名探偵ポワロとマープル
『パディントン発4時50分〜その4,マープル対犯人〜』
原作:アガサ・クリスティー 台本:里沙
(2:4:0)
ミス・マープル | ♀ | ロンドン近郊のセント・メアリー・ミード村に住む老婦人。ミス・マープルと呼ばれている。 上品だが、おしゃべりが大好き。ゴシップも含め、村のことなら何でも知っている。その鋭い観察眼で、難事件も鮮やかに解決。 質素な生活を営み、編物とガーデニングが趣味。 |
48 |
メイベル | ♀ | マープルの甥レイモンド・ウエストの娘。 好奇心にあふれ行動力もあわせ持ち、時には失敗もするが、いつも元気な16歳。 当代一の女探偵をめざし、ポワロ探偵事務所のドアをたたいた。 オリバーと一緒に、あるときはポワロの新米助手として、またあるときは尊敬する大伯母を手助けしながら、探偵としての腕を磨いていく。 |
21 |
エルスペス | ♀ | マープルの友人。今回の事件を最初に目撃したため、マープルに相談を持ちかけた。 | 14 |
クラドック | ♂ | スコットランドヤードの刑事。今回の殺人事件の担当者。 | 14 |
クインパー | ♂ | クラッケンソープ家の主治医。 | 13 |
セドリック | ♂ | ラザフォード・ホールのクラッケンソープ家の次男。画家。 | 12 |
ルーサー | ♂ | ラザフォード・ホールのクラッケンソープ家の当主。気むずかしい老人。 | 16 |
エマ | ♀ | ラザフォード・ホールのクラッケンソープ家の次女。 | 24 |
ジェイムズ | ♂ | アレックスの友人。 | 3 |
N | ナレーター | 13 |
注意:台詞配分の都合でアニメとは違ったキャラの台詞になっていたり、場面を抜いていたりします。ご了承下さい。
001 | メイベル(M) | マープルおばさまの友達のエルスペスさんが、パディントン発4時50分の急行に乗っていて、併走する列車の中での殺人を目撃しました。 マープルおばさまは、ラザフォード・ホールという場所に死体が隠されていると推理し、メイドとして潜り込んだ私は、死体を発見しました。 そして、クラッケンソープ家の遺産を巡る様々な思惑が明らかになり、、戦死した長男、エドモンドさんの妻と名乗る女性から、手紙が届いていたことが判りました。 そんな中、四男アルフレッドさん、三男ハロルドさんも殺されてしまったのです! |
クラドック | 私ほどヘマばかりする刑事はいませんよ。 | |
マープル | いいえ、あなたは十分頑張っていますよ。 | |
クラドック | とんでもない。アルフレッドが殺され、今度はハロルドまで殺されてしまった。一体どうなってるんでしょう。 | |
メイベル | 二人とも毒殺だなんて…。 | |
クラドック | そもそも殺された女性は誰なのか。 手紙の件で、彼女はマルティーヌだと思っていたら、本物のマルティーヌが現れて、しかも、驚いたことに彼女はジェイムズの母親だという。 それじゃあ、納屋の女は誰なのか…お手上げですよ。 |
|
マープル | それにしても、エマさんが出したマルティーヌ宛の手紙が、ラザフォード・ホールで見つかったのは、どうも引っかかりますね。 | |
クラドック | 我々に見つかるように、わざと置いたと? | |
マープル | どうでしょう。 | |
010 | クラドック | マープルさん、これまでのことを整理すると、何者かがマルティーヌを語り手紙を出し、さらに、突然行けなくなったと電報を送りつけてきた。 その後、列車に乗って同行した女性を殺して外へ投げ捨てた。そして、死体を屋敷の納屋に隠した。 ここまではよろしいですか。 |
マープル | すべて、その通りとは限りませんよ? これはもっと単純に考えた方が良いと思うんですよ。 |
|
クラドック | またそれですか。 マープルさん、教えて下さい。殺された女性が誰なのか、あなたには判っているんじゃないですか? |
|
マープル | 難しいわねぇ…。これをきちんとした言葉にするのは。 | |
クラドック | え? | |
マープル | つまりね、彼女が『誰なのか』については判りませんけど、『誰だったか』については核心があるんです。 | |
クラドック | それじゃあ、まるで判りません。 | |
メイベル | 遺産相続でこんなに人が死ぬなんて…。 あの。おばさま。セドリックさんとブライアンさんには、受け取る遺産の額を増やすという殺人の動機があります。 でも、あの二人がそんなことをするとはとても思えないんです。 |
|
マープル | メイベル。 人はね、どんな恐ろしいことも出来てしまう生き物なのよ。悲しいけれどね…。 エス、南フランスからエルスペスが帰ってきますから、それで何もかも明らかになるでしょう。 |
|
020 | メイベル(M) | 数日後、旅行からエルスペスさんが戻ってきました。帰ってきて早々に、マープルおばさまとエルスペスさんはクラッケンソープ家を訪問することになったのです。 |
マープル | エルスペス。私があなたにやって貰いたいこと、ちゃんと判ったでしょうね? | |
エルスペス | 判ったけど、ずいぶんおかしな事じゃなくて? 人のお宅に着いて直ぐトイレを借りるなんて。 |
|
マープル | この寒さですもの。ちっともおかしくなんてありませんよ。 | |
エルスペス | せめて何をしようとしているのか、教えてくれればいいのに。 | |
マープル | それだけはだめ。 | |
エルスペス | もう…せっかくの旅行を早く切り上げて帰ってきたというのに。 | |
マープル | ごめんなさいね。でも、また誰かが殺されるかも知れないのよ?その犯人を捕まえるのは、私たちの役目でしょ。 | |
エルスペス | そうね。すべては私が目撃したことから始まったんですものね…。 | |
030 | N | クラッケンソープ家に着いたマープル達は、エマによってリビングに通された。 |
マープル | ほんとにお邪魔でなければ良いんですけども。 | |
エマ | とんでもない。さあどうぞ。 | |
セドリック | ミス・マープル。今日はまた何か? | |
マープル | 明後日、家に帰ることになりましてね。お別れのご挨拶と、メイベルへのご親切にお礼を申し上げなければと思いましたの。 それから、友達のエルスペスを紹介させて下さいね。外国から戻ったばかりで、今私の所にいますの。 |
|
エルスペス | 初めまして。 | |
セドリック | 初めまして。セドリックです。 | |
メイベル | おばさま、どうしたんですか? | |
マープル | 帰る前に、ご挨拶申し上げなくちゃと思ったのよ。特にエマさんには、ご親切にして頂いたんでしょ? | |
エマ | いいえ。メイベルさんの方こそ、私たちにとても良くしてくれるんです。 | |
040 | セドリック | 全くだ。掃除に洗濯、食事の準備、おまけに病人の世話までして貰ってるんだからなぁ。 |
マープル | ご病気のことは本当に大変でございましたね。もう、良くなられたんですか? | |
エマ | ええ、おかげさまですっかり元気になりました。 | |
マープル | ほんとに危険なものですわね、食中毒というのは。シチューの、マッシュルームが良くなかったそうですわね。 | |
セドリック | ははは…、マッシュルームだなんてご冗談を。どうせ、もう噂が耳に入ってるんでしょう? ご近所を騒がせるのに、ヒ素ほどいい材料はありませんからねぇ。 |
|
エマ | セドリック兄さん!クラドック警部がそのことは口外するなって! | |
セドリック | ばかばかしい。みんな知ってるよ。 | |
マープル | まあ、小耳に挟んだ程度ですが。 | |
エマ | すみません。兄の言うことは気になさらないで下さい。人をどぎまぎさせるのが好きなだけなんです。 | |
ルーサー | ゴホンッ! | |
050 | エマ | お父様! |
ルーサー | お茶はどこだ。何でお茶の支度が出来てない! | |
メイベル | すみません!直ぐ用意いたします。 | |
ルーサー | ふんっ!全く。時間厳守と倹約。それが出来ぬ者は、ろくな奴ではない。 | |
マープル | 大切なことですわ。事にこのごろは税金とか色々あって…。 | |
ルーサー | 税金!?わしに向かってそんな話はせんでくれ。 | |
メイベル | お待たせしました。お茶をお持ちしました。あと、ケーキとサンドウィッチも出来上がりましたので、ご一緒に召し上がってください。 サンドウィッチはブライアンさんも手伝ってくださったんですよ。 |
|
ルーサー | ん!?なんだそれは。今日はパーティーか!?そんな話は聞いとらんぞ。 | |
エマ | クインパーさんがお見えになるんです。今日は、先生の誕生日なので。 | |
ルーサー | 誕生日!?それがどうした。他人の誕生日など、祝う必要はない! | |
060 | セドリック | それは安上がりだ。ケーキのロウソク代も節約出来る。 |
ルーサー | ふんっ!勝手ばかりしおって。 | |
エマ | ………。 | |
マープル | まあ、綺麗だわ。この窓からの景色、とってもすてきですわね。庭の芝があんなに広がって。ねえ?エルスペス。(含みを持たせて) | |
エルスペス | あ…?え、ええ。 あの…エマさん。 |
|
エマ | はい? | |
エルスペス | ちょっと、トイレを拝借させて頂けますか? | |
エマ | もちろんですわ。 | |
メイベル | あ、私がご案内します。 | |
エマ | お願いするわ。 | |
070 | エルスペス | すみませんねぇ。少し寒かったものですから。 |
エマ | いいんですよ。 | |
メイベル | どうぞ、こちらへ。 | |
N | 顔を見合わせ、微かに頷くマープルと、それを受けて案内するメイベル。エルスペスはそんなメイベルの後を着いて部屋を出ていった。 その二人と入れ違いに、しばらくして医師のクインパーが入ってきた。 |
|
クインパー | ふう。寒いですねー。雪でも降ってきそうですよ。 | |
エマ | 寒い中、ありがとうございます。 | |
セドリック | いらっしゃい、先生。 | |
クインパー | ん?今日は、パーティーか何か? | |
エマ | あなたの、バースディケーキを作りましたの。 | |
クインパー | え!?そうなんですか。いやあ、まさかこんな風にして頂けるとは…。 もう何年も誕生日を祝って貰った事なんて無かった。 ありがとうございます! |
|
080 | エマ | いえ。喜んでいただけて…。 |
マープル | こんにちは。 | |
エマ | ああ、ミス・マープル。クインパーさんはご存じですよね。 | |
マープル | 存じ上げておりますわ。前に、お目に掛かりましたもの。 | |
クインパー | ご挨拶がまだでしたね。クインパーと言います。 | |
マープル | ジェーン・マープルです。メイベルがいつもお世話になっております。 | |
ルーサー | おい!何をぐずぐずしておる。早くお茶にしてくれ! | |
エマ | でも、マープルさんのお友達がまだ…。 | |
マープル | 気になさらないで下さい。お待ちになって頂いては、彼女も余計に恐縮してしまいます。 | |
N | そのころ、メイベルは密かに裏口から、クラドック警部達を屋敷の中に引き入れていた。 リビングでは各々に紅茶が配られている。 |
|
090 | ルーサー | ったく!ぐずぐずしているから、冷めてしまったではないか! |
エマ | ………。 | |
N | マープルが、ブライアンからサンドウィッチを勧められた。自分も作るのを手伝ったから是非ともと言われ、微笑んでマープルも一つ手にとる。 | |
マープル | それじゃあ、一つ頂きますわ。 | |
ルーサー | 気を付けんとな。 | |
マープル | え? | |
ルーサー | 毒入りのフィッシュペーストかもしれん。 | |
エマ | お父様、よして下さい! | |
ルーサー | ふん。わしの息子が二人も殺されておる。誰の仕業か、しらんがな。 | |
セドリック | マープルさん。こんな話で食欲を無くさないで下さいよ。 | |
100 | ルーサー | それならまずお前が食べてみたらどうだ! |
セドリック | 毒味役というわけですか。いいですよ。 ん…うん。なかなかいける。どうです。お父さんも。 |
|
ルーサー | ふんっ! | |
セドリック | はは。ブライアン、こっちはなんだい? | |
N | セドリックとブライアンがサンドウィッチについて話をし出したところに、メイベルが戻ってきた。 マープルの意味ありげな視線を受けて、力強く頷く。 マープルは手に持ったままだったサンドウィッチを口にした。だが、直ぐに咳き込み始め、ハンカチで口元を隠した。 |
|
マープル | ん……ゴホ…こほっ。魚の骨が…喉に…。コホっ…。 | |
クインパー | 大変だ。私が診ましょう。マープルさん。こちらの明るい窓際に移ってもらえますか? 口を開けてみて下さい。 |
|
N | その瞬間を待っていたように、メイベルが部屋のドアを開けた。 そこにいたのは、エルスペスとクラドック警部達。 窓際で、明るい窓を背にし口の中を診てもらっているマープルと、こちらに背中を向けて診察しているクインパー。 その、殺人現場を思い起こさせる光景を見て、エルスペスが叫び声を上げた。 |
|
エルスペス | あああーっ!あの人だわ! | |
N | 部屋の中の人たちが、一斉にエルスペスに振り返る。 | |
110 | エルスペス | ああ!あの人よ!列車に乗っていた男は! |
クインパー | …っ! | |
マープル | きっと、そう言ってくれると思ったわ、エルスペス。後は何も言わないで。 ご存じなかったでしょ、クインパーさん。あなたが列車の中で女性を殺害したとき、誰かがそれを見ていたなんて。 |
|
エマ | えっ? | |
クインパー | ………っ!。 | |
マープル | 彼女は、あなたの乗った列車と並行して走る列車に乗っていて、あなたを見ていたんです。 | |
クインパー | っ!! | |
マープル | 彼女は、目撃した殺人犯とあなたが同一人物だと法廷で証言出来ます。そう言う意味では、運のいい事件でした。 普通なら、状況証拠しかないのに、この事件では殺人の目撃者がいたんですからね。 |
|
エマ | …あ…ああ……。(信じられないと言ったように) | |
クインパー | ふっ。何をバカなことを言ってるんです。みなさん、落ち着いて下さい。 その人の言うことを、本気にしてどうするんです? 列車内で殺人を目撃したですって?そんな話、誰が信じるんですか。 |
|
120 | マープル | エルスペスは、11月20日、ブラックハンプトンの警察署に届けを出しています。パディントン発4時50分の急行列車の中から、殺人の瞬間を見たと。 |
クインパー | …っ! | |
エルスペス | でも…。 | |
マープル | (何か言いかけたエルスペスを遮るように)黙っていて。 | |
クインパー | 全く。私が見ず知らずの女性を殺したなんて…。 | |
マープル | 見ず知らずなんかじゃないわ。彼女は、あなたの奥さんだもの! | |
全員 | ええっ!! | |
クラドック | 観念しろ、クインパー! | |
N | クインパーに近付いた警部に、彼はいきなりケーキの乗ったワゴンをぶつけた。そのままクインパーは脱兎のごとく窓から逃走する。 | |
クラドック | 待て!クインパー! | |
130 | N | だが、クインパーの逃走は、庭に潜んでいた刑事達によって遮られ、たちまちのうちに取り押さえられた。 そのまま部屋に引きずられてくる。 |
エマ | クインパーさん…何故あんな恐ろしいことを…。 | |
クインパー | …君を愛していたんだ!信じてくれ!君への愛は本当だ! それなのに、あいつは絶対に離婚には応じないと言い張って…。 だから僕は! |
|
マープル | 本当に愛していたんなら、こんな悲しい結末は迎えなかったんじゃないかしら。 | |
クインパー | ……っ。 | |
N | 悔しそうに俯くクインパー。悲しい顔をしたエマは何も言わない。そのまま、刑事達によってクインパーは引き立てられていった。 そこに、ジェイムズとアレックスがやってくる。 ジェイムズのことで話があると、アレックスが興奮したようにブライアンに告げる。話をしようとしたアレックスを、エマの鋭い声が遮った。 |
|
エマ | そのことは、私が話します! お父様や兄さん達には黙っていましたが、実はジェイムズは死んだエドモンド兄さんの子供なんです。 |
|
セドリック | 何だって!? | |
ルーサー | エドモンドの!? | |
エマ | 兄さんが戦死する前に、手紙で伝えてくれた結婚相手のマルティーヌさん。 彼女も生きています。それがこのジェイムズの、お母さんです。 マルティーヌさんは、兄さんが死んだ後、ジェイムズを生みました。 でも、その後再婚されたこともあって、ずっとこの事は黙っていたそうです。 |
|
140 | セドリック | そう言えば、どこかエドモンド兄さんの面影が。 |
ルーサー | あ…ああ…。 | |
N | 穏やかな顔でジェイムズを見るセドリック。 ルーサーもまた、愛していた息子エドモンドの面影をジェイムズに見ているのか、信じられないと言ったような、けれどどこか嬉しそうな表情で、ジェイムズを見詰めていた。 そうして事件は解決し、マープルの元にはまた穏やかな日々が戻って来ようとしていた。 |
|
マープル | 私が言った通り、とっても単純な犯罪だったでしょ?妻を殺す男は良くいますからね。 | |
エルスペス | ねえ、マープル。今度に事件がどういう事だったのか、教えてくれない? | |
マープル | クインパーは、エマさんと結婚出来れば遺産を手に入れられると思ったのね。でも彼はすでに結婚していた。 | |
クラドック | クインパーはすべてを自白しました。10年以上も別居していて、ずっと実家のあるパリで暮らしていた妻は、いざ離婚を持ち出したら別の女の匂いをかぎつけ、頑として離婚を受け付けなかったそうです。 | |
メイベル | それでクインパーは、奥さんを殺そうと考えた。 | |
マープル | 彼がまず最初にやったこと。それは、誰かがミスター・クラッケンソープを毒殺しようとしていると、周囲に思わせることでした。 2ヶ月前のミスター・クラッケンソープの誕生日。彼の食事だけに少量のヒ素を入れたのはそのためです。 そして、妻殺しをクラッケンソープ家に結びつけようと計画したクインパーは、エマさんに手紙を書きました。 エドモンドさんが結婚するつもりだったマルティーヌさんと偽って。 エマさんからの返事は、ロンドンのとあるアパートの集合ポストに送られ、それを受け取る。 |
|
メイベル | エルスペスさんが乗ったパディントン発4時50分の列車と、犯人が乗った4時33分発の列車が、5時50分頃に併走した。 その4時33分発の列車では、犯人のクインパーさんが奥さんの首を絞めていて、その時に列車が揺れた拍子でブラインドが開いて、そして犯行をエルスペスさんに目撃されたんですね。 |
|
150 | マープル | 列車から投げ捨てた死体は、しばらくしてからクラッケンソープ家の納屋に隠したのでしょう。 一週間後、死体は発見されました。 時期が来ると、彼はマルティーヌさんからの手紙の件を、警察に話すようにエマさんに勧め、そして、エマさんが出したマルティーヌさん宛の手紙を、わざと見つかるようにボイラー室のゴミ箱に捨てたのです。 彼は、殺した奥さんの身元を探られないためにも、それがマルティーヌさんだと周りに思わせたかったのです。 なぜなら、マルティーヌという存在自体が、謎に包まれていましたから、身元不明で処理される確率が高いと考えたからでしょう。 でも欲深い彼は、やがて手に入る遺産の額を増やしたいと考えて、それを実行に移したのです。 |
メイベル | でも、どうやってシチューにヒ素を?作っているときには、彼はラザフォード・ホールにはいなかったんですよ。 | |
マープル | その時はまだ入っていなかったのよ。 | |
メイベル | ええ!? | |
マープル | 彼がシチューにヒ素を入れたのは、あなたに呼ばれてきた後です。 | |
メイベル | それじゃ、みんなが苦しんだのは? | |
マープル | ヒ素は、水差しに入れてあったのね。それも少しだけ、症状が出るくらいの。 その後は、簡単だったでしょう。何しろ彼は医者なんですから。 |
|
メイベル | そうか…。解毒剤と偽ってアルフレッドさんにヒ素入りの薬を渡したんですね。同じようにハロルドさんにも…。 | |
マープル | 彼のしたことは、何もかも大胆で、残忍で、強欲でした。 | |
メイベル | でも、おばさま。良くあの作戦を思いつきましたね。 | |
160 | マープル | 人って、その後ろ姿にも表情があるでしょ。その人だけの、独特な表情が。 だからエルスペスが見れば判ると思ったのよ。 |
エルスペス | ほんとにぎょっとしたわ。見た瞬間に『あの人だ』って言ってしまったもの。 実際には、男の顔を見たわけではないのに。 |
|
マープル | あなたがそう言うんじゃないかと、はらはらしたわ。 | |
エルスペス | もし言ってしまってたら…。 | |
マープル | 一巻の終わりだったわね。 あの人ほんとに見破られたと思ったでしょうからね。 だからあなたには、あの後一言でも言わせないつもりでしたよ。 |
|
クラドック | ふー。全く、たいした人だ。 | |
メイベル | でも…これから、クラッケンソープ家の人たちはどうなるんでしょう。 | |
マープル | そうねぇ。この事件はとても不幸なことでしたけれど、彼らはとても大切なものに気付いたんじゃないかしら。 | |
メイベル | 大切なもの? | |
マープル | 家族ですよ。 掛け替えのないもの。それが、家族ですものね。 |
|
170 | メイベル | あ…。 |
マープル | ミスター・クラッケンソープに限らず、彼らは皆、孤独でした。 でも、この事件をきっかけに、家族がもう一度話し合って、絆を深めることが出来れば、あの家族はもう一度やり直すことが出来るんじゃないかしら。 |
|
クラドック | そう願いたいですね。 | |
N | 一息吐いて、紅茶に手を伸ばそうとした時、家のベルが鳴った。メイベルが対応に出る。 ドアを開けたそこにいたのは、ジェイムズであった。驚いたようなメイベルに、彼は笑顔を向けた。 |
|
ジェイムズ | パパもママも、クラッケンソープ家の人たちを、家族のように思っても良いと言ってくれたよ。 | |
メイベル | そうですか。 | |
ジェイムズ | 大変な事件だったけど、良いこともあったような気がする。 実の父親のことを色々知ることが出来たし、新しいおじいさんやおばさんも出来た。 アレックスともこれまで通り付き合っていくつもりだし。 そして…君にも出会えた。 |
|
メイベル | え?あ…えっと…。(照れて) | |
ジェイムズ | ははは…(笑) じゃあね、メイベル。 君もロンドンに戻るんだろ?また、会えるかも知れないね。 |
|
N | そう言い残して車で去っていくジェイムズを、メイベルはただ黙ってずっと見送っているのであった。 | |
180 | クラドック | 良いですね。若いって事は。 |
181 | マープル | 冬が始まったばかりなのに、今日は春がやってきたみたいな陽気ねぇ。 |
アニメキャスト
ミス・マープル:八千草薫 メイベル:折笠富美子 ジェイムズ:中井将貴 エマ:篠原恵美 セドリック:大塚明夫 クインパー:納谷六郎 クラドック警部:浜田賢二