里沙:作

 

それは、古い古い物語。


美しい花が咲いていた。

きれいね」 と。妻が言う。
きれいだね」 と。男は答えた。

ずっとこのきれいな花が咲いていてくれたらいいのに

愛しい妻のその笑顔をずっと見ていたくて、男はその願いを叶える。

いつまでも咲き続ける花を作って欲しい
いつまでもですか?
そうだ。ずっとずっと、春が来て、夏が来て、秋が通り過ぎ冬になっても、ずっと咲き続ける花だ
春が来て、夏が来て、秋が通り過ぎ冬になっても、ずっと咲き続ける花ですか

技師は言う。

それは永遠に咲き続ける花ですね
そうだ。決して枯れることはない、:決して朽ちることのない永遠の花だ
生きている花ではそれは無理です
判っている。だからお前に頼むのだ。世界で一番の絡繰師のお前に
判りました。作ってご覧に入れましょう

技師は応えた。

花は何に致しましょう
どんな花でも良い。けれど大きく、美しく、見ていて飽きない花が良い
色は何色がよろしいでしょう
何色でも良い。けれど明るく、あたたかく、見ていて優しい色が良い
かしこまりました

そうして技師は、朝に必要なものを揃え、昼に図面を引き、夜に着手する。

一月が過ぎて根と茎が出来上がった。

半年が過ぎて葉と蕾が出来上がった。

一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年目にしてようやく花が出来上がった。

永遠に枯れることのない、永遠に咲き続ける花です
私たちが死んでも?
あなたや奥様が死んだ後も
私たちの子供達が大人になり、老人になっても?
お子さま達が大人になり、老人になり、そのまたお子さま達が何代に続いても
永遠に咲き続けるのね?
ずっとここに咲き続けるのだな?
永遠に咲き続け、永遠にこの地に根付いているでしょう

技師のその言葉に大いに満足した男と妻は、にっこりと笑って優しく抱き合った。
男の願い通り、愛しい妻の笑顔は絶えることはなかった。

技師のその言葉通りに、花は枯れることなく咲き続けた。

春の暖かい日差しの中で。
夏の焼け付くような熱気の中で。
秋の冷たい雨の中で。
冬の凍えるような風の中で。

いつまでもいつまでもその姿を保ち、咲き続ける。

やがて。

花を見る人の顔に笑顔がなくなり、悲しい顔が増え、それにもまして怒号が飛び交うようになった頃。
光の花があちらこちらで咲きながら散り、小さくも鋭い種が赤い水を吸い込む。
まるでその光の花の美しさを競い合うように、咲いては散り、咲いては散っていた。
けれど種は1つとして芽を出さず…。

光の花が散った後、大きな、大きな、大きな黒い花が咲いた。

大きな黒い花に黒い雨が降り注ぎ、冷たい風が地上を駆け、音のない世界が広がった。
長い長い冬の始まりだった。
凍てついた大地は溶けることを知らず、頑なな岩はほどけることなく。

変わらないのは、天空に浮かぶ太陽の光。
厚いベールで覆われた大地に、ようやく少しずつその恵みをもたらしていく。
雨は続き風は凍り笑顔も何もない地上に、ゆっくりと季節は巡ってくる。

黒くて静かな春が過ぎ。
曇り空ばかりの夏が過ぎ。
彩るものもない秋が過ぎ。
凍てつくだけの冬が過ぎ。

繰り返し繰り返し、何度の季節が回っても。

それでも、花は咲いている。

男が願った通りに、ただ花は咲いている。

幾つの季節が過ぎただろう。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
風は暖かく、雨が優しく、土に色が戻ってきた頃。

明るく、あたたかく、優しい色の、大きく、美しく、見ていて飽きない花が。

ずっとそこに咲いている。

きれいな花ね
少女が言う。

きれいな花だね
少年が答える。

ずっとこの花が咲いていたらいいのに
ずっとこの花が咲いていたらいいね
でも
と、少女は笑う。
でも
と、少年は種をまく。

もっと沢山の花が咲いたらいいね
もっと沢山の花を育てよう

それは。

永遠に咲き続ける花のお話。

永遠に続く、永遠と永遠の間の物語。

絡繰士=からくりし
蕾=つぼみ
凍える=こご・える
凍てつく=い・てつ
頑な=かたく・な
彩る=いろど・る

★朗読としてお一人で読むのも良し、どなたかとご一緒に掛け合いながら読むのも良し。
レイ・ブラッドベリ風を目指したのが見事に玉砕…orz
黒い花や光の花、鋭い種を的確に「それ」と捉えてくれたら嬉しいのですが、お解りになったでしょうか?
【答え】黒い花=原爆
光の花=砲撃弾
鋭い種=銃、ライフル