45.失望・落胆への勝利

●聖書箇所[各段落ごとに表示]

 子どもは誕生日に欲しい物が与えられず落胆します。思春期になると、なぜこんな家庭に生まれたのだろうと、テレビドラマで表現される理想的な家庭像と比較し自分の運命を呪います。生きるとはまさに失望や落胆との戦いでしょうか。
 運命的な世界観によると答えはひとつ、すなわち「あきらめなさい!」。けれどもあなたを愛してくださる、まことの神さまはそうはおっしゃいません。どんな種類の失望や落胆との戦いにも勝利できると励ましてくださいます。ローマ人への手紙8章35−37節のおことばは真実です。どのような方法によってでしょうか。

健康な身体[ヨハネの第3の手紙2節]

 あなたから希望を失わせ落胆させる、ひとつの大きな原因となるのが不健康な身体です。そこでいくつかのあたりまえの提案をしましょう。

  • 第1に規則正しい食生活。

 人は霊魂だけではなく、身体とともに成り立っています。両者ともに神さまからの贈物ですから、正常に保つように努めなければなりません。以前アフリカで長身族と短身族との間に争いがありましたが、普段は仲の良かった彼らに武器を取らせた理由が食料不足でした。この強力な食欲は神さまからあなたに与えられたものであり、生きるに必要な正当な欲求です。不規則でなく、かつ栄養バランスの良い食事を取るように自制を働かせる責任が私たちにはあります。

第2に十分な睡眠。

 あなたが寝ているその間もあなたの親である神さまは働いてくださっています。年中無休でしかも24時間勤務です。最初の人アダムに必要だとして神さまが肋け手として妻エバを用意してくださったのは彼が眠っている時でした。睡眠を充分にとって働くべき時に一生懸命に働くようにしましょう。

第3に休息。

 休んでいると何か悪いことをしているかのように思うのは心が病んでいるとまでは言いませんが、神さまに喜ばれる考え方ではありません。心の病は少しずつではありますが、確実に身体の病を招きますし、反対に身体の病や酷使も心を不健康にして行きます。
 神さまは天地創造の際、人間をお造りになった時、7日目を休みの日とされました。この日は生まれたばかりの人間にとって最初の日でした。(ですから週の最初の日、つまり日曜日には仕事を休んで礼拝をします)。
 戦時中、月月火水木金金で工場を稼働させた時代がありましたが、神さまのお造りになった秩序をくつがえすようなことは決してうまく行くはずがありません。はたしてその通りになりました。もちろん休息とはただ単に身体を横たえることではありません。時に散歩し、趣味を楽しむこともあるでしょう。軽い運動もし、旅行をすることもあるでしょう。

 エリヤは神の預言者でした。時代は偶像礼拝はなざかりしアハブ王とイゼベル王妃の頃。彼は神さまのおことばを携えてひとりで偶像バアルの預言者450人と戦います。そして歴史に残る偉大な勝利を収めたのです。けれどもやはり並みの人間でした。空腹と睡眠不足と疲労には勝てません。イゼベルによる脅迫にはひとたまりもありませんでした。体力の回復こそ緊要でした。神さまは彼を見捨てることなく、健康な力あふれる身体を再びお与えになり、もう一度立ち上がることができるようにしてくださいました。(第1列王記18、19章)

健康な霊魂[テモテへの第2の手紙3章15-17節、ヨハネの第3の手紙2節、ペテロの第一の手紙2章2節]

 霊魂の食物であるみことばを読みましょう。どんなに忙しくてもあなたは食事をなさるでしょう。私たちは生きる上で何が一番大事であるかをよくわきまえなければなりません。
 スザンナ・ウェスレーは後世に名を残すジョン、チャールズなど19人の子を持ったひとりのお母さんです。毎日必ず1時間のデボーション(みことばとお祈りの時)を欠かしたことがなかったと言われています。
 みことばには第1に栄養が充分にあります。第2に充分に消化することができる程度の軟らかさがあります。それでも軟らかさも程度があります。補助教材(ハレスビー著『日ごとの糧』などの参考書を使ったり、聖書に忠実なメッセージをよく聞くなど)もありますので必要に応じて使ってみましょう。
 聖書は神の霊感によって、つまり聖霊さまのインスピレーションによって書かれました。今あなたが(イエス・キリストが罪からの救い主であられることとみことばをみことばとして)信じてお読みになると、内住の(あなたの中に住まわれる、の意味)聖霊さまが信仰に応じて少しずつ分かるように導いてくださいます。聖霊さまによって神さまのあなたに関するみこころ、すなわちあなたの人生に関する個人的な計画をあなたは知ることができ、これが霊魂の健康な状態を招くことに貢献します。イエスさまの12弟子は十字架の時にちりぢりになって逃げてしまいました。このような彼らを再度立ち上がらせたのが聖霊さまのこのようなお働きでした。

奉仕[コリント人への第一の手紙12章28節、エペソ人への手紙4章11、12節]

 使徒の働き6章1節から6節までの間に初代教会の運営における役割分担の記事があります。ギリシャ人とユダヤ人のそれぞれ信者の間に葛藤がありました。ギリシャ人の信者はユダヤ人の信者に比べてやもめへの配給に関してなおざりにされていると言うのです。この時の解決策が奉仕の分担でした。使徒たちはみことばの説教とお祈りのために、ここで選ばれた7人は食卓に召されているとしたのです。こうしてキリストの体(教会)は見事な前進をしました(同7節)。
 教会はひとつの有機体です。ひとつの頭(キリスト)のもとにすべての器官(信者たち)がそれぞれ与えられた賜物に従って働きます。あなたにはさまざまな賜物があります。第1に生まれながらのもので5体や5感。第2にクリスチャンになるまでに得たもので、特に家庭や学校生活などを通して与えられたもの。第3にクリスチャンになってから得たもの。
 取税人マタイは第1のものも第2のものも充分持っていました。彼のもっている事務能力というか計算能力というか、それらは抜群でした。そのため彼の生活は充分すぎるくらいに裕福でした。でも悪い性質の仕事のままでした。これこそが人に言えない彼の悩みであり、人生の挫折と言ってもいいものでした。イエスさまは彼を呼ばれました。イエスさまは彼に関してひとつの計画を持っておられました。それがその通りになって、マタイは新しく生まれ変わり、聖書(マタイの福音書)を書く栄誉に与かったのでした。4つの福音書はそれぞれ視点を違えてイエスさまのご人格とみ業を記しています。もちろん互いに補い合っていますが、マタイの見方を神さまは高く評価されました。
 今日私たちは40人の聖書記者たちの個性ある表現によって信仰生活やその他の重要かつ基本的なことがらを学ぶことができます。神さまに与えられた賜物において、また与えられた信仰においてあなたが奉仕をするとき、神さまの勝利のわざにあなた自身の生活が組み込まれて行きます。小さなことから始めてみましょう。

他の人と協力[コリント人への第一の手紙12章26、27節]

 孤独でことを進めることが私たちには得意ではありません。一度は掲げた目標に疑いの心が生まれる場合もあるでしょうし、途中で互いに励まし合うことのできる友も欲しくなる場合もあるでしょう。だれひとり自分の力にうぬぼれることはできません。
 第1にあなたの誕生自体があなたの意思とは無関係でした。第2に死ぬ時もほとんどの場合あなたの決断に無関係です。あなたは生と死を永遠に司るまことの神さまのお導きによって成長し、ここまで来ることができました。このことを謙虚に受け止めるとき、あなたはもうひとつの大事なことに気がつくでしょう。友人たちや親や先生などの存在です。神さまはこのような人々の口を通して導いてくださいました。信仰の友の存在も忘れることはできません。彼らの助言やお祈りはなんと力強いものでしょうか。もはや孤独に泣く必要はありません。信仰の友が祈ってくれるとき、神さまの力が、まるで電波のように、見えないけれども力強くあなたのもとに発射され、あなたに祝福は届けられます。祈りにとどまらず何ごとにおいても他の人と協力してことを進めてください。
 私たちはキリストにあってひとつです。信仰の交わりを大切にしましょう。これを教えてくださるのも聖霊さまです。あらゆる試練や困難をのりこえて神さまの祝福と勝利を得られるよう主の御名によってお祈りいたします。


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