名探偵ポワロとマープル
『申し分のないメイド』
原作:アガサ・クリスティー 台本:里沙
(1:4:1 or 1:4:0)
ジェーン・マープル | ♀ | ロンドン近郊のセント・メアリー・ミード村に住む老婦人。ミス・マープルと呼ばれている。 上品だが、おしゃべりが大好き。ゴシップも含め、村のことなら何でも知っている。 その鋭い観察眼で、難事件も鮮やかに解決。質素な生活を営み、編物とガーデニングが趣味。 |
50 |
メイベル・ウェスト | ♀ | マープルの甥レイモンド・ウエストの娘。好奇心にあふれ行動力もあわせ持ち、時には失敗もするが、いつも元気な16歳。 当代一の女探偵をめざし、ポワロ探偵事務所のドアをたたいた。 オリバーと一緒に、あるときはポワロの新米助手として、またあるときは尊敬する大伯母を手助けしながら、探偵としての腕を磨いていく。 |
29 |
グラディス | ♀ | グラディスのメイドだったが、暇を出された。(エミリーと被り推奨) | 12 |
ラヴィニア | ♀ | オールドフォールズに越してきた中年の女性。気が強い。 | 36 |
エミリー | ♀ | ラヴィニアの妹。病気がちで体が弱く、いつもベッドに伏せている。 | 13 |
メアリー | ♀ | ロンドンからやってきた、メイド。(エミリーと被り推奨) | 12 |
ハースト巡査 | ♂ | セント・メアリ・ミード村の青年巡査。マープルとは既知の間柄。(Nが男性なら、兼用しても可) | 23 |
N | 不問 | ナレーター | 24 |
001 | N | 1930年代。 セント・メアリ・ミード村に向かって、一人の少女が駆けていた。 |
メイベル | オリバー!マープルおばさまの家はもうすぐよ。早く早く! | |
N | 少女の後ろから、子アヒルが必死になって追いかけていた。そのアヒルを、メイベルは立ち止まって迎え、抱きしめる。 | |
メイベル | また急に遊びに来たりして、おばさま、驚くわよ、きっと。 さ、行こ。 |
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N | 再び駆け出すメイベル。マープル家へと向かう道の途中、オールドフォールズと呼ばれる、個別のホテルのような家が並んだ一角の角を曲がったときだった。 | |
グラディス | お願いです、奥様! | |
メイベル | んん? | |
グラディス | いきなり、そんなこと言われましても。 | |
ラヴィニア | もう我慢出来ないわ。今日限りで辞めてもらいます。さっさと出ていって! | |
010 | グラディス | 奥様! |
N | 勢いよく閉められた扉を呆然と見ていたメイドが諦めたように振り向いたとき、メイベルと目があった。 | |
グラディス | ああ…!メイベル…。 | |
メイベル | グラディス…。 | |
N | マープル家。メイベルはグラディスと共に、マープルと話をしている。 | |
マープル | そうなの。ラヴィニアさんに暇を出された…。 | |
メイベル | おばさま、何とかならないかしら。 | |
マープル | グラディス。事情を話してご覧なさい。 | |
グラディス | は、はい…。実は、今朝方、ラビニア奥様のブローチが一つ、見あたらなくなったのです。 私と奥様は家中探し回りました。でも、見つからなくて…。 |
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ラヴィニア | (回想)グラディス。警察に届けるしかないようね。 | |
020 | グラディス | 奥様、どこかに置き忘れたのかも知れませんし、もう少し探してみます。 |
N | 壁際の机の引き出しを抜いて確かめる。引き出しの中には何もない。 けれど、ふとその視線を引き出しのあった場所に移すと、その奥に問題のブローチが見つかったのだ。 |
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グラディス | ああっ!こんなところに!奥様!ありました。ありましたよ! | |
ラヴィニア | ありました!?白々しい!あなた、私が警察に行くと言ったから、慌てて見付けた振りをしたんじゃないの!? | |
グラディス | そんな! | |
ラヴィニア | 急に見つかるなんておかしいわ。本当は、盗むつもりで隠しておいたんじゃないの!? | |
グラディス | 奥様…。 (回想終わり)ラヴィニア奥様は私を疑うばかりで、信じてくれませんでした。 |
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マープル | なるほど。 | |
メイベル | 大丈夫よ、グラディス。私、あなたを信じてる。 | |
グラディス | ありがとう。でも、悪い噂が広まったら、私…。…うっ…ひっく…(泣) | |
030 | N | 何があったのか、詳しいことを知ろうと、マープルはメイベルを伴って、ラヴィニアの家へとやってきた。 |
ラヴィニア | まあ、ミス・マープル。 | |
マープル | ごきげんよう。私の甥の娘がロンドンから久しぶりに遊びに参りましてね、ご挨拶に伺いました。 | |
ラヴィニア | まあ、それはどうも。 | |
メイベル | メイベル・ウェストです。大叔母がいつもお世話になっております。 | |
ラヴィニア | いいえ、お世話になっているのは私の方です。さ、どうぞ。 私たち、ここに越してきて、まだ一ヶ月ほどですんで、この辺りの事情に疎くて。 |
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マープル | おかわいそうに。お医者様はなんと? | |
ラヴィニア | 妹は医者嫌いなんです。看てもらうのは嫌だって聞かなくて。 | |
マープル | そうですか…。 | |
ラヴィニア | ミス・マープル。わざわざいらっしゃったのは、グラディスのことでしょうか。 | |
040 | マープル | はい。 |
ラヴィニア | 申し訳ありませんが、私の気持ちは変わりません。 | |
メイベル | ええ…。 | |
マープル | 彼女は少々気が利かないところがあるかも知れません。でも、根はとっても良い娘ですよ。 | |
ラヴィニア | あの子がここで働き初めて、お皿を何枚割ったかご存じですか?紅茶のカップ、水差し、花瓶!壊したものを数え上げたらきりがありません。 それでも、私はずっと我慢してきたのです。…っこれ以上は! |
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マープル | 我慢………んー……そうですわねー。このごろはメイドに対して我慢しなければいけないことは色々ありますわ。 出なければ、このような片田舎に来てくれる若いメイドは、なかなかいませんもの。 |
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ラヴィニア | そうかも知れませんが。 | |
マープル | グラディスのような正直でよく働く子は、そういないと思いますよ。 私はあの子の家族も知っていますが、みんな正直者ですわ。 考え直して頂けないでしょうか。ラヴィニアさん。 |
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ラヴィニア | ふっ。正直者がブローチを盗むかしら。 | |
マープル | ラヴィニアさん、それは…。 | |
050 | ラヴィニア | まあ、知ってらっしゃるのね。なら、正直に言いましょう。 私はあの子が盗んでいたに違いないと思っています。それがばれるのが怖くなって、見付けた振りをしたのに違いないわ! |
メイベル | グラディスに限ってそんな! | |
ラヴィニア | ええ、確かに盗んだという証拠はありません。だから、警察沙汰にはしないのです。 でも、彼女に暇を出すか出さないか、それは、雇い主の私が決めることです。 その話は、もうよろしいでしょう。せっかく来て頂いたのですから、妹のエミリーに会っていってもらえませんか? |
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マープル | ええ、よろこんで。 | |
メイベル | …はい。 | |
N | その部屋は暗かった。昼間だというのに、カーテンを引き、光が入ってくるのを拒否しているかのようだ。 ベッドに、一人の女性が伏せっている。 |
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ラヴィニア | エミリー。ミス・マープルとメイベルさんが、お見舞いに来てくれましたよ。 さ、どうぞ。 |
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マープル | こんにちは。 | |
メイベル | 失礼します。 | |
エミリー | ん……。ごめんなさい、せっかく来てもらったのに、今日は特に具合が悪くて。 | |
060 | メイベル | ご無理なさらず、横になって下さいね。 |
エミリー | ありがと。でも、本当に嫌ね、病気って。 ねえ、ラヴィニア。 |
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ラヴィニア | なあに? | |
エミリー | 湯たんぽが冷めてしまったの。温かいお湯を入れてきてくれないかしら。 | |
ラヴィニア | まあ、気付かなかったわ。 | |
エミリー | お湯が熱すぎるのは嫌よ。それから、喉が渇いたわ。薄切りのレモンを浮かべた紅茶が飲みたいの。 | |
ラヴィニア | 生憎、レモンは切らしてて。 | |
エミリー | レモンがなくちゃ嫌! | |
ラヴィニア | …判ったわ、すぐ買いに行ってくる。 | |
エミリー | それから、生牡蠣を買ってきて。牡蠣は栄養がつくんですって。 | |
070 | ラヴィニア | でも、この季節に…。 |
エミリー | お願い!牡蠣が食べたいの! | |
N | あまりのわがまま振りに、マープルとメイベルは顔を見合わせた。 ラヴィニアが出掛けるのを見ながら、大変だとぽつりと呟く。 そんなマープルに、隣の夫人が、グラディスが暇を出されたのかと話しかけてきた。そのままメイドの愚痴になり、どこもメイドで苦労しているのだけれど、理想的なメイドなどいないのだと、溜息を吐くのだった。 |
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メイベル | グラディスごめんなさい。ラヴィニアさんを説得出来なかった。 | |
グラディス | ううん、いいの。 でも、私。盗みを働いたように思われるのが…っ!ううっ…(泣) |
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メイベル | グラディス…。 おばさま!このまま悪い噂が広まったら、可哀想。グラディスの疑いを、何とか晴らしてあげて。 |
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マープル | そうですね…。 | |
N | 数日後。 ラヴィニアがグラディスを辞めさせたことが、村中の話題になっていた。 今日も今日とて、メイドの愚痴を言い合う奥様連中。 そんな彼女たちの前に、意外な展開が繰り広げられたのだ。一台の車が屋敷の前に止まり、中から若く美しい女性が一人、降り立った。 |
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メアリー | ラヴィニア奥様でいらっしゃいますか?わたくし、メアリー・ヒギンズでございます。 | |
ラヴィニア | 良く来てくれました。 | |
080 | メアリー | 宜しくお願いいたします。 |
N | 驚いたように見詰める夫人達に、ラヴィニアがその女性、メアリーを紹介しようと近付いていく。 | |
ラヴィニア | みなさんに紹介します。新しいメイドのメアリーです。 | |
メアリー | メアリー・ヒギンズと申します。 | |
ラヴィニア | このオールドフォールズ(ストリートホテル)には私たちを含めて、4世帯が住んでいるの。 こちらが、この間までインドに住んでいらした、ラーキン夫人。こちらが、カーマイケル夫人。そして、結婚なさったばかりの、ブゴロー夫人よ。 |
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メアリー | 宜しくお願いいたします。 | |
ラヴィニア | それじゃ、妹のエミリーを紹介するわ。行きましょう。 | |
メアリー | はい。 | |
N | ラヴィニアの姿を目で追いながら、礼儀は完璧、明るくて品があって申し分はないが、わがままな病人に耐えられず、すぐ辞めるに決まっていると、3人の夫人が溜息を吐いたのだった。 数日後。 |
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メアリー | どちら様でしょうか? | |
090 | マープル | ジェーン・マープルと申しますが、ラヴィニアさんはご在宅かしら? |
メアリー | どうぞ。 | |
マープル | ありがとう。 | |
ラヴィニア | 教会のバザー?判りました。私、妹の世話があるのでお店は出せませんが、多少のものは寄付させて頂きます。 | |
マープル | ありがとうございます。 ところで、新しいメイドさん、良さそうな方ですわね。 |
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ラヴィニア | ええ。とても助かってますわ。料理は上手だし、給仕は行き届いてるし、掃除も、丹念にしてくれます。 何よりも、エミリーの世話を良くしてくれましてね。 |
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マープル | その後、妹さんのお体は? | |
ラヴィニア | …はあ…。今日はとりわけ具合が悪くて、誰にも会いたくないと。 朝食も、食べたくないと言った側から、食べると言い出したりして。 でも、メアリーは少しも嫌な顔をしないんですよ。病人の気持ちが本当に判る、良く出来たメイドです。 きっと神様が、メアリーを授けてくださったんですわ。 |
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マープル | なんだか完璧すぎますねぇ。 私があなただったら、少し用心しますけどね。 |
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ラヴィニア | ええ。メアリーが居心地良いように、出来るだけのことをしてやりますとも。 彼女が暇を取りでもしたら困りますから。 |
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100 | マープル | 直ぐには出ていかないと思いますよ。 |
エミリー | 何をしているの、メアリー!このシップ、乾いちゃってるじゃない。 それに、私はお茶とゆで卵が欲しいのよ。きっちり3分半茹でたのを、早く持ってきて頂戴。 それから姉さんを早く呼んできて! |
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ラヴィニア | …はあっ。 | |
N | ラヴィニアが溜息を吐いたとき、奥からメアリーが姿を現した。 | |
メアリー | 奥様…。 | |
ラヴィニア | ええ。エミリーの声は聞こえたわ。直ぐ行くから。 ミス・マープル、ごめんなさい。今日はこれで。 |
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マープル | いえ。こちらこそお邪魔しました。 | |
N | 席を立ち、ドアへと向かうマープル。その足下が、テーブルの角にぶつかり、マープルは倒れそうになった。 | |
マープル | あっ! | |
メアリー | 大丈夫ですか!?マープル様。 | |
110 | マープル | ああ、ありがとう。ほんと、年は取りたくないものね。 |
N | メアリーがマープルを支え、散らばってバッグの中から飛び出したマープルの私物を拾い集める。 それをバッグに仕舞い、マープルへと差し出した。 |
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メアリー | どうぞ。 | |
マープル | ありがとう。では、失礼。 | |
メアリー | ん? | |
N | 見送ろうとしたメアリーだったが、テーブルの影にマープルの手鏡が落ちているのに気が付いて、拾い上げそれをまたマープルに差し出す。 | |
メアリー | マープル様。お忘れ物です。ちょっとべとついているみたいですが。 | |
マープル | きっと、ご近所の坊やがいたずらしたのね。舐めてた飴を、バッグに入れたんだわ。 | |
N | そのままラヴィニアの家を後にしたマープルであったが、何か考えることがあったのか、一度振り向いて微笑むのであった。 そしてまた数日後。 メイベルとマープルは買い物帰りの道を歩いている。 |
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マープル | メイベル、もう一週間よ。そろそろロンドンに帰らなくてもいいの? | |
120 | メイベル | 大丈夫です。ポワロさん達はお仕事で2週間ほど海外へ行ってるんですもの。 私も一緒に行きたかったのに、ポワロさんたら、君はしばらくのんびりしていたまえって。 それに、このままじゃ帰れません!グラディスの身の潔白が証明されるまでは! |
マープル | 時が解決してくれるわ。 | |
メイベル | そんな、悠長な。 ラヴィニアさんはメアリーの自慢話ぱかりしているんですよ。グラディスの立場は悪くなる一方です。 |
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マープル | 大丈夫よ。 | |
メイベル | え? | |
マープル | もうすぐ、風が吹きますよ。 | |
N | マープルの言葉を裏付けるかのように、マープル達の前を、子供達がオールドフォールズで事件があったと、駆けていく姿が見えた。 | |
マープル | ふふ、風が吹いたようね。 | |
N | オールドフォールズでは、警官達が入れ替わり立ち替わりしている。 門のところで、一人の警官が同僚に指示を出していた。 |
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ハースト | それは、署に問い合わせてくれ。 | |
130 | マープル | ハースト巡査。 |
ハースト | あ、ミス・マープル。 | |
マープル | 何があったんです? | |
ハースト | オールドフォールズで盗難事件です。 | |
メイベル | …えっ!? | |
ハースト | オールドフォールズの各家から、多額の現金や貴金属が盗まれたんです。 | |
メイベル | ひどーい。 | |
ハースト | 実は、犯人の目星はついているんですよ。 | |
メイベル | え?誰なんですか? | |
ハースト | ラヴィニアさんのメイド、メアリーです。 | |
140 | メイベル | ええっ!? |
ハースト | 朝からメアリーの姿を見た者は一人もいません。それに、調べたところ、身元はでたらめ。メアリーを紹介したという斡旋屋も、実在しませんでした。 しかし、参ったなぁ。 1年前にノーサンバランドで起きた事件の手口と、全く同じだ。 あっちも、犯人を特定出来てないみたいだし、こりゃ、解決は難しいぞー…。 |
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メイベル | ラヴィニアさん、大変ですね…。あれだけ自慢してたメイドさんなのに。 | |
ハースト | ええ、ラヴィニアさんは責任を感じて、みなさんに平謝り。その上、エミリーさんはショックを受けて、病状が悪化したそうです。 このままではいけないと言うことで、ロンドンの専門医に治療してもらうために、ここを離れることにしたようです。 |
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マープル | ここを離れる? | |
ハースト | ええ。そう言ってました。 | |
マープル | 一つお聞きするけど、メアリーの指紋は採取出来ましたの? | |
ハースト | …それが、まるで無いんです。普段から、メイド用の手袋をはめて仕事をしてたらしく、あの姉妹以外のものは一つも見つかりませんでした。 | |
マープル | これが、お役に立つんじゃないかしら? | |
ハースト | これは? | |
150 | N | マープルが、バッグの中からハンカチに包まれた何かをとりだし、ハーストに渡す。 出てきたのは、あの時落とした手鏡であった。 |
マープル | メアリーの指紋がしっかりと付いていますよ。 | |
ハースト | !? マープルさん! | |
メイベル | おばさま!あの人の指紋を? | |
マープル | ええ。 だって彼女、完璧すぎるメイドでしたもの。私は模範的すぎる人なんて、なんだか信用出来なくてね。 人は誰だって欠点があるものです。そして、そうした欠点は直ぐに生活に現れるものですよ。 もちろん、この私だって。 |
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ハースト | ミス・マープル。 早速この指紋をスコットランド・ヤードに送って、鑑定してもらいます。保管されている指紋カードと一致すれば、彼女が誰か、特定出来るはずです。 |
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マープル | お待ちなさい。ハースト巡査、あなたもうちょっと近くを探してみようとは考えないのかしら。 | |
ハースト | あ?どういう事です? | |
マープル | つまり、グラディスとブローチのことです。 | |
メイベル | グラディス? | |
160 | ハースト | 今はグラディスのことは関係ありませんよ? |
マープル | ありますよ? グラディスは正直な娘です。ラヴィニアさんのブローチを盗もうなんてしませんわ。 じゃ、何故、グラディスが盗もうとしたと決めつけたんでしょう。 メイドを雇いにくいこの時期に、何故暇を出したんでしょう。そこが変なんですよ。 そして、もう一つ変なことが。 |
|
メイベル | もう一つ? | |
マープル | 妹さんのことです。エミリーさんは病気なのに、全く医者に診てもらっていません。 | |
ハースト | エミリーさんは、医者嫌いだからでしょ? | |
マープル | でもね、妹が病気なのに、医者に診せないなんておかしいわ。普通なら、強引にでも診察を受けさせるはずですよ。 | |
ハースト | ですから、ロンドンの専門医に診せようと。 | |
マープル | 引っ越してしまう。それは、捜査上いかがなものかしら。 | |
ハースト | えっ? | |
マープル | あの姉妹はメアリー同様、永遠に行方知れずになってしまうと言うことですよ。 | |
170 | ハースト | マープルさん。何を言ってるんですか。 |
マープル | いいですか? 痩せて青白く、灰色の髪をして、病気で伏せっている女性が、真っ黒な髪で、バラ色の頬をした健康そうな女生と、同一人物だって可能性は十分あるんじゃないかしら。 |
|
メイベル | ええっ? | |
マープル | この村で、エミリーと、メアリー・ヒギンズを同時に見た人は、誰もいないはずです。 おそらく、こういう事でしょう。 オールドフォールズのそれぞれの財産を、時間を掛けて調べる。 |
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ハースト | ……っ!? | |
メイベル | おばさま! | |
マープル | 私の話が信じられなければ、エミリーの指紋と、その手鏡に付いたメアリーの指紋とを比べてご覧なさい。 | |
N | ラヴィニアの部屋。 いくつかのトランクが用意され、いつでもこの村を出ていく準備は整っていた。向かいの椅子に、灰色の髪のエミリーが座っている。 |
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ラヴィニア | 用意は出来たわ。これで、この村ともお別れね。 | |
エミリー | ええ…。 ふっ…ふふふ。(笑) |
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180 | N | 二人がおかしそうに笑い出したとき、家のベルが鳴った。 |
ハースト | ラヴィニアさん、警察ですが、ちょっとお話を。 | |
ラヴィニア | なにかしら。 | |
エミリー | 病気の私を、駅まで送ってくれるとでも言うんじゃないかしら。警察は親切で愚かだから。ふふっ…。 | |
ラヴィニア | ちょ、ちょっとお待ち下さい!何ですか!?一体! | |
ハースト | エミリーさん、大変恐縮ですが、あなたの指紋をもう一度採らせて頂きたいのですが。 | |
エミリー | ええ? | |
ラヴィニア | 何でそんなことをしなくちゃいけないんですか!? | |
ハースト | これに見覚えは? | |
N | ハースト巡査が取り出した手鏡。しばらくそれを見ていたエミリーだったが、思い出したのか、驚いた声を上げた。 | |
190 | エミリー | ああっ!? |
ラヴィニア | そ、それは! | |
エミリー | あの時の! | |
N | こうして、事件は解決した。 マープルの推理通り、姉妹は病気の妹と、完璧なメイドとを使い分けながら、盗みを働いたのだ。 だが、それもこの日に終わりを告げた。 姉妹は警察に捕まり、グラディスの濡れ衣も無事晴れたのである。 庭の手入れをしているマープル。オリバーが花壇の周りで遊んでいる。 |
|
マープル | オリバー。花壇に入っちゃ、だめですよ。 | |
メイベル | おばさま。 | |
マープル | まあ、グラディス。 | |
グラディス | ミス・マープル。どうもありがとうございました。私の身の潔白を証明して頂いて。 | |
マープル | いいえ。私はね、グラディス。この村の正直な娘のことを、みんなに判らせてあげなきゃって、そう思っただけですよ? ふふ。 |
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次回予告 | ||
191 | メイベル | 疑り深い老人がどこかに残した莫大な遺産。 マープルおばさまは「秘密の引き出し」が鍵だと言うけれど、本当かしら? 次回。 |
『名探偵とマープル』アニメキャスト
ミス・マープル:八千草薫/メイベル:折笠富美子/ラヴィニア:滝沢久美子/メアリー:川中美幸/ハースト巡査:浪川大輔/グラディス:村井かずさ