梅雨に入って久しい,6月の第4週の金曜日。 つまり、翌日の土曜日が休日という日の朝。 全く人気のなくなった帝丹高校の教室で,工藤新一こと江戸川コナンは,ある人物を待っていた。 「…んだよ,おっせーなー…。自分で呼んどいてよー…。」 ある人物。それは。 すでに幼馴染と呼べるようになってしまった友人の中で,唯一コナンと同じ高校に通っている人物,……円谷光彦、の事である。 私立の女子校に通っている吉田歩美や灰原哀,そして別の高校に通っている小嶋元太も含めて,未だに一緒に遊ぶことのある友達であるが。 光彦は,同じ高校の同じクラスにいる,という事もあって,幼馴染の中では,一番コナンの身近にいる友人であった。 その光彦から,いきなり,大事な話がある、と言われたのは,今日の朝のことだった。 「コナン君,待ってくださ〜い。」 朝、帝丹高校の入口で,聞き覚えのある声が自分を呼んでいるのに気がついたコナンは,その声の方に振り返った。 そして,そこに,幼馴染を発見すると,微笑んで言った。 「オウ,光彦じゃねーか。」 「お、おはようございます,コナン君。」 「はよ。どしたんだよ?今日は,遅ぇんじゃねーか?」 コナンにとっては,何気なく口にした言葉だった。 だが光彦は,そのコナンの言葉に難しい顔をすると,消え入りそうな声で言った。 「昨日…眠れなかったんですよ…。」 「昨日?なんだよ,何かあったのか?」 「ええ…。ちょっと,考え事をしていて……。」 「考え事?……俺でよかったら,聞くぜ?」 いつもと違う雰囲気の光彦を心配して声をかけたコナンだったが。その言葉に対する答えは、光彦からは返ってこなかった。 その代わりに,少しだけ決心したような声音で,光彦は話し出した。 「コナン君……。」 「ん?なんだよ?」 「…今日の放課後、教室で、ちょっとだけ帰るのを待っててもらえませんか?大事な話しがあるんです。」 あまりにも真剣な様子の光彦に,少々気圧されながら,コナンは答えた。 「…今日,か?別に,かまわねぇぜ?」 「…ほんとですか?!」 「あぁ。ただ,あんまり遅ぇとよー…。平次にーちゃんが心配すっから…。」 コナンは,人前では未だに、平次の事を「平次にーちゃん」と呼んでいる。 小学一年生の姿の時からそう呼びつづけているので,「服部」と呼んでも差し支えない高校生(の姿)になっても,その癖が治らないのだ。 もちろん,平次もコナンの事は「コナン」と呼んでいる。 2人だけの時は,相変わらず「服部」「工藤」なのだが。 ともかく,その平次が,コナンに対して馬鹿のつくほど心配性で,なおかつ過保護なのは,周囲にいる誰もが知っている事だ。 そして光彦も,その事を充分心得ているらしく,コナンの言葉に微笑を浮かべながら言った。 「大丈夫ですよ,そんなに時間はとらせませんから…。」 「そっか?なら,かまわねーぜ。んじゃ,放課後,な?」 「はい。…絶対ですよ?忘れないでくださいね?」 「ばーろぉ。忘れるわけねーだろ。」 念を押してくる光彦を不思議に感じながらも,コナンは,そう答えて教室に向かった。 「…ってよー…。アイツ,自分で言っといて,忘れてんじゃねーだろーなぁ…。」 間違いなく,光彦は,今日の放課後と言っていた。 なのに,授業が終わって,もう30分が経過している。 違うクラスだというのであればわかるが,同じクラスで同じ授業をとっているのに,何をしているのだろうか。 既に,教室には,誰も残っていなかった。 ………早く来ねぇと,帰っちまうぞ…。 そんな事をコナンが思い始めた時。 「すいません,コナン君っ!」 と言いながら,光彦が慌てて教室に入ってきた。 「おっせぇよ,バーロ…。」 「すす,すいません!ちょっと,心の準備が…。」 「……はぁ?なんだよ,それ?」 「いいいい,いえっ,あの,っ,こっちの話しで…っ!」 「…ふーん……?」 光彦がしどろもどろに話している姿を見ながら,コナンは思った。 ………やっぱり,オカシイ。 どう考えても,朝から様子が変だ。 自分に対する接し方といい,らしくない言動といい…。 もしかすると、自分にも話しづらいようなことで悩んでいるのかもしれない,と考えたコナンは,光彦を気遣って声をかけた。 「おい…,無理して話さなくてもいいんだぜ?」 「…え…?」 「だってよー,言いづれぇ事なんだろ?オメーの話したい事って。」 だが,光彦は,そのコナンの言葉に首を横に振ると,まっすぐな視線を向けて言った。 「…確かに,言いづらい事なんです…。でもっ,…今日は,コナン君に,絶対言おうと思ってっ…それでっ…!!」 「…俺に?」 「はいっ!…だからっ…そのっ…,…今日じゃなくちゃ,だめなんですっ!!!」 光彦の態度は,いつになく真剣なものだった。 それを感じ取ったコナンは,多少戸惑いながらも,視線を光彦に向けて言葉を返した。 「わかった。そこまで言うなら,聞かせてもらうぜ。…で?話しって,なんだよ?」 コナンの視線と言葉に,光彦は,一瞬たじろいだようだった。 だが,一つだけ深呼吸をすると,目を瞑って,決心したように口を開いた。 「…江戸川コナン君っ!!!」 「…な,なんだよ?」 その勢いに,コナンは思わずあとずさったが,光彦はそれに構わず言いつづけた。 「ま…前からっ…!」 「…お,おう……?」 「ずっと前から好きでしたっ!!付き合ってくださいっ!!!」 「……………は……………?」 ……今,なんて言いやがった?こいつは…? コナンは,一瞬だけ真っ白になってしまった頭を、懸命にフル稼働させながら,考えた。 ……好き…って,言わなかったか?俺の事……? 放課後。 誰もいない教室。 そこに待ち合わせる約束。 その上での,‘好き’の言葉。 こういうシチュエーションは,ドラマでも小説でも漫画でも,何度でもお目にかかっている。 そして,そういう時の‘好き’は,友情で言うものではないくらい,コナンも理解していた。 たいていの場合それは「告白」という奴で。 普通であればそれは,異性に対して使われるものなのだが……。 ……冗談じゃねぇぞ……。 そんな事を俺に言う男は,服部平次という物好き野郎一人で充分だ。 そう思ったコナンは,ゆっくりと光彦に問い掛けた。 「おい,光彦。…オメェ、言う相手,間違ってねぇか?」 「……え……?」 「オメー,歩美ちゃんがスキとか言ってたろ。…灰原がいいって言った事もあったよな…。言う相手が違うンじゃねぇのか…?」 「………。」 「あ、それとも,誰かに伝えて欲しいってのか?…でも,それもごめんだぜ?ちゃんと自分で伝えろよな。じゃねぇと,誤解を生むしよー…。」 自分の聴き間違いだと思いたいコナンは,必死で光彦を諭し始めた。 だが,光彦は,そのコナンの言葉を黙って聞いたあとで,静かに話し始めた。 「間違いなんかじゃ,ありません…。誰かに伝えて欲しいわけでも,ないんです…。僕は,ほんとに,コナン君に言いたかったんです…。」 「お,おい,ちょっと待てよ……。」 コナンが慌てて光彦の言葉を止めようとすると,光彦はそれを制するように言った。 「確かにっ!!…確かに,信じられないというコナン君の気持ちもわかります…。僕も,始めはそうでした…。僕の,この,コナン君に対する,なんとも言えない苦しい気持ちはなんだろうって…。」 「………。」 「でもっ!…でも,仕方ないじゃないですか…。気がついてしまったんですから…、自分の気持ちに…。そうしたら,もう,手遅れで…。」 「……み,みつひこ……。」 「わかってるんです,受け入れてもらえないって事は…。でも,知っておいて欲しかったんです,僕の気持ちを…。コナン君が,…好きで好きでたまらないっていう,僕の気持ちを…。」 「……………。」 光彦の,細々とした声を聞きながら,コナンは,なぜか,胸が息苦しくなるのを感じた。 これほどまでに,自分を思ってくれている。それが,苦しくてたまらないのだ。 だが、それでも、何の言葉も返せないコナンに向かって,今度は光彦のほうから話しかけてきた。 「…迷惑…でしたか?…そうですよね…。…気持ち悪いですか,僕…?…オトコなのに,オカシイって…。…友達でいたくないって、思いましたか…?」 「…そ,んな…っ」 オトコだとか,オンナだとか。 人を好きになると,そんなことはどうでも良くなると言う事を,既に自分は知っている。 身をもって。 だから,こんな事で,気持ち悪いと感じるはずがなかった。 「…そんな事ぐれぇで,…気持ちワリィとか,思うはず,ねーだろ…。」 「……え……?」 「…友達は,友達だろー…。…ありがとな,光彦。そう言ってくれる気持ちだけで,ありがてぇと思ってる…。」 「え…?…じゃ,じゃあ…!」 少しだけ期待に輝いた光彦の表情を正視できずに,コナンは,顔を俯かせながらこたえた。 「…だけど,ゴメンな?…俺,オメーの気持ちには,応えられねぇ…。」 「………そう,ですよね………。」 「…ワリィ…。」 最初からあきらめていたといわんばかりのその声に,コナンは,ますます表情を暗くしながら答えると,光彦は,小さな声で聞き返してきた。 「…だれかと、付き合って,いるんですか…?今…?」 「………え………?」 その質問に,コナンは,一瞬,声を詰まらせた。 ………付き合って,る?俺が?誰と?…服部と? こういう場合,答えるべきなのだろう。 付き合っている人がいる,と。 だが。 なぜかコナンは,その言葉を言うのを躊躇ってしまった。 そして,つい,答えてしまったのだ。 「…いねぇよ,付き合ってる奴,なんて…。」 なぜかはわからないが,つい口から出てしまったコナンのその台詞に,光彦の表情は一瞬で明るくなった。 「…ほんとですかっ!!!」 「…あ、ああ……。」 すると光彦は,待っていましたと言わんばかりに,2枚のチケットを取り出して,言った。 「じゃ,じゃあっ!!…これ,サッカーの試合のチケットなんですけどっ!…明日,一緒に,見に行きませんかっ?!」 「…え…?」 「ちょうど,2枚だけ手に入ったのでっ!…あ、イヤなら、無理にとは,言いませんけどっ!!!」 「…ひょっとして,オメー,それで,今日じゃないとだめだって言ったのか…?さっき…?」 明日の試合,という言葉に気がついて、コナンが聞き返すと,光彦は照れながら言った。 「あ…いやあのっ…,…じ,実は…そうなんですけど…。」 そうして,俯き加減に顔を赤らめる光彦を見た瞬間に。 ―――ドキン。 コナンの胸が,一瞬,高鳴った。 ………え…あ、あれ……? それが合図になったかのように,コナンの胸は,続けざまに鳴りだした。 一瞬でも、意識してしまったせいなのだろうか。 ………ちょ…な,なんだよ,これ…? 決して,光彦を意識してこうなってるのでは,ない…と,思いたい,…が。 だが、しかし,この動悸は,どう考えても……。 ………ちょ,ちょっと待てって,オイ……! じょ,冗談じゃねーぞ。なんだってんだ,俺…?! コナンが,意識しない自分の心の変化にパニックを起していると。 それを知らない光彦は,急に黙ってしまったコナンを見て,恐る恐る声をかけてきた。 「…あ、あの…?だ,だめですか…?明日…?」 その光彦の言葉で我にかえったコナンは,慌てて答えた。 「え?…あ、いや,別に,暇だけどよー…。」 「え…?じゃあ、一緒に,行ってくれるんですねっ?!」 「…あ、あぁ……。」 「ありがとうございますっ!!」 ………ほんとは,ここで,断るべき,だよなー…。 光彦の嬉しそうな言葉を聞きながら,コナンはそう思ったが,時,既に遅し。 翌日の待ち合わせ時間と場所を,即座に決めてしまった光彦は, 「じゃあ,明日,早いですから。」 と言って,教室を出て行ってしまった。 後に一人残されたコナンは,混乱した頭と気持ちを抱えながら,しばらくの間,途方にくれていた。 ………なんで,俺……。 どうして。 服部と付き合っている,と。 言えなかったのだろう。 いや,服部の名前を出さなくても。 どうして,付き合っている奴がいる,と言えなかったのだろう。 どうして,光彦を見て,胸が苦しくなって,あんなにドキドキしたのだろう。 ………わかんねぇよ…。俺,どうしたらいいんだよ…。 ぐちゃぐちゃになった心には,平次の笑顔しか浮かんでこなかった。 その夜。 コナンは,9時をまわっても帰ってこない平次を,待ちつづけていた。 というのも,一刻でも早く平次に会って,胸の中にあるもやもやを,解消したかったのだ。 平次の顔を見て,その体温に触れたら。 きっと,この変な動悸も静まるだろうと,思えたから。 だが、なかなか平次は帰ってこない。 そればかりか,少しでも油断をすると,なぜか光彦の顔が浮かんでくる。 そして,それにつられて,胸の動悸も激しくなってきてしまうのだ。 「…だーっ,なんなんだよ,もうっ!!!」 それを打ち消そうとして,慌てて首を振ったり,他の事をして紛らわせようとするのだが,一向に効き目がない。 効き目がないどころか,余計に気になってしまう。 「…早く帰って来いー,はっとりー…。」 やがて、そんな悪循環を繰り返すコナンの耳に,電話の音が飛び込んできた。 9時も30分をまわっている。 コナンは,すぐさま起きあがって電話機に向かうと,勢い良く受話器を取り上げた。 「はいっ,もしもしっ?!」 「…なんや,どしたん?」 それは,コナンが待ち焦がれていた,平次の声だった。 「…どうしたって,何がだよ…。」 素直に「オメーの帰ってくんのを,待ってんだろっ」などとは,口が裂けても言えないコナンは,ついキツイ口調で,そう答えてしまう。 だが,平次もそんなコナンの態度には慣れたもので,くすりと笑うと,すまなそうに言った。 「…待たせてしもたみやいやな、すまん…。せやけど,まだ帰れそうにないわ…。…ホンマ,堪忍な…。」 「…なんだよ,いそがしーのかよ…。」 「ああ…。急に,ちょっとした事件で駆り出されてしもて…。せやから、先に休んどってくれへん…?」 そういう平次の声は、かなり疲れているようだった。 …ちょっとした事件,と口では言っているが。 未だに「帰れそうにない」というところをみると,難しい事件なのだろう。 そして、そんな平次に対して,自分の都合で「早く帰って来い」などというほど,コナンも子供ではない。…たとえ姿が高校1年生であっても,中身は,平次と変わらないのだから。 平次にいらぬ心配をかけないように,コナンは,わざと大きめの声を出すと,いつもの憎まれ口をたたいた。 「バーロ。オメーなんか,帰ってこなくてもいんだよ。誰も待ってたりしねぇんだから。…だから,絶対事件を解決して来い。じゃねぇと,許さねーからな?」 「なんや,冷たいなー。励ましの言葉はないんかい。…せやけど,工藤の声聞いたら,すぐに解決しそうな気ぃしてきたわ♪」 「…ったりめーだ。いいか,タラタラやってんじゃねーぞ?」 「わかってるわ。…じゃな,お休み,工藤。」 「あぁ。じゃあな。」 やがて,通話が切れて,受話器から機械音だけが聞こえてくると,コナンは盛大な溜息をついた。 「…勘弁してくれよ……。」 いくら,先に休んでいろと言われても,こんな気持ちでは,眠れそうにない。 そう思ったコナンは,とりあえずいつでも眠れる準備をして,ひたすら平次の帰りを待ちつづけた。 「…ん……あれ……?」 眩しいほどの日差しを感じてコナンが目を開けると,そこは自分の部屋の、ベッドの上だった。 時刻は,朝の8時。 光彦との待ち合わせは10時だから,ちょうどいい時間に目がさめたらしい。 そこまで考えて,コナンは,ある事に気がついた。 「…あれ?…なんで,俺,自分の部屋で寝てんだ…?」 昨日の夜は確か,居間のソファで,平次を待っていたのではなかったか。 夜の2時くらいまでそこにいたのは,はっきりと覚えているのに、いつの間に,自分の部屋に入ったのだろう。 …考えられる理由は,ただ一つだ。 コナンはそう思うと,そっと平次の部屋を覗いてみた。 すると,案の定,そこには,自分のベッドにダイブする形で寝入っている平次の姿があった。 布団すら掛けないで。 コナンは,そんな平次の姿に呆れると,静かにその部屋に入った。 そして,寝ている平次の上から,布団をかけてやりながら,呟いた。 「…バーロ。俺を部屋に運ぶくらいなら,テメェの布団くらい,ちゃんとかけて寝ろっての…。」 だが,平次は熟睡しており,コナンのそんな声は聞こえそうもない。 ………そういや,今日は,非番だって言ってたな…。 昨日の帰りが早ければ,今ごろ目を覚まして、朝ご飯などを作っていそうだが。 ………この様子じゃあ,しばらくは目ぇ覚ましそうもねぇな。 そう思ったコナンは,平次に向かってそっと微笑むと,ポツリと囁くように言った。 「…ったく,オメーも,光彦も…。俺なんかの,どこがいンだよ…。」 その言葉に,平次からの応えが返ってこないのを確認すると,コナンは小さく溜息をついた。 「コナンくーん,こっち,こっちですぅ!」 光彦と待合わせをした,とある喫茶店。 そこで,自分を呼ぶ声が聞こえて,コナンは声のした方向を見た。 すると,そこには,顔いっぱいに笑顔を浮かべている光彦が,椅子に腰掛けたまま,コナンに向かって大きく手を振っていた。 ………おいおい…。そんな嬉しそうな顔,すんじゃねーよ…。 コナンは,そんな光彦に向かって片手を挙げると,複雑な気持ちを抱えたまま,そのテーブルに歩み寄った。 「おう,はよ,光彦。…待たせちまったか?」 時間ちょうどに来たコナンが,それでも、しばらくそこで待っていた様子の光彦に声を掛けると, 「いえいえ,とんでもないですっ!僕も,たった今来たところですよ!!」 という、セオリー通りの答えが返ってきた。 ………嘘付くんじゃねぇっての…ったく…。 光彦の気遣いは,今のコナンには気が重い。 胸にたまるもやもやに,一つだけ溜息をついたコナンは,光彦にそれを気付かれないように,無理に笑顔を作って言った。 「…まだちょっと,時間があるよなー…。コーヒー頼んでも,いいか?」 「いいですよ,ゆっくりしていきましょう!!」 光彦にしてみれば,コナンと2人でゆっくり語る時間ができることは,この上なくうれしいことなのだろう。 コナンに向けた笑顔は,幸せそうなものだった。 それから,10分が過ぎた頃だった。 会話も,それなりに弾んでいるその最中に,急に,光彦が声をかけてきたのだ。 「…コナン君…,…やっぱり,迷惑、でしたか…?」 「……え……?」 「…さっきから,僕との会話も,うわのそらの様な気がして…。つまらないですか,やっぱり…?」 光彦にそう言われたコナンは,内心,かなり驚いていた。 ……わかっちまってたのか…。 うわのそら,といわれればそうだった。 光彦の表情を見るたび,なぜか,平次を思い出して。 だけど,光彦に話しかけられるたび,その嬉しそうな顔にドキドキして。 自分の気持ちがどうなのか,ずっと考えつづけていたのだ。 だが。 「…つまんねー事,ねーよ…。…ワリィな,気ぃ使わせて…。」 それは本当だった。 光彦と,2人きりで話すことも,新鮮な気持ちがして,充分楽しいのだ。 しかし,光彦には,その台詞が納得いかなかったらしく,少しだけ顔を俯かせながら,言った。 「…コナン君,付き合ってるひとがいないって,本当,ですか……?」 「……え……?」 「コナン君の事を見てると,そうは思えないんです…。なんだか,時々,誰かに遠慮しているような感じがして…。…どうなんですか,コナン君…?」 「………。」 コナンは,その光彦の問いに,答えることが出来なかった。 答える言葉が見当たらなかったわけではない。 他の事が,気になり始めていたのだ。 ………なんだ,この,焦げ臭いにおい……? 鼻を突くような,モノの焦げた,匂い。 先程からずっと匂ってはいたけれど,だんだんと強くなってくる事が気になったのだ。 「……コナン君?どうしました?」 光彦が,様子のおかしいコナンに気がついて声をかけた,その時,だった。 「きゃああああっ!!!」 突然の悲鳴と共に,赤い色が,二人の目に飛び込んできた。 「なんだ?!」 コナンが,すぐに視線を走らせると。 …厨房の方に,真っ赤な火柱が上がっているのが、見えた。 ………炎?!…まさか、火事?!! やがて火の手は,その勢いを増しながら,客のいる店先へ侵入してくる。 「………チッ…!!」 それを見たコナンは,舌打ちをすると,すぐに椅子から立ちあがった。 そして,何が起こってるのかわからないまま呆けている光彦に向かってハンカチを差し出すと, 「鼻と口にあてて,床に座ってろ!!」 といって,そのまま走り出した。 「お,落ちついてください,お客様,大丈夫です,すぐに消えますから,いま,消火器で……!」 店の責任者らしき人物が,すぐに,客の前に姿を現して,慌てた様子で呼びかけはじめたが。 しかし、そんな様子で呼びかけられても,誰一人として落ちつくはずがない。 それどころか,次第にざわめきが多くなり,やがて悲鳴に変わり,泣き叫ぶ声まで上がってくる。 それを聞いたほかの客も,どうしていいかわからずに,ただただ右往左往しているばかりだった。 …店の中では,パニックが起こりつつあった。 もちろん、そうしている間にも火の手は回りつづけ,壁を伝った炎が、店全体を包み始めようとしていた。 光彦も,そんな中で,体を震わせながら床にへたり込んでいた。 「…コ,コナン君…ど,どうすれば…っ!」 その時。 突然,店の外に面したガラス窓が,片端から割れて行く音が聞こえてきた。 店内にいた客の誰もがそちらを見ると。 「……コナン君……!!」 コナンが,テーブルにおいてあった椅子を使って,窓ガラスを全て叩き壊していたのだ。 「お,お客様,困ります,勝手をされては……!」 先程の責任者らしき男が,混乱した様子で,窓ガラス1枚いくらと,コナンに声をかけてきたが、 「うるせぇ、さがってろ!!!」 コナンは,そう一蹴し,全ての窓ガラスを取り除いた。 そして、 「いまのうちに,みんな,逃げろっ!!」 というと,そのコナンの一言がきっかけになったように,店にいた誰もが,叫び声をあげて店の外に流れ始めた。 その様を見ながら,光彦は,ただただ体を震わせていた。 すぐに,光彦の様子に気がついたコナンは,駆け寄って声をかけ,立ちあがらせようとした。 「なにやってんだ,光彦!!」 「コ…コナン君…た,立てないんですぅ…っ!」 「…ったく…っ!!」 コナンはそう言うと,目に涙を浮かべて訴える光彦の両腕を,自分の両肩からまわして,背負うように引っ張りあげた。 「ほら,しっかりしろっ!」 既に,店には,誰も残ってはいない。 あの,責任者でさえも。 ………もう,2度と来ねぇぞ,こんな店……。 コナンは,そう思いながら,光彦を引きずって歩き出そうとした。 その瞬間。 「コナン君,危ないぃぃっ!!」 思わず叫び声をあげた光彦の目に映ったのは,炎に包まれた店の柱が,コナンと光彦の頭上から降って来るところだった。 ………来るっ!!! 反射的に目を瞑った光彦は,やがて,何かに包まれたような感覚を覚えながら,冷たい床に倒れこむのを感じた。 ガシャアアアンッ!! やがて,その耳には,柱の倒れた音が入ってくる。 ………うわっ……!! 光彦は,とっさに手を強く握り締めると,それを,自分の両耳に当てた。 ……だが,不思議な事に,その音が聞こえても,自分には何の衝撃もない。 不思議に思いながら,恐る恐る目を開けてみると。 「…こ……コナン君っ?!」 光彦を床に押し倒し,その上から庇うように体を投げ出しているコナンの姿が目にはいってきた。 「コ……コナン君,大丈夫ですかっ?!コナン君っ?!…返事をしてくださぁぁいっ!!」 一瞬で全身の血の気が引いた光彦は,コナンの肩を手加減無しに揺すった。 すると,気絶をしているわけでもなかったらしく,そのコナンの口から,小さな声が聞こえてきた。 「う…っるせぇぞ…光彦……。」 「こ…コナン君っ?!大丈夫ですかっ?!」 「…ンなワケねぇだろ……っつぅ…。」 その声を聞いて,思わず視線を走らせた光彦は,コナンの足の上に,柱で押しつぶされた金属製のテーブルが乗っているのを見つけた。 「い…いまどけますから,ちょっと待って……っ!!」 すっかり青ざめた光彦が,そのテーブルをどけようと立ちあがると,コナンはそれを,鋭く制した。 「触るな,光彦っ!!…触ったら,火傷しちまうっ!」 「えっ…?!」 思わず,びくりと体を震わせた光彦の目には,既に涙がこぼれんばかりにたまっている。 そんな光彦に,コナンは笑いかけると,なるべくゆっくりと話しかけた。 「いいか,落ちついて聞け。…俺の足は,いま,動かせねぇだろ。だから,光彦,オメェはあの窓から逃げて,助けを呼んできてくれ。…わかったか?俺なら,大丈夫だから…。」 「…でっ,でもっ!…コナン君を,一人にして,なんて…!!」 青さを通り越して,既に真っ白になっている自分の顔を,光彦は必死で左右に振る。 だが,コナンはそんな光彦の肩に手をおくと,そっと力を込めながら言った。 「俺なら,大丈夫だって言ってるだろ…?それに,ここでこうして2人で並んでたら,助かるモンも助からねぇ。そうだろ?」 「…コ,コナンくぅん…!」 なおもためらう光彦に,コナンが痛みを堪えながらなだめようとした,その時だった。 コナンの耳に,自分を呼ぶ,聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「…ど…くど……工藤っ?!居るんか?!居ったら返事しぃっ!!」 「……はっと…り……?」 まさか,と思った。 いるわけが,無い。こんなところに。 平次の事は,起さずに出て来た。あまりにもよく眠っているので,起すのが忍びなかったのだ。 それに,出掛けることも,昨日,急に決まったのだ。昨日からコナンと会話を交わしていない平次が,待合わせの場所を,知っているはずが無い。 だけど。 「工藤っ!!居るんやろっ?!どこやっ?!!」 ……この声は,紛れも無く,服部の,声だ。 そう悟ったコナンは,光彦が聴いているとかいないとか,そんなことも関係なく叫んでいた。 「はっとりっ!!…服部,ここだっ…!!!」 「くどぉっ?!…ちょぉまっとれっ!!」 コナンの声をきいた平次は,すぐさま割れた窓ガラスを潜り抜け,炎の中を駆けつけてきた。 「工藤っ!」 そして,コナンの様子を見るや否や,すぐに,その足の上に乗っているテーブルを鷲掴みにして,押しのけようとした。 「ば…っか,オメェ,火傷する…!!」 「あほうっ!火傷がなんや,お前の足のほうが大事やっ!!」 制止の言葉に対してそう言い放った平次は,熱ささえも感じないような手つきで,コナンに乗っているテーブルを放り出した。 そして。火傷したであろう手をコナンに伸ばすと,自由になったその体を,すかさず抱き上げた。 「すまんっ…!!来るのが,遅ぅなった…!!」 「…ばー…ろぉ…っ!ホント,おっせぇよ…!!」 コナンは,抱きかかえられたまま平次の首に手を回し,その胸に顔をうずめた。 「もう大丈夫や,安心しぃ…。…ホンマ,堪忍な…。」 平次は,しがみついたままのコナンに向かって,そう声をかけた後,すぐに光彦に向かって言った。 「…おい,ボウズ,お前も助かりたかったら,自分でついて来ぃや。…ええか,俺は,お前にまでまわす手ぇないで?」 その服部の口調が,いつもよりも少し刺があるなと感じながら。 すっかり安心してしまったコナンは,ゆっくりと,気を失っていった。 この時店内にいた客や従業員は,全員無事に助かっていた。 光彦は,幸い,軽い火傷だけ。 平次の手の火傷も,冷やしておけば治る程度で済んだ。 コナンのケガは,左足の骨にひびが入ったものの,火傷もそれほどのものではなく,入院まではしないで済んでいた。 だが,心配した平次が,その後一週間は学校を休ませ,もういいというくらいに世話を焼いたのは,普段の彼の性格を考えれば,当然の結果であると言えるだろう。 一週間の休みの間に,コナンにいろいろな見舞い客が来ていった。 その中にはもちろん,光彦を含めた幼馴染…哀や歩美,元太らの姿もあった。 彼らは,相変わらずの仲の良さで,一緒に来ては騒ぎ,楽しそうにしていた。 だが,哀達が帰ったその後で,光彦は一人で残り,そっとコナンに言った。 「…コナン君,僕,なんと言ったらいいのか……。」 コナンに怪我をさせてしまったのは,自分に責任があると思いこんでいるのだ。 だが,コナンはそんな光彦に笑って言った。 「ばーろぉ。オメーのせいじゃねーだろ?…運が悪かっただけだって。気にしてんじゃねーよ。」 だが,コナンのその言葉に首を振ると,光彦は,小さな声で言った。 「…いえ…。やっぱり,僕がしっかりしていれば…。僕のせいじゃないって言ってくれるコナン君の気持ちは,ありがたいんですけど…。」 「…だーかーらー…。」 コナンとしては,本当に,そんな事で光彦に責任を感じて欲しくないのだ。 どちらかといえば,こういう事を呼びこむ運があるようだ,と自分で気がついているだけに,巻き込まれたのは光彦の方じゃないかという思いの方が強いのだ。 そう考えて,更に言い募ろうとしたコナンの声を制して,光彦は言った。 「コナン君が…病院で,治療を受けている間に。…僕,言われました。…服部さんに。」 「…はっ…へ,平次にーちゃんに?」 思わず‘服部’といいそうになって慌てて言い直したコナンを見て,光彦はくすりと笑った。 「大丈夫ですよ。…もう,わかってますから。普段は,服部って呼んでいる事を。」 そう言って,光彦は,病院でのやり取りを教えてくれた。 「ボウズ。よう、聞いとけや。今回は,くど…コナンが,助かったから何も言わん。せやけど…今度,これ以上のケガさせてみぃ?一生,許さへんで?」 平次は,包帯に巻かれた両手を,これ以上ないくらいに握り締めながら,そう光彦に言った。 それは,光彦の事を責めているのではなく,平次自身を責めているようにさえ,感じられて。 光彦は,ただ,ポツリと呟いた。 「…すいません…。…僕が,不甲斐なかったから…。」 その光彦の言葉を聞くと,平次は,急に表情を変えて言った。 「いや…すまん。ちょぉ,キツイ言い方してしもたな。…せやけど,嘘やないで?またアイツが大怪我する事があったら,オレは,誰も許さん。傍に居った奴も…オレ自身も。」 「………。」 「今回の事で,わかったやろ?」 「…え?…何をですか?」 平次の問いかけが,あまりにも急なものだったので,光彦はすぐに聞き返した。 そんな光彦に,諭すように,平次は言った。 「…あいつは,コナンはなぁ。…誰の事も,助けようとする…いや,助けられるんや。自分の事も,気にせんと、な。…せやから,あいつの事は,オレが助けたらなアカン。一生,そばにおって…な。」 「………。」 「…コナンに好きや何やと手ぇ出すんやったら,それくらいの覚悟,してから来いや。できんのやったら,オレは認めん。」 「…そ…れは……。」 「まぁ,覚悟できても,結局は認めんケドな?オレは,あいつの事,絶対に手放さんからな。…オレにたてつくんは,百年早いで?」 光彦の,その話を聞いて,コナンは,自分の顔が熱くなるのを感じていた。 ………服部の…やろー…っ! そこまで言ってしまっては。 ‘俺とコナンはそういう仲や’と言っているようなものではないか。 現に,光彦は,そのことに気がついたらしかった。 「…前から,そうかもしれないとは,思っていましたけど…。でも,コナン君が‘付き合っている人はいない’と言っていたので,つい,調子に乗っちゃいました…。」 「あ…だから,それはっ…!」 「…わかってます。僕に,気を使ってくれたんですね?」 「………あ………?」 「本当は‘服部’なんて,普段から気安く呼ぶような仲なのに…。僕を落ちこませないために…。」 「………あ……えーと……。」 コナンが,なんと言い訳しようかと焦っていると,それに気付かない光彦は,一人で淡々と語り始めた。 「…だけど,僕,決心しました。…僕,僕は,これから頑張って,君に似合う男になりますっ!!…そう、コナン君に似合う,逞しい男になって,そして……っ!」 ………なんか,変だ。この,話の運び方は。 そう思って,コナンは内心で後ずさりしていたが。 そんな事には気がつかない光彦は,大声で自分の一大決心を披露していた。 「服部さんのライバルになって,いつか必ず,コナン君を手に入れて見せますぅぅっ!!!」 ………勘弁してくれよ……。 コナンは,その光彦の背後に,燃えあがるオーラのようなものを感じとって,うんざりした気持ちになった。 ………なんでこう,服部といい,光彦といい…。 本人の気持ちを無視したところで,盛り上がれるのだろう…。 「それは災難やったな♪」 光彦が見舞いに来た時の話をコナンから聞きながら,平次は,さも楽しそうに答えていた。 「ジョーダンじゃねーよ…。…オメー,煽ってどうすんだよ,光彦の事…。」 コナンは,ソファーに埋もれながら,キッチンで洗い物をしている平次に声をかける。 「煽ったつもりないで?ただ,百年早い,て言うただけやん。」 「…それが煽ってるって言うんだよ…。どうすんだよ,これから…。」 考えただけで疲れる,といわんばかりのコナンの態度に,平次は振りかえって言った。 「ええやん。…‘誰とも付き合ってない’んやろ?」 「…イヤミか,てめぇ…。」 明らかに皮肉とわかる平次の声に,コナンは思わず口篭もってしまう。 しかし,それでもなんとか答えようとすると,今度は優しげな平次の声が,その抵抗を阻んだ。 「冗談やて。…気にせんでもわぁっとるて,工藤の気持ちは。」 「…なんで,オメーがわかんだよ…。」 ………俺にもわかんねぇのに…。 コナンが,そんな気持ちを口に出来ずにもごもごしていると。 洗い物を終えた平次が,コーヒーのカップを2つ持ちながら,コナンの隣に座って言った。 「じゃあ,言うてみ,工藤?…あいつに‘好きや’て言われた時,どう思ぉた?」 「…怒んねー…?」 「なして怒んのや。…素直に言うてみ?」 首を竦めて,子供の様に答えるコナンの頭を撫でながら,平次が聞いて来た。 「…なんか,ドキドキして…。…俺,まじでヤバイと思った…。」 「…したら,何で,‘付き合ってる奴はいない’て言うたん?」 「…わかんね。…オメーの顔は,浮かんだけど…。…付き合ってるってのとは…違うような…気が…して…。」 そこまで言って,コナンは,やっと自分で気がついた。 なぜ,ドキドキしたのか。 どうして,付き合ってる奴はいないと,答えたのか。 「…ひょっとして,服部,オメーも‘好きだ’って言われたら…ドキドキ,する,よな…?」 「当たり前やん?それが,仲ええ友達やったら,なおさらや。」 やっとわかったか,といわんばかりの平次の笑顔に,コナンは,顔を赤くしながら答えた。 「そ…っか。…別に,好きだから,とかじゃ,ねーんだ…。」 ………なーんだ……。 コナンだって,別に‘好きだ’といわれたのが,初めてではないけれど。 ‘仲のいい友達’のような,自分にとって近い存在にそう言われたのは,光彦が初めてで。 だからこそ,ドキドキしてしまったのだろう。 …蘭とは,そういう言葉を,交わした事が無かったから。 そして,付き合っている人はいない,と答えてしまったのも。 「…俺達,付き合ってるってのとは,違うモンなー…。」 付き合っているといえば,言えなくも,ない。 だが,そういう関係ではないのは,お互い知っている。 …そういう、簡単な言葉だけで済ませてしまえるような、浅い関係ではないのを,よく,知っている。 恋人で。 ライバルで。 でも。 ずっとそばにいると,誓った。 心のどこかで,必ずつながっている。 「そうやろ?…オレら,もう,家族やもん。な。」 「……バーロォ……。」 平次のあっさりとした言葉に,更に顔を赤らめながら,コナンは俯いて答えた。 「はずかしー事,言ってんじゃねーよ…。」 「せやけど,そうやろ?」 「………だな………。」 消え入りそうなその肯定の言葉に,平次は,満面の笑みを浮かべて,コナンを抱き寄せた。 後で知った事だが。 この時は,余裕をぶちかましている平次も,内心は気が気ではなかったらしい。 というのも。 寝ているフリをして,驚かせようと思っていた,非番の日の朝。 本当は起きていた平次の耳に,コナンの口から,ある言葉が聞こえてきたからだ。 「…ったく,オメーも,光彦も…。…俺なんかの,どこがいンだよ…。」 実を言えば,ベットから飛び上がらんばかりに驚いたのだ。 そんな台詞を聞けば,告白されたのだと言う事は,いやでも想像できる。 平次は,無理やり問いただしたい気持ちを抑えつけて,コナンが出かけた後に,こっそり後をつけたのだ。 ところが,付けている途中で,お年寄りに道を尋ねられて。 (なぜだかわからないが,平次は,こういう声をかけられやすい) コナンを見失っている間に,火事が起こってしまい。 駆けつけてみたところ,案の定,コナンが巻き込まれていたというわけだった。 コナンがそれを知って,密かに喜ぶのは,もう少し後の話なのだが。 絶対に護る。 一緒に暮らし始める時の,約束。 それがあったから,というわけではないけれど。 火事の中で,助けに来てくれたのは平次だ,と確信して。 それまでは張り詰めている事ができた緊張の糸も,その瞬間に緩んでしまった。 服部,という叫びと共に。 そんな関係が,付き合っている,という一言で済むはずが,ない。 他の人間の一言で,ぐらつくはずも,ない。 …光彦には,ワリィけど。 コナンは,そう思って,平次の胸の中で,くすりと笑った。 …この勝負,オメェには,ぜんっぜん勝てる見込みはねぇぜ?光彦。 さっさと諦めちまえよ。 俺が必要なのは。 服部平次,だけだから。 fin |
written by もえ