名探偵ポワロとマープル

『風変わりな遺言』

原作:アガサ・クリスティー   台本:里沙

 

(2:3:0)

 

ジェーン・マープル ロンドン近郊のセント・メアリー・ミード村に住む老婦人。ミス・マープルと呼ばれている。
上品だが、おしゃべりが大好き。ゴシップも含め、村のことなら何でも知っている。
その鋭い観察眼で、難事件も鮮やかに解決。質素な生活を営み、編物とガーデニングが趣味。
70
メイベル・ウェスト マープルの甥レイモンド・ウエストの娘。好奇心にあふれ行動力もあわせ持ち、時には失敗もするが、いつも元気な16歳。
当代一の女探偵をめざし、ポワロ探偵事務所のドアをたたいた。
オリバーと一緒に、あるときはポワロの新米助手として、またあるときは尊敬する大伯母を手助けしながら、探偵としての腕を磨いていく。
34
エドワード・ロシター 叔父からの奇妙な遺言を謎説くために、マープルを訪ねてきた青年。 57
チォーミアン・ストラウド エドワードの従兄弟。エドワードとは婚約している間柄。 59
マシュー エドワードとチャーミアンの叔父。奇妙な遺言を残した人物。(ナレーターと被り推奨) 7
ナレーター 22

 

001 メイベル ここ、セント・メアリ・ミード村に住むマープルおば様のところへ、時々は顔を見せに行くこと。
それが、ポワロさんの事務所で働く条件として、父と交わした約束だ。
そして、今日も私は、大好きなマープルおは様の家に、遊びに来ている。
  1930年代。セント・メアリ・ミード村。
メイベルは、父の叔母であるジェーン・マープルの家に来ていた。マープル家の庭は色とりどりの花が咲き乱れ、マープルがその世話をしているのだ。
メイベルもまた、そんな彼女の手伝いをしていた。

そのころ、村に続く街道を、一台の車が走っていた。

  エドワード 売れっ子女優のシャーリーの紹介と言ってもなぁ。
ほんとに、そのミス・マープルという女性は、信頼出来るのかい?
  チャーミアン 絶対大丈夫よ。以前、シャーリーが相談した難事件を、見事に解決したそうだから。
  エドワード そりゃあ、期待出来そうだ。
  チャーミアン きっと私たちの問題も解決してくれるわ。そしたら、このおんぼろ車ともおさらばよ。
  エドワード ああ。
  二人を乗せた車は、マープル家へと走る。

マープル家。訪ねてきた二人を出迎えたマープルを見て、二人は戸惑ったような顔をして立ちすくんだ。

  マープル はい、私がマープルですよ。
010 チャーミアン シャーリーの、お友達の?
  マープル はい。
  エドワード あ…ミス・ジェーン・マープル?
  マープル はい。
  チャーミアン (小声で)…間違いないみたいね。
  エドワード (小声で)ああ…。
  超売れっ子の女優の友人。そう聞いていた二人は、まさか目の前の老女がそうだとは、とても信じられなかったのだろう。
がっかりしたような二人に、メイベルの腕の中で子アヒルのオリバーが抗議の声を上げていた。
  エドワード あ…、お会い出来て光栄です。エドワード・ロシターといいます。
  チャーミアン チャーミアン・ストラウドです。
  マープル シャーリーから伺っていますわ。何か、相談したいことがあるとか。
020 チャーミアン はい。あなたが探偵術に掛けては超一流だと伺いまして。
  マープル いえいえ、そんなことありませんよ。私みたいにずっとこんな田舎に住んでいると、人間性が良く判るようになるだけです。
  エドワード 人間性…ですか。
  マープル ええ。
それで?相談というのは?
  エドワード はあ…。実は、叔父が残してくれた金塊が、どこにあるか判らないんです。
  マープル あらー。とっても面白そう。
  メイベル ほんと。宝島みたい。
  マープル この子は、私の甥の娘。
  メイベル メイベルと言います。
  エドワード マープルさん。僕たちの問題には、宝島みたいなロマンチックなムードはありません。
ドクロの地図もなければ、右へ3歩、左へ2歩と言った指示もないんです。
030 チャーミアン どこを掘ればよいか、全く判らないんですよ。
  マープル 掘ってみたんですか?
  エドワード ええ。2エーカーくらいは。(1エーカー = 4046.8564224 m2  1224坪ほど およそ64メートル四方の土地)
  メイベル ええっ!?
  マープル そんなに?
  チャーミアン あの…ほんとに相談に乗ってもらえるんでしょうか?
  マープル ええ。もちろんですとも。
  居間に場所を移し、二人をもてなすマープル。紅茶が温かい湯気を立てて差し出された。
  マープル このマーマレードは私が作ったんですよ。良ければ、スコーンと一緒に召し上がってくださいね。
ビクトリア時代を代表する料理の専門家、ピートン夫人のゴールデンルールをご存じ?
  エドワード え?
040 マープル それによれば、美味しい紅茶を飲むために大事な事は、たったの5つだけですよ。

良質のお茶を使う。
ティーポットを温める。
茶葉の分量を量る。
新鮮な沸騰したお湯を使う。
茶葉を蒸らす間待つ。

これだけよ。

  チャーミアン (咳払いして)あの、マープルさん?
  マープル あら、ごめんなさい。
じゃ、詳しく聞かせてくださいな。
  チャーミアン それじゃ、叔父のマシューのことからお話ししますわ。

叔父と言っても、私たちにとっては大叔父の、大叔父と言ったところで。
身寄りはエドワードと、私だけでした。
叔父は私たちを可愛がってくれましたし、私たちも叔父のことが大好きでした。
叔父は、この3月に亡くなりました。

遺産は、生前叔父が言っていた通りに、エドワードと私が半分ずつ相続することになったのです。
ところが…。

  マープル 何も残されていなかったというわけですね。
  チャーミアン はい。
  エドワード 実は僕たち、その遺産を当てにしていたところがあったんです。
  チャーミアン エドワードは軍隊にいるので、給料以外はこれと言った収入はないし、私は劇場の舞台監督をしていますが、お金にはなりません。
  エドワード 僕たちは結婚するつもりでしたが…この状態では…。
  チャーミアン それどころか、もし遺産が見つからなかったら、マシュー叔父さんから受け継いだ土地も、売り払わねばなりません。
050 エドワード チャーミアン。まだ肝心な話をしていないよ。
  チャーミアン …そうね。じゃ、あなたから話して頂戴。
  マープル ん?
  エドワード マシュー叔父さんは、年を取るに連れてだんだんと疑り深くなりましてね。
  二人の回想。
書斎で、箱に紙幣を詰めるマシュー。それを本棚の本の間に隠している。
  マシュー よーし。二人とも、良く覚えて置いてくれよ。金を隠したところを、わしが忘れるかもしれんからな。
  チャーミアン 叔父様?お金は銀行に預けた方がいいのではありませんか?
  マシュー ふんっ。わしの友人には、全財産を銀行に預金して、一文無しになった者もおるんじゃ。
  エドワード でしたら、弁護士に預けるとか。
  マシュー 持ち逃げされるのが落ちだ、
060 チャーミアン そんな。
  マシュー いいか?もっとも安全で、利口な方法は金を金塊に代えることだ。
  エドワード でも、それじゃ、利息だって全然付きませんよ?
  マシュー いいや。金は金塊に代えて、ベッドの下に置くか、庭に埋めるに限るんだ。
  エドワード
チャーミアン
………。
  マープル 亡くなる前に、遺言はなかったんですか?
  チャーミアン ありませんでした。
ただ、意識不明になる直前。
  マシュー ふふふ…。(楽しそうな笑い)
  エドワード あ?叔父さん?
  チャーミアン どうしたんですか?
070 マシュー なんでもない。わしの可愛い二羽の鳩たち。お前達は心配いらんよ。
  そう言って、マシューは人差し指と中指で、左目の下を軽く叩き、ウィンクする奇妙な動作を見せた。
  エドワード
チャーミアン
え?
  エドワード それからしばらくして、叔父さんは、息を引き取りました。
  マープル 目の下を軽くたたいて、ウィンクしたんですね。
  エドワード それに、何か意味があるとお思いですか?
  メイベル アルセーヌ・ルパンの物語で、義眼に何かを隠していたって言う話があったけど…。
  チャーミアン 叔父さんは義眼ではなかったわ。
  メイベル すいません。
  チャーミアン シャーリーは、あなたならすぐにも、どこを掘ればいいか教えて下さると言っていましたが…。
080 マープル 私は、魔法使いではありませんからね。あなた方の叔父さんが、どんなお人柄だったかも、問題の家や、土地の事も知りませんし。
  チャーミアン もしも、知っていたら?
  マープル そうねぇ。答えはとっても簡単なんじゃないかしら。
  チャーミアン 簡単ですって!?
  エドワード お、おい。aa
  チャーミアン そんなに簡単なら、直接来てごらんになって下さい。
  マープル 判りました。前々から私は、宝探しをしてみたいと思ってたんですよ。
  にこりと笑うマープル。その顔は、わくわくとした子供のような笑顔であった。
その夜。
窓際で編み物をしているマープルに、メイベルが問いかける。
  メイベル マープルおば様はどう考えているんですか?
  マープル 何が?
090 メイベル 決まっているじゃないですか。金塊が隠してある場所ですよ。
  マープル そうねぇ。じゃあ、こちらから質問。
  メイベル え?
  マープル 今晩の料理も、ビートン夫人の料理の本を参考にしたのよ。
では、その、料理法の最初の一行には何が書いてあったか。
  メイベル え?えっとぉ…。肉の下拵えの事かしら。それとも、ソースの作り方。
  マープル いいえ。
まずは、ウサギを捕まえる事よ。
  メイベル そんなぁ。当たり前すぎますよ。
  マープル ふふふ。物事はシンプルに。そして、ユーモアを忘れずに考えないとね。
  翌日。
マープルとメイベルは、エドワードの車でマシュー家にやって来ていた。
マシュー家の庭は、そこら中で掘り返された跡がある。
  メイベル すごーい…。
100 マープル 裏手の森も見てみましょう。
  メイベル こんな森の中まで。
  マープル 大変ねぇ。
  メイベル マープルおばさま。こんな広いところを探すなんて、無理じゃないですか?
  マープル ふふ。
まあ、午後のお茶を頂く頃には解決しているでしょ。
  メイベル はぁ…。
  家の中。チャーミアンとエドワードに迎えられたマープルが、説明を受ける。
  チャーミアン この建物が、マシュー叔父さんから受け継いだ家です。
  エドワード 一応、金塊を隠す可能性のある場所は、すべて探してみたんですが。
  メイベル あっ。
110 案内された部屋は、あちこちひっくり返され、床板もはがされ、壁もはがされ…。引き出しという引き出し、棚という棚はすべて開けられ、あろう事か天井まで開けられていた。
  メイベル まるで泥棒に入られたみたい。
  チャーミアン ……。
  メイベル あ…、ごめんなさい。
  チャーミアン 泥棒でもいいから、見つけて欲しいくらいよ。
  階段を上った屋根裏。地下のワイン倉庫。そこかしこを見て回る。
  マープル 書斎を、見せてもらえるかしら。
  エドワード はい。
  マープル すてきな眺めね。
  メイベル あの、この机は?
120 チャーミアン いつも叔父さんが使っていたものよ。
  メイベル こういう机には…。
  メイベルが、マシューの使っていたという机の引き出しを下から一つずつ開け、二重底になっていないか、何かないかと調べ始めた。
一番上の引き出しを調べていたとき。
  メイベル あ?
ああっ!やっぱり!秘密の引き出しだわ。
  引き出しを全部引き出し、中を覗いてみると、そこにはメイベルが言ったように、もう一つ小さな引き出しが見つかったのだった。
  メイベル もしかしてこの中に。
  チャーミアン 何もないわよ。
  メイベル え?
  チャーミアン そんな引き出し、とっくの昔に発見していたわ。中は空よ。
  エドワード 家の中のものは、すべて家具職人を呼んで調べたんですが。
130 マープル なるほどねぇ。
これは?
  机の上に束ねられている大量の書類。マープルはそれを手に取り、一枚一枚、目を通し始めた。
  エドワード この家にあった、叔父さんの書類です。僕たちも、何か手がかりがあるかと思って何度も目を通しました。
  チャーミアン 見落としがあるとでも?
  マープル いいえ。なかなかよく調べたようですね。でも、ちょっと調べすぎかも知れないわね。
  チャーミアン いけないんですか?とことん調べることが。
  マープル 私の友達の、エルドリッチ夫人のこともありますからね。
  チャーミアン はぁ?
  マープル 彼女のお手伝いさんがリノリウムを綺麗に磨くのはいいんだけど、浴室の床も磨きすぎてね、エルドリッチ夫人は転んで、骨折してしまったのよ。
おまけに、浴室には鍵が掛かってたから…。
  エドワード あの?
140 マープル あ。また脱線したわね。
でも、関係ないように思えたことが、時には役に立つんですよ。頭をよく働かせて、考えてみてはいかがかしら。
  チャーミアン それは、あなたに考えて頂きたいんです!
  エドワード そうですよ、ミス・マープル。チャーミアンと僕は、もう何も思いつかないんです。
  マープル おやおや。判りました。あなた方は休んでいて。
その間に私は、これに目を通してみるわ。
  チャーミアン …。何も見つからないと思いますけれど。
  庭のテラスで、メイベルはチャーミアンとエドワードと一緒に、マープルの声が掛かるのを待っている。
庭のあちこちに掘られた穴では、オリバーが楽しそうに駆け回って遊んでいた。
  エドワード やっぱり、この土地を売り払うしかないのか。
  エドワード
チャーミアン
…はぁ…。
  メイベル 心配なさらないで下さい。
マープルおば様はのんびりしているように見えて、とっても鋭いんですから、
  マープル お待たせしたわね。
150 メイベル おば様。
  エドワード どうぞ、こちらへ。何か、見つかりましたか?
  マープル いいえ、べつに。
  3人 え?
  マープル あなた方のマシュー叔父さんが、どんなお人柄だったのか、良く判りました。
亡くなった私のヘンリー叔父さんに似ているようですね。
冗談が好きで、几帳面なくせに束縛されるのは好きじゃない。
とっても疑り深くてね、メイドはものを盗むものだと決めてかかってましたよ。
  チャーミアン (投げやりに)ああ、似てますね。
  マープル やっぱり?
いつも大金を家に置いててね、金庫も備えていたわ。
  エドワード 金庫…ですか?
  マープル ええ。金庫ほど安全なものはないってね。
でも、ある時、本当に泥棒が入って、薬品で金庫に穴を開けられちゃったの。
  エドワード …っそれで?
160 マープル ところが、金庫には何も入ってなかったのね。だって、本当は他のところに仕舞ってあったんですからね。
  メイベル どこだったんですか?
  マープル 本棚の、説教書の中をくりぬいて隠してあったの。
彼に言わせると、誰もそんな本を引っ張り出さないからって。
  エドワード なるほど。すぐに、本棚をもう一度。
  チャーミアン 無駄よ。
  エドワード えっ?
  チャーミアン 家の中の本は、全部調べたでしょ。でも、何もなかったじゃない。
  エドワード ああ…そうだった…。

マープルさん。色々ありがとうございました。車で、駅までお送りします。

  メイベル 遺産は見つかっていませんよ?いいんですか?
  エドワード まだ、やると仰るんですか?
170 マープル 私はまだ始めていませんよ?まず、ウサギを捕まえること。ピートン夫人が本の中で言っている通りです。
私は、マシュー叔父さんと言うウサギを捕まえましたからね。
あとは、お金をどこへ隠したか考えればいいんです。
  チャーミアン それが難しいんじゃないですか!
  マープル いいえ?
彼は隠すべきところに隠したに決まっています。
隠すべきところ。それは、秘密の引き出しね。
  エドワード えっ!?
  チャーミアン マープルさん。秘密の引き出しはもう確認済みだと。
  マープル もう一度、見せてもらえますか?
  書斎に戻り、秘密の引き出しを取り出す。両手に収まるくらいのその引き出しは、一見何も入っていないようだ。
  マープル 呼んだ家具職人は、きっと、若い人だったのね。
  そう言うと、マープルは自分の髪留めピンを一つ外すと、それをまっすぐにのばした。
  マープル この時代の机には、秘密の引き出しの中に、さらに秘密の引き出しが付いているものもあるのよ。
180 マープルの言う通り、秘密の引き出しの取っ手の角には、鍵穴のような小さな穴が空いている。
そこにのばした髪留めピンを差し込んで、数回捻ると、秘密の引き出しの横が開き、何かの包みが飛び出してきた。
  3人 ああっ!?
  メイベル なにかしら?
  マープル やっぱりねぇ。良かったですねぇ、見つかりましたよ。
  エドワード でも、これは金塊ではありません。
  マープル もちろんですとも。ヘンリー叔父さんも金庫のことを口癖のように言ってましたよ。
だから、金塊のことも、ちょっと変わった冗談にすぎないんじゃないかしら。
  メイベル そうか…。もし遺産がダイヤモンドだったら、その中にだって。
  エドワード っ!
  慌ててエドワードは包みを、チャーミアンは一緒にあったメモを開く。
  エドワード 手紙?
190 メイベル 何が書いてあるんですか?
  チャーミアン (溜息)メモには料理の作り方しか書いてないわ。
  メイベル え?
  チャーミアン ベイクドハムの調理法だって。
  エドワード 『永遠に愛するマシュー様。私は、今でも変わらぬ愛をあなたに』
こっちはラブレターだ。
  マープル なかなか面白い展開ね。
  エドワード ハワイ、モーリシャス、他にも、いろんなところから来てるよ。
  チャーミアン つまり、叔父さんのお相手は、女性の宣教師だったのね。どうして二人は結婚しなかったのかしらね。
  エドワード たぶん、この女性は病気か事故で亡くなったんだよ。
  マープル なるほど。今度はそう言う風に思っているのね。
それを。
200 チャーミアン あ、はい。
  マープル 味の良いベーコンにタマネギを乗せ、それを赤砂糖で包む。弱火のオーブンで焼く。煮て、裏ごしに掛けたほうれん草を添えて出す。
これ、どう思うかしら?
  チャーミアン ひどい味がしそうね。
  マープル いいえ。とっても美味しそう。
  エドワード
チャーミアン
はあっ!?
  マープル しかし、何故、料理法のメモなんて入れてあるんでしょうね。
  エドワード 判った!あなたはこれが何かの暗号だと言いたいんですね!?
  チャーミアン そうよ!暗号よ!
  マープル その通り。どういう意味かしら。
  チャーミアン もしかして、あぶり出しインク!
210 エドワード 確か、電気ストーブが下に!
  二人が慌てて階下の電気ストーブまで走り、手紙をかざしてみる。
だが、何も変化はなかった。
  エドワード 何も、出てこないぞ。
  マープル あなた方は、問題を難しく考えすぎるようね。
その、ベイクドハムの材料で、タマネギと赤砂糖を除くと、残るのはベーコンとほうれん草でしょ?
それが意味するものは何かしら。
  メイベル ベーコンとほうれん草…。
あっ!それって、ナンセンスって事だわ!
  マープル そう言うこと。つまり、肝心なのは、手紙の方って言うことでしょ。
  エドワード 手紙…。
あっ!チャーミアン、彼女の言う通りだよ。
  チャーミアン 何が判ったの?
  エドワード ごらんよ。封筒はえらく古いのに、手紙の方は新しい。
  チャーミアン 本当だわ。
220 エドワード つまり、手紙の方だけずっと後で書いたものだ。
  チャーミアン 全部嘘って事?それともそのことに何か意味が?
  マープル ちょっと。
そう難しく考えることはありませんよ。あなたの叔父さんはとっても単純な人でしたからね。
  チャーミアン どういう意味です?
  マープル 今あなた方は、その手に、お金を掴んでいるって事ですよ。
  エドワード
チャーミアン
ええっ!?
  マープル 叔父さんがご臨終の際になさったことを思い出してみて。
  チャーミアン 軽く目を叩いて。
  エドワード ウィンクを…。

あっ!切手に描かれた天使が、ウィンクをしているように見えます。

  マープル そして、その封筒の消印は?
230 チャーミアン 1851年。
  エドワード それがなにか?
  マープル 私だって、甥の息子のライオネルがいなかったら、判らなかったわ。あの子ったら、切手のことなら何でも知ってるんですよ。

その中でも印象的だったのは、1851年の青い2セント切手ね。
天使の瞳がウィンクしているように見えるエラー切手で、確か、アメリカのオークションで2万5千ドルくらいで売れたとか。

  チャーミアン にっ…2万5千ドル!?
  エドワード これが…。そんな…。
  マープル その他の切手も、高価なものばかりだと思うわ。
叔父さんは、探偵小説にあるように、注意深く、自分のしたことを隠したんですよ。
  エドワード でも、叔父さんは何でわざわざこんな事を。
  マープル 愛していたのよ、あなた達を。
  二人 えっ。
  マープル 銀行もだめ。弁護士も信じられない。泥棒も怖い。
だけど、あなた達にちゃんと遺産を残したい。冗談めいた方法だけどきっと叔父さんなりに、考え抜いたことだったと思うわ。
240 チャーミアン 叔父さん…。
  エドワード でも、ぞっとするよ。もし、ミス・マープルがいなかったら、僕たち、この手紙の束を焼いていたかも知れない。
  マープル まったく。私のヘンリー叔父さんもクリスマスカードの中に5ポンド紙幣を挟んで、四隅をのりで貼って渡したの。今年はこれだけだと書いてね。
ところがもらった姪は、気付かずにケチだと怒って、カードを暖炉に放り込んでしまったの。
おかげで叔父さんは、もう一度、5ポンドを彼女にあげることになったわ。
  顔を見合わせるエドワードとチャーミアン。クスリと笑うと、それは次第に大きな笑い声に変わっていく。
メイベルもマープルも、二人と一緒におかしそうに笑い声を上げたのだった。
  エドワード ミス・マープル。シャンパンを持ってきますから、マシュー叔父さんと、あなたのヘンリー叔父さんのご冥福を祈って、みんなで飲もうじゃありませんか。
  チャーミアン 是非、そうさせて下さい。
  マープル ありがとう。でも、ちょうど午後のお茶の時間ですからね。私たちには、紅茶をお願いしますよ。
  メイベル ふ…ふふっ。(笑)
  マープルが、メイベルに向かってウィンクする。
『午後のお茶を頂く頃には解決しているでしょう』。
ここに来たときのマープルの言葉通り、この謎めいた宝探しは、無事に解決したのだった。
 
次回予告
251 メイベル マープルおばさまのご近所に新しくやって来たメイドは、まさしく、申し分のない人。
でも、マープルおばさまは何か気になるらしくて…。

次回。
アガサ・クリスティーの「名探偵ポワロとマープル」。『申し分のないメイド』
お楽しみに!

『名探偵ポワロとマープル』アニメキャスト

ミス・マープル:八千草薫  メイベル:折笠富美子  エドワード:及川光博  チャーミアン:酒井法子