの元、である。 「…痛い、言うとるやろ……。」 涙声で訴える平次に対して、コナンの一言はにべもない。 「自業自得だ。バーロ。」 しかし、今は、2年前とは違うのだ。 それはつまり、平次が、自分の気持ちを素直に言っても、許される関係になってしまっている、という事で。 となると、平次がこれで終わるはずはない。 にやりと不敵な笑みを浮かべると、わざとコナンの耳元に顔を寄せて。 そして、囁くように言った。 「せやったら…口に出して言うたりせんから……。」 「…だからなんだよ……?」 「態度で示してもええやろ?」 言うが早いか、平次はコナンの唇に自分のを合わせて軽くキスをすると、その後のコナンの反応を待たずに、逃げるようにその部屋を出て行った。 すると、案の定、部屋の中から、 「ふざけンなっ!!テメェ、逃げんじゃねぇ!!!」 と言う、物騒な声が聞こえてくる。 それを、部屋のドアの外で聞きながら、平次は、声を殺し、肩を震わせて笑っていた。 好きだと言ってから、既に2年。 恋人,という立場に昇格してからは、1年半。 それだけ経てば、コナンが本当にイヤな事と、照れているだけの事くらい、区別がつく。 そうして怒った時は、どうやれば機嫌が直るのかも。 「とりあえずここは、ケナゲ作戦やな。」 コナンの為に料理を作って、薬を持っていって。 イヤというほど世話を焼いてやれば、諦めたような表情で「バーロ」と言って、許してしまうだろう。 「ホンマ、おもろいやっちゃ。」 傍にいればいるほど、面白いと思う。 もう何年も見て来たが、飽きるという事がない。 時には、抱きしめたいほどかわいくて。 時には、敵わないと思うほど凛々しい。 だから、いろんな表情をみたくなる。 照れた顔も、怒った顔も。 思いっきり笑った顔も。 ―――病気やな、オレ。 呆れるほど、そう感じる。 でも、それでいいと思ってしまうあたり、やっぱり病気なのだろうけど。 「さて、早よ、機嫌直してもらわんとな。」 平次は、そう呟くと、にっこりと笑ってキッチンへ向かった。 自分の、一番大切な人の為に。 風邪をひいた時に食べやすい、栄養のある食事を作るために。 そして。 「こん次は、どんな手ぇ使こたろかな……?」 彼の、照れた顔や、怒った顔や、笑った顔を見るための方法。 そんな、フトドキ千万な事を考えていた。 fin |
written by もえ
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