ノーキー・エドワーズ物語
いんた〜ぷりぃてっど By 元加賀さん
![]() Nokie Edwards |
第1話 (神童誕生編)
ノエル・フロイド・エドワーズこと通称ノーキー・エドワーズは、
1935年5月9日オクラホマ州ラホマで、父エルダートと母メイの間に生を享けた。
彼の父はバイオリンとギターを弾き、
また多くの兄弟、姉妹たちも、同様にすばらしい音楽の才能を備えていた。
ノーキーは、5歳の時ギターを弾くことに興味を示し、彼自らギターを弾き始めた。
11歳から12歳にかけて、彼はあらゆる弦楽器を演奏することが出来た。
彼の最初のライブは11歳の時ラジオでの演奏だった。
ノーキーはバック・オウエンズのようなよく知られたアーチストと演奏をおこなった。
フェリン・ハスキー、レフティー・フリーゼル、
デビッド・フリーゼル&シェリー・ウェスト、グレン・キャンベル。
そして、1960年に歴史を築いたバンド、
もちろんザ・ベンチャーズ。
第2話 (歴史の幕開け編)
D・ウィルソンとB・ボーグルはワシントンで活動を始めた。
1959年、ボブはクラブへやって来ると、ノーキーとバック・オウエンズの演奏を聴いた。
あくる晩、ボブはドンを連れ立ち、バックとの彼の演奏を聴きに戻って来た。
ドンとボブは彼と、ベンチャーズとの活動の見込みについて話しあった。
彼は、ドラマーとして彼と活動していたスキップ・ムーアをボブとドンに紹介した。
その結果、彼等はスキップに、いくつかの仕事でいっしょに働くよう依頼した。
彼等はワシントン州タコマ周辺の数軒のクラブを回り、
さらに1959年ウォーク・ドント・ランの録音のため、スタジオに出向いた。
1960年の初め、彼等は初のヒット曲ウォーク・ドント・ランを生み出し、歴史は築かれた。
このインタビューの間、ノーキーは常に
「ジョシー・ウィルソン、愛とサポートをありがとう。」と口にした。
ジョシー(ドン・ウィルソンの母)は彼等のファースト・レコード、
ウォーク・ドント・ランをプロデュースした。
第3話 (オリジナル4ここに完成!編)
ザ・ベンチャーズは、ジョニ−・スミスにより作曲され、チェット・アトキンスのアルバム
“Hi‐Fi in Focus”によりレコーディングされた、ウォーク・ドント・ランをアレンジし、創造した。
ベンチャーズは“ウォーク・ドント・ラン”を最初にレコーディングした後、
同名タイトルで彼等のファースト・アルバム“ウォーク・ドント・ラン”のレコーディングにおいて
ハウィー・ジョンソンをドラマーに据えた。
ハウィーは“The Ventures Twist Party Vol.
2”に至るまでの間、
レコーディング・セッションとして、ベンチャーズで活動した。
1962年、ハウィーはグループを離れた。
そしてメル・テイラーに、ザ・ベンチャーズのドラマーとしての活動を依頼した。
ここから、ザ・ベンチャーズは巨大な波となって音楽業界を席巻した。
第4話 (黄金時代編)
ザ・ベンチャーズの多くの有名ヒット・レコードは、この期間に含まれている。
ハワイ5−O、逃亡者、2000パウンド・ビー、イエロー・ジャケット、木の葉の子守唄、ドライビング・ギター、
サーフ・ライダー、ムーン・チャイルド、ペダル・プッシャー、スリープ・ウォーク、
レッツ・ゴー、10番街の殺人、ワイプ・アウト、そしてパイプ・ライン。
ノーキーがベンチャーズと共に活動している間、それに関して本を書くことができるほどの、たくさんの出来事が起こった。
実際にノーキーは、ここしばらくの間、彼の自叙伝に取り組んでいた。しかし、それは一時終了となっている。
いつの日か近い将来、我々はそれを、彼の素晴らしきファンたちが、入手できるようになることを期待する。
ノーキーは1967年にベンチャーズ離れた。しかし1972年に戻り、1984年に再びグループを離れた。
このようにして音楽における、あらゆるスタイルをこなせるよう、彼自身の音楽におけるキャリアを着実に推進している。
19年間の間ノーキーはベンチャーズと共にギターを演奏し、彼とベンチャーズは信じられない程の業績を積みあげた。
あとがき
1543年、この年日本で起きた歴史上の出来事を、みなさんご記憶でしょうか。
そうです。種子島への鉄砲伝来。
日本人にとって初めてとも言える、鮮烈なカルチャー・ショックに襲われた年でした。
そして、約400年の歳月を経て迎えた1965年。
この年日本で起きた歴史上の出来事を、みなさんご記憶でしょうか。
そうです。ベンチャーズによる事実上のエレキ・ギター伝来。
日本人は再び、鮮烈なカルチャー・ショックに襲われました。
その主役を担った一人の男が、“ギターの王様”ノーキー・エドワーズでした。
その衝撃は当時の若者の遺伝子に確実に組み込まれました。
約40年の時を経た現在も、その遺伝子を受け継ぎ、
エレキ・サウンドに魅了された新しいV・ファンたちが、毎年会場に足を運びこます。
当時を知る歴史の証言者の間では、今なおその人気は不動なものを誇り、伝説は語り継がれています。
来日40周年を迎える2002年には、ぜひ【VENTURES・BIG5】の一人として登場し、
伝説に更なる1ページを書き加えてほしいものです。