ファイヤーエムブレム
                   −黎明編−

原作:ASKA COMICS DX  佐野真砂輝&わたなべ京
台本化 里沙

 

(4:2:1)

マルス アリティアの王子 45   エリス マルスの姉でありアリティア王女。 6
ジェイガン 厳格な老パラディン。マルスの後見役兼護衛役 6 シーダ タリス王国の王女。ペガサスナイト 32
じい(モロドフ公) マルスのお守り役 3 タリス王妃 タリス王国王妃。シーダの母。 7
オグマ タリスの傭兵 15        
カイン 「猛牛のカイン」と呼ばれる若きソシアルナイト 7 ナレーター 不問   33
アベル 「黒豹のアベル」の異名を持つ若きソシアルナイト 5        
ゴードン アリティア西の村に住むパラディン 3        
タリス王 タリス王国の王。シーダの父。 8        
アリティア兵   3        
メディウス 地竜族が興したドルーア帝国の王。 1        

☆ナレーターはエリス役もしくはマルス以外の男性が兼任するのも良いでしょう。

 

 

 

 

001    N    その昔 アカネイア聖王国が治めるアカネイア大陸に戦いがあった。

大陸西南部に竜神族の王・暗黒竜メディウスがドルーア帝国を建て、アカネイア大陸を我がものにせんがための戦い。
圧倒的な強さでアカネイア聖王国を滅ぼさんとした暗黒竜メディウスを地の底に封じ、大陸に再び平和を取り戻したのは、神剣ファルシオンを手にした一人の青年だった。

  メディウス 『これで…これで儂が滅びたと思うな!
いずれ必ず蘇り、お前に連なる血の総てを絶ってくれよう!』
  神剣ファルシオンをたずさえたアリティアの青年アンリは、その功によってアリティアに国を興すことを許され、その初代国王に任ぜられる。
今を遡ること100年余のこの国アリティアでの昔語りである。

雷光が闇を切り裂く嵐の夜、突如甦ったメディウスは、マケドニア竜王国とグルニア王国を併合して、再びドルーア帝国を建設。
高位の魔導士である大司祭のガーネフと手を結び、諸国に侵略を開始した。
その侵略の手がアリティアにも伸びた時、現アリティア国王コーネリアスは神剣ファルシオンを手に迎え撃ったが、その時はまだ後方を支援する同盟グラ王国の裏切りを知るものは、誰もいなかった---------------

  アリティア兵 「申し上げます!ドルーア軍は城内に絶え間なく進入し、降伏する兵はおろか、女子供までも……切り捨てております!」
  マルス 「じい。あの竜人族が……あの暗黒竜メディウスが復活したというのは本当なのだね。」
  マルスM 『100年前、アリティアの祖アンリが封じたはずのメディウス。竜に変化するという伝説の竜人族。
その中でも尤も凶暴だという地竜族の狂王』
  じい 「は…。ファルシオンで封ぜられる時に何らかの秘術を用いたのでしょう。
あるいはあの闇の大司祭ガーネフめが復活に手を貸したのやも知れません。
併合されたマケドニアもグルニアも騎士や勇者を多く有する国。ドルーアは息をする間もなくアカネイア聖王国を陥落せしめ、今こうして我がアリティアをも滅ぼさんとしております」
  ジェイガン 「ドルーアの兵は騎士道など忘れ去った輩ばかり!それが証拠に同盟国であるグラでさえドルーアに加わった途端…」
  じい 「ジェイガン公!」

010

激するジェイガン公の言葉を遮るように、モロドフ伯爵が声を荒げた。
同盟国であったグラはドルーアに寝返り、アリティアは背後からその攻撃の憂き目にあい、マルスの父コーネリアスはその際に戦死、母リーザも捕らえられ生死の行方も判らなかったのである。
そればかりでなく、グラのジオル将軍に、アリティアの宝剣ファルシオンまで奪われていた。
  エリス 「マルス」
  マルス 「エリス姉様(ねえさま)」
  エリス 「しっかりなさい。あなたはアリティアの王太子なのですよ」
  マルス 「はい、姉様」
  アリティア兵 「ドルーア軍は真下の階にまで迫っております!
もはや我らになす術(すべ)はございません。どうか…どうかお逃げ下さい。エリス様…マルス様……!」
  城中のあちこちでは火の手が上がり、多くの兵がドルーアの兵と戦い、次々と倒れていく。
圧倒的な数で攻められるアリティアは、すでに風前の灯火(ともしび)であった。
  エリス 「術(すべ)はあります」
  ジェイガン 「エリス様!?」
  エリス 「マルス。あなたはアリティアの王太子。100年前、世界を闇から救った英雄アンリの血を正しくひく者なのです。
こんなところで死んではなりません。あなただけでも逃げるのです」
020 マルス 「姉様!?」
  エリス 「モロドフ公、ジェイガン。頼みます」
  マルス 「逃げるなら一緒です!姉様!」
  エリス 「女の足は脱出の邪魔になるだけ。ならばせめてあなたが城を出るまでドルーアの兵を引きつけておきましょう。
それが王太子の姉たる、王女の私のつとめです」

「マルス、あなたは生き延びねばなりません。生きて生きて。ファルシオンを取り戻し、メディウスとガーネフを討つのです。
偉大なるアカネイア聖王国と、この悠久のアカネイアの大地のために。そして……そしていつの日にかきっと、私とお母様を迎えに来てください。マルス」

  マルス 「…判りましたエリス姉様。いつの日にか必ず……」
  マルスM 『いやです!こんなの約束にもならない。いつの日にかっていつですか。本当にそんな日が来るのですか!?』
  内心の不安と嘆きを押し隠し、マルスはエリスの計らいで、ジェイガンやモロドフ伯の支持の元、わずかな兵と共に城を抜け出した。
執拗に追ってくるドルーア兵と一戦を交えながら、追っ手の追跡をかいくぐる。
だが、わずかに残った兵達もマルスを逃そうとその若い命を次々と散らしていった。
すでにマルスの周りには、数えるほどの仲間達しかいない。
疲れ切ったマルス達一行が野営地でしばしの休憩を取る。そこで、モロドフ伯から親交のあついタリス王国への避難を進言された。
  じい 「タリス王は必ずや我らを迎え入れてくれるでしょう」
  マルス 「そうだね。
タリスならいいだろうね。あの国はとても穏やかで静かで、遠い国だから……」
  碧い風、緑の大地のアリティアを思いながら、マルスは姉エリスのことを考えていた。いつの日にか必ず…その約束はいつ果たされるのか。

そんなマルスをあざ笑うかのように、突如としてドルーアの追っ手は容赦なく彼らを捕らえようと現れ、攻撃してきたのだった。
030 ジェイガン 「ドーガ!甲騎士のお前が焦って動き回るな!いたずらに体力を使うだけだ!
他の甲騎士と共に守りに徹せよ!」

「弓兵は下がれ!この夜の闇と森の中では同士討ちになる。
騎士も歩兵も深追いするな!王子をお守りすることだけを考えろ!」
「命に代えても!」
  わずかな兵達がマルスを守るようにして陣形を組み、襲いかかるドルーア兵たちと対峙する。
だが、圧倒的に数で押してくるドルーアに対し、マルスたちの一行は一人、また一人と仲間を失っていくばかりであった。
  アリティア兵 「命に代えても王子をお護りしろ…!」
  マルス 「お前たちの命よりこのぼくの命1つの方が重いのか!?
命に差があるものか!命に代えられるものなどあるものか!自分の手で死ぬなんてなおさら!
誰が許してもぼくが許さない!」

「みんなで生きて必ずタリスへ行くんだ!
もう誰もぼくのために死のうとするんじゃないっ!生きて生きて生きて必ず……!」
  そこに新たな兵たちが姿を現した。ドルーアの新手かと思われたが、新たな兵たちは反対にドルーアの兵たちに向かっていく。
「味方だ!」という歓喜の声が挙がる。
中の一人がドルーア兵たちを切り伏せながら、マルスの足下に跪く。左頬に大きな刀傷がある、偉丈夫であった。
  オグマ 「ご無事ですか、マルス王子!」

「タリスの親衛隊隊長オグマと申します。タリス王アレクスの命を受け、はせ参じました。
タリスへご案内いたします。アリティア王子マルス様!」

  タリス王国は辺境に位置した小さな島国である。
それ故に存在を知られていない利はあるが、攻め込まれたらひとたまりもなく陥落するも有り得る、危険性を持った国であった。

マルス王子を受け入れるというタリス王の告知に、大臣たちが一様に不安げな顔で議論する姿があちこちで見られた。
マルスを匿うことで、タリスに火の粉が降りかかるのではないかという不安と疑問が、多くの大臣の口から上がる。
  シーダ 「おまえたち!
不服ならば即刻このタリスから出て行きなさい!
マルス様を歓迎しない人など、タリスの民ではないわ。さあ、出ていって!」
  タリス王妃 「おやめなさい、シーダ
彼らはタリスのことを思ってくれているのですよ」
  シーダ 「……判っています。でも謝りません。わたし、嘘は言ってないもの」

「マルス様は私を妹のように可愛がってくださったわ。エリス様もそう。
だから、この国で心休ませて差し上げるのが私に出来ることだと思うの。……とても辛い旅をしてこられたのだもの……」

040 大広間でタリス王と謁見するマルス。
労をねぎらわれ、王族の別城を自由に使うことを許されたマルスに、シーダが駆け寄っていく。
このタリスで安心して…と言葉を繋ぐシーダであったが、マルスの顔を見た途端に、意に反してその瞳からぽろぽろと涙がこぼれ、言葉が途切れる。
そんなシーダの肩をそっと抱き寄せて、マルスは『泣かないで』というだけが精一杯であった。

アカネイア歴602年。アリティア陥落。
アリティア王国王女エリス17歳。王子マルス14歳。 タリス王国王女シーダが12歳の、夏の始まりの頃のことである。

月日は過ぎ、あれから2年後。
一人草原で草地の上で休むマルスの元に、天馬に乗ったシーダが訪れた。
  シーダ 「マルス様」
  マルス 「やあ、シーダ」
  シーダ 「今日来られたのはどこの国の方?山を越えて帰ってゆかれるのが空から見えました」
  マルス 「エナ国の大使どのだけど、内緒だよ。
お忍びで来られているんだから。ぼくの16の誕生日を祝ってね」
  シーダ 「マルス様の誕生日を祝うのに、どうしてお忍びなの?それにもう一月も前のことだわ」
  マルス 「好きにさせておけばいいのさ。そのうち誰も来なくなる」
  シーダ 「シーダは毎日でも来ます!」
  マルス 「天馬のエルカイトが疲れてしまうよ」
  シーダ 「山2つ、谷1つ越えるだけです。天空騎士の馬ならばそのくらい『へ』でもありません!」
050 マルス 「『へ』でもないぃ?」
  シーダ 「あ…;」
  マルス 「またカインやドーガに混じって訓練してるな!?」
  シーダ 「彼らを叱らないでね。私が頼んだの。
だってタリスは平和すぎて、騎士らしい騎士もいないから」
  マルス 「親衛隊隊長も傭兵(ようへい)だからね」
  シーダ 「でも、オグマはもうタリスの人間として……」
  マルス 「うん、判ってるよ。金で雇われているだけの傭兵なら、あの時ぼくたちを助けになど来てくれなかっただろう。
いくら大陸一の剣闘士と名高くともね」

「戦いなどない方がいいんだ、シーダ。
そうすれば誰も傷つかずにすむ。女の子が剣を取る必要もない」

  シーダ 「わたし、知ってるのだから!
何かと理由をこじつけて各国の大使がマルス様を訪ねてくるのは、マルス様にドルーアへの反逆の兵を挙げて欲しいからなのでしょう!
自分たちからは何もしないくせに!
マルス様を矢面に立たせて、危なくなったらさっさとドルーアに寝返るのに決まっているわ!」

「皆、卑怯だわ。誰も己で剣を取ろうともしないで……!」
  マルス 「ぼくは、アリティアの名を背負って戦えるほど強くない。
戦いなどない方がいいんだよ、シーダ」
  シーダ 「わたし…わたしは。天馬を駆る天空騎士です!わたしが自分で選んだ『道』です!たとえ戦が無くても後悔などしません!」
060 そう言い置いて、シーダは天馬エルカイトを駆って、大空に駆けていく。
  マルス 「自分が選んだ『道』だから、後悔はしない……か」
  天空を駆けていくシーダの後ろ姿を見やりながら、マルスが呟いた。その背後に、剣を持った人物が立つ。
  マルス 「やあ。時間だね」
  一方、タリス城に戻ったシーダは、大臣たちからタリス王国王女としての自覚を持ち、あまり頻繁に会うなということを暗に進言されていた。
それに対して、シーダは「自分は間違っていない!」と返すのみであった。

口差がない大臣の間ではマルスに対する失望の声も挙がっている。
2年たった今も安穏と暮らしているように見えるマルスに、反ドルーアの兵を興す気もないと。100年前のように世界を救うことなど出来ないのではと。
  シーダM 『わたしは間違ってなどいないわ。
だから臆病者の言うことなんか聞かないわ。
優しいマルス様。わたしは間違ってない。
あなたを傷つけるものを許したくない』
  怒ったような顔つきで王宮の中を行くシーダの前で、持っていた本をバラバラと落とす青年がいた。
  シーダ 「ゴードン!」
  ゴードン 「シーダ様。
私のような未熟者の弓兵の名を覚えおきくださいますか」
  シーダ 「当然だわ。マルス様の騎士団だもの。
図書館へ行ったの? マルス様がお読みになるのね」(本を拾おうと膝を付き)
070 ゴードン 「あ、お膝が汚れます;」
  シーダ 「手が震えているわ、ゴードン。
そんなに腫らして……弓の練習も程々にしないと、コップも持てなくなってしまうわよ」
  ゴードン 「ええ、でも……」
「アリティアを脱出したあの夜、私は満足に弓を引けませんでした。夜の闇のせいでなく…恐怖で。
矢すら番(つが)えなかった。それが私の仕事なのに…」

「アリティアの騎士としていつでも王子のために戦いたいから…」
  誰もが皆、強くなりたいと願っている。
それはシーダでなくてもひしひしと伝わってくる密かな、熱い熱情であった。

だが、そんな思いをあざ笑うかのように、辺境のこのタリスにもドルーアの手は伸びてきていたのだった。
  マルス 「海賊団がドルーアの手先に?」
  ジェイガン 「ドルーアめ、とうとうこのタリスにまで!」
  アベル 「親衛隊を核に義勇軍を編成して制圧に向かうそうです」
  マルス 「親衛隊を?
それではぼくたちも安穏としてはいられないな」
  カイン 「奴らがタリスを攻めたとて、それは我々の責任ではありません!」
  マルス 「そうは思わない人もいるということさ、カイン。
ここに来て2年だ。人々がぼくに何を求めどう失望したかくらいは判る年齢(とし)になったよ」

「騎士団に伝令を。いつでもタリス軍に協力出来る体制を整えておくように」

080 その夜。
カインとアベルが城の見回りをしている。
そんな中、二人は激しい剣戟(けんげき)の音を聞いたと思った。剣の訓練には激しすぎる音である。
不審に思った二人が出会ったのは、オグマたち傭兵の姿と、マルス王子その人であった。
  マルス 「オグマに剣を習っていたんだ。ぼくが頼んだんだよ。
オグマは最初両手を封じていたんだ。足で払われたりしていて全然かなわなかったけれど、今はなんとか剣でやり合えるようになった。
……右手を封じて左手でだけどね」
  カイン 「なぜオグマに剣を?」
  アベル 「いえ…。判ります、マルス様。
私たちの剣は闘技場で名乗りを上げ1対1で戦う時の剣。『戦い』で使う剣ではないからでしょう?」
  オグマ 「1対1の時に使う技を10人に使えばいい。しょせん剣はどこでも剣でしかないんだからな」
  カイン 「ではオレたちの剣はどうすればオグマの剣になれる?」
  オグマ 「使うことだな」
  カイン 「人を斬りまくれということか?」
  アベル 「カイン!」
  マルス 「剣は……。剣は人を殺すことも出来るし、生かすことも出来るんだ。
ぼくは強くなりたい。
誰も傷つかずにすむくらい、強くなりたい」
090 アベル 「王子」
  マルス 「強くなろう。アベル、カイン。
アリティアの騎士たち」
  そのマルスの言葉が、カインやアベルの気持ちを強くする。
この王子と共になら、どこまでもいけるのだ。いずれきっと、あの緑なすアリティアへも帰る日が来ることだろう。
  オグマ 「王子の成長ぶりには驚かされたな。もともとの素質があられたのはもちろんだが、あの何にも惑わされない瞳の前に障害などあるはずがない」

「騎士団を出し抜くようなまねをしてすまない」
  アベル 「そんなことは気にしないでくれ、オグマ。
マルス様が選んだことだ。間違いでなどあるはずがない。だろう?」
  オグマ 「そうだな。我が国の王女も人を見る目が高い」
  カイン 「義勇軍の準備は進んでいるのか?オグマ。あの日以来海賊はなりを潜めてるらしいが」
  オグマ 「明後日にも出発する予定だ。しばらくは王子の剣のお相手もできんが……」
  オグマの言葉が途中で途切れる。一緒にいたサジとマジがいち早く窓扉を開け、遠く空をすかし見る。彼らが言うには天馬の羽ばたきが聞こえるという。
だが、カインもアベルも何も感じない。
  オグマ 「俺は気配を感じる。妙だな。海賊を警戒して天馬の飛行は控えているはずなんだが」
100 程なくして、彼方の空から一頭の天馬がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。その背にはシーダが乗っている。
ただごとならぬその様子に、マルスがシーダに駆け寄った。
  マルス 「シーダ!?」
  シーダ 「マルス様、城が…お父様が、お母様が……ガルダの海賊に!」

「逆の陸地がいきなり兵が攻めてきて、応戦している間に海から海賊が。殆ど抵抗らしい抵抗も出来ぬまま…!」

  オグマ 「ドルーアの加勢か!」
  シーダ 「マルス様、お父様とお母様を。タリスの城の人々を助けてください!」
  マルス 「……ぼくのことを弱虫と思っているんじゃないのかい?」
  シーダ 「わたしはマルスさまを信じています」
「わたしは間違ってなんかいません!」
  シーダのその真っ直ぐな瞳が、マルスを見つめる。
この瞳の前には、何も隠す必要もない。
  マルス 「ジェイガン。騎士団に戦闘準備の伝令を。準備が整い次第タリス城に向けて出発する。
海賊ガルダを掃討し、タリス城を解放し……」

「その後反ドルーアの意志を世界に示す!」

  マルスのその言葉に、アリティア兵たちの志気が上がる。
2年。
長かった期間このタリスで雌伏した彼らの牙は研ぎ澄まされ、そして今まさに放たれようとしている。
剣を取り、道を進み、強くなれる。
信じるものを護るために。
信じてくれたものを護るために。
110 シーダ 「マルス様、私も行きます!」
  マルス 「危険だ、シーダ」
  シーダ 「いいえ、行きます!共に戦います!」

「騎士が戦いで死ねるのなら、本望です!もうさっきみたいに泣いたりしません。
騎士はわたしが選んだ道だと言いました!
マルス様と共に戦えた戦場で死ねるのなら……!」

  マルスがシーダの頬に軽く触れ、言葉を止めさせる。
  マルス 「じゃあ、約束をしよう、シーダ」

「二度と死ぬという言葉を使わないこと。戦いが終わっても必ず生きていること。
いいね」

  シーダ 「はい!」
  シーダM 『ほら、わたしは間違ってなどいなかったわ!』
  マルスの強い微笑みに、シーダの思いは確信する。

タリス城ではアリティアの援護によって、次第に海賊たちは奥へ奥へと追いやられていく。
わずかなタリスの傭兵と、少数のアリティアの兵たちでは合ったが、マルスの指揮の元連携を取りつつ海賊たちを倒していった。
  マルス 「騎士たちはジェイガンとカインに続け!
アベルと甲騎士は歩兵と弓兵を護りながら、後方から攻める!」
  オグマ 「アリティア宮廷騎士団の援護をしろ!王城内は親衛隊の方が詳しい!
敵を袋小路に追いつめて、確実につぶせ!」
120 マルス 「心強いよ、オグマ」
  オグマ 「いえ、お役に立てて嬉しく思います。
城を不用意に空けてしまって、王にどう申し開きをしようかと悩んでいたので」

「王子!」

  2階から海賊の一人がマルスの背後に飛び降りざま剣を振るう。不意打ちににも似たその動きに、側にいたオグマも一瞬動きが遅れた。
だが、マルスは身軽にその攻撃を避け、返す刃で海賊の胴を薙ぎ払ったのだった。
海賊の返り血が、マルスの頬にあたる。
  オグマ 「人を殺すのは初めてですか」

「慣れろとは申しません。それではただの人殺しですから」

  マルス 「うん。…でも」
「きっと忘れない。
この剣の重さと血の確かさを。ぼくは……絶対に」
  カイン 「ジェイガン隊長!王子が中央を突破します!私が敵を切り崩します!王子の援護を!」
  アベル 「甲騎士は前へ!陣を崩すな!王子をお護りしろ!」
  シーダもまた、天馬エルカイトを駆使しながら、城外から騎士たちの援護をしている。投げつけた槍は海賊の一人に当たり、血が流れる。
海賊の悲鳴に一瞬怯んだシーダが反撃された。
辛くも甲騎士ドーガと弓兵のゴードンの援護から難を逃れる。

自分から攻撃を仕掛けるのは止めて、シーダには姫としてマルス王子の側にいて欲しいのだと彼らは言う。
だが、シーダはその言葉に微笑みながら首を振った。

  シーダ 「助けてくれてありがとう。ドーガ、ゴードン。でも…」

「でも、血に汚れるくらいでマルス様のお側にいることがかなうのなら、いくら汚れても良いの、わたし」

  やがて戦況は一変し、王座の間で王と王妃を人質に立て籠もっていた海賊の首領の元まで、マルスたちはたどり着いた。
一番に駆け込んだマルスの姿を見て、喜々として己の武器をマルスの上に振りかぶる海賊の首領。
だが、マルスはたった一歩を引くことで攻撃を避け、反対にその身軽さを武器に一撃の下に倒したのであった。

歓声が上がる。
勝ちどきの旗が王城の上に掲げられ、そのアリティアの旗の下で、殆どの敵は投降し、タリスは元通りとはいかないが静けさを取り戻しつつあった。

そうして、しばらくの後、晴れたある日のこと。

130 タリス王 「ついに発(た)たれるか」
  マルス 「はい」

「この2年間のことを思うと、陛下には感謝の言葉も見つかりません。
父の無念を晴らし、母と姉と、そして神剣ファルシオンを取り戻したならば、真っ先にご報告に上がります!」

  タリス王 「楽しみなことだ」
  タリス王妃 「マルス様、わずかばかりですが軍資金を用意させました。是非ともお使いになって」
  マルス 「王妃様、それは…」
  タリス王妃 「あなたがこれから行く旅路は、世界の平穏へ続く路(みち)なのです。私たちにもその長い旅の手助けをさせてください」
  マルス 「はい…。では、ありがたく使わせて頂きます」
  タリス王 「それから、要職にありながらこの大事に城を空けておった不届き者を一人、部下を3人付けて進呈する。
荷運びにでもなんにでもお使いになるがよい」
  マルス 「オグマ!」
  オグマ 「よろしくお願いします、王子」
140 タリス王 「それと、最後に1つ」
  戸惑うような、困ったような、そんな複雑な顔で苦笑しながらタリス王が手を差し伸べる。
その先には、マルスの背後に立つシーダの姿があった。
  シーダ 「お父様、お母様。天空騎士の門出をお祝いくださいませ」
  マルス 「なっ!」

「何をいってるんだよ、シーダ!君は一国の王女なんだぞ!?」

  シーダ 「マルス様だって一国の王子で次に国王になられる身でしょ」
  マルス 「ぼ、ぼくは…いいんだよっ」
  シーダ 「何がどういいわけなのですか?」
  マルスとシーダの見ようによっては微笑ましいとも言えるやりとりに、その場にいた騎士たちから笑顔がこぼれる。
  タリス王 「引き留めてもきかぬでな」
  タリス王妃 「天を駆けて追ってゆかれては、私たちにはどうすることも出来ませぬし」
150 シーダ 「この国でマルスさまの身を案じてただ生きていくのは嫌!!」

「たとえマルスさまが死んだとしても、自分の目で見なくては信じません。
わたしは己の心にだけ従いたいと思います」

  シーダの真っ直ぐな瞳が、マルスを見つめる。
いつだってこの瞳が、この瞳だけがマルスを見つめていたのだ。
  マルス 「死ぬという言葉を二度と使わないと誓えるかい?」
  シーダ 「はい」
  マルスを筆頭に、アリティアの宮廷騎士たちとオグマやシーダを乗せて、タリスの港から船が一艘出航していく。
広い海に、たった一隻。
だが、それは世界に放たれた一滴(ひとしずく)の希望の光。
  タリス王 「いってしまったなぁ…本当に」
  タリス王妃 「くす(笑)」
  タリス王 「何かおかしいかね」
  タリス王妃 「急に老けられましたわ、王」

「シーダはきっと世界で一番幸せな娘ですわよ。
ずっと一緒に生きるという約束よりも、共に死ぬかも知れないという可能性の方が素敵ですもの」

  タリス王 「…………。
シーダはおまえに似たのだな」
160 タリス王妃 「あら」
  タリスでそんな会話が交わされているのも知らず、船は順調に海原を進む。
  マルス 「アカネイア聖王国のニーナ王女がオレルアン草国に逃げ延びられているそうだ。オレルアンの騎士団と合流して、ニーナ王女をお助けしつつ、反ドルーアとアリティア復興の意志をお伝えしよう」
「どうかした?ジェイガン」
  ジェイガン 「いえ。
……大きゅうなられましたなぁ、マルスさま」
「アベルもカインもそのほかの騎士団員も、本当の『騎士』の顔に近付いてきた。実戦経験の少なさだけが心配でしたが」
  マルス 「……年寄りくさいよ、ジェイガン」
  ジェイガン 「何をおっしゃいます、マルスさまっ!まだまだ若い者には負けませんぞ!」
  マルス 「そう願いたいね」
  船首でジェイガンと会話しているマルスを、そっと後ろの方から見ているシーダが、側に付き従っているオグマに、ぽつりと呟いた。
  シーダ 「ねぇ、オグマ」
  オグマ 「はい?」
170 シーダ 「わたしずっと気になっていることがあるのだけれど」

「マルスさまがタリスに来られた日のことなんだけれどね」

  オグマ 「はい」
  シーダ 「マルスさまは本当はあの時。泣きたかったのではないかと思うの。
でも、わたしが先に泣いてしまったから堪えられたのではないのかしら……」
  オグマ 「私はその場には居合わせませんでしたが、少なくとも今の王子なら」

「泣かれはしないでしょう」

174 我らが踏みしめるのは侵略の大地。
我らが往(ゆ)くのは遙かな戦いの血路。
知恵と力と慟哭(どうこく)の子供たち。

いま、アリティアの伝説はゆっくりと、けれど力強く動き出したのであった。