名探偵ポワロとマープル

『パディントン発4時50分〜その1,殺人者の乗る列車〜』

原作:アガサ・クリスティー   台本:里沙

 

(1:3:1)

ジェーン・マープル ロンドン近郊のセント・メアリー・ミード村に住む老婦人。ミス・マープルと呼ばれている。
上品だが、おしゃべりが大好き。ゴシップも含め、村のことなら何でも知っている。その鋭い観察眼で、難事件も鮮やかに解決。
質素な生活を営み、編物とガーデニングが趣味。
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メイベル マープルの甥レイモンド・ウエストの娘。
好奇心にあふれ行動力もあわせ持ち、時には失敗もするが、いつも元気な16歳。
当代一の女探偵をめざし、ポワロ探偵事務所のドアをたたいた。
オリバーと一緒に、あるときはポワロの新米助手として、またあるときは尊敬する大伯母を手助けしながら、探偵としての腕を磨いていく。
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エルスペス マープルの数年来の友人。
マープル家へ来る途中の列車の中で、殺人事件を目撃してしまう。
17
ハースト セント・メアリ・ミード村の警察官。マープルとは旧知。 6
エマ ラザフォード・ホールのクラッケンソープ家の次女。(エルスペスと被り推奨) 5
ルーサー ラザフォード・ホールのクラッケンソープ家の当主。(ハーストと被り推奨) 6
車掌 列車の車掌。(ハーストと被り推奨) 3
アレックス エマの甥。(ハーストと被り推奨) 6
ジェイムズ アレックスの友人。(Nと被り推奨) 4
不問 ナレーター 20

 

 

 

 

001 メイベル (M)その日、私はマープルおばさまの家で、お友達のエルスペスさんが遊びに来るのを待っていました。

おばさま。今度は何を編んでるんですか?

  安楽椅子で静かに編み物をしていたマープルは、編みかけの子供服を見せる。
  メイベル かわいー!
  マープル 以前、家で働いていたメイドに子供が生まれたのよ。
いつかメイベルが結婚して子供が生まれたら、プレゼントさせてもらうわ。
  メイベル ふふ!うれしい。
  その時、けたたましく玄関のベルが鳴った。誰かが慌ただしく入ってくる様子がする。
  マープル エルスペスが来たようね。
  エルスペス (慌てたように入ってきて)ああ!マープル!
  マープル エルスペス、どうしたの、そんなに慌てて。
010 エルスペス 大変よ!私、人殺しを見たのよ!
  マープル ええっ!?
  メイベル どうぞ、おばさまが作った果実酒です。
  マープル まずはこれを飲んで、気を静めてからゆっくり話を聞かせて。
  エルスペス ありがと。そうさせてもらうわ。(飲み物を飲んで)

ああ…ほんとに恐ろしい光景だったわ。
私、今日、ここに向かうとき、パディントン発4時50分の急行ロクセター行きに乗ったの。
私、とても疲れてたから、本を読んでいるうちに寝てしまってね。ふと目覚めると、直ぐ横を別の列車が走っていたわ。

  列車の中、腕時計で時間を確かめるエルスペス。時刻は、5時50分を指している。
  エルスペス 最初は、何気なく眺めていたんだけど…
  併走して走る列車。
突然、エルスペスの乗る車両の向こう側、反対側の列車の窓のカーテンが引かれた。
そこに映し出されていたのは、背中をこちら側に向けた男性が、女性を絞め殺そうとしている場面であった。
  エルスペス 私の乗った一等車には、他に誰も乗っていなかったから、どうすることも出来なくて…。
車掌に、見たことを話したんだけど…。
  車掌 『男が女を絞め殺した?』
020 エルスペス 『そうよ!さっき追い抜いた列車の中で!私、見たんです!』
  車掌 『失礼ですが、夢でも見ていたのでは?』
  エルスペス 『確かに眠りはしましたよ?でも、夢なんかであるものですか!私は本当に見たんです!』
  車掌 『はぁ…。』
  エルスペス 車掌は、次のブラックハンプトン駅で報告すると言ってたけど、どうも信じられなくて。
見たことを詳しく手紙に書いて、それを、ブラックハンプトンの警察署に届けてくれるように頼んだの。

ああ…あの光景…。今思い出してもぞっとするわ。

  マープル あなたの考えでは、その女性は確かに死んだのね?
  エルスペス 死んだわ。絶対よ!苦しそうに目を剥いて…。
ああ、マープル。あなたは信じてくれるでしょ?
  マープル ええ、もちろんよ。きっと朝になればもっと良く判るでしょうから。
  メイベル 朝になれば?
  マープル その男が女を殺したなら、死体を抱えて逃げるわけにはいかないわ。きっと次の駅で降りたでしょう。
怪しまれないように、死体を角の席に座らせ、毛皮の襟で顔を隠したりして。
でも、遠からず死体は発見されるわ。
030 メイベル そうか。明日の朝刊に載るはずですね。
  マープル 今はそれを待つしかないわ。
  エルスペス ええ…。
  マープル さあ!晩ご飯にしましょう。もうお腹ぺこぺこよ。
  メイベル(M) でも、翌日の新聞にはそれらしい記事はなく、私たちは警察に届け出ることにしました。
  ハースト 本当ですか?それは。直ぐに捜査するよう取りはからいます。
  マープル 助かるわ。
  ハースト しかし、その話が事実だとすると、その死体はどうなったんでしょう。
  エルスペス 列車の中に残されていたら、終点で駅員に発見されているはずです。おそらく外に投げ出されて、まだどこかの線路脇に残されているんじゃないかしら。
  ハースト 判りました。そちらの方も手配しておきましょう。
040 メイベル(M) そしてその日の夕方。ハースト巡査は、捜査の結果を知らせに来てくれました。
  ハースト 問題の列車が走った線路脇も、くまなく探したんですが、女性の死体は発見されませんでした。
現時点で、目撃された女性らしき行方不明者の届けもなく、警察としては、これ以上の捜査は…。
お力になれなくて、申し訳ありません。
  マープル いいえ、あなたは十分頑張ってくれたわ。でも、もう一つだけお願いして良いかしら?
  ハースト はあ?
  マープル パディントン発4時50分の急行ロクセター行きが、5時50分頃に平走する列車を特定して欲しいんですよ。
  ハースト わかりました。
  マープル さあ、忙しくなりそうね。
  メイベル(M) 翌日、私たちはセント・メアリ・ミード村から、ロンドンのパディントン駅に向かいました。
そして、エルスペスさんが乗った、パディントン発、4時50分の急行ロクセター行きに乗ってみたのです。
  エルスペス そろそろ、列車が併走する時間よ。
  だが、時間になっても列車はこない。
050 エルスペス おかしいわね。確かにあのときは直ぐ横を列車が走っていたのよ。嘘じゃないわ。
  マープル もちろん信じてますよ。あなたが嘘を吐くような人じゃないことは、良く知ってるもの。
  そのまま何事もなく、列車はブラックハンプトン駅に着いた。
  マープル 明日は、ハースト巡査に調べてもらった列車に乗ってみるわ。
  エルスペス でも、もしまた併走する列車がなかったら…。
  マープル 大丈夫よ、きっと。
  メイベル え?
  マープル この列車が、ブラックハンプトン駅に着いた時間は、予定より3分遅れていました。
もし時間通りに走っていたら、併走する列車があったのかも知れません。
  エルスペス そう願いたいわ。
ごめんなさいね、マープル。私のせいで…。
  マープル あなたには何の責任もないわ。私は実際、何があったのか知りたいだけなのよ。
060 エルスペス 嬉しいわ、マープル。私の話を信じなかった人たちの鼻をあかして頂戴。
そうでないと私…。(涙声になって)
  マープル 心配しないで。何か判ったら直ぐに知らせるわ。
さ、ロンドン行きに遅れてしまうわよ。戻ったら、南フランスへ旅立つんでしょ?
  エルスペス ええ…。
  メイベル(M) 翌日、私たちは殺人者が乗っていたと思われる、パディントン発4時33分の、マーケットベイジング行きに乗りました。
  メイベル マープルおばさま、そろそろです。
  マープル メイベル。エルスペスが目撃した男のように、ブラインドを背にして立ってくれる?
  メイベル はい。…っあっ!
  メイベルが窓際に立って直ぐに、列車が揺れ、不意を食らったメイベルは窓にぶつかった。その弾みでブラインドが開くと、窓の向こうにはパディントン発4時50分の列車が併走していたのだった。
  メイベル エルスペスさんの言った通りの時間…。やっぱり、昨日は列車が遅れていただけなんですね。
  マープル ええ。そして今、メイベルが蹌踉(よろ)けたように、犯人の男も蹌踉けて、ブラインドに背中を当てたんだわ。
070 そのまま列車は併走し、やがて別々の行き先へと離れていった。
メイベル達が乗った列車は、続く平原の中を走っていく。
  マープル ここで死体を投げ出せば、土手へ落ちていくわね。メイベル、地図をお願い。
  メイベル えっ?あ、はい。
  マープル ちょうど線路が別れて、この辺り…。ラザフォード・ホール。
  メイベル ラザフォード・ホール?
  マープル ええ。お菓子の製造で財産を築いた、先代のクラッケンソープが建てた屋敷よ。確かその息子さんが…と言っても、もう老人だけど、娘と一緒に住んでいるはずだわ。
  メイベル クラッケンソープ…。
  列車では何事もなく、マープル家へと戻った二人。
  メイベル マープルおばさま。これからどうするんですか?
  マープル ここからは、かなりの行動力が必要ね。
080 メイベル 行動力…。
  マープル とにかく見付けなければね。死体を。
  メイベル えっ!?
  マープル あの後も線路に沿って地図を細かく確認したけど、可能性のある場所はラザフォード・ホールしかなかったわ。
私の仮説が正しければ、死体はきっとあの敷地のどこかにあります。
  メイベル でも、どうやって死体を探すんですか?
  マープル そうねぇ…。今それを考えているんだけど。
  メイベル そうだ!メイドとして、あの屋敷に潜り込むのはどうですか?
  マープル なるほどね。そう言えば、メイド紹介所で聞いたことがあるわ。
あの屋敷のミスター・クラッケンソープはとても口うるさくて、メイドが直ぐに辞めてしまって困るそうよ。
  メイベル おばさま!私にやらせて下さい!
  マープル あなたに?それはだめよ。
090 メイベル 何故ですか?
  マープル 考えても見なさい。犯人は実にうまく犯罪をやりきったのよ?警察が何も見付けられなかったとはいえ、犯人としては、事件をほじくり返されるのは喜ばないでしょ。
  メイベル 私が危ない目に遭うかも知れないと?
  マープル そうです。
  メイベル 大丈夫です。探偵になるには、そう言う経験も必要だと思うんです。
おばさまも、私が探偵になることに賛成して下さいましたよね。
  マープル そうは言ってもね…。
  メイベル お願いします。
私もおばさまと同じように、この事件の真相を知りたいんです。
  マープル ………。
ふふ。では、私も側にいないとね。
  メイベル え?
  マープル 昔、私の所にいたメイドのフロレンスが、ラザフォード・ホールの近くに住んでいるのよ。
しばらくそこにお世話になれるよう、頼んでみるわ。
100 メイベル それじゃあ!
  マープル 一週間で何も見つからなければ、きっぱり諦めましょう。
  メイベル はい!私、頑張ります。
  クラッケンソープ邸に来たメイベル。メイドとして、潜入捜査を行うのだ。
そのためには、屋敷の中に入らないといけない。
ベルを押し、屋敷の人の出迎えを待つ。
ドアを開けたのは、一人の優しそうな女性であった。
  メイベル あ、あの。今日からお世話になります、メイベル・ウェストです。
  エマ ああ、新しく来てくれるメイドさんね。エマ・クラッケンソープよ。よろしく。
  その時、メイベルの持っていたバスケットからオリバーが元気良く顔を覗かせ、挨拶でもするかのように鳴いた。
  メイベル すみません、オリバーです。ご迷惑を掛けるようなことはさせませんから、お許し下さい。
  エマ ふふ。こんな可愛い子なら大歓迎よ。甥のアレックスが来たら、きっと喜ぶわ。
  メイベル ありがとうございます。
110 うまくメイドとして雇われたメイベル。エマに部屋に案内された。
  エマ あなたは、この部屋を使ってね。じゃあ、中を案内するから着いてきて。
  メイベル はい!オリバーはここで待っててね。
  エマ あなたには、料理の下準備、それから、掃除とお洗濯をお願いするわ。
  エマに案内され、屋敷の中を歩いていると、突然男の怒鳴り声が聞こえてきた。
  ルーサー エマ!新しいメイドが来たのか?ここへ連れてきなさい!
  エマ 父に紹介するわ。
  メイベル はい。
  ルーサー わしがルーサー・クラッケンソープだ。
  メイベル メイベル・ウェストです。
120 ルーサー 最初に言っておきたいことがある。大きな家だからと言って、我が家は金持ちだと言うことはない。金など無い。質素な暮らしをしておる。だから、無駄は許さない。良いな!?
  メイベル はい。
  ルーサー 私がこんな大きな家に住んでいるのは、父が建てたこの家が好きだからだ。
  メイベル はい。本当に立派なお屋敷だとおも…
  ルーサー (メイベルの言葉を遮って)エマ!あのバカ医者に直ぐに電話するんだ。この前の薬はちっとも効かんとな!
  そうして、メイベルはクラッケンソープ邸でメイドとして働き始めた。
同じメイドから、この家の長男も長女もすでに亡く、この家はバラバラなのだと言うことも聞いた。
夕食の準備まで暇をもらったメイベルは、線路沿いを調べながら、街まで出る。
街の電話ボックスで、マープルに連絡を取るためだった。
  メイベル もしもし、おばさまですか?
はい、何とかやっていけそうです。
  マープル 私もさっき、フロレンスの家に着いた所よ。良い?何かあったら直ぐに連絡するのよ?
  メイベル はい、判りました!
  大きな広い屋敷の中、料理の下準備はともかく、掃除洗濯は大変である。
そんな中、道具入れから一本の古いゴルフパターを見付けたメイベルは、エマに許可をもらい、休憩時間にゴルフで遊び始めた。
ボールを打ち、そのボールを探し出し、また打つ。
次第に、屋敷を離れ林の奥の方へと入っていった。
130 メイベル お父さんに教えてもらったゴルフが、捜し物をするのに役に立つなんてね。
  線路沿いまで来たとき、メイベルは梢の枝に引っかかっていた赤い毛糸と、綺麗なコンパクトを見付けた。
  メイベル(M) その日の午後、夕食の準備まで休憩をもらった私は、フロレンスの家にいる、マープルおばさまを訪ねました。
  マープル 確かにこの毛糸は、首を絞められていた女性の服の色と一致するわね。
  メイベル このコンパクトも、女性のコートのポケットから落ちたものでしょうか。
  マープル そうね。
  メイベル 警察へ届けますか?
  マープル まずは、死体を見付けなければ。そうじゃないと警察は動いてくれないでしょ。
  メイベル でも…犯人はすでに死体をどこかに運び去っているのでは…。
  マープル いいえ。死体はまだあの敷地内に隠されているはずよ。
140 メイベル おばさまは、この事件が計画的だったと考えているんですか?
  マープル そう考えるしかないわね。偶然にしては出来過ぎているから。
殺害した後、死体を投げ出すことが出来て、しかも、そこが直ぐには見つかりようのない場所だったなんてね。

さ、お茶にしましょう。その間、事件の話は無しよ。

  メイベル(M) そして、私が敷地内を探し始めてから3日目のことです。
  ジェイムズ 何を探しているんだい?
  メイベル !? …あの、ゴルフボールよ。
  ジェイムズ それなら、もう手にしてるじゃないか。
  メイベル …っ!いくつもあるのよ。あなたこそ…
  アレックス ジェイムズ。ここにいたのか!
やあ、君が新しいメイドだね。
  メイベル そうだけど…。あなた達は?
  アレックス 僕たちのこと、エマから聞いてない?
150 メイベル え?…あっ!エマさんの甥のアレックスさん!?
  アレックス そう言うこと。
  ジェイムズ 僕はアレックスの友達のジェイムズさ。
  メイベル すみません。メイベル・ウェストです。こっちがオリバーです。
  アレックス へー。エマが言ってたのはこいつのことか。こんにちは。
  ジェイムズ アレックス。サッカーボールは見つかったのかい?
  アレックス 雨漏り納屋にあるってさ。
  メイベル 雨漏り納屋?
  アレックス 僕たちはそう呼んでる。おじいちゃんのコレクションが一杯仕舞ってあるんだけど、すごくおんぼろなんだ。
  二人と一緒にその納屋へと向かうメイベル。アレックスとジェイムズはボールを見付けると、今度一緒に遊ぼうという言葉を残し、駆けていった。
メイベルはそのまま納屋をのぞき込む。
納屋の中はものが一杯で、薄暗く気味が悪い。
だが、意を決して納屋の中に入りこんだ。
しばらくあちこちを見て回るが、納屋の一番奥に、石棺があるのに気が付いた。
160 メイベル ……っ…。
  蓋はぴったりと閉められている。人一人隠すには、もってこいの場所である。
メイベルは蓋をずらそうと手を掛けるが、思ったより重く、びくともしない。
どうしようかと辺りを見回したとき、近くに大きな釘抜きがあるのが目に入った。
それを石棺の隙間に挟み込み、梃子の原理で動かしてみる。
  メイベル ふんっ!……く……くううう…。(力一杯動かそうとして)
  次第に石棺の蓋はずれていき、ようやく隙間が覗けるくらいに開いた。
だが、その途端、ものすごい異臭がメイベルに襲いかかる。
  メイベル うっ…!!
  鼻と口を押さえ、恐る恐る覗き込んだそこに、メイベルが見たものは……!
     
     
168 メイベル ラザフォード・ホール。渦巻く様々な謎。
そして、クラッケンソープ家の人々とは。

次回。
アガサ・クリスティーの「名探偵ポワロとマープル」。『パディントン発4時50分〜その2.忍び寄る影〜』。
お楽しみに。

『名探偵ポワロとマープル』アニメキャスト

ミス・マープル:八千草薫/メイベル:折笠富美子/エマ:篠原恵美/アレックス:阪口大助/エルスペス:さとうあい