名探偵ポワロとマープル
『グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件』
原作:アガサ・クリスティー / 台本化:里沙
(3:2:1)
| メイベル | ♀ | マープルの甥レイモンド・ウエストの娘。 好奇心にあふれ行動力もあわせ持ち、時には失敗もするが、いつも元気な16歳。当代一の女探偵をめざし、ポワロ探偵事務所のドアをたたいた。 オリバーと一緒に、あるときはポワロの新米助手として、またあるときは尊敬する大伯母を手助けしながら、探偵としての腕を磨いていく。 |
33 |
| ポワロ | ♂ | アガサ・クリスティーが生んだ名探偵。 ベルギー警察を退職後、ロンドンで私立探偵事務所を開いた。トレード・マークは、ポマードで固めた八の字型の口ひげ。 恰幅(かっぷく)のよい体型に似合わず、身のこなしは軽い。ユーモアがあり話もうまい、古きよき時代の紳士。 |
59 |
| ヘイスティングス | ♂ | ポワロ探偵事務所の探偵助手。 原作ではポワロの古くからの友人だが、アニメでは20代の若者に設定。 体術が得意で、本人はポワロ以上に有名になるチャンスを狙っている。メイベルとコンビを組み、ポワロの手助けをしながら難事件を解決していく。 |
33 |
| オパルセン夫人 | ♀ | 宝石マニアのお金持ちの夫人。 | 15 |
| 父親 | ♂ | レイモンド・ウェスト。メイベルの父親。推理小説家。 | 9 |
| セレスティーヌ | ♀ | オパルセン夫妻の小間使い。(メイベルと被り推奨) | 10 |
| バネッサ | ♀ | ホテルのメイド。(オパルセン夫人と被り推奨) | 13 |
| ジョン | ♂ | ホテルボーイ。(父親、ミラー警部と被り推奨) | 13 |
| ミラー警部 | ♂ | イギリス警察の警部。(父親、ジョンと被り推奨) | 12 |
| 支配人 | 不問 | ホテルの支配人。(ナレーターと被り、もしくはオパルセン夫人と被り推奨) | 5 |
| N | 不問 | ナレーター。 | 30 |
ポワロ、メイベル、ヘイスティングスの紹介は、『名探偵ポワロとマープル』公式サイトから引用しました。
| 001 | メイベル(M) | どんなに幸福であったとしても、それは自分で選んだものでなければ意味がない。 私は、私らしく生きていける新しい世界を覗いてみたい。 それは、どこにあるのだろう…。 |
| N | イギリス ブライトン (1930年代)。グランド・メトロポリタンホテルで、豪華なパーティーが開かれている。 華やかな音楽。美味しそうな豪華な料理。光あふれるサロン。着飾った紳士淑女達。その彼女たちには、きらきらと輝く宝石が身を飾っていた。 |
|
| ヘイスティングス | ポワロさん。さすがにブライトン一のリゾートホテル、グランド・メトロポリタンですねぇ。 イギリス中の金持ちが全部集まったようだ。 |
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| ポワロ | うん、宝石泥棒ならよだれを流しそうな逸品ぞろいですね。 特にあのオパルセン夫人の物などは。 |
|
| ヘイスティングス | お知り合いですか? | |
| ポワロ | いや。ご亭主は最近の石油ブームで一山当てた有名な金持ちですよ。 | |
| ヘイスティングス | へえ。 | |
| N | 知人らしき人物と談笑しているオパルセン夫人を見ながらポワロとヘイスティングスが話し込んでいると、俄(にわか)に辺りが騒がしくなった。大勢の夫人達の悲鳴があちこちで上がる。何事かと見れば、人々の足下の間を、どこから紛れ込んだのか一羽の子アヒルが走り回っていた。 | |
| ヘイスティングス | アヒル…ですかね…。 | |
| 010 | ポワロ | ふぅむ…。 |
| メイベル | あ…ちょっとごめんなさい。 もう、オリバー、だめよ。もう、おとなしくしててって言ったでしょう。 |
|
| N | 騒ぐ人々の後ろから、一人の少女が姿を現した。走り回るアヒルをいとも簡単に捕まえ、めっ!とばかりにお説教をする。 だが、そんな少女の元に、一人の男性が厳しい顔つきで近づいてきた。 |
|
| 父親 | メイベル!何をしているんだ。そのアヒルを連れてくるなと言っただろう。 | |
| メイベル | ……っ! | |
| N | 男性の言葉に聞く耳持たずで、顔をしかめた少女はアヒルを連れて駆け出した。 | |
| 父親 | 待ちなさい、メイベル! | |
| ヘイスティングス | 何なんでしょう。 | |
| ポワロ | 大人に反抗したい年頃です。 | |
| オパルセン夫人 | まあ!エルキュール・ポワロさんでは? | |
| 020 | ポワロ | あ?ええ、そうですが。 |
| オパルセン夫人 | ご活躍、新聞でよーく拝見しておりますわ! | |
| ポワロ | それはありがとうございます。 | |
| ヘイスティングス | オパルセン夫人、ポワロさんの助手でヘイスティングスと申します。 | |
| オパルセン夫人 | こんばんわ。 | |
| ポワロ | 奥様、立派な宝石をお持ちですな。 | |
| オパルセン夫人 | まあ!宝石に興味がおあり? | |
| ポワロ | 仕事柄多少は。 | |
| オパルセン夫人 | どんな宝石がお好み?やっぱりダイヤモンドかしら? ふふ、あたくしの宝石はたいした物じゃございませんのよ。 そう、たとえばこの指輪ですけど、ダイヤモンドとルビー、それにサファイヤですの! このダイヤ、5カラットございましてね、さる由緒ある侯爵家から売りに出されましたの。 ほら、この優雅なカットに高貴な輝きがとてもすてき!判りますでしょう! |
|
| N | オパルセン夫人の宝石談義はまだまだ続きそうである。 ポワロとヘイスティングスは顔を見合わせ、苦笑めいた溜息を吐いたのだった。 そのころ、オパルセン夫人の部屋では、小間使いのセレスティーヌがシーツの交換に来たメイドのバネッサを迎え入れていた。 ドアが閉まるのと同時に、メイベルが斜め向かいの自分の部屋に走り込んでいく。 |
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| 030 | 父親 | 待ちなさい、メイベル! メイベル、これ以上私を困らせないでくれ。 |
| メイベル | それなら、今の学校を辞めさせて、お父さん。 | |
| 父親 | バカを言うな!すべてお前のためなんだ。今日、ここに連れてきたことだって。 | |
| メイベル | うそだわ… | |
| 父親 | メイベル! | |
| メイベル | お父さんは、自分の望みを私に押しつけてるだけよ。 自分の未来は、自分で決めたいの! |
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| 父親 | メイベル… | |
| N | 一方、パーティー会場では、まだポワロとヘイスティングスがオパルセン夫人の宝石の話を聞かされ続けていた。 | |
| オパルセン夫人 | ほんとに、いくら良い物が見つかりましてもねぇ、際限がありませんのよ。 あ、そうだわ!お見せしたいとっておきの物があるんです。 さる王家の、由緒あるパールネックレスなんですのよ。すぐ取って参りますわ! |
|
| N | 夫人が席を立ち、部屋に戻る。その間、夫人の宝石に夢中な様をしきりに恐縮するオパルセン氏と話をしていたポワロ達の元に、慌てたようにホテルの支配人が声を掛けてきた。ひそひそと、オパルセン氏の耳元で何事かささやく。その内容に吃驚したようにオパルセン氏が慌てて支配人と一緒にポワロの前を辞した。 そんなオパルセン氏にポワロが声を掛ける。 |
|
| 040 | ポワロ | 奥様ご自慢の物がどうかなさったのでは!? |
| N | オパルセン夫妻の部屋。部屋の前には警察に見張られながらも興味本位な野次馬達が集まっている。 部屋の中では、オパルセン夫妻と、ポワロとヘイスティングス、そして二人の女性と警官達が居た。 |
|
| ミラー警部 | なるほど。パーティー会場からこの部屋に戻ってきて真珠の首飾りを取り出すために化粧台の一番上の引き出しを開けた。 そしてそこに入っていた宝石箱を取り出し、いつも身につけている鍵でその宝石箱をあけてみたら入っているはずの真珠の首飾りがなかった。…と言うことですね。 |
|
| オパルセン夫人 | はいぃ。ないんです。ないんですぅ!ううぅ…(泣) | |
| ミラー警部 | 首飾りを最後にごらんになったのはいつですか? | |
| オパルセン夫人 | あの、あの、パーティーに出かける直前です。 | |
| ミラー警部 | その間、部屋に戻ってくるまでどのくらい? | |
| N | ミラー警部の質問の間、ポワロは問題の化粧台を開けたり閉めたり、周りを見たりしていた。化粧台の引き出しは、片手で簡単に開けられる。その一番上の引き出しに宝石箱がしまってあった。 ふと気が付くと、ポワロの袖に白い粉が付いている。それをぱたぱたと払いながら、ポワロは何かを考えているようだった。 |
|
| ミラー警部 | で、その間、部屋にいたのは君たち二人だけだった訳だね。 | |
| バネッサ | はい。 | |
| 050 | セレスティーヌ | は、はい…。 |
| ポワロ | あちらの部屋は? | |
| オパルセン夫人 | 小間使いの、セレスティーヌの部屋です。 | |
| ポワロ | ふむ。あっちの差し錠(じょう)の付いた部屋は? | |
| 支配人 | 隣の部屋のゲストルームです。 | |
| N | ヘイスティングスが差し錠を外し、ドアを引くが、鍵が掛かっているのか開くことはなかった。 | |
| ヘイスティングス | 向こうからも錠(じょう)が掛かっているようですね。 | |
| ポワロ | 確認してみましょう。 | |
| ミラー警部 | (ゲストルームで錠を確認し)やはり錠が掛かってますな。 | |
| ポワロ | ふむ。今はこの部屋は? | |
| 060 | 支配人 | はい、ここ一ヶ月ほどは使われてはおりませんが。 |
| ポワロ | なるほど。失礼ながら、少しほこりっぽい。 | |
| 支配人 | 申し訳ございません。係りには掃除の手を抜くなと厳しく申しつけてあるのですが。 | |
| ポワロ | (何かに気が付いたように)ん? | |
| ヘイスティングス | ポワロさん、もう良いですか。 | |
| ポワロ | ああ。いいとも。 | |
| N | オパルセン夫妻の部屋の鍵が開けられ、ポワロ達はゲストルームからオパルセン夫妻の部屋へと戻った。 | |
| ミラー警部 | つまり、ポワロさん。奥様が戻ってくるまでの30分間、この部屋は密室だった。 密室で犯行が可能だったのは…。 |
|
| セレスティーヌ | わ、私は盗んでいません! | |
| バネッサ | 私もです。 第一、私がこの部屋に来たのは奥様がお戻りになる直前でした。その前はこの人がずっと居たんでしょう。 私を疑うなら、どうぞ身体検査をなさってください! |
|
| 070 | セレスティーヌ | …私も、お願いします。 |
| ミラー警部 | そうさせてもらおう。 | |
| N | ミラー警部の指示で、近くにいた女性警官がセレスティーヌとバネッサの二人を別室へと誘う。 そこに、戸惑ったような声が掛かる。ホテルのボーイが一人、開け放したドアのそばで洗濯物を持って立っていた。 |
|
| ジョン | あのー、洗濯物をお届けに…。 | |
| 支配人 | 何だ!今取り込み中だぞ。後にしろ!(被りが女性でしたら女性の言葉遣いでお願いします。) | |
| ジョン | あっ、ああ、すみません! | |
| 支配人 | むぅ…全く…。 | |
| N | 警官が二人を連れて戻り、何も持っていなかったことを報告する。 | |
| ミラー警部 | おい、その部屋を調べろ。どこかに首飾りが隠されているかもしれん。 | |
| ポワロ | セレスティーヌさん。バネッサさんと居た間、この部屋を離れることはありませんでしたか。 | |
| 080 | セレスティーヌ | あの、2度、自分の部屋に戻りました。 |
| ポワロ | 2度戻った? | |
| セレスティーヌ | 裁縫をしていて、最初は木綿糸、2度目ははさみを取りに行ったんです。 | |
| ポワロ | 部屋を空けたのはどのくらいですか。 | |
| セレスティーヌ | 2度ともすぐに戻りました。 | |
| ヘイスティングス | どのくらいの時間があれば、宝石箱から首飾りを盗める物なんでしょうね | |
| バネッサ | ちょっと!それは私がこの子の居ない間に宝石を盗んだって言いたいの!? | |
| ヘイスティングス | いや、そう言う意味じゃ…。 | |
| バネッサ | ひどいじゃありませんか!みんなで私を犯人にしようとしているんだわ…。 | |
| ポワロ | まあまあ、バネッサさん。そう怒らずに。 実験してみれば判ることです。奥様、鍵をお貸し下さい。 ヘイスティングスはセレスティーヌの役を。私は、バネッサの役です。 バネッサさん、あなたが居たのはこの辺りですね。 |
|
| 090 | バネッサ | ええ。 |
| ポワロ | 警部さん。時間を計ってください、 | |
| ミラー警部 | 判りました。 | |
| ポワロ | それでは、スタート! | |
| N | ポワロの合図で、セレスティーヌ役のヘイスティングスが裁縫をしていた机から立ち上がり、セレスティーヌの部屋へとゆっくりと歩いていく。 | |
| ポワロ | 姿が見えなくなったのを見て素早く化粧台に。引き出しを開け、用意していた合い鍵を差し、開けて取り出す。 何秒です? |
|
| ミラー警部 | 15秒です。バネッサに犯行は不可能だ。となると…。 | |
| セレスティーヌ | ちっ、違う!私じゃありません! | |
| オパルセン夫人 | まあ!この子だったなんて!あんなに良くしてやったのに!裏切られたのね! | |
| セレスティーヌ | 旦那様!奥様! | |
| 100 | N | そこに、部屋を調査していた警官が、手に首飾りと鍵らしき物を持って飛び込んできた。セレスティーヌの部屋のベッドの下にあったという。 |
| セレスティーヌ | ええっ!そんな!? | |
| オパルセン夫人 | まあ!あたくしの! | |
| ポワロ | ちょっと拝借。うーむ…。 奥様、これはしばらく警察にお預けになった方がいい。色々と調べたいこともあるし、その方が奥様もご安心でしょう。 |
|
| オパルセン夫人 | は、はぁ…。 | |
| ミラー警部 | セレスティーヌ、署で話を聞かせてもらおう。 | |
| N | 警官に腕を捕まれ、真っ青な顔をしたセレスティーヌが震えながら連れられていく。それを野次馬達に混じって、心配そうにメイベルも見送っていた。 | |
| ヘイスティングス | ポワロさんが出る必要もない事件でしたね。 | |
| メイベル | ほんとにあの人が盗んだのかなぁ…。 | |
| ヘイスティングス | えっ!?なんだって? | |
| 110 | メイベル | だって、あの人悪い人に見えないもの。 |
| ヘイスティングス | あのねぇ、君。 | |
| ポワロ | 私もあの子が犯人だとは思いませんよ。 | |
| ヘイスティングス メイベル |
ええっ。 | |
| ポワロ | セレスティーヌは犯人ではない。私の灰色の脳細胞がそう囁いています。 | |
| N | 翌日。グランド・メトロポリタンホテルのテラスで、ポワロはのんびりと紅茶を飲んでいた。 | |
| ヘイスティングス | ポワロさん、のんびりしてて良いんですか。セレスティーヌは犯人じゃないんでしょう? | |
| ポワロ | ええ、犯人じゃありませんよ。 | |
| ヘイスティングス | でも、どうして…。 | |
| ポワロ | 見つかった首飾りが偽物だったからです。 | |
| 120 | ヘイスティングス | ええっ!?偽物!?それなら、何故あの場でそう言わなかったんですか? |
| ポワロ | 真犯人を、油断させておく必要がありますからね。 | |
| ヘイスティングス | なるほど。となると、真犯人は、誰かってことに…。 | |
| メイベル | オパルセン夫妻が怪しいですね。 | |
| ヘイスティングス | ああ?あのねぇ、何故さっきから君がそこにいるの。 | |
| メイベル | だって、おもしろそうなんですもの。 ポワロさん。これはオパルセン夫妻が仕組んだ保険金目当ての狂言じゃないでしょうか。 |
|
| ポワロ | うーん、それで偽物を使ってセレスティーヌに罪を被せたというわけですね。 | |
| メイベル | ええ。 | |
| ヘイスティングス | そんなばかな。 | |
| ポワロ | お嬢さんのアイディアは悪くありませんね。 | |
| 130 | ヘイスティングス | えっ! |
| メイベル | ほんとうですか!? | |
| ポワロ | それでは、もう一度オパルセン夫妻の部屋を調べてみましょうか。 | |
| メイベル | おもしろそう。私にも手伝わせてください。どうせ暇ですし。 | |
| ヘイスティングス | 君ね、遊びじゃないんだから。 | |
| ポワロ | 良いでしょう。人手は多い方がよい。 | |
| メイベル | ありがとうございます! | |
| N | 3人はオパルセン夫妻の部屋を調べていた。調べると言っても、何かを探しているようである。あちこちひっくり返しながら、三者三様で動き回って探している。 | |
| ヘイスティングス | うーん、ないなぁ。 | |
| バネッサ | 早くすませてくださいね。ご夫妻には断ってないんですから。でも、何を探しているんですか? | |
| 140 | ポワロ | バネッサさん。このトランプくらいの紙を部屋で見ませんでしたか。 何かのカード、あるいはメモかも知れません。 |
| N | ポワロがポケットからトランプのジョーカーのカードを取り出し、バネッサに見せる。それを受け取りながら、バネッサは怪訝な顔をした。 | |
| バネッサ | 見たことないです。 | |
| ポワロ | そう…ですか。是非見つけたいんです。探すのを手伝ってくれる信用の出来る人はいませんか。 | |
| バネッサ | ああ、それなら! | |
| ジョン | 判りました。あのフロアの責任者は僕ですから、気を付けてみておきますよ。 | |
| ポワロ | そうですか。ありがとう。では、お願いします。 | |
| N | バネッサの紹介で、ホテルボーイのジョンが呼ばれ、同じようにカードを見せられ、それをポワロに返しながら笑顔で承諾した。 | |
| ジョン | ポワロさん! | |
| ポワロ | なにか? | |
| 150 | ジョン | ポワロさんはイギリス一の名探偵って評判ですよね。 |
| ポワロ | いえ、世界一と自負しております。 | |
| ジョン | …ああ、失礼しました。 あの金持ち夫妻を、とっちめてやって下さいね。 |
|
| ポワロ | ええ、必ず犯人は明らかにします。 | |
| N | 強い言葉でポワロはそう言うと、部屋を後にした。 ホテルの廊下を、ヘイスティングスとメイベルが一緒に歩いている。 |
|
| ヘイスティングス | きみ、すごいよ。あのエルキュール・ポワロが素人の女の子の推理で捜査をしているんだからね。 いやあ、対したもんだ。 |
|
| メイベル | あ、まだ自己紹介をしてませんでした。私、メイベル・ウェスト。 | |
| ヘイスティングス | 僕はヘイスティングスだ。よろしく。 | |
| メイベル | よろしく。 | |
| ポワロ | ヘイスティングス。私はこれからロンドンに戻ります。 | |
| 160 | ヘイスティングス | えっ、そんな急に。 |
| ポワロ | 私の灰色の脳細胞を働かせる仕事はもう済みました。後はその裏付けです。 今晩、オパルセン夫妻の部屋で落ち合いましょう。 |
|
| N | ロンドン。 スコットランド・ヤードで、ポワロは知人のシャープ警部と会い、何事かを頼んでいた。 シャープ警部もポワロに皮肉めいたことを良いながらも、頼まれたことに頷く。 そのころ、ホテルのテラスではヘイスティングスとメイベルが仲良く話をしていた。 |
|
| ヘイスティングス | えっ!レイモンド・ウェストって推理作家の? | |
| メイベル | ええ…それが私の父親。 | |
| ヘイスティングス | へー。それでオパルセン夫妻の狂言じゃないかなんて発想するわけだ。 父親の影響かー。 |
|
| メイベル | 父は関係ないわ!私は私よ! | |
| ヘイスティングス | ……。 | |
| メイベル | ごめんなさい。父は私のこと何にも判ってないから。 | |
| ヘイスティングス | そんなことは…。 | |
| 170 | メイベル | ううん。今だって私を全寮制の女学校に押し込めているわ。私のためだと言って。 これから先の未来も、決まっているのよ。父の中では。 小さい頃は、そんな父の愛情も感じていたけれど、今は…。 私は、私だから。 |
| ヘイスティングス | なるほど。色々あるんだね。 | |
| メイベル | ねえ、セレスティーヌさんの無実は、きっと証明されるよね。 | |
| ヘイスティングス | ああ、大丈夫さ。ポワロさんがそう言ってるんだから! | |
| N | 夜。ロンドンから戻ったポワロが、グランド・メトロポリタンホテルに戻ってきた。ボーイのジョンが車から降りたポワロを迎える。 | |
| ジョン | 言われた物を探してみましたが、ありませんでした。 | |
| ポワロ | 大丈夫です。他に重要な証拠が見つかりましたから。 | |
| ジョン | ほ、本当ですか! | |
| ポワロ | これからオパルセン夫妻の部屋で謎解きをします。良かったら、バネッサさんとご一緒にいかがですかな。 | |
| ジョン | はい。おもしろそうですね。伺いますよ! | |
| 180 | N | オパルセン夫妻の部屋。ポワロ達3人の他に、オパルセン夫妻とバネッサ、ジョン、ミラー警部などが揃っている。 |
| ポワロ | みなさん。この事件の核心は化粧台の引き出しにあった宝石箱から、どうやって真珠の首飾りを取り出したかと言うことです。 それでは一つ、実験をしてみましょう。 メイベル、私が「はい」と言ってから、次に「はい」と言うまでの時間を計って下さい。 |
|
| メイベル | 判りました。 | |
| ポワロ | では、始めます。「はい!」 | |
| N | そう言うと、ポワロは早足で化粧台まで行き、引き出しを開け、宝石箱を取り出した。 そのままそれを持って隣のゲストルームまで行く。差し錠を引き、ドアノブをひねれば、ドアは簡単に開いた。 開いたドアの向こうにいたのはヘイスティングスだ。ポワロは彼に宝石箱を渡すと、ドアを閉める。 |
|
| ポワロ | 「はい」 | |
| メイベル | 10秒です。 | |
| ポワロ | みなさん、この実験の意味がわかりますか。 昨日、小間使いのセレスティーヌは2度、この部屋から自分の部屋に戻りました。 2度とも、掛かった時間は15秒ほどです。 犯人は、今私がやって見せたように一度目に15秒以内で宝石箱を隣のゲストルームに移動させたのです。 犯人には相棒が居たのです。相棒は用意した合い鍵で宝石箱を開け、首飾りを取り出し次のチャンスを待ちました。 そして、2度目の15秒が来たのです。 |
|
| N | 裁縫をしているセレスティーヌ。だが、糸を切ろうとしたところではさみがないのに気が付くと、席を立ち、部屋を出ていく。 その間に、花瓶の花を生けていた犯人が、ゲストルームの相棒から宝石箱を受け取り、引き出しに元に戻す。。 そして何食わぬ顔のまま、また花瓶の花を生けだした。 |
|
| ポワロ | バネッサさん。犯人はあなたです! | |
| 190 | バネッサ | 何言ってるの!ばかばかしい! |
| ポワロ | そしてゲストルームにいた相棒は、ジョンさんですね。 | |
| ジョン | ええっ!? 俺は関係ありませんよ。 | |
| ポワロ | 昨夜、化粧台の引き出しを開けたときに私の袖口に白い物がつきました。 あれは、引き出しを滑りやすくするための粉でしょう。 |
|
| バネッサ | そんなこと知らないわ! | |
| ポワロ | メイドやボーイになって勤めるとは、うまい計画です。しかし、仕事を怠けてはいけませんね。 隣のゲストルームは埃っぽかった。 私は見たのです。ドア際(ぎわ)の棚に残った宝石箱の跡を! このフロアの責任者は、あなたでしたね。どうです? |
|
| ジョン | どこが名探偵だ!そんなに俺たちを犯人にしたいのか!? | |
| バネッサ | そうよ!訴えるわよ! | |
| ポワロ | 解けない謎はない!真実は私に微笑む。 | |
| N | ポワロがポケットからカードを取り出す。 それは、二人にも見せたトランプのジョーカーカードであった。 |
|
| 200 | ポワロ | このトランプであなた達の指紋を採らせてもらいましたよ。 スコットランド・ヤードで調べたら、ありましたよ、ぴったりの物が。 ジェーン・ケアンズにデイビット・ケアンズ! |
| バネッサ ジョン |
!! | |
| ポワロ | あなた達は、手配中の宝石泥棒だ! | |
| N | そこに、ミラー警部が駆け込んできた。その手には真珠の首飾りが持たれている。 | |
| ミラー警部 | ポワロさん!見つかりました!バネッサの部屋の屋根裏で! | |
| オパルセン夫人 | ええっ!それは! | |
| ポワロ | 奥様、ご自慢の首飾りです。 | |
| オパルセン夫人 | じゃあ、昨日のは!? | |
| ポワロ | この二人がセレスティーヌに罪を被せるために仕組んだ偽物です。 | |
| オパルセン夫人 | なんてこと…! | |
| 210 | ジョン | …ポワロなんてと、甘く見るんじゃなかったぜ…。 |
| バネッサ | ちくしょう! | |
| N | 警官に引き立てられていく二人を見つめるポワロ。そんなポワロを、メイベルは熱い視線で見ていた。 そうしてセレスティーヌの無実が証明され、オパルセン夫妻も今回のことを反省し、彼女に謝罪をしたことで事件は解決した。 |
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| メイベル | ポワロさん、どうして私たちをだましたんですか? | |
| ポワロ | 仕方がなかったんです。あの二人から指紋を取る機会を作るためには。 | |
| メイベル | でも…。 | |
| ポワロ | あなたはなかなか良い感をしているようだ。 ですが、お金持ちに対して…いや、大人に対して反発する気持ちを持っていませんか? |
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| メイベル | え…。 | |
| ポワロ | メイベルさん。優れた犯罪捜査とは、冷静かつ論理的なものです。 では、また、どこかで。 |
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| ヘイスティングス | さようなら、メイベル。 | |
| 220 | メイベル | さようなら…。 |
| 父親 | メイベル、ポワロさんはもうお帰りなのか? | |
| メイベル | ええ。 | |
| 父親 | 残念だな。お近付きになりたかったんだが。 しかし、何故お前がポワロさんと? |
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| メイベル | 秘密。 | |
| 父親 | んん? | |
| メイベル | 今はまだ秘密! | |
| N | 車に乗り込み、去っていくポワロを、メイベルはじっと見つめている。きらきらした瞳で、ずっと。 | |
| 228 | メイベル(M) | そのとき、私の中で、今まで考えたこともなかった新しい未来が、はっきりと、見えてきたのでした。 |
| 次回予告 | ||
| メイベル | どうしよう…ポワロさんの助手にはなれないし、住むところも見つからない。 ええっ!?こんなすてきなマンションが、どうしてこんなに安いの!? 次回。アガサ・クリスティーの『名探偵ポワロとマープル』。 |
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参考 『名探偵ポワロとマープル』キャスト
エルキュール・ポワロ:里見浩太朗/ミス・マープル:八千草薫/メイベル:折笠富美子/ヘイスティングス:野島裕史/オパルセン夫人:森光子